第百五話 腸腰筋膿瘍1
向こうは覚えているわけがないだろう。
アルカ=スティングレイ、元王位継承権七位の王族で魔法使い。王族であるにも関わらず道楽で冒険者の真似事をすること三年。ある事件で冒険者のお付きとして同行していた騎士を死なせてしまった後に宮廷魔術師に師事し、自身も宮廷魔術師としての認可を得る。そして修行の後に冒険者としてSランクを受け取った異色の経歴の持ち主であり、有名人でもある。現在は王位継承権を放棄しているとか。僕が後に冒険者として生活をしているうちに自然と耳に入ってくるような人物だった。
それに、現在所属しているパーティーがある意味で最も有名となった原因である。
「あれからどれだけ心を入れ替えていたとしても、僕が彼女のもとに行くことなんてないでしょう。ジェラール様の心配は無用です」
「そうですか、面識があったのですね」
「こっちが彼女を一方的に覚えてるだけですね。ですが、彼女のせいで僕は恩人を失うかもしれなかったのですから、印象はよくありません」
そのかわり、僕は回復を唱えることができるようになったし、医療というものにもう一度向き合うことができた。感謝しているわけではないが、きっかけではある。忘れるわけがなかった。
「とても謙虚な方だと聞いております」
「あの人が謙虚ですか……ちょっと信じられないですね」
ステインの腹部の調子が治る前にアルカたちは村を出て行った。結局二匹目のフェアリードラゴンは見つからず、依頼も完全達成にはならなかったのだろう。終始機嫌が悪いままであり、お付きの騎士はアルカの言動やしでかすことの後始末をずっとしていた。村人はその騎士にだけは悪い感情を持たなかったのだろうけど、当時はアルカが王族だなんて知らなかったから、村人たちの態度がアルカたちには居心地の悪いものと感じられたのだろう。
僕はステインの病状が回復したのを確認したのちに、回復治癒師としてどうすればいいかをばば様に聞き、冒険者になることを勧められた。僕を村の治癒師の後継にと考えていたらしいけど、それよりも冒険者として世界を見てくるほうがいいとばば様は言ってくれた。僕はアルカたちとは出会いたくなかったから、東の王都ではなく、西のレーヴァンテインを目指した。
そのあと、レイヴンに出会い、レナに出会い、ブラッドやシードルと出会った。
回復だけで全て治してしまう異世界に来たのだと思っていて、回復を使って人々を癒すことのできる治癒師になりたかったのだけども、僕はそこで魔法の限界を知る。
どれだけ魔法をかけても、どれだけ魔法が強くても、治らないものがある。僕はそれを治すためにこの世界に来たに違いないと考えるまでには時間はかからなかった。とにかくがむしゃらに回復を鍛えた。途中からは医学の知識を活用して回復をかけるようにしたら効率が跳ね上がった。やはり、と思った。
「レナ、ちょっといいかい?」
ジェラール=レニアンとオータム=ダンたちが帰ってから、僕はなにやら嫌な予感というのがしている。ジェラールたちにああは言ったものの、面倒事に巻き込まれるというのはいただけない。
アルカ=スティングレイが僕のことを覚えていないにしても、診療所のことや魔道具のことで目をつけられるという可能性は低くないのだ。
「僕は面倒だから、ちょっと逃げることにしたよ」
「え? 逃げるってどこに?」
「さっき、ジェラール様たちに話をしていて、懐かしくなったんだ。ちょっとの間、診療所は誰か他の人間に任せて、里帰りしようと思う」
「さ、里帰り?」
あの村に帰省しよう。僕がこっちの世界に来た時に世話になった村には顔を出さなくなってもう何年にもなるからばば様は死んでしまっているかもしれないけど、ステインには会っておきたいと思う。
「せ、せっかくあのパーティーがユグドラシルに来るっていうのに? 見なくていいの? あ、でも里帰りも重要よね」
「あのパーティーだからだよ」
レナもあのパーティーの事を知っている。冒険者をしていればほとんどの人間が知っているのではないだろうか。王都のSランクパーティーの中でも、ひときわ有名なパーティーなのである。
「『勇者』ご一行様でしょ?」
「そうだね、『勇者』のパーティーだよ。あのパーティーの治癒師って『神の癒し手』って呼ばれててさ。僕はなんだかその二つ名が気に入らないんだよ。彼とは会ったことも話をしたこともないんだけど、アルカと同じパーティーだし、絶対僕とは気が合わないのが決まっているんだ」
「決まっているんだ?」
「そう、決まっている」
***
昔々、大陸のさらに東側の島に魔族が住むという島があったらしい。そこの王は魔王と呼ばれ、魔族との戦いに苦しめられていた。そんな中、この王国の人々のもとにある人物がやってくる。
後に勇者と呼ばれたその人物は仲間を率いて魔族の島に乗り込み、魔王を討伐した。魔王を討伐された魔族は王国との戦争を辞め、内乱がはじまった。結果、王国には平和がもたらされたという。
その後勇者はどこかに行方をくらました。しかし、彼の持っていた装備の一式には勇者の魔法適正と同じ者しか装備できないように当時の宮廷魔術師が魔法をかけていたらしい。
数世代が経ち、その魔法適正を持つ者が現れた。彼もまた「勇者」とよばれ、その装備を身にまとい、冒険者として成功したという。そしてそれぞれの世代に「勇者」は現れ、王国中の人々の期待を背負うこととなった。
すでに魔族との交流が絶えて数百年という。「勇者」が「勇者」である理由はなくなっているに等しかったが、「当代随一の冒険者」としての称号として代々受け継がれてきた「勇者」は有事の際には王国民を救う象徴のようなものだった。そしてこの世代の「勇者」もまた、迫りくる魔物たちとの戦いで中心的な役割を果たしたのである。
「でも、シュージがいなければリッチの死で死んでたかもしれないのよね。それ以前に王都が陥落してたかもしれないけど」
「あれはオータム騎士団長が身を挺して彼らをかばったからだよ。でも、彼らが『勇者』のパーティーじゃなかったらオータム騎士団長も助けようとはしなかったかもね」
「『勇者』の鎧だったらリッチの死も効かなかったかもしれないわよ」
「もしかすると『勇者』の鎧は魔道具かもしれないね」
そんなことを話しながら僕とレナは村の近くの泉で休憩をしている。レナが転移しようにも村へ行ったことがなかったから直接は転移できなかったのだ。診療所はカジャルさんとミリヤに任せた。僕が逃げると言うとジェラール=レニアンも協力すると言ってくれたのだ。カジャルさんには申し訳ないので、何かお土産を持っていくことにしようと思う。
「たまには休息も悪くないよ。ここのところ、ユグドラシルの町にいるだけでも事件に巻き込まれることが多かったし」
「仕方ないわ。ところで、ヴェールを置いてきて本当に良かったのかしら」
「ああ、問題ないよ。たぶん。皆が責任をもって見ていてくれるって言ってたし」
「そ、そうね」
「何であんなに張り切っていたのかは分かんないけど」
当初、ヴェールは僕らの里帰りについてくると騒いでいた。僕もそれは仕方ないと思ったのであるけど、急にアレンだとかシルクだとかローガンが邪魔をするなだとか言って騒ぎだして、僕はレナと二人で里帰りすることになったのである。何の邪魔なのだろうか。
「そういえば、シュージのご家族へのお土産を用意したのだけど、これでも足りなかったら一回転移で王都でもレーヴァンテインでも行って買ってくるわね。あっ、今日の服装は変じゃないかしら? やっぱり少しでも印象が良いほうがいいと思うし……」
「レナ、僕の家族はあの村にはいないよ?」
「お婆さんがいるんじゃなかったの?」
「ばば様と血はつながってないよ。家族のように良くしてもらったけど」
そして、なぜか背中を蹴られた。




