第百十二話 スティーブンス・ジョンソン症候群4
「本当、おかしいですよ、あの人」
「まあそうだね。知ってる」
「オーガを討伐するのに首と胴体には傷をつけるなとか言うんですよ? それでどうやって討伐するのかって聞いたら、自分でオーガの頭を切り飛ばすんですから! 護衛いらないじゃん!」
診療所でわめいているのはリントである。他のパーティーメンバーであるノモウやユンもかなり疲れた顔をして待合の椅子に座っていた。彼らがベルホルトの護衛依頼を受けたようだった。リントに回復をかけている間、彼女はずっとベルホルトの事を喋っていた。
「治癒士でしょ? なんであんなに剣がうまいんですか?」
「僕もメイスを使うけどね」
「剣撃が! オーガの頭半分がぽーんって!」
「それはすごいね」
ベルホルトは勇者のパーティーにいただけあって、近接戦闘もかなりできるらしい。話を聞いているとノイマンよりも強そうだ。
そしてそのベルホルトがオーガの解剖をしている間、ずっと護衛をしていたから三人共にかなり疲れたみたいだった。そういうベルホルトはギルドに顔も出さずにこの診療所に直接帰ってきて製薬にいそしんでいる。護衛の三人は疲労困憊という顔で座り込んでしまっていた。
「なんか、やけに熱心になってしまったなぁ」
「うー、次はもっとマシな依頼を受けることにしますぅ」
「依頼料は良かったんでしょ?」
「え? それは……まあ」
ベルホルトは自分の財布から依頼料を払ってまでオーガの副腎を取りに言った。首を傷つけないように注意していたということは、甲状腺も取ってきたようである。さまざまな臓器からさまざまな薬物が生成できると知って、できるだけ多くの部分をはぎとってきたようだった。
リントたちは僕に回復をかけられると診療所を出て行った。新しい装備を買いに行くのだという。ベルホルトはどれだけの金を支払ったのだろうか。
「シュージ! できたぞ! どうだ!?」
「うん、副腎皮質ステロイドだね。濃度もそこそこ良いものだ」
ベルホルトが製薬室から出てきて僕に瓶を手渡した。鑑定魔法を使うとしっかりと副腎皮質ステロイドだった。魔法を使わせると本当に天才的である。
「これでスティーブンス・ジョンソン症候群になっても怖くないな!」
「ベルホルト、スティーブンス・ジョンソン症候群に使うステロイドパルス療法には、この量じゃ全然足りないよ。それにステロイドがあったからといって助かる保証がないのがあの病気の怖いところで……」
「なにっ!? いや待て、まだオーガの副腎は残っている」
そういうとベルホルトはまたしても製薬室にもどって行った。なんというか、猪突猛進というか、話を最後まで聞かない男だ。
この世界でスティーブンス・ジョンソン症候群が発症するかどうかというのは不明だった。
そもそも、アレルギーというのは免疫機構の異常な暴走であって、それは衛生状態が悪い環境では余力がないために起きにくいと言われているのである。日本でもアレルギーが原因の病気が急激に増えだしたのは衛生環境が整いだした戦後からだった。その理論はまだ完全には証明されていないが、正しいのであれば感染症に対する薬すらない状況で起こる事なんてほとんどないだろう。
あるとすればアナフィラキシーショック。毒素に対して一度目で構築された免疫機構が二度目の時に過剰反応するものである。蜂に刺された時などで死亡するのはこのアナフィラキシーショックによるものがほとんどだ。これはどうしようもないと思っている。魔物などにも毒があるものは多いが、すぐさま適切な処置をしなければ助からないかもしれず、町の外であれば生きて診療所にたどりつく者はほとんどいないだろう。
***
「それじゃあ、僕らは行くけど……本当に大丈夫?」
「心配ないから行ってこい」
「やっぱりミリヤかカジャルさんに頼んだ方が……」
「いいから任せろ!」
もはや嫌な予感しかしないのだけども、僕が領主館へと用事で出かけている間にベルホルトが診療所を代わりにやると言い出した。いつもならばミリヤに頼むかカジャルさんに頼むか、もしくは休診してしまうのであるけど、ベルホルトは言い出したらてこでも動かない。
「不安しかないんだけど」
「大丈夫だと言っている。それに俺の高回復はシュージのものよりも優れている」
「回復魔法に関してはそうだけど、うちの患者さんたちは回復魔法が効かない人もいるからね」
「分かっている。そういう患者が来たときには待ってもらうように言っておこう」
「勝手に薬を出しちゃだめだからね」
これだけ念を押していても不安がぬぐい切れないのは相手がベルホルトだからだろう。日頃の行いというやつだ。放っておくと患者で実験をしかねない。
「先生、私も見張っていますので」
「任せたよ、サーシャさん」
「絶対に薬は使わせませんから」
僕はその言葉を信じることにした。ベルホルトを信じたとは言い難いけど、サーシャさんなら信じられる。ローガンやマインも見張っていると言ってくれるし、なんとかなるだろう。俺はそんなに信用がないのか、とかベルホルトが叫んでいるけど無視することにする。実際に信用はないし。
「さあ、行こうか」
「ええ、仕方ないわね。行くわよ、ヴェール」
「もう、待ちくたびれちゃった」
今日、領主館へ行くのはヴェールの処遇を最終的に決める会議があるというのだ。王国に対しての説明はなんとか誤魔化したとしても、ユグドラシル領としての対処を決めなければならない。ヴェールは今後はユグドラシル領民として生きていくことになるのだろう。本人はそれを望んでいた。
王都を襲った魔物の群れを討伐できた功績を、ヴェールの命を助けるという条件で相殺してもらうのだ。ジェラール=レニアン次期領主は承諾してくれたけど、ランスター=レニアン領主を始めとしてユグドラシル領の最終的な許可がいる。その会議に出席しなければならない。とはいっても、ほとんどヴェールの助命は決定しているようなものだとアランが伝えてくれているので緊張したりはしていない。
「それでもさすがに午前中じゃ終わらないって言うからさ」
「それでベルホルトが代わりに診療所を? それは不安しかないわね」
「薬を使うわけじゃないから、大丈夫だと思うけど……」
「けど?」
「いや、思うんだ……」
「思ってないじゃない」
レナはため息をつきながら笑っていた。
アランが言っていたとおり、ヴェールの助命は決まった。代わりに彼女らがどんな存在でどのように生きてきたかという情報提供が条件になった。僕もそれは興味があるし、赤い男を始めとしてまだ逃げたやつらもいるために絶対に聞いておかなければならないことだった。
「分かったわ、話しましょう」
ヴェールは軽く息を吐いたあとに話し始めた。