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早く起きて化粧をし、いざ遠くへ行こうと思ったものの、特別行きたいところなんか思いあたらなかった。家族の手前、毎晩遊びに行く振りをして、実際はマンガ喫茶で時間を潰していた。が、それにも限界がある。
地元の友達はみな、それぞれ予定があるだろうし、わたしには妹以外、仲のいい女の子がいなかった。自業自得というのだろうか。昔から男友達ばかりで、そのせいか余計に同性の友達ができなかったのだ。みんな、わたしのことを遊んでいる女だと思っている節があった。机の上によく、「淫乱女」とか「援交女子」だとか落書きされていたっけ……。
まあ、いいや。昔のことを思い出しても落ち込むだけだもん。喫茶店に行って、コーヒーを飲んで来よう。
家を出て近所の通りをぶらぶら歩いた。久々に見る町並みだ。うん、実に半年ぶり。
確か、この通りを抜けたところに、おしゃれなカフェがあったはず。記憶を思い起こしながら、その場所へ向かったら、工事中の立て看板が目に入った。
カフェの建物があった場所は、すっかり様変わりしていた。更地になっていて、重機が入っている。建築材が積まれていて、新たに何か他の建物を造ろうとしていることがわかった。
――あ、なあんだ。なくなっちゃったんだ……。
すごくショックを受けた。現実と自分の記憶がちがっていたからだ。
こうして、ちょっとずつ、変わっていくんだなあ。景色も、町も、建物も。そして、そこに住む人さえも。
ずっと変わらずに同じままでいることを望むのは、到底無理な話なんだ。そう思い知らされたような気がして。ふいに、別れた彼の顔が浮かんだ。
今頃、大阪で何をしているのだろう。どうして、わたしは彼のプロポーズを受け入れることができなかったのだろうか。別れてから一か月もたったのだ。わたしの知らない都会で、わたしの知らない生活を送って、きっと彼も変わったに違いない。
彼もまた、この景色と同じように少しずつ変化を遂げて、いつのまにかわたしの知らない彼になってしまうのだ。
――っと、やば。
いつのまにか視界がぼやけていることに気づき、涙を拭くためにハンカチを取り出そうとした。バッグの中に手を入れる。
と、次の瞬間、携帯が震えた。着信のお知らせは、妹からのものであることを示していた。
「はい、もしもし」
ホッとして電話に出たら、慌てふためく声が向こう側から聞こえてきた。
「お、お姉ちゃん! いまっ、今どこっ? どこにいるのっ?」
何を慌てているのだろう、こんな朝早くに。
我が妹ながら変な子だ。
「どこって言われても、家の近くのカフェがあった場所にいるよ。コーヒー飲みに来たら、建物がないんだもん。びっくりしちゃった。アンタ、どうして教えてくれなかったのよ! このこと知ってたんでしょう?」
ところが、妹はわたしの話を聞いていなかったらしい。
「わかった! そこで待ってて! 三十分後!!」
大きな声でそう叫んだと思ったら、勝手にプツンと電話を切ったのだ。わたしはあ然とした。
「ちょっとなんなの、今の。それに学校をどうするのよ、あの子は……」
学校をさぼって、ここに来るのだろうか。そうでもしないといけない理由があるっていうの? いくら考えてもわからない。ちんぷんかんぷんだ。
――ふふん。いい度胸だ。ひょっこり顔を見せたら、とっちめてやるんだから。
電柱の陰に隠れて、妹があらわれるのを待つことにした。




