金メダルへの選考
第72章 金メダルへの選考
ロサンゼルスオリンピック出場決定。
その知らせに日本中が沸いてから、数週間。
なでしこジャパンの日常は、もう次の戦いへ向かっていた。
予選を突破した。
だから休める。
そんな空気は、代表にはなかった。
むしろ。
ここからの方が厳しい。
オリンピック本大会へ登録できる人数は限られている。
予選を戦った。
ゴールを決めた。
チームを救った。
それだけでは、本大会への切符にはならない。
原町監督は最初の代表候補ミーティングで、はっきりと言った。
「予選は終わった」
選手たちが顔を上げる。
「今日から、評価はまた始まる」
1 ゼロからの競争
大船柚月。
早川莉奈。
宮野沙季。
長崎美琴。
森岡美里。
正木静香。
藤森彩香。
伊達葵。
そのほか、予選で活躍した選手たち。
さらに。
予選中には招集されなかったものの、クラブで急激に調子を上げている選手たちも代表候補へ戻ってくる。
原町監督は言った。
「予選を戦った選手を優先する、という考え方はしない」
早川が真剣な表情で聞く。
「今の状態で判断する?」
「そうだ」
クラブでのパフォーマンス。
フィジカル。
コンディション。
戦術理解。
複数ポジションへの適応。
短期決戦。
暑さ。
移動。
そして。
延長戦まで含めた連戦。
「ロサンゼルスで最後まで戦える選手を選ぶ」
柚月は静かにうなずいた。
当然だ。
ワールドカップ優勝選手。
予選突破の中心選手。
そんな肩書きは、もう関係ない。
2 六試合を戦える脚
柚月はクラブへ戻ると、トレーナーへ自分から相談した。
「オリンピックで六試合戦える脚、作りたい」
トレーナーは柚月を見る。
「六試合全部フル出場するつもり?」
「そういう意味じゃねぇっちゃ」
柚月も笑う。
「必要になったときに、六試合目でも走れる脚」
そこだった。
けがは治った。
試合にも戻った。
代表でも戦えた。
だが。
オリンピックは短期決戦。
中二日。
中三日。
移動。
疲労。
場合によっては延長戦。
一試合だけ良ければいいわけではない。
「治った脚じゃなくて、最後まで戦える脚にしたい」
トレーナーはうなずいた。
「じゃあ、持久力だけ上げるのは違うね」
スプリント。
減速。
方向転換。
接触。
その翌日。
さらに次の試合。
そこまで含めた負荷設計が始まる。
3 競争する四人
代表候補合宿。
中盤では、早くも激しい競争が始まっていた。
柚月。
早川。
宮野。
美琴。
四人でボール回し。
奪われたら即守備。
早川が柚月から奪う。
「取った!」
柚月がすぐ追う。
「まだ終わってねぇっちゃ!」
美琴が横で笑う。
「本気すぎません?」
宮野が答える。
「この四人、ずっとこんな感じだよ」
次。
美琴が背負ってキープ。
柚月が身体を入れる。
奪えない。
美琴が反転。
早川へ。
柚月が苦笑する。
「美琴、ほんと取れねぇな」
「狙っていいって言いましたよね」
「言ったけど、ほんとに取りに来るなぁ」
「どっちですか」
宮野が吹き出す。
でも。
全員、本気だった。
4 選ばれるのは誰か
合宿後。
メディアは早くも予想を始める。
「中盤は誰が選ばれるのか」
「大船柚月は当確か」
「早川莉奈は世代交代の象徴になるのか」
「長崎美琴はサプライズ選出か」
その質問を受けた柚月は答えた。
「当確なんてないっちゃ」
記者が聞く。
「ワールドカップ優勝、オリンピック予選突破の中心選手でも?」
「今、動けなかったら選ばれないべ」
一方。
早川にも。
「大船を超えたと思いますか」
早川は少し考えた。
「まだです」
そして続ける。
「でも、超えたいです」
柚月はその記事を見て笑った。
「いいじゃん」
5 組み合わせ抽選の日
そして。
ロサンゼルスオリンピック女子サッカー。
一次リーグ組み合わせ抽選の日。
出場16か国。
四つのグループ。
各組四チーム。
日本代表候補の選手たちは、合宿先のミーティングルームで中継を見ていた。
森岡が言う。
「来たね」
早川が少し緊張する。
「どこでも強いですよね」
柚月が答える。
「オリンピックだぞ」
美琴が小さく言う。
「分かってても怖いです」
「それ普通だっちゃ」
抽選が始まる。
6 A組、日本
最初に表示された。
GROUP A
そして。
JAPAN
日本。
A組。
部屋の空気が少し変わる。
次。
NETHERLANDS
オランダ。
早川が小さく息を吐く。
「強い……」
森岡も。
「技術あるし、前線も強い」
次。
MEXICO
メキシコ。
柚月が腕を組む。
「運動量あるべな」
原町監督はすでにメモを取っている。
そして最後。
GHANA
ガーナ。
A組が確定した。
A組
* 日本
* オランダ
* メキシコ
* ガーナ
美琴が言った。
「全部タイプ違いますね」
原町監督が答える。
「だから面白い」
柚月がすぐ返す。
「監督は面白いで済むんだなぁ」
少し笑いが起きる。
7 B組、開催国アメリカ
続いて。
GROUP B
最初。
UNITED STATES
開催国。
アメリカ。
そして。
ENGLAND
イングランド。
部屋がざわつく。
次。
FRANCE
フランス。
さらに。
AUSTRALIA
オーストラリア。
B組。
B組
* アメリカ
* イングランド
* フランス
* オーストラリア
早川が目を丸くする。
「これ、すごい組ですね」
宮野が苦笑する。
「すごいどころじゃない」
柚月も画面を見たまま言う。
「アメリカ、初っ端から大変だべ」
原町監督は静かだった。
「他組の心配はあとだ」
柚月が苦笑する。
「はい」
8 C組
抽選は続く。
GROUP C
一つ目。
SPAIN
スペイン。
二つ目。
BRAZIL
ブラジル。
三つ目。
NIGERIA
ナイジェリア。
四つ目。
CANADA
カナダ。
C組
* スペイン
* ブラジル
* ナイジェリア
* カナダ
森岡が言う。
「ここも相当だね」
早川も。
「ブラジルとスペイン同組……」
柚月は笑う。
「楽な組なんかねぇっちゃ」
9 D組
最後。
GROUP D
GERMANY
ドイツ。
SWEDEN
スウェーデン。
COLOMBIA
コロンビア。
そして。
NEW ZEALAND
ニュージーランド。
D組
* ドイツ
* スウェーデン
* コロンビア
* ニュージーランド
これで16か国。
すべて出そろった。
10 ロサンゼルス五輪・女子サッカー一次リーグ
スクリーンに最終結果が大きく表示される。
A組
日本
オランダ
メキシコ
ガーナ
B組
アメリカ
イングランド
フランス
オーストラリア
C組
スペイン
ブラジル
ナイジェリア
カナダ
D組
ドイツ
スウェーデン
コロンビア
ニュージーランド
16か国。
世界中の強豪。
女子サッカー最高峰の戦いが、いよいよ形を持ち始めた。
11 A組の特徴
原町監督は抽選が終わると、すぐ立ち上がった。
「まずA組だけを見る」
また。
柚月が少し笑う。
「ですよね」
「当たり前だ」
最初。
オランダ。
ボール保持能力。
前線の決定力。
身体の強さ。
次。
メキシコ。
運動量。
切り替え。
個人技。
そしてガーナ。
身体能力。
スピード。
一対一。
「三試合、全部違う」
岩出コーチが言う。
「一つの戦術で全部は戦えません」
原町監督がうなずく。
「大会中にも変える」
柚月が答える。
「予選と同じだべ」
相手を見る。
変化を見る。
自分たちも変わる。
12 いきなりオランダ
一次リーグ初戦。
オランダ。
これが大きい。
初戦から世界トップレベル。
柚月が言う。
「最初からピーク必要だな」
原町監督は首を振る。
「大会全体のピークは決勝だ」
「じゃあどうするんです?」
「ピークじゃなくても勝てる状態を作る」
柚月が少し考える。
「六試合の話か」
「そうだ」
一試合目で全部使い切ったら。
二試合目。
三試合目。
決勝トーナメント。
続かない。
オリンピックは一試合の大会ではない。
13 アメリカのB組
休憩時間。
選手たちはB組の話をしていた。
美琴が言う。
「アメリカ、イングランド、フランス、オーストラリアですよ」
早川が答える。
「相当きつい」
宮野も。
「でも、アメリカは開催国だから勢い出そう」
柚月は少し黙っていた。
ワールドカップ決勝。
アメリカ。
3-1。
勝った。
でも。
また戦えば、同じ結果になる保証などない。
むしろ。
アメリカはあの敗戦を徹底的に分析してくる。
柚月が言う。
「アメリカ、強くなってくるぞ」
早川が見る。
「また決勝で戦いたいですか」
柚月は少し笑う。
「決勝まで行ったらな」
まだ。
そこは見ない。
14 アメリカ代表側
海の向こう。
アメリカ代表も抽選結果を見ていた。
イングランド。
フランス。
オーストラリア。
簡単ではない。
しかし。
その先。
日本。
ワールドカップ決勝で敗れた相手。
アメリカ代表監督は選手たちへ言う。
「日本を考えるのは、彼女たちと対戦することになってからだ」
選手たちがうなずく。
考え方は日本と同じだった。
まず。
目の前。
それでも。
心の奥にはある。
日本への雪辱。
そして。
開催国としての金メダル。
15 柚月と徹
夜。
柚月は徹へ抽選結果を見せた。
「A組」
徹が読む。
「オランダ、メキシコ、ガーナ」
「全部強い」
「そりゃオリンピックだからな」
柚月がソファにもたれる。
「アメリカ、B組すごいぞ」
徹が見る。
「イングランド、フランス、オーストラリア……これは大変だな」
少し間。
徹が聞く。
「決勝でアメリカとやりたい?」
柚月は笑う。
「みんなそれ聞くなぁ」
「で?」
柚月は少し考えた。
「やれたら最高だべ」
ワールドカップ決勝。
そして。
オリンピック決勝。
もし。
もう一度。
アメリカと金メダルをかけて戦えたら。
それ以上の舞台はない。
「でも」
柚月が続ける。
「まずオランダ」
徹が笑う。
「成長したな」
「うるせぇ」
16 未来の決勝
この時。
柚月たちは知らない。
一次リーグ。
A組。
オランダ。
メキシコ。
ガーナ。
そこから始まる道。
決勝トーナメント。
準々決勝。
準決勝。
そのすべてを乗り越えた先に。
日本が本当に決勝へ進むことを。
そして。
反対側の山から。
開催国アメリカも。
イングランド。
フランス。
オーストラリアとの死闘を経て。
さらに決勝トーナメントを勝ち上がり。
最後に。
もう一度。
日本の前へ立つことを。
日本対アメリカ。
ワールドカップ決勝の再戦。
今度は。
オリンピック金メダル。
女子サッカー最高峰の舞台で。
世界一と開催国が。
もう一度ぶつかる。
17 しかし今は
柚月はまだ、そんな未来を知らない。
代表候補。
まだ本大会メンバーにも選ばれていない。
右ふくらはぎ。
クラブ。
コンディション。
競争。
やることは山ほどある。
柚月は翌朝。
グラウンドへ向かう。
早川も。
宮野も。
美琴も。
それぞれのクラブで。
それぞれの場所から。
ロサンゼルスへ。
まだ誰にも保証されていない席を、自分の力で取りに行く。
次回予告
第73章「18枚の切符」
組み合わせが決まった。
日本はA組。
オランダ。
メキシコ。
ガーナ。
しかし。
そのピッチへ立てる選手は、まだ決まっていない。
原町監督は本大会登録メンバー選考へ入る。
GK。
DF。
MF。
FW。
限られた人数。
誰を連れていくか。
一つのポジションだけでなく、複数の役割をこなせる選手。
途中出場で流れを変えられる選手。
延長戦で走れる選手。
PK戦を任せられる選手。
そして。
ベンチでもチームを支えられる選手。
大船柚月。
早川莉奈。
宮野沙季。
長崎美琴。
中盤の競争は最終段階へ。
柚月の右ふくらはぎも、いよいよ本大会仕様の負荷テストへ入る。
原町監督は候補選手たちへ告げる。
「予選を突破したメンバーを選ぶんじゃない」
「金メダルを取れるチームを選ぶ」
次回、
第73章「18枚の切符」
ロサンゼルスへ行きたい。
その願いだけでは届かない。
最後に必要なのは、自分がこのチームに何を持っていけるかを、ピッチで示すことだ。




