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第百三十一話 急性大動脈解離9

「やはり、出て行くのか?」

「あら? ばれていたの?」

「レナがな、どうせ一人で出て行くだろうから止めろと」


 夜間、サーシャとマインと三人で暮らしている家から出たところをヴェールはアレンに捕捉された。ようやく出てきてくれたと、アレンは数時間も待っていて退屈だったと文句を言う。


「レナが来ればいいじゃない。なんで、貴方が?」

「レナはシュージに睡眠スリープをかけなければならないそうだ。あれは抵抗されると効かないからな」

「先生もなにげに頑固なのよね」

「考えたくはないが、シュージを必要とすることがあるだろう。できるだけ休ませてやりたいのだと。それに対して俺は一日くらい寝なくても平気だろうからと言われた」

「はぁ、妬けるわね」


 頭の裏をポリポリとかいて、ヴェールは言う。いつもとは違う素振りに、アレンではなくともヴェールが焦っているというのが分かった。

「やはり、ベルホルトの言うとおりに目的はお前なのか?」

「多分ね…・・・」

「それで一人だけで出て行こうと?」

「ええ、そんな感じ」

「まだ何か隠しているだろう? と、レナが言っていたが」

「はぁ・・・・・・もう」


 なんで分かっちゃうのかしら、とヴェールは力を抜いて答えた。アレンが逃がしてくれそうにもなかったからである。それまではなんとかして隙をつこうと思っていたが、鳥の魔物を呼んでいたわけでもなく、どうしても無理そうだった。ちなみに、町の中で鳥の魔物を呼ぶのは二度としないとヴェールは自分に誓っている。


「緊張しっぱなしだったから、喉が渇いたわ。どこかの酒場にでも入りましょ」


 ヴェールはアレンの腕を引っ張ると、酒場がありそうな方角へと早足で歩いて行った。その表情はどこかしらうれしそうな、泣きそうななんとも言えない表情だったが、酒場に入るまで絶対にアレンには顔を見られないように気をつけていた。



「俺は飲まんぞ」

「私だって、深酒はしないわよ。明日は大変なんだろうから」

「明日、なのか?」

「いえ、それは分からないわよ。コクが遣う竜族はたしかに夜は苦手ではあるけど・・・・・・」

「けど?」


 ヴェールはそこまで言うと続きを言わずに酒を注文する。適当につまみも頼んで、アレンは水を頼んだ。さすがに今日は飲む気にはなれなかった。


「ハクの作ったリッチの事、覚えてる?」

「ああ、ダリア領のラッセンとかいう男だったようだな。どうやって人間をアンデッドに変えたのかというのは皆目見当もつかないが」

「あれをね、アンデッドじゃなくて竜族に変えることって、できるのかなぁ・・・・・・って、思っちゃったのよね」


 運ばれてきたエールをぐいっと飲んでヴェールは言った。シュージの前では絶対にやらないような行動だった。杯をあおるとヴェールの髪が揺れる。


「報告にあがる竜人ドラゴニュートの行動がいちいちオ・・・・・・、コクっぽいのよ」


 何も言えずにヴェールを見るしかできないアレンに対して、ヴェールはそう続ける。


「そうしたらね、ベルホルトが言った、竜人ドラゴニュートの目的は私ってのは、しっくりくるのよね・・・・・・」

「だが、まだそうと決まったわけではないだろう」

「まあ、そうじゃなかったとしても、私が近づいたら分かるんじゃないかなと思っているわ。私の方は全く分からないんだけど」


 次のエールを注文するヴェール。こんなペースで酒を飲むヴェールを見るのは初めてである。私たちは酒は吸収できるのよ、と若干酔いが回っているようだった。


「そうか。しかし、それで出て行ってしまって、お前を助けたシュージたちが喜ぶとでも思っているのか?」

「そういえば、貴方も助けてくれた一人よね」

「話をそらすな」

「正直言うとね、止めてくれてすこしうれしかった。さすがに怖かったから」

「なっ・・・・・・」


 いたずらが成功したようにヴェールは笑うと、さらにエールをあおる。アレンの反応を見て楽しんでいるのだった。しかし、おそらくは本心なのではないかとアレンは感じた。ばつが悪くなり、アレンは話題を変える。


「おい、そんなに飲んで大丈夫なのか?」

「そんな事を言ったって、私は町を出ようとしていたのを止められたのよ。計画は完全に潰されて予定は全くないわ」

「はぁ、ほどほどにしておけ」

「それに貴方はどうするの?」

「どう、とは?」

「この後よ。私、貴方がいなくなれば町を出るけど?」

「・・・・・・」


 レナに頼まれたのはヴェールが町を出ようとするのを阻止すること。しかし、一度阻止した後のことを何も考えていなかった。しまった、とアレンは思うがすでに遅い。


「い、家に帰って寝ろ」

「ベッドに入るふりをして、また出て行くわ」

「・・・・・・」

「ね? 貴方は私に朝まで付き合う必要があるのよ。大丈夫、シュージ先生が二日酔いくらい、治してくれるわ」


 ぐいっと自分が飲んでいたエールを差し出すヴェール。ついでにもう一杯の追加注文をしている。


「はぁ・・・・・・」


 やられた、とアレンは思いつつエールを飲むのだった。




 ***




「寝ーな-さーいー」

「いや、ちょっと待って、もう少し」


 日課である教科書の作成をしていると、後ろからレナに背中を蹴られた。蹴られると痛いから眠りにくくなると思ったけど、あんまり痛くはなかった。


「明日は大変になるかもしれないのよ」

「そうだね。でも、僕のできることは誰かの傷を治すだけだから。ベルホルトもいるし、大丈夫だと思うよ」

「それでも、シュージじゃないと治せない怪我をするかもしれないじゃない」


 手術が必要な怪我というと、ないわけではない。しかし、外傷のそのほとんどが回復ヒールで治癒可能であれば、ベルホルトやカジャルさん、ミリヤなどなどこのユグドラシル領には優秀な治癒師はいくらでもいる。それに騎士団の治癒師の多くは僕が設立する学校で学ぶ事になっているけど、すでにそのほとんどはかなり腕のたつ治癒師だと思っている。


大発生スタンピードやアンデッドの襲撃みたいな大規模なものではないでしょ? 僕の出番はなさそうだと思っているんだけど」

「そんなの、分からないじゃない」

「はは、分かったよ。レナの言うとおりにして寝ます」


 本当に強引なんだから、と僕は教科書を書くのをやめてベッドに入ることにした。しかし、本当のところは、ジャックに言われた言葉から始まる不安があり、眠れそうになかったのだ。勇者レグスのパーティーですらかなわない相手である。もしかしたら僕の知り合いが死んでしまうかもしれないと思うと、安心して眠れるような状況じゃなかった。

 しかし、そんな原因もはっきりしない不安をレナも前で出すわけにはいかない。それでも彼女にはばれていたようだ。おとなしくベッドに入って寝ることとする。

 ベッドの中でもぞもぞしていると、部屋の扉が開かれた。パジャマ姿のレナがいる。


「眠れない?」

「うん、まあ。でも大丈夫」

睡眠スリープかけてあげる」


 僕が返事をするよりも早く、レナは右手を僕の頭に当てて、睡眠スリープを唱えた。抵抗しようと思えばできたけど、レナが僕の事を思ってやってくれている事だったから、抵抗はしなかった。薄れゆく意識の中、なんでレナは左手に枕を持っているのだろうかと、思ったような記憶があるようなないような……。


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