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第百四話 消化管穿孔5

「ステインッ!」

「すまない、我々ももう魔力がなくて」

「どいておれ!」


 ステインを担いで一人帰ってきた戦士の所へ僕は駆け寄った。しかし、後ろからばば様にどかされてしまう。


「血を流しすぎておるか? どうじゃ?」

「出血はそこまででもない、だがフェアリードラゴンの角が」

「いや、無理矢理抜かなくて良かった。まずはこのまま回復ヒールをかけるぞい」


 ばば様がステインの腹部に両手を当てて回復ヒールを唱える。全盛期はどんな傷ですら治せたと豪語するばば様だったけど、いまではそこまで魔力がないと嘆いていた。それでもステインの腹部は徐々に治っているのだと思われる。ばば様の額に大粒の汗が流れていく。


「よし、ゆっくり角を抜くのじゃ」


 ばば様の指示で冒険者の戦士が折れて突き刺さっているフェアリードラゴンの角を持った。ゆっくりと抜いていく。ばば様は回復ヒールを強く唱えた。


「傷が……」


 徐々に角が抜けていく。それに伴ってステインの腹にできていた穴が塞がっていった。大きく息をつくばば様。見た目には完全に傷は塞がっているように思えた。


「魔力がしんどいわい」

「いや、お見事だ。ご老人」

「それより、何があった?」


 冒険者たちは疲労困憊の様子だった。フェアリードラゴンを見つけたはいいが、魔法が効きにくくなかなか討伐するのは難しかったという。魔法で応戦するフェアリードラゴンに対して決め手になるものがなく、徐々に体力を消耗していくパーティー。戦士たちの魔力が尽き、回復ヒールがもう唱えられなくなった頃にフェアリードラゴンは逃げ出した。

 しかし、その逃げる方向が悪かった。その先にいたステインは避けようとして逆に腹にフェアリードラゴンの突進を受けてしまう。角が刺さったままもがくフェアリードラゴンに戦士が斬りつけ、なんとか討伐はしたものの、ステインの怪我を癒すことはできずに戦士が担いで村まで走ってきたということだった。当初は意識があったステインも、まだ目を覚まそうとしない。


「すると、かなり深く角が刺さったんじゃな」

「ええ、内臓をやられているかもしれません」


 場所からいって、左下腹部。あるとすれば大腸か小腸だろう。大きな動静脈は外れたようで角を抜いた際の出血はそこまででもなかった。尿管を損傷していなければよいがと思うが、それ以前に腸管はきちんと治癒されたのだろうか。


「ばば様、ステインの内臓はきちんと治っているのですか?」

「なんじゃ、ミヤギ。わしの魔法が信じられんのか? ……と、言いたい所じゃがわしも魔力が衰えておる。他に回復ヒールができるやつもおらんし、内臓まで治ったかどうかは正直なところ分からん」


 ばば様が悔しそうに言う。治っていることを祈りながら、ステインの服を脱がして家へと連れていくように他の村人に指示を出していた。


 僕が、まじめに回復ヒールが使えるようになっていたら……。

 こんなところに手術ができる設備があるわけもない。消化管が損傷した状態で、それがきちんと治っていなければ消化管穿孔から急性腹膜炎となって命にかかわる。抗生剤も存在しない森の中で、ステインの命をつなげるのは回復ヒールの魔法だけだった。


「明日になればわしもこやつらも魔力がもどる。そうすればまたステインに回復ヒールをかけてやれるじゃろうて」

「ばば様……」

「なに、おぬしが自分を責めることはない。魔法というのはできるようにと焦ったところでできないもんじゃ」


 考えていたことがばれていたようだった。僕が回復ヒールをステインにかけてあげられれば、安心であったのだ。もし、これでステインの命が、と思うとやるせなくなった。



「ほんとにもうっ、あいつのせいで角が折れちゃったじゃない」



 そんな時にそんな言葉が聞こえてきた。見ると、村の入り口のところに残りの冒険者のパーティーが帰ってきている。討伐されたフェアリードラゴンを担いだ戦士に向かって魔法使いがなにやらまくしたてていた。


「こんなのでは依頼達成にならないんだから、明日も行くわよ!」

「しかし、アルカ様……」

「あのドンくさい村人が邪魔しなけりゃ角が完全な形で手に入ったのに!」


 なんだと? 僕はその言葉が信じられなかった。

 高位ランクの魔物のいる森の奥への案内をさせておきながら、ステインの病状を心配するでもなく、わが物顔で村に帰ってくる厚かましさ。


「ミヤギ、耐えよ」

「はい。分かってます」


 ばば様がそっと僕の服を引っ張った。この村の人たちが耐えているというのに僕がぶち壊してしまうわけにはいかない。

 僕はもうそれ以上、この冒険者たちを見たくない思いで村から出た。釣りでもしていれば、気も紛れるだろうと思い、釣り竿を持って川へと向かう。もう少しで日が暮れるけど、あの冒険者たちが寝静まるまで川にいてもいいかもしれない。長時間いても大丈夫なように火打石を懐に入れて、僕は頭を冷やすことにした。


 ここにいてもストレスというのはあるものだな、と思う。こんな理不尽な仕打ちをストレスなんて言葉で表していいのか分からないけど、精神的に来るものであるのには違いなかった。

 それでも僕は耐えることができていた。それはここの村人たちが一緒になって戦ってくれると思っているからだ。仲間として僕を迎え入れてくれて、そして共にいてくれる。それだけのことで僕は耐えることが、いや戦えることができるようになっていた。


 日本にいた時に、こんな感じで共に戦ってくれる仲間がいたらまた変わった人生があったのかもしれない。しかし、当時の僕は周りが見えていなかった。もしかしたら、そんな存在がいたのかもしれないと、少し後悔した。



 川岸で焚火をしながら、少し離れた場所で釣りをする。何も釣れなくても良かったのだけども、こういう時に限ってよく釣れた。すぐに、持ってきたバケツの中は魚で一杯になってしまった。これは、一度帰らねばならない。もう一度やってくる元気もなかったから焚火の火は消すことにした。

 ため息をつきながら村へと戻る。まだ、あの冒険者たちが村長の家で騒いでいるのに違いないと思う。


「ミヤギ、釣りに行っていたのか?」

「ああ、なぜか大漁でね」


 村に戻るとすぐに村人から声をかけられた。なんでも村長の家で冒険者たちが、食事が良くないと言い出したとかで他の家に良い食材がないかを探しているのだとか。


「だったら、これを使ってくれ」

「いいのか? 助かるよ」


 釣ったばかりの魚を塩焼きにすれば美味いだろう。王都からやってきた貴族様だろうが、新鮮な食材をまずいとは言わないはずだ。僕は食欲もなかったから、バケツごとその村人に渡すとそのままステインの家に向かうことにした。


 ステインの家には看病をしてくれている村人がいた。まだ意識を取り戻さないのだという。腹部を見てみると傷はまったく分からないほどに治癒していた。回復ヒールのすごさを実感しつつ、もしここに設備があったとしても僕の出る幕ではなかったのだろうと思い直す。しかし、ステインの呼吸は乱れている。もしかすると本当に消化管穿孔が残っていて、意識が戻れば腹が痛いのかもしれない。


 ステインの腹部に傷はない。だけど、手を当てると他の部分よりもじんわりと熱を持っていた。


「…………」


 ばば様はまだ魔力が回復しきっていない。冒険者たちも魔力はないだろうし、あったとしてもおそらくはステインに魔力を使うよりも明日のフェアリードラゴンの討伐のために温存しようとするだろう。


 やるしかなかった。僕は医療から逃げてきたけど、この世界でも僕にやれることはこれだった。



回復ヒール



 僕は初めて回復ヒールを唱えた。何故、今までこれをやろうとしてこなかったのだろうか。


 僕の回復ヒールはステインの腹の中にまで浸透し、おそらくは腸の損傷を癒した。腸が損傷していた部分は小さかったのだろう。もしかすると、そのままにしていてもステインの生命力で明日の朝まではもったかもしれない。しかし、そうでもないかもしれなかった。その想像に僕は身震いした。


 魔力が抜けている感覚にめまいがしながらも、僕は泣いていた。



 これが、僕のやるべきことだと確信した。その時、僕はこのためにこの世界に来たのだという確信があった。

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