3-10
「あー。順番が変わっちまったぜ。おい、賭博はお開きだ。そいつを押さえとけ。これからいいもん見してやっからよ。げらげら」
ぼくは何人もの敵に頭やら腕やらを掴まれ、地面にねじふせられてしまっていた。
眼の前で起きたことに完全に気を取られ、反応が遅れた。
ひょっとしたら、これは悪い夢なんじゃないか。もしそうなら、早く醒めてくれ。ぼくは、必死にそう願った。
月野の腹から、終零路の巨大な斬馬刀が、まっ赤な鮮血の網をその刀身に纏って、飛び出していた。
彼女のナイフを終零路は難なく躱し、がらあきになった背中に、その長大な斬馬刀を、容赦なく突き立てたのだ。
「ぐぷ」
月野の眼は見開かれ、口からは赤い滝が流れだし、彼女の顎から足までを、一気に赤く染めあげた。何が起きたのかよくわかっていないような顔をしていた。
「ぎーこぎーこ」
続けて終零路は、鋸のように斬馬刀を前後させ、学校の工作の授業みたいに、月野を、まるで木材か何かのように、ゆっくりと、切り裂いていった。彼女の足元にできた赤黒い染みが、じわじわとその面積を拡げていく。
「や、やめて、い、いや、いや、い、いたい、いたい」
「やめろ、やめてくれ」
体が動かない。何人かがかりで地面に押しやられているので当然と言えば当然だ。
普通の人なら正視に耐えられず眼を背けるか、逃げ出すか、胃の中のものをリバースするかのどれかだと思うが、あいにくここは軍学校で、ギャラリーの多くは地獄の戦場を経験した兵士たちである。この程度の光景など慣れっこということなのか、眼の前で繰り広げられる《人間解体ショー》を、止めることなく、非難することもなく、ただ冷淡に、傍観するのみ。
戦は人を狂わせる。
「さーて、そろそろ仕上げといくかー」
終零路は、月野の腹をぐちゃぐちゃに引き裂いた後、そのまま斬馬刀を上に向け、彼女の肩口の方まで徐々に、徐々に、切り裂いていく。大動脈でも切り裂いたのか、彼女の《裂け目》から、ふたたび赤い飛沫が花火のように噴きだし、ぼくとその周りの連中に血の水玉模様を描いた。
すっかり蒼白い顔になった月野は、電気ショックでも受けたように全身をびくびくと痙攣させ、死のダンスを踊っていた。口から赤い泡を噴き、すでに意識はないようだった。
もう、どう見ても、彼女は助からなかった。
終零路は、そのまま月野の腹から突き出ていた斬馬刀を一閃、肩口にかけて一気に切り裂いた。噴火するように彼女の血肉が四方八方に飛散し、周囲に赤い雨を降らせた。
月野は、そのまま糸がぷっつり切れたあやつり人形のように、力なく地面に崩れ落ち、地面に歪な旭日旗を描いた。
眼の前の、あまりにリアリティに欠けた凄惨な光景に、ぼくは言葉を失っていた。
これが、人間のやることなのか?
さっきまで一瞬でもこの男と「友達になれたかも」なんて思ったバカな自分を、ぼくは心の底から呪詛した。
こいつは、いや、こいつらは、悪魔だ。
「お、おまえには、ち、血も涙もないのか」
眼の前で起きた、あまりに残酷なショーのせいで、うまく口が回らない。ちくしょう! ぼくに麗那先輩のような力があれば、今すぐ、この悪魔を、殺してやるのに!
「あー。よくわかんねーや。緑色の血でも流れてたかな。げらげら」
戦の長期化でそうなってしまったとか、悪いのは《少年徴兵制》だとか、そんな左の人権派たちがたれるお決まりの綺麗ごとなんかどうでもいい。
ぼくも何度か人を殺してるから、戦を経験していくほど他人の死に鈍感になっていくというのはわからなくはない。
でも、眼の前のこいつみたいに、いくら敵だからって、あんなふうに、へらへらふざけて、遊びながら人を殺すなんてことは、絶対にしない。
「殺してやる! 殺してやるぞ! この、人でなし! 悪魔!」
ぼくは怒りと憎しみで周囲がすでに見えなくなっており、呪い殺してやると言わんばかりに、彼らを呪詛し続けた。
そんなぼくをあざ笑うように、終零路は冷淡に言う。
「この《地獄》で、弱えやつは何されてもしょうがねえんだよ。嫌なら強くなりなさいってこった。さて……」
ぼくは頭に、鈍器で殴られたような衝撃を感じた。終零路が軍靴でぼくの頭を踏みつけ、西瓜割りのように、斬馬刀を大上段に振りあげた。
「そのまま押さえてろよ。野郎を切り刻んでも面白くねえからなあ。きれいにドタマかち割って、あっさり殺してやる。感謝しろよ。げらげら」
くそ。ちくしょう。
ここで何もできないまま、最後にひと太刀も浴びせることすらできずに、ぼくは死ぬのか。
せめて刺しちがえてでも、月野を惨殺したこのクソ野郎を、地獄に道づれにしてやりたかった。そのためなら、悪魔に魂を売りわたしたっていい!
お願いだ。何でもするから、誰か、こいつらを、殺してくれ!
「けけけ、しーね」
冷たい声が響きわたり、まるでギロチンの刃のような終零路の斬馬刀の刀身が、振りおろされた……




