case25.ペアキーホルダー
高校二年生で生徒会副会長の桐生拓哉は、一つ上の先輩で生徒会長の九条里香に、修学旅行のお土産に、キーホルダーを買う事にした。けれどそれはペアのキーホルダーで……。
生徒会会長の女の子と後輩副会長男の子の、ペアキーホルダーの話です。
ぜひお読みください!
(本作はcase3.後輩からの告白の生徒会ペアの、告白以前、両片思い時期の話です。case3を読んでいなくても問題なく読めます。)
六月中旬、まだ少し寒さの残る朝。ほんの少しだけ朝の光が差している。
学校の始業前、生徒会室にはまだ人の気配はない。カーテン越しに差し込む柔らかな光の中、桐生拓哉はひとり、机の前で手元を見つめていた。
彼の指の間には、金属製の小さなキーホルダーがぶら下がっていた。イルカの形をした、少し光沢のあるキーチャーム。片方は優しい水色、もう片方は控えめなピンク。それぞれ、その色と同じ色の小ぶりの鈴が付いている。
「……どうしよう、これ……」
拓哉は額に手を当て、ため息混じりに呟いた。
二年生の拓哉は、先週、修学旅行に行っていた。
観光先の水族館の土産物コーナーでこのイルカのキーホルダーを見つけたとき、ふと思った。
(……会長、こういうの好きそうだな)
一つ上の先輩で、生徒会長の九条里香。
真面目で、凛としていて、まるで何もかも完璧なような人。けれど、彼女は意外にも、小さくて可愛いものに目がないという一面も持っている。
小さいひよこのイラストが裏面に書かれた手鏡を使っていたり、SNSで子猫の動画を眺めてときめいていたり。
そんな里香の姿を、いったいどれくらいの人が知っているだろう。
里香のその姿を思い出し、一人でにやけてしまい、取り繕うように小さく咳き込んだ。
自然とキーホルダーに手が伸びていた。
(……え、待て、これって……)
手に取ってから気がついた。よく見るとこれは“ペア”のキーホルダーだった。
一瞬戸惑ったが、結局水色とピンク、どちらも買ってしまった。
そのときの自分を思い出すたびに、今でも胸がざわつく。
(会長に渡すのはいい。けど、俺が残りを持ってたら、さすがに変か……?)
そんなことを考えていると、生徒会室のドアが勢いよく開いた。
「おはよう、桐生くん」
高めの、けれど透き通った声。
その声だけで、胸の奥がふっと緩んでしまうのが悔しい。
「おはようございます、会長」
振り返ると、制服の襟元をきちんと整えた九条里香が、いつものように笑っていた。
彼女は朝から眩しいくらいに整っていて、同じ制服なのに、どこか違って見えた。
「修学旅行、どうだった?」
「楽しかったですよ」
(でもやっぱり、会長の隣にいる方が楽しいけど)
その言葉は、心の中で囁いた。
「あ、お土産のお菓子、机に置いてるんで、好きに食べてください」
そう言って、棚の上に置いた紙袋を指差す。
包装には水族館のロゴマークが印刷されていて、中ふには小さなクッキーが詰まっていた。
「わー、ありがとう。放課後の活動で皆で食べようね」
里香は嬉しそうに目を輝かせて、袋の中を覗き込む。
本当に、少しのことでもこうして喜んでくれるのが、嬉しい。
だか今日は、いつにも増して、機嫌が良さそうにも見える。
「会長、なんかいいことあったんですか?」
自然と、そんな言葉が口をついて出た。
その瞬間、里香の肩が、ぴくんと小さく揺れた。
そして、ほんの一拍置いて、少し恥ずかしそうに笑って言った。
「だ、だって桐生くんが帰ってきたから……」
思わず言葉が詰まった。
気のせいか、彼女の頬がほんのりと赤いように見える。
「……あ、ありがとうございます……」
それしか言えなかった。
嬉しすぎて、心臓が変な音を立てている。
……そのときだった。
「あ、それ、かわいいね。イルカ?」
唐突に声がして顔を上げると、里香が机の上に手をついて、興味津々な様子で覗き込んでいた。
どきっと心臓が跳ねる。
「……これ、会長好きそうだなって思って。いりますか?」
里香は一瞬、目を大きく開けて驚いた後、照れた様に笑った。
「え、いいの?……じゃあ遠慮なく。こっち貰っちゃおうかな」
そう言って、拓哉の手からピンクの方のイルカをそっと取った。
想定していた渡し方とは違ったけれど、かなり自然に渡す事が出来てほっとした。
里香は少し悩んでから、筆箱にキーホルダーを付けた。
「ありがとう。すごく可愛い」
小さな鈴の音が、ちりんと鳴った。
嬉しそうに笑うその顔に、拓哉の心がじんわりと暖かくなった。
こうして笑ってくれるなら、買ってよかったと思う。
「……ふふ、お揃いだね?」
里香が拓哉の手に残った水色のイルカを見て、いたずらっぽく笑った。
その言葉に、拓哉は思考が一瞬停止した。
「……そう、ですね」
やっと絞り出すように答えた。
誰かが聞いていたら、間違いなく勘違いされそうなやりとり。
でも、彼女は軽く手を振りながら、鞄を肩に掛けて言った。
「それじゃ、私、教室行くね。また放課後に」
「……はい。また後で」
ドアが閉まるまでの間、彼女の後ろ姿を目で追っていた。
イルカのキーホルダーが、鞄の横で控えめに揺れているのが見える。
静かになった生徒会室。
拓哉はようやく手に持っていた水色のイルカを見下ろし、顔を覆うようにしてため息をついた。
「……お揃い、か……」
それが嬉しくてたまらないことに、誰にも気づかれたくなかった。
教室へ向かう廊下を歩きながら、鞄のポケットやファスナーを見ては、
(どこにつけたら、会長以外にバレずにいられるかな)
なんて、悩み始めてしまう自分が少し可笑しかった。
それでも、ポケットの中のイルカは静かに揺れて、優しく心をくすぐってくる。
(……ま、しばらくは隠しておくか)
照れくささと、嬉しさと、少しだけの欲。
全部まとめて飲み込みながら、今日もまた、一日が始まる。
side里香
梅雨の合間の貴重な晴れ間。
里香はお気に入りのヘアピンをひとつ髪に差してから、生徒会室へと向かった。
(桐生くん、もう来てるかな……)
気がつけばそんなことを考えていた。
扉の前で深呼吸。何でもない顔をして、ドアを開ける。
「おはよう、桐生くん」
ぱっと顔を上げた彼と目が合った。
その瞬間、胸の奥がほんのり熱くなる。
「おはようございます、会長」
いつも通りの、丁寧で優しい声。
だけどその声が、拓哉が居ない間、ずっと恋しかった。
「修学旅行、どうだった?」
「楽しかったですよ」
……少しだけ声のトーンが柔らかい。
それだけで、ほんのり胸が痛んだ。
「あ、お土産のお菓子、机に置いてるんで、好きに食べてください」
「わー、ありがとう。放課後の活動で皆で食べようね」
嬉しくて、素直に声が弾んだ。
修学旅行中、彼が自分を思い出してくれたんだと思うと、それだけで今日が少し特別になる。
「会長、なんかいいことあったんですか?」
その言葉に、思わず肩がびくっとなった。
しまった、と思った。
隠すつもりだったのに、嬉しさが顔に出ていたのかもしれない。
「だ、だって桐生くんが帰ってきたから……」
……ああ、言っちゃった。
自分で口にした瞬間、顔が熱くなった。
少し、照れたように、彼の表情が変わる。
「……あ、ありがとうございます……」
その一言で、なぜか救われた気がした。
(……ほんと、ずるいな)
いつも冷静に淡々とした顔で、理路整然と物事を対処してるくせに、時々見せる困ったような照れ顔が、里香を何度も好きにさせる。
ふと、彼の手元に視線が落ちる。
「あ、それ、かわいいね。イルカ?」
「……これ、会長好きそうだなって思って。いりますか?」
一瞬、どきっとした。
まさか、くれるなんて思ってなかった。
「え、いいの?……じゃあ遠慮なく。こっち貰っちゃおうかな」
そっと、ピンクの方を取った。
少し緊張しながら、でも内心では跳ね上がるような嬉しさを隠せずに、筆箱に取り付ける。
「ありがとう。すごく可愛い」
本当に、こういう小さな優しさがたまらない。
自分が彼のことを“好き”なんだって、改めて実感させられる。
「……ふふ、お揃いだね?」
自分でも、よくそんな言葉が出たと思う。
ペアだなんて、そんな……。
言ったあとで、顔から火が出そうだった。
でも、彼は拒絶しなかった。それどころか、
「……そう、ですね」
そっけなく見えるその返事に、ほんの少しだけ“照れ”が混じっているのが分かり、余計に恥ずかしさと嬉しさでいっぱいになる。
「それじゃ、私、教室行くね。また放課後に」
ドキドキとした胸の高鳴りを隠し、いつも通りの笑顔でそう言って、生徒会室を出る。
ドアが閉まるその一瞬前、最後にもう一度だけ、彼を見た。
彼の指に残った、水色のイルカ。
私の手元にある、ピンクのイルカ。
(……お揃い、って言ってよかったかな)
そう思いつつも、顔が勝手ににやけてくるのを、抑えられそうになかった。
教室に着いて、筆箱を取り出し、筆箱に付けたイルカのキーホルダーにもう一度触れた。
キーホルダーの鈴が小さくちりんと音を立てる。
たったこれだけのことで、今日という一日が、少しだけ特別に変わった。
見つけてくださり、お読みいただき、ありがとうございました!
本作は
case3.後輩からの告白 の生徒会二人の話です。
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陽ノ下 咲




