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日常恋愛オムニバス  作者: 陽ノ下 咲


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case27.修学旅行の夜に

高校二年生の香坂(こうさか)奈津美(なつみ)は修学旅行の夜、同じ班の友達に誘われて男子の部屋に遊びに行った。その部屋には、気になっている存在の、如月(きさらぎ)隼人(はやと)もいて……。


ピュアな両片思いの二人の、修学旅行の夜といえば……なお話です。

ぜひお読みください。

(この話はcase2.初デートのお祭り のピュアカップルが、付き合う前の両片思い時代の話です。case2を読んでいなくても問題なく読めます。)


「ちょっと、奈津美も来なよー!行くだけ、行ってみよ?」


 日中はしゃいだ勢いそのままに、部屋の女子たちは夜になってもテンションが高かった。

 高校二年の修学旅行。

 六月中旬。日中の蒸し暑さが、少し和らいだ夜の空気の中、同じ部屋の友達に促されるまま、香坂奈津美は男子の部屋のドアの前に立っていた。


(……本当に行くんだ)


 内心、ドキドキしていた。

 みんなで遊びに行くだけ。わかってる。

 けれど、その部屋の中には、如月隼人がいる。


 如月隼人。クラスの男子。

 すこしぶっきらぼうで、硬派なところもあって、でも時々すごく優しい目をする人。


 クラスで隣の席になって話をした時。

 移動教室の時にちょっとしたことで笑い合った時。

 いろんなふとした瞬間に、「もしかして、私のこと……」なんて思ってしまうような眼差しを向けてくれることがあった。

 ただの思い込みかもしれない。

 でも、隼人のことを好きだと自覚して以降、そんなひとつひとつに、一喜一憂してしまっていた。


「おー、女子来たぞー!」


 ドアを開けた男子の声に、部屋の中が一気に賑やかになる。

 女子がみんなでぞろぞろと中へ入る。シングル布団が何枚か敷かれた和室。円を描くように男子が座っていて、誰かが持ってきたお菓子が広げられている。


 奈津美がどこに座ろうかときょろきょろしていると隼人が自分の左隣の床をポンと叩いた。


「ここ、座れよ」


「うん、ありがと……」


 奈津美は、意識していないふりをしながら、さりげなく隼人の隣へ腰を下ろした。

 左隣。緊張で少し手が震える。ほんの少しだけ、彼の肩が動いたように見えた。


(気のせい……だよね)


 みんなの会話は止まることなく続く。

 お菓子が回って、飲み物が行き交い、話題は自然と恋バナに。


「じゃあさー、好きな人いる人、手ぇあげてー!」


「え、無理無理!絶対言わない!」


「でも、修学旅行で告白って、結構良くない?」


 そんな声が飛び交う中で、奈津美は手元に違和感を感じた。

 床に置いた右手の指先。何も触れていないはずのそこに、


ちょん。


(……え?)


 ふいに、何かが触れた。

 ……いや、誰かが。


 こっそりと視線を下げると、左側からそっと伸びてきた隼人の指先が、奈津美の指に触れていた。

 ほんの一瞬のことだった。けれど、心臓がドクンと大きく跳ねた。


 顔を向けられなかった。

 バレないように、笑って話に混ざっているふりをする。

 けど、隼人の指がまた、ゆっくりと奈津美の指先をすりすりと撫でてくる。


(……なんで?)


 どうして、そんなことを。

 ドキドキするけど、不思議と嫌ではなかった。

 指先の少し高い体温が、奈津美の胸を締め付けた。


 奈津美は、勇気を出して、そっと、自分の指を彼の指に絡めた。


 止めるように。同時に、応えるように。


 隣で、隼人の肩が少し揺れたのがわかった。

 そして、彼の指が奈津美の指に、今度はしっかりと絡み返してきた。


 心臓が、痛いくらいに跳ねた。


(なにこれ……夢?)


 息もできないくらい、緊張していた。


 その時。


「おいっ!抜き打ちで見回りの先生がそこまで来てる!全員隠れろ、電気消すぞ!」


 バタバタと男子の一人が部屋に飛び込んでくる。

 あっという間に部屋の灯りが消えた。


 真っ暗な部屋。

 皆が慌てて近くの布団に潜り込む音。


 奈津美も、すぐそばの布団に体を滑り込ませた。


 そして、直後、その布団に隼人も入ってきた。

 一瞬、小さく、隼人が息を呑む音が聞こえた。

 狭い布団の中、隼人が奈津美に覆い被さる。

 彼の首筋が、目の前にある。


(ち、近すぎる……)


 奈津美は小さく息を吸った。けれど、その息すらうまく吐けなかった。


 喉から「ン……」と声が漏れそうになって、慌てて口を押さえた。

 苦しくて、でもそれ以上に、心臓が壊れそうだった。


 その動きに気づいたのか、隼人が顔を動かす。

 目が合った。

 暗闇でもわかった。彼の目が、真っ直ぐこちらを見ていた。

 その目が、ふっと揺れて彼の顔が赤くなったのがわかった。


 そして、すぐに目を逸らされた。


 奈津美も、それ以上見つめることができなかった。


 ドアが開く音。先生の声。


「お前ら寝てるかー?」


 部屋は、シン……と静まり返る。

 誰も声を出さない。


 布団の中、奈津美は隼人の匂いと、熱と、覆い被さる胸板の感触に包まれて、声も出せなかった。

 どこか遠くのような先生の足音が過ぎ、ドアが閉まる音がして、ようやく誰かが電気をつけた。


 わっと部屋に明かりが戻る。


 奈津美はそっと布団から出た。隼人の顔を見ないようにして。


 視界の隅で、隼人も同じように、奈津美の方を見ないようにしていた。


(なんだろう、この気持ち)


 嬉しいのに、苦しい。

 伝えたいのに、伝えられない。


 みんなが再び冗談を言い合い始めても、奈津美は笑えなかった。

 少しして、女子たちで部屋に戻る。


 ベッドに横たわったけれど、目を閉じても眠れなかった。


 絡んだ指。触れた胸板。目が合った一瞬。

 そのすべてが、現実だったのか、夢だったのか。


でも


 あのときの隼人の赤くなった横顔だけは、ずっとまぶたに残っていた。




side隼人


「おー、女子来たぞー!」


 誰かの声に、部屋がざわつく。

 その中で、奈津美の姿を見つけた瞬間、反射的に姿勢を正してしまった。

 

 奈津美が座る場所を探している時、隣を他の奴に取られたく無くて隼人は奈津美に言った。

 

「ここ、座れよ」


「うん、ありがと……」


 そう言って奈津美が隼人の左隣に座った。

 心臓が、急にバカみたいにうるさくなる。

 気のせいか、彼女の肩が微かに触れているような、でも触れてないような距離感。


(やばい、落ち着け……)


 なんて思ってたら、周囲が急に盛り上がる。


「恋バナしよー!」

「今好きな人いる人、手あげてー!」


 やめてくれって言いたくなるような展開。心の準備なんてできていないのに。

 でも、奈津美の反応が気になって、そっと視線を向けたら、彼女は少しうつむいて、笑いながら頬を赤くしていた。


 知りたくなる。聞きたくなる。

 もしかしたら、という期待が湧いてしまう。

 でも、もしその「誰か」が自分じゃなかったら、と思うと怖くて。


 無意識のうちに、床に置いていた左手が動いていた。


 ほんの少し。ほんの、指先だけ。

 彼女の右手の指先に、ちょんと触れた。


 奈津美は驚いた様子だったけど、何も言わずに話を続けている。

 周りにバレないように、隼人は指先で彼女の指を撫でた。手を握るわけでもなく、優しく確かめるように、そっと。


 そのときだった。


 奈津美の指が、隼人の指にそっと絡んできた。


 心臓が跳ね上がる。

 嬉しさと、緊張で、心臓が止まるかと思った。


 隼人はそのまま、指を深く絡めた。2人の間で、言葉にしなくても、確かに何かが繋がった気がした。


 その瞬間、


「おいっ!抜き打ちで見回りの先生がそこまで来てる!全員隠れろ、電気消すぞ!」


 部屋中が一気にざわつく。


「電気消せ!」「布団入れ!」


 すぐそばにあった布団に飛び込んだ。

 真っ暗な中。

 手探りで布団を被った隼人の前に、奈津美がいた。

 瞬間、小さく息を呑んだ。

 出るに出られず、奈津美に覆い被さる様な形になってしまった。

 息がかかる距離。

 うっすらと見えるその輪郭と、ほんのり香るシャンプーの匂い。


 息をするのも怖かった。


 奈津美の顔が、隼人の首筋のすぐ近くにあって、彼女が「……ン」と小さく声を漏らしかけたのがわかった。


 反射的に、隼人は顔を下に向けた。

 目が合う。暗い中でも、彼女の目が大きく開かれているのがわかった。


 顔が、熱くなった。

 どうしようもなく恥ずかしくて、視線を逸らすしかなかった。


(なんで、こんな状況に……でも……)


 先生の声がドアの向こうから聞こえる。


「お前ら、寝てるかー」


 誰も答えない。

 奈津美が、すぐそこにいる。

 手はもう繋いでいないけれど、ついさっきまで絡んでいた指の感覚が、まだ手のひらに残っていた。


 やがて先生が去り、誰かが電気をつけた。


 ぱっと明るくなった世界で、隼人はすぐに彼女から顔を逸らした。

 奈津美も、隼人を見ようとはしなかった。


(……夢、じゃないよな)


 指を絡めたことも、布団の中で見つめ合ったことも、全部夢みたいに感じる。

 でも、現実だった。


 彼女の手のあたたかさ。目が合ったときの表情。

 全部が、確かにそこにあった。


 その夜、男子の部屋でもう一度笑い声が戻っていく中、隼人は一人、ずっと心の中で答えの出ない気持ちを反芻していた。


 伝えたい。でも怖い。


 けど、あのとき彼女が指を絡めてきたことだけが、隼人を少しだけ勇気づけてくれていた。



見つけてくださり、お読みいただき、ありがとうございました!


本作は、case2.初デートのお祭り のカップルの話です。


case2.初デートのお祭り

case5.凍える冬の恋人繋ぎ

case12.頬が赤くなった訳は

case16.イヤホンの距離

case21.君が水着に着替えたら


こちらも合わせてお読みくださると嬉しいです。

ぜひご一読ください。


陽ノ下 咲

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