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Lovey-dovey  作者: このはな
世界でいちばん好きな人
7/7


 それから、程なく三十分後。


 電柱の陰に身をひそめていたら、誰かがやってくる気配がした。予告通り、真紀がやって来たのだろう。だけど、すぐに違うと気付いた。荒い息遣いから、妹ではなく男のものであることを知ったのだ。


 自分の立つ場所から三メートルも離れていないところから、困惑気味の声が聞こえてきた。


「あれ、おかしいなあ。ここだと聞いたんだけど、だれもいないな……」


 そのつぶやきを耳にした瞬間、頭が真っ白になってしまって、他に何も考えられなくなった。再び涙が出そうになる。声の主が、あんなに会いたいと思っていた彼だったから。


 頭が真っ白のまま、フラフラと通りに出る。


 すると、彼がこちらに気づき、わたしの名前を呼んだ。


「まどか! やっぱり、ここにいたんだなっ」


 とても信じられなかった。大阪にいるはずの彼が、目の前にいるなんて。驚きのあまり、息をすることができなかった。


 ――うそ、うそでしょう?


 心の中だけで、彼に応える。


「まどか!」


 すると、公共の場にいるのに、誰に見られているか、わからないのに。彼は駆け寄って、わたしを強く抱きしめた。


「バカだな。なんで勝手に別れようとするんだよ。離れていたって、おれはまどかのものだよ。まどかだって、そうだろう? おれのものだよな?」


 彼の熱い体温と甘い言葉に、目がくらみそうだった。その場に崩れ落ちそうになる。とっさに彼の腰に腕を回し、しがみついた。


 さらに、わたしを抱きしめる腕に力がこもったようだ。つぶれそうになるほど彼の体と腕の間にはさまれて、息が苦しい。


「どうして、ここにいるとわかったの? どうして……」


 わたしの頭の上で、彼の声が響いた。


「有休がとれたから、会いに来たに決まってんだろう。おまえの部屋に行ったら、荷物がなかったからびっくりしたんだよ。ひょっとしたら、こっちにいるかもと思ってさ。あわてて迎えに来たのさ。住所は悪いけど、まどかの免許証をこっそり見て知ってたんだ」


 わたしを抱きしめたまま、彼は一気に話し出した。話はまだ続く。


「朝いちばんの電車に乗ったんだよ。こっちに来たら、はじめてなもんだから間違えちゃって。そうしたら、驚いたよ。真紀ちゃんに会ったんだ。彼女は、おれの顔を覚えていてくれてたんだよ」


「え、真紀が?」


 彼の口から、真紀の名前を聞くとは思わなかった。


「あの子に会ったの?」


 と、彼を見あげたら、彼は嬉しそうにうなずいた。


「ああ、そうだよ。真紀ちゃんは、おれたちの恩人だな。もし、彼女に偶然会っていなかったら、おれたち、ずっとすれ違ったままだった。本当に別れていたかもしれないな……」


「うん、そうだね……」


「まどか、おれと結婚してくれないか。本気で言ってるんだ。ずっとそばにいてほしい。今すぐじゃなくてもいいから、大学を卒業するまで待つから」


 もちろん、わたしも同じ気持ちだ。今度のプロポーズは、素直にうなずくことができた。彼の腰に回した腕に、力を込める。


 真紀の声が聞こえてきた。




「今度こそ、運命の人だって……ほざいてなかった? 世界でいちばん好きな人だって……」




 うん、そうだよ。真紀、彼がお姉ちゃんの大好きな人。世界でいちばん愛してる人だよ。


 ――ありがとう、真紀。


 真紀が学校から帰ってきたら、彼との結婚を決めたことをいちばんに報告しよう。きっと喜んでくれるに違いない。


 妹の驚く顔を思い浮かべながら、わたしは彼を見あげた。


「ね、ところで……いつまでこうしてるつもり? 町中の噂になって、往来を歩けなくなっても知らないよ」


「お? わっ! ああ、そうだった!」


 彼は慌ててわたしの体を離すと、名残惜しそうな顔をした。


 サッと手を差し出す。


「これなら、いいだろう? 堂々と歩けるし」


「うん」


 わたしは彼の大きな手を握りしめて笑った。


 世界でいちばん幸せだと思えた瞬間だった。



おわり




短いお話でしたが、最後まで読んでくださってありがとうございました!

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