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第百二十八話 急性大動脈解離6

 最初に遭遇してしまったのはヴァンのパーティーだった。場所はユグドラシルの町から西の森の中である。見つけることができたのはたまたまであるかもしれない。その魔物は一カ所から動こうとはしていなかったからだ。


「アレか? アレなんだな?」

「ランス、声がでかい……」

「すまねえ、ちょっとプレッシャーがきつすぎて……」


 全身黒色の鱗に覆われたソレは、翼を広げていた。飛ぶような素振りはみせないが、まるで肩をほぐすかのように翼を動かしていた。木々の中に目立たないようにあった岩に座り込み、翼以外はピクリとも動かない。

 ただ、ヴァンたちはその周囲の空気が異質であることを感じ取っていた。強者から感じる圧力に似ている。ただし、いままで感じたどのものよりも強い。言葉では言い表せない恐怖が身を包んでいるようである。


「動きはなさそうだな……。今のうちに離脱すんぞ」

「ああ、アレは俺たちには無理だ」

「急げ」


 全員が全身から汗をかいていた。しかし、額にも流れるそれを拭うような余裕などなく、全神経は足下に集中している。何かにつまづいて音を出さないように。彼らは無言で森の中を歩き続けた。決して焦らないように、しかし急いで。


 パキン、と誰かが枝を踏み抜いた。


「っ!?」


 ヴァンは慌てて後ろを振り向く。

 魔物は動いていなかった。先ほどと同じように翼を大きく広げているだけだった。


「大丈夫だ、急ぐぞ」


 魔物が視界に入らなくなっても、彼らは何もしゃべらなかった。流れる汗の気持ち悪さすら、気にならなかった。

 しかし、ヴァンはあの魔物は気づいていたのではないかと感じていた。気づいていて、あえて無視したのではないかと。




 ***




「西の森で目撃されたと」

「すでにレグスたちのパーティーは向かっている。今は他のパーティーに急いで町まで戻るように連絡を取り合っているところだ」

「それで? どんな姿だったんだ?」


 ノイマンたちはちょうど西の門に戻ってきていた。索敵に出た場所は特に普段と変わることはなかった。西の門の所には冒険者ギルドから派遣された職員が駐在し、何かあればすぐに関係各所へと連絡が行くようになっていた。

 さきほどヴァンたちのパーティーが例の魔物を目撃し、ほうほうのていで逃げてきたと門番は言った。戦闘はしておらず、実力は分からない。しかし、見ただけでかなわない敵だという事が理解できたとヴァンは語ったという。すでに騎士団へと連絡は行き、警備は三倍に増える予定なのだとか。


「それに、当の彼らは?」

「報告を済ますと宿に逃げるように帰ってしまいましたよ」


 ギルドの職員はノイマンに返した時とは違い、アレンに対してはそう言った。さすがに元がつくとは言え次期領主だった男には敬語を使うようである。別に敬語でなくてもよいとアレンは言ったが、職員は今更直せませんのでと苦笑いしながら言った。


「それほどの魔物ということか。あいつらが戦わずに済んでなによりだ」

「結構ショックだったみたいですが」


 プライドというものがあったのだろう。しかし、そんなものすら関係ないとばかりにヴァンたちは逃げ帰った。冒険者としてはプライドよりも命が大事というのが正しいが、実際にそこまで割り切れている者たちは少ない。


「話を聞いてくるか。万が一、例の勇者様とやらがやられた場合には俺たちも出なきゃならんからな」

「おいアレン。怖いことを言うなよ」

「それに、例の色つきの連中が絡んでいるかもしれないんだろ? ヴェールがここにいる以上、俺たちに無関係とも思えん」


 願わくば、勇者たちがその魔物を討伐し、さらにはコクやセキと言った魔法人形マギ・ドールたちの情報を手に入れて欲しいところだった。アレンとしては、シュージたちとの事件があったために勇者に対して良い感情を持っているわけではないが、実力は認めている。この領地、さらには王国にとっての最高戦力とも言える冒険者に協力するのが解決への近道であるのは間違いない。


「ノイマン。勇者たちがその魔物とすれ違うかもしれん。騎士団が到着するまで、ここの警備に加わっててくれ」

「ああ、いいけどさ。俺らくらいじゃ役に立たねえかもな」

「ふっ、Sランクが何を言っている」

「まだだぜ。内定はもらったけど……」


 先日、ノイマンとミリヤのSランク昇進が正式に決まった。これは異例のスピードである。つい数ヶ月前まではBランクだったのだ。しかし、以前はヴァンにも劣っていたノイマンの動きはすでにSランクとして恥じないものと成長している。実績も含めてギルド内からは異論は出なかった。


「そんな事言ったって、ヴァンたちだって立派なパーティーじゃねえか。それが見ただけで実力差が分かるって言うんだ。俺もたいして変わりはしないよ」

「自信過剰よりはずいぶんとマシだ」


 アレンはそう言うとヴァンたちのパーティーが泊まっているという宿の場所を聞いて出て行った。ノイマンとミリヤは城壁の上に上がって西を眺める。森の中で遭遇するというわけではないし、魔物が単独で町を攻めるとも思えない。それでも不安は拭えなかった。




 ***




「レグスッ!!」

「大丈夫だ! 避けた!」


 業火球エクスプロージョンとは別の種類の炎が襲いかかる。黒色に近い赤のそれはずいぶんとまがまがしく見えた。ベルホルトは吹き飛ばされたシュトレインの傍まで走ると回復ヒールをかける。


 奇襲を受けた。先ほどのパーティーは遠くからでは気づかれなかったと言っていたが、相手の索敵能力は予想をはるかに越えていた。後ろに横たわっているアルカは意識を失っているのかピクリとも動かない。


回復ヒール!!」


 両手に同時に回復魔法を施行する。効率が悪くなるが、シュトレインもアルカも時間をかけて治すのは手遅れになると判断した。かろうじて意識のあるシュトレインは正面からあの炎を受け、両手が使いものにならなくなっている。掲げていた盾は溶けて無残に転がっていた。

「こいつっ!!」


 繰り出される攻撃を避けながらレグスが接近していく。手に持つ勇者の剣があの炎をはじくことができなかったら無傷ではいられなかっただろう。

 魔物は何度か炎を吐き出していたが、レグスには効果がないと悟ったのかやめて空中を旋回しだした。


「おのれっ! 降りてこい!」

「…………」


 そしてレグスを冷静に見つめているように見える。それに対してレグスの方はあきらかに逆上してしまっていた。レグスを冷静にさせるのは自分の役目だと、ベルホルトは認識した。そのためには、まずはシュトレインとアルカをどうにかしないといけない。


「シュトレイン、アルカを頼めるか?」

「あ、ああ」

「腕がある程度回復したらアルカを担いで逃げろ。俺はレグスの補助に行く」

「む、無理だ……」


 痛みに顔をゆがめてシュトレインはそう言うのが精一杯だった。アルカはまだ意識を取り戻さない。炎の直撃は避けたが、尾での追撃をシュトレインに巻き込まれる形で受けていた。頭を打っていたのならば、回復ヒールだけでは戻らないかもしれない。


「無理だろうが何だろうが、他に選択肢がない。町に着いたらシュージに回復を頼め。あいつは事情があったとしても怪我人を見捨てるようなやつじゃあない。さあ、行けるか?」

「……分かった」


 ぼろぼろの手でシュトレインはアルカを背に担いだ。ベルホルトは落ちないようにアルカをロープでシュトレインの体にくくりつける。


「さあ、行け」

「死ぬなよ」


 ベルホルトは走って行くシュトレインに背を向けて剣を抜いた。これがあったとしても何かの役に立つとは思えないが、それでもないよりはマシと思うことにする。各種補助魔法を唱えると、まだレグスの周囲で旋回している魔物をにらみつけた。

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