case23.ポッキーゲーム
高校二年生の天羽陽菜は、友達にどうしてもとお願いされて、合コンに参加する事になった。そこには友達以上恋人未満な関係の、五十嵐修斗の姿もあって、なんと二人でポッキーゲームをする事になってしまい……。
友達以上、恋人未満な二人の、ポッキーゲームの話です。
ぜひお読みください。
どうしてこんな事になったのか。
冬が本気を出し始め、本格的に肌寒くなってきた十二月の初旬のこと。
天羽陽菜は、五十嵐修斗とポッキー一本を挟んで、向かい合っていた。
五十嵐修斗。去年陽菜と同じクラスだった事もあり、話しやすくて少し気になる、友達以上、恋人未満な存在。そんな微妙な関係の彼と、今にも息が触れ合いそうな距離にいる。
事の発端は、友達の工藤皐月に頼まれた一言だった。
「陽菜!お願い!合コンに参加して!」
皐月がずっと気になっている男子、高橋健吾が合コンに来るらしい。
ところが、女子の人数が足りないということで、どうしても来てほしいという切実なお願いだった。
「これがチャンスなの……!どうしてもクリスマス、高橋くんと一緒に過ごしたいの。お願い、協力してくれない?」
皐月の必死なお願いに、陽菜は自分で役立てるなら、と了承した。
そして、良いと言ったは良いけれど、合コンなんてこれまで参加した経験も無く、一体どう立ち回れば良いのか全く分からないまま、心配と緊張を抱えながら、当日を迎えることとなった。
会場はカラオケボックス。男女五人ずつ、向かい合って並ぶ形式だった。
周りの女の子たちは皆、服もメイクも完璧。男子も、意外とオシャレだ。
一応は浮かない程度に頑張って整えたつもりではいるものの、このおしゃれ空間の中で自分が浮いていないか不安だった。
男子の列を緊張しながら見ると、対面に座る男子の列の端に、五十嵐修斗の姿があった。
(えっ……五十嵐?)
まさか、こんな場にいるなんて、ちょっと意外だった。驚いて修斗の方を見ていると、彼とがっつり目が合った。
気まずさに思わず目をそらしたが、彼の視線が自分に向けられ続けているのを、肌で感じた。
やがて自己紹介が終わり、席を自由に移動する流れになる。陽菜は飲みきったドリンクを取りに立ち上がった。
「おい、天羽」
背後から声をかけられ、振り返ると、修斗が空のコップを持って立っていた。
「やっほー、五十嵐。奇遇だね」
なんとなく、いつも通りを装ってみる。けれど内心は、どこか落ち着かない。
「お前、合コンとか興味あるんだな」
「違うよ。皐月に人数足りないって頼まれたの。合コンなんて初めてで、もう、どうすれば良いか分かんなくて困ってたところだよ……」
「皐月?……ああ、あの健吾の事、好きそうな子か」
「え、分かるの?」
「分かりやすいじゃん、あの子。まあ、でも健吾いい奴だし、あの子も、天羽の友達なんだったらいい子だろ。合うんじゃねーの」
修斗の言葉に、確かに修斗の友達ならきっといい人なんだろうなと、陽菜は思った。
「ていうか、五十嵐こそ合コンにいるの意外なんだけど」
「俺もドタキャンの穴埋めだよ。こういう雰囲気、好きじゃねーし」
陽菜は、その返答に何故か少しほっとした。
修斗は少し照れたように続ける。
「でも……お前がいるなら、来て良かったかもな」
その一言に、陽菜の胸の奥がふわっと温かくなる。
「私も、五十嵐がいてくれて安心したよ」
不思議と、その時は緊張を忘れて、自然に笑えた。
その後、合コンは進行し、雰囲気も次第に盛り上がっていき、ゲームが始まった。
「はい、王様ゲーム行きまーす!」
掛け声とともに、紙を引いて出た命令は、
「3番と7番で、ポッキーゲーム!」
みんながざわつき、拍手が起こった。
(え、3番……私じゃん)
恐る恐る手を挙げると、もう一人、手を挙げたのは修斗だった。
(……五十嵐)
相手が修斗で安心したような、逆にもっと緊張するような、複雑な気持ちになる。
「……えーっと、じゃあ、やる?」
陽菜がポッキーを差し出す。
緊張している陽菜に対し、修斗は気遣う様な声音で、
「……やらないと終わんねーしな。さっさとやって、終わらせようぜ」
そう呟いた。
二人は向かい合い、ポッキーの端を咥える。
距離、30センチ。
ポキッ、と一口かじる。
20センチ。
修斗の真剣な表情に、陽菜の心臓が跳ねる。
修斗と目が合う。とっさに目線を逸らした。
15センチ。
修斗の顔が更に近づいてくる。
ドクドクと、心臓の音だけが耳に響く。
10センチ。
修斗の息が、陽菜の唇にかかる。
5センチ。
(もう無理……っ!)
陽菜は思わず、目をぎゅっと瞑った。
――ぽろっ
ポッキーが床に落ちて、修斗が急に顔を離した。
「……あぶなかった」
小さく呟いた声が、聞こえた。
振り向いた彼の耳は、真っ赤だった。
周りからは惜しむ声や冷やかしが飛んでくるけれど、陽菜の頭には、さっきの距離が焼きついて離れなかった。
その後も合コンは続いたが、陽菜はもう、上の空だった。
思い出すたびに胸が苦しくなる。あとほんの少しで唇が触れそうだった、あの感覚。
やがて合コンはお開きとなり、皐月が嬉しそうに声をかけてきた。
「陽菜、今日はありがと!健吾くんとすごく仲良くなれた!」
「凄い!名前で呼ぶ仲になったんだね。よかったじゃん」
「えへへ、嬉しいよー。ところでこのあと二次会だけど、陽菜も来る?」
一瞬、修斗はどうするんだろうと考えたが、二次会まで参加する気力はもう残っていなかった。
他の皆はワイワイしていたので、
「今日はもうこれで帰るね」
と皐月に簡単に挨拶をしてから、陽菜は会場を後にした。
夜風が頬に心地よい。
(皐月が幸せそうで良かった。参加した甲斐があったな。……名前呼びかぁ。良いな)
ーーん?良いなって何だ?
そんな事を考えながら駅に向かって歩いていると、後ろから誰かが走ってきた。
「お、間に合った。天羽、駅まで一緒に帰ろうぜ」
修斗だった。
一瞬驚いたが、わざわざ追いかけてきてくれた事が嬉しくて、陽菜の顔に笑顔が浮かんだ。
彼が隣に並んで歩く。
陽菜は、ポッキーゲームのことを、「さっきは災難だったね」と、言いかけてやめた。
(災難だったかな?……いや、別に嫌じゃ無かったよね。凄く緊張はしたけど)
そう思っていると、修斗が話しかけてきた。
「なあ、なんか腹減らねえ?」
修斗の言葉に、思わず笑う。
「うん。そういえば、合コンの空気に圧倒されて、何も食べてなかったかも」
「じゃあ、どっか寄ってこうぜ」
「うん。そうしよっか」
寄り添うように並んで歩くこの距離感が、やっぱり心地いいなと思う。
それと同時に、気づいてしまった。
名前で呼んでみたいと思っている自分に。
心の奥に灯った熱が、確実に大きく成長してきている事に。
side修斗
カラオケボックスの薄暗い照明の下、修斗はため息を飲み込んだ。
合コン。この空気感は、やっぱり好きになれない。
普段、女子と積極的に話すタイプでもないし、騒がしい雰囲気もあまり得意じゃない。
それでも来ることになったのは、友達の健吾からの頼みだった。
「頼む!一人ドタキャン出てさ、マジで困ってんだよ」
合コンの空気は正直苦手だが、特に予定もなかったし、健吾には世話にもなってる。
まあ、数合わせ程度なら良いか、と軽い気持ちで参加した。
(……あれ)
対面に座った女の子の中に、見慣れた顔がある。
天羽陽菜。
去年同じクラスで、何となく気が合って、今でも会えば声を掛け合う、そんな仲。友達以上……けど恋人とは違う。自分にとって、少し特別な存在の陽菜が緊張した面持ちで座っていた。学校の時の姿とは違い、今日は軽く化粧もしているようだ。
(まさか、天羽が来てるなんて)
目が合った。陽菜がすっと視線を逸らした。
(気まずいよな、そりゃ)
合コンに来るような子じゃないと思ってた。
少なくとも、修斗の中で陽菜は、全くそういうイメージじゃなかった。
自己紹介が終わって、自由に席を動く流れになった時、ドリンクバーに向かう陽菜の姿が見えた。自然と後を追っていた。
「おい、天羽」
声をかけると、彼女はちょっと驚いた顔で振り返った。
「やっほー、五十嵐。奇遇だね」
少しだけ安心した。あの、いつもの陽菜のテンションだったから。
「お前、合コンとか興味あるんだな」
素直な気持ちが、言葉になった。
すると、陽菜は眉を下げ、困った感じで返してきた。
「違うよ。皐月に人数足りないって頼まれたの。合コンなんて初めてで、もう、どうすれば良いか分かんなくて困ってたところだよ……」
ああ、そういうことか。
その回答に、あからさまにほっとした。
「でも……お前がいるなら、来て良かったかもな」
つい、本音が漏れた。
こんな場で、唯一自然体で話せる存在。それが陽菜だった。
合コンが進んで始まった王様ゲーム。
修斗は正直、苦手だった。無理やり誰かに絡むようなノリは、性に合わない。
「3番と7番で、ポッキーゲーム!」
ざわつく声。
(まさかな)
自分の番号を見る。7番。
相手は、と見回すと陽菜が手を挙げていた。
(相手が俺で良かった)
咄嗟にそう思った。
どう見ても緊張している陽菜に、ぼそっと、「さっさとやって終わらせようぜ」と声をかけた。
こんなゲーム、本気で付き合ってやる必要なんて無い。さっさと折って、終わらせればいい。そう思っていた。
はずなのに。
ポッキーを咥える。
距離、30センチ。
陽菜の緊張した顔が至近距離にある。
ポキッ。
20センチ。
陽菜の顔が、近づいてくる。いや、こっちが近づいてるのか。
陽菜のまつ毛が、少しだけ震えている。
目が合うと、瞳をそらされた。顔が赤い。
15センチ。
陽菜の顔が目の前まで迫る。
10センチ。
陽菜の吐息が、修斗の唇にかかる。唇から、目を逸せなくなった。
5センチ。
陽菜が目を瞑った。陽菜の唇に吸い寄せられそうになってーーー、
(やばい……ッ!)
修斗は焦ってポッキーを落とすと、弾かれたように顔を離した。
「……あぶなかった」
小さく、独り言のように漏らした。
陽菜と30cmの距離で向き合った途端、さっさと終わらせようと思っていた事が一瞬でどこかに消え失せてしまっていた。
あやうく、本気でキスしてしまうところだった。
顔だけじゃなく、耳まで赤くなっているのが自分でも分かった。
周囲のざわめきが、まるで遠くで鳴っている別世界の音みたいに感じられる。
あの後は、もうろくにゲームの内容も覚えていない。
ただ、ずっと、あの距離感だけが脳裏に焼きついていた。
そして合コンが終わり、皆がワイワイと騒いでる中、陽菜の姿が見えなくなった。
(……帰ったのか)
思わず、体が動いていた。店を飛び出し、人混みの中を探す。
そして、見つけた。駅へ向かう、見慣れた後ろ姿。
「お、間に合った。駅まで一緒に帰ろうぜ」
息を切らせて隣に並ぶ。
陽菜はちょっと驚いた顔をしたが、すぐにほっとした様に笑った。
その笑顔を見た瞬間、合コンの喧騒も、ポッキーの緊張も、すべてがどうでもよくなった。
陽菜が合コン中、例のポッキー以外何も食べ物を口にしていなかった事に気づいていた修斗は、自分も腹が減っている風を装って、陽菜に聞いてみた。
「なあ、なんか腹減らねえ?」
陽菜が笑って頷いた。
「うん。そういえば、合コンの空気に圧倒されて、何も食べてなかったかも」
「じゃあ、どっか寄ってこうぜ」
陽菜の隣に並ぶこの距離。
隣にいるだけで、なんとなく落ち着く。
だけど、それだけじゃない。
分かってしまった。
もうかなり前から、確実に大きくなってきている心の熱が、そろそろ無視出来ないところまできている事に。
見つけてくださり、お読みいただき、ありがとうございました!
本作は
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陽ノ下 咲




