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第百十九話 食道癌5

「や、やめっ……あがッ」


 セキの最期の言葉というのはそれだった。その首を掴んでいるのは鱗に覆われた腕である。


「邪魔ヲ、スルナッ!」


 すでに人ではなくなっているという自覚はあった。だが、まだ外見は人であり思想もまだ人のそれであったはずだった。しかし、すでにその必要はなくなったとコクは考えていた。

 手に入れたのはハクが研究していた魔法である。人であったものを人ではないものに作り替えるそれは死霊術とも呼ばれていたが、わざわざ殺してから作り替える必要もないのではないかとコクは前々から考えていた。

 何かが砕ける音がしていたはずだったが、コクはそれに気が付いていなかった。気が付いていたとしても結果は変わらなかっただろう。


「……」


 すでにむくろと化してしまったのは最後まで生き残り、裏切りもせずに歩んできたはずの仲間だった。しかし、コクにとってはそれももうどうでもよいことである。この手に握られている者が何者であれ、もっと大切な存在があったはずだった。 

 そしてそれはコクの手の指の隙間からこぼれるようにいなくなった。


「……」


 たまたま拠点としていた廃墟には半分かけた姿見の鏡が置いてあった。セキを放り投げたコクの視界に変わり果てた自分の姿が見える。もはや人ではないのは確実だった。


「ドコカラ見テモ、魔物カ」


 自身が練り上げた竜族を従わせる魔法を加えて、自分自身を作り替える魔法を作るというのは賭けだった。コクにとって、賭けに負けた時点で支払う代償というのはもはや価値のないものだった。しかし、欲がない時に限って賭けに勝つというのはよくある事である。


 竜人ドラゴニュートとでも言うべきか。人と竜とを合わせたような姿の魔物は、分かりにくい表情ではあったが、たしかに笑った。




 ***




「……意外にもさまになっているんじゃないかな」

「そ、そうね。計算通りだわ」


 ティゴニア火山に戻ったのはそれから四日してからだった。僕らはすでに満身創痍な騎士団魔法隊を想像していたのだけれども、意外にも野営地には活気がある。


「あっ、レナ殿にシュージ殿!」


 カレラが僕らを見つけて駆け寄ってきた。その口には火のついていないタバコが加えられている。そしてここに来た時にはピカピカだったはずの騎士団の装備がすでにボロボロになっていた。壊れた部位をなんとか補修して着ているような状態である。


「見てください。なんとかマグマスライムの討伐をこなしていますよ。まだ目標の数には達成していませんが」

「え、でももうちょっとだね」

「そうです。皆、あれから頑張ったんですよ」


 そこには約三十匹分のマグマスライムのスライムゼリーが集められていた。もうちょっと集めたら今回の遠征は終了してもよいくらいの数である。あれから何があったんだろうか。


「父上が隊長として皆の手本となりまして」


 スコルが先頭に立ってマグマスライムの討伐を行ったそうだ。今まではそんなことはなかったのだが、隊長自らが陣頭に立つことによって隊員の意識が変わったのだという。実際に討伐したマグマスライムの三分の一はスコルの魔法によって仕留められたものだとカレラは言った。


「あんな父上は初めて見ました。我々も泥だらけになりながら頑張ったつもりです」

「もともと魔力はかなり強いもの。やればできるはずなのよ」

「今、父上は隊の半分を率いて周辺の魔物を狩りに行っているところです。予定を伸ばしてここでの訓練を続けるのを望む声も多くてですね」


 手ごたえというのを感じたのだろうか。疲労はあるはずなのに、野営をしている騎士団魔法隊の表情は以前に来た時よりもずいぶんと明るくなったように感じた。

 食料が足りなくなるとのことで周辺の魔物を狩りに行くなど、以前の魔法隊では考えられないことである。さらにはこの周辺はティゴニア火山地帯であり、Aランク相当のマグマスライムだけではなくBランクの魔物もかなり生息しているのだ。彼らの実力では苦戦するはずで、実際に野営中に出現したフレイムドレイクの討伐はかなり時間がかかっていたのを見ている。


「人が変わったというよりも、もともと能力があるスコルが危機感を覚えて必死になったんじゃないかと思うのよ」

「そうかもしれません。父上があそこまでの魔法が使えるとは、思ってもみませんでした」


 全てレナ殿のおかげです、というカレラもずいぶんと変わったようである。以前は小奇麗な恰好をしており外見には気を遣うような人間であったはずなのに、タバコを火もつけずに咥えているなんで想像できなかった。数日でここまで変わるなんて。


「それはそうとシュージ殿、ひとつお願いがあるのですが」

「なんでしょう」

「治癒師の魔力が足りなくてですね、軽傷の者はそのまま自然治癒させているのです。できれば回復ヒールをお願いしたいのです」

「分かりました」


 こんな状況であれば快く回復ヒールを唱えようではないか。レナの作戦が当たったのもあって、魔法隊でもない僕もなんだか嬉しくなった。けが人を見つけると回復ヒールをかけて回る。中には火傷をそのままにしている騎士もいて、ベルホルトでも連れてくればよかったと思うくらいだった。魔法隊の治癒師は魔力欠乏でテントの中に倒れ込んでいるようだった。

 皆の装備品はもともとの質が良いのか、ボロボロではあるがまだなんとか補修で使えるようである。


「狩りに出ていた部隊が帰ってきたようです」


 カレラにそう言われて見ると、残りの魔法隊が野営地に帰ってくるところだった。ボロボロの装備ではあるのだが、足取りはしっかりしていて以前の魔法隊とは思えないくらいである。


「おお、レナ殿にシュージ殿」


 先頭のスコルが僕たちに気付いて破顔した。本当に人が変わったようだ。しかし、その顔は他の隊員と違って必死というか、何か緊張していたのが一瞬だけ緩んだような顔にも見えた。


「なんとかやっておりますよ。隊員の中にも手ごたえを感じてこの訓練の延長を希望するものが多くてですな」


 取ってきた魔物を解体するように部下に指示を出してから、スコルは言った。自然と懐に入れていたタバコを取り出して火をつける。以前は僕らの前では吸おうともしなかったのにだ。


「人間、必死になればなんとかできるものですな」

「この隊に必要だったのは危機感だったのですね」

「ええ、レナ殿は分かっておられたようですな」

「代わりに食事ものどを通らない日々です」


 実際にろくに食事をとっていないのだろうか、スコルの顔には疲労が深く刻まれていた。僕は職業柄、そんなスコルを見て苦笑しながらもなんとなく心眼を発動させる。



「スコル殿……大変申し訳ないのですが」



 やってしまった。見るんじゃなかったと思いつつも、ついでに探査サーチも発動させてもっと詳しく診る。まだなんとかなると自分に言い聞かせる。


「どうされました?」

「訓練は中止してユグドラシルに帰りましょう。とりあえず、貴方だけでもレナの転移テレポートで」

「いきなりどうしたのです!?」

「シュージ?」


 食事がのどを通らないわけだ。僕は心眼でみたものに対して皮肉をこめて文句を言いたくなった。そりゃ、通りにくいから通らないんだよ、物理的に。僕はスコルの胸に手を当てて、レナの方を向いた。

 


「レナ、心眼でこの辺りを見てみて」

「……あ」

「な、なんでしょうか?」

「まだ、遠隔転移はしていない。まだね」


 食事が喉をとおらない理由は、その先の食道が狭くなっているからである。


「食道癌だ」


 それはまた大変な手術が必要な病気だった。その病気の原因はもちろん、タバコである。

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