第4話 俺的死亡フラグ回避法
森の中もすっかり見慣れたものである。
しかも前に装備なしで魔物を殺したこともある。
それに比べれば今の状態ははるかに気が楽と言えるだろう。
しかし油断は禁物、警戒しながら周囲を探索していると獣の足跡を見つけた。
小型の二足歩行の犬の足跡が三つ分、おそらくこれが目標のコボルトの足跡だろう。
足跡を追いかけると茂みの獣道へ入っていった、どうやらこの先にいるらしい。
ふと獣道の近くにくぼみがあることに気づいたがあえてそれは気にしないことにする。
大きさと深さ的にドラゴンだと考えるのが妥当なサイズだとしてもそれは気のせいだろう。
そういうことにしといても後にフラグ回収はされるだろうから所詮気休めというやつではあった。
獣道を抜けた開けたところに数匹の犬がいた。
一丁前に二足歩行で一応武装していた、おそらくこいつらがコボルトだろう。
しかし幸いにも武器はナイフと呼んでも差し支えないほどの短剣で俺の大太刀との間合いは月とすっぽんほどの違いがある。
俺はコボルトが固まっているところに駆け込むと少し離れたところで太刀を鞘から振り抜いた。
コボルトもこちらに気づき飛び退くが一匹反応が遅れた奴がいた。
そいつはもろに横から太刀の一撃を受けそして太刀の勢いそのまま吹き飛ばされて動かなくなった。
それを見たコボルト2匹がナイフを振りかざし飛びかかってくるがまだこちらの間合いである。
俺は素早く太刀を引っ込め飛びかかってくるコボルト一匹めがけて突き出した。
哀れにも空中では対応することなどできずコボルトが串刺しになる。
俺はそいつを上から反対側の地面に叩きつける、これで残りは一匹である。
不意に激痛が走った。
気がつくとコボルトに鎧の隙間から腹部を刺されていた。
どうやら身長的にコボルドの攻撃位置がちょうど鎧の隙間だった。
しかしコボルトのターンはそこまでであった。
俺は咄嗟にコボルドを蹴り飛ばしコボルトの上から太刀を振り下ろす。
最後のコボルトは一撃で見事に真っ二つになってしまった。
こうして俺はコボルト討伐を終えた。
俺は腹部のナイフをゆっくり慎重に引き抜く。
幸いにも出血量は少なかったのでとりあえず上着をちぎり傷口を縛っておくことにした。
後で病院に行こう。
それじゃああとは死骸を持って帰るだけ、何かを忘れているような気がするが気のせい……
「グォオオオオオ!」
やはりフラグを回収せぬまま終わるわけにはいかないらしい。
木々がざわめき鳥が逃げ大地が揺れる。
今までの魔物とは比べ物にならないほどの何かの気配が確かに近づいていた。
ここは信号弾の使いどきなのだろうがお約束のごとくマッチを紛失して無用の長物となっていた。
おまけにさっきの先頭で予想以上にスタミナを消費していて走って逃げることもできない。
ならばいっそのこと堂々と正面からフラグ回収するのが男というものだろう。
俺は開けた場所で太刀を近くの地面に突き刺してからあぐらを組みがっしりと待ち構える。
その瞬間、近くの木々が一斉にすごい音を立てて押し倒された。
奥より覗くは宝石の如き光を放つ目玉に体を覆う炎を思わせる紅い鱗。
そもそも伝承に架空のものなど存在しないのかもしれない、目の前のそいつを見て俺はそんなことを考えてしまった。
前世でかつて絵本で見たドラゴンそのものが目の前に実際に存在してるなんて状況は一部の人間なら心の底から喜ぶであろう。
残念ながら今の俺は喜べる状態じゃないが。
さて、目の前の巨龍はこちらを警戒しており俺からある程度距離をとって様子を見ている。
最良の結果なら多分向こうが立ち去ってくれるし最悪の結果なら多分食われる。
分の悪い賭けのような気もするがもう後戻りはできないと既に俺は腹をくくっていた。
それじゃあ我慢比べといこうじゃないか。
■■■
計り知れない時間が過ぎたような気がした。
目の前の龍はまるで動く気配がない。
こっちは肉体的にも精神的にも限界である。
心なしか目眩がする。
ふと冒険者ギルドで聞いた話が頭をよぎった。
そういえばこいつも冒険者に剣を突き刺されたままなんだっけ。
そして俺もついさっきコボルトに剣を突き刺されている。
そう考えるとこいつに妙な親近感が湧いてくる。
精神がまいっているだけなのかもしれないが不思議と恐怖はなかった。
「――同じなんだな、俺もお前も」
俺は立ち上がり龍の方へ近づいていった。
龍は一瞬ビクッとしたが俺が武器を持っていないのを見るとその警戒は解かれた。
ウロコにそっと手を触れながら後方へ回り込む。
ウロコはスベスベとなかなか心地よい感覚であった。
背中に回ると聞いた話のとおり長剣がウロコの隙間に突き刺さっていた。
剣に触ると龍が体を震わした。
「もしかして痛いのか? よかったら抜いてやろうか?」
後方からもドラゴンが頷いでいるのが見えた。
剣の持ち手を握り力を込めて引っ張るとあっさりと剣は抜けた。
こちらも流血は少なく特に何をせずとも血は止まるだろう。
龍の顔の正面に立ちさっさっていた剣を見せもう体に刺さっている異物はないことを教えると龍は静かに頷いて礼をしているようだった。
今なら爽やかに去っても問題はあるまい。
俺は龍に変な笑顔を見せながら、それでも背中は見せずにジリジリと後退する。
流石に恩のある相手を襲うほどこいつが非道じゃない事を祈り地面の太刀を手にゆっくりと龍の視界から消えていく。
とりあえず負けイベントフラグは回避されたと胸をなでおろす。
いくら俺が不運でも流石に二日連続で満身創痍は勘弁でありそこまで俺の運は最悪ではなかった。
不意にその場に立てなくなるほどの目眩がするまでまでは確かにそう思っていた。
意識が薄れ力なく座り込みながら俺はゆっくりとこうなった原因をゆっくり探ってみる。
心当たりがあるとすれば、あのコボルトのナイフである。
もしかしなくてもあれに毒が塗ってあったとしたら、それが今になって傷口からゆっくりと効いてきていたとしたら……
もう信号弾を使うほどの気力はない。
それ以上に二日連続の満身創痍に俺は心の底から疲れきっていた。
死んだならもう一度転生を、できれば平和に過ごしたい。
俺は深い眠りについた。