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第百十三話 スティーブンス・ジョンソン症候群5

あるじと私たちは呼んでいたわ」


 それは一人の魔法使いの話。いつの時代か分からないほど昔かもしれないとヴェールは言う。到底信じられないものではあったが、この世界には魔法というものがあるからそういったこともあるのかもしれない。


 ヴェールたちの住んでいた村は当時の王国の兵士たちに襲われた。襲われた理由というのは未だに分かっていないし、それが本当に王国の兵士たちだったのかもはっきりしていない。ただ、それまでの生活がいきなり終わりを迎え、抵抗もむなしく死んでいくところだったという。


「復讐を、したいか?」


 意識がもうろうとする中でその声に応えた。目の前で恋人を殺され、村に火を放たれるのが最後に見た光景だったはずだけど、気が付いたらその魔法使いの屋敷に寝かされていたという。


あるじに救われたのは四人。皆、昔の名前は捨てたわ」


 セイ、セキ、ハク、コクと名を変えた四人はそのままあるじに仕えることになった。目的はこの王国への復讐。命を救う時に体に埋め込まれた魔道具の使い方を学び、月日が過ぎていった。

 セキとハクとは直接の面識はなかった。二人ともに年齢が低かったというのもある。コクは、ヴェールの当時の恋人の弟だった。


「私たちは復讐心だけで生きていた。毎日が魔法の特訓だったわ」


 いつか、王国に復讐するため。そのために魔法で魔物たちを操る術を鍛えたという。いつしか体に埋め込まれた魔道具を使いこなし、魔物の大群を操ることができるようになった。それまでに費やした年月は覚えていないほどに長い。しかし、その間に四人は年を取ることはなかった。

 全ては埋め込まれた魔道具のせいだとあるじは言った。


 まだ、王国を滅ぼすには力が足りない。あるじがそうつぶやいた次の日に、彼は倒れた。普段することのないいびきをかきながら眠るあるじに回復魔法をかけても、治ることはなかったという。あるじはそのまま息を引き取った。彼もまた王国に大切な人を殺された復讐心で生きていたというのを彼の死後に私室から発見された日記で知る事ができたという。


「私たちの目標はいつしかあるじの望みをかなえることに変わっていたわ」


 俗世と切り離された場所で、あれから何年経ったかも分からない状況で、あるじの死を契機に王国へと出てみた四人は、そこが自分たちの知る王国ではなくなっていたという事に気付いた。しかし、セキやハクはそれでも人間への復讐を諦めることなく、コクもまたそれに反対することはなかった。

 計画というのは今考えるとずさんなもので、とにかく王国中の都市を魔物を使って攻め滅ぼすというものだった。全ての人間を殺し尽くすことはできなくても、自分たちをひどい目に合わせた人間たちというのを憎悪する気持ちは風化していなかった。セイを除いて。


「ハクはアンデッドを作り出す魔法を持ち、高位のアンデッドを作り出すために王国中の人間に接触するようになった。ダリア領でリッチを作ったのは彼よ。私は鳥型の魔物を、セキは獣型の魔物、コクは竜族を操る魔法をそれぞれ使えるわ」


 いつしかユグドラシル領を襲ったガルーダも、その時にユグドラシル領のいたるところにいた小鳥もヴェールの魔法で操られていた。世界樹の根元に住んでいるグリフォンたちもヴェールの魔法の影響下にあったようだった。グリフォンは鳥なのか、とも思うけど。

 あまりにも強力な魔法を使うことができる存在へと変わってしまった四人であったが、あるじを失ったことによってそれぞれの考え方に隔たりができていく。最後にヴェールは裏切ったとしてセキとハクに捕えられたということだった。


「あんまり参考にならないだろうけど、私たちのような存在の作り方はあるじしか知らないし、彼は自分が死んだときのために記録は一切残さなかったから。あるのは数点の魔道具くらいかしらね」


 ヴェールの話はそこまでだった。領主たちを始めとして、だれもが信じられない思いでその話を聞き、何も言えなくなっていた。このことは王都にも伝えられるそうだ。

 ヴェールたちは魔法人形マギ・ドールと呼ばれていたらしい。こちらもそのまま魔法人形マギ・ドールと呼ぶことになった。


 全てを話し終えて、これからの対策を協議し終わったのは昼過ぎである。僕はずっとそのあるじという魔法使いが死んだ時にいびきをかいていたのならば死因は脳卒中だな、などと場違いなことばかり考えていた。




 ***




「やっぱり何かあったの?」

「やっぱりとはなんだ、やっぱりとは!?」

「いやだってベルホルトだし」


 診療所に戻るとベルホルトたちが診察室で患者を囲って話し合いをしているところだった。彼の回復ヒールで治らなさそうな患者は待ってもらうように言っておいたが、先走ったりしてないだろうか?


「俺は何もしていないぞ!」

「そうですね、ベルホルトはまだ回復ヒールすら使ってません」


 ローガンがひょこっと後ろから出てきて説明を始める。ただ、その先のベッドに寝かされている患者は様子がかなりおかしかった。


「四十三歳の男性、職業は農夫だそうです。朝食後から顔と手に発疹が出てきてかゆみがひどいそうです。呼吸困難も出たために近くの治癒師のところで回復ヒールをかけてもらったのですが症状はまったく良くならないどころか悪くなっているということでここに紹介されました」


 ほぼ完ぺきに近いプレゼンをローガンが行う。ちょっと弟子の成長を感じてしまうくらいに良かったために思考が一瞬止まった。次を促してみる。


「朝食は屋台でとったとのことで、今日は少し変わったものを食べたようです」

「何を食べたのかな?」

「甲殻類ですね。川エビを揚げたものが食事内容に入っていました」

「なるほど、それで」

「アレルギーではないでしょうか?」


 ローガンの見立てでは甲殻類アレルギーによる皮疹ひしんだという。たしかにアレルギーでよく見る、かゆみが強い紅斑こうはんという種類の皮疹が出ていた。紅斑こうはんは皮膚のすぐ下の血管が拡張して赤みを帯びる皮疹である。皮膚を押すと血管がつぶれるために赤みがひいて白くなるのが特徴だった。


「ベルホルトはどう思った?」

「これはスティーブンス・ジョンソン症候群だろう。シュージが帰り次第、すぐにでも使えるようにステロイドを用意しておいた」


 若干焦りが入りながらベルホルトが言う。いや、どう見てもそんなに重症じゃないんだが、やっぱりベルホルトに診断は無理なのだろうかと思ってしまった。


「スティーブンス・ジョンソン症候群の事は一旦忘れよう。あれは点滴とかで全身に薬が投与されたりして初めてなる病気だし、もっと重症になるよ」

「いや、しかし……では、なんだというのだ?」


「さあ、それを一緒に考えようか」


 僕はサーシャさんにかゆみ止めの軟膏を取ってくるように指示してから講義を始めることにした。

 しかし、やっぱりベルホルトはベルホルトだな。


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