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Lovey-dovey  作者: このはな
お姉ちゃんが帰ってきた!
2/7

「真紀、ちょっと出かけてくるから。お留守番よろしくね!」


 リビングで有名私立高の問題集を広げ、ウンウン頭をひねっていたら、足取り軽くお姉ちゃんがやって来た。よほどゴキゲンのようで、「よろしくね」の語尾が半音上がり、「ン」の音が混じる。


 間続きになっているキッチンへ行って冷蔵庫のドアを開けると、お姉ちゃんはコラーゲン入り栄養ドリンクを一本取りだした。ふたを開けたとたん、ゴクゴクと一気に飲み干す。


 見たところ、今日のお姉ちゃんのファッション・ポイントは脚見せだ。ひざ上ロールアップパンツから伸びた、お姉ちゃんご自慢の細い脚が悩ましい。ダイヤ柄の黒タイツは昨年買ったもの。白のタートルネックのニットに包まれた丸い胸がツンと上向いているので、この前通販で購入したばかりのボリュームアップ・ブラを使っているな、とすぐにわかった。


 妹のわたしが言うのもなんだけど、お姉ちゃんはめっちゃ貧乳だ。それは、身内としての謙遜ではなく。わたしより四つも年上のくせに、胸の成長だけ忘れてしまったのではないかと思っちゃうほど、そら恐ろしくペッタンコなのだ。


 機能派ブラにより他人の目をごまかすことができても、妹の目だけはごまかせやしない。一緒にお風呂に入らなくなってから久しいけれど、証拠ならつかんである。シャンプー液の詰め替えをしようと洗面台の横にある棚を探したとき、引き出しの奥から見慣れないピンク色のチューブが出てきたのだ。


 なんだろうと思って、手に取ってみたら、ラベルにバストアップ用マッサージジェルの表示があった。しかも、おフランス製。こんなヤツ使うの、我が家にはお姉ちゃんしかいない。


「どうぞ、ごゆっくり」


 思いっきり皮肉を込めて、わたしは笑顔で答えた。同時に、心の中で毒づく。


 ――あーあ、ハリきって赤のグロス塗りたくってさ。スプラッター映画のキャラみたいでキモいよ。


 どうせ今夜も遊びに行くのだろう。お姉ちゃんのメイクは、思いっきり派手だった。香水までつけているせいか、むせ返るほど部屋中に匂いが充満し、マジで半端ない。なんて大メーワクなの。出かけるのなら、黙ってとっとと行ってほしい。


 それなのに、お姉ちゃんはリビングを素通りせず、わたしの横に立つと、どかっと腰を下ろした。わたしのお尻の下のソファが弾む。


「ひゃっ!」


 おかげでバランスを崩し、起き上がりこぼし人形みたく、コロンとひっくり返ってしまった。


「も~う、なんなのよう。こっちは勉強してるのにさあ」


 ブツブツ言いながら、ソファの背につかまって身を起こした。すると、お姉ちゃんがにんまりと唇の端をあげて、わたしを待ち構えていた。


「なーに、その返事はあ。さては、うらやましがってるな。フフン、もっとうらやましがりなさい」


 お姉ちゃんのスゴイところは、どの角度から顔を見せると可愛く見えるか、ちゃんと計算していることである。


 テーブルの上で両手を組んで、尖ったあごを乗せながら、お姉ちゃんはグラビア・アイドルみたいに下側斜め四十五度の角度から、わたしに視線を向けていた。長いまつげの下の、くっきりとした縁取りの中の目に、ムスッとしたわたしの顔が映っている。


 本能でやっているのかどうか知りたくもないけれど、実の妹で恋の技を試さないでほしい。だって、お姉ちゃんの瞳に映る自分を見るたびに、その圧倒的なちがいにため息が出てしまうんだもの。つまり、お姉ちゃんは誰もが納得するほどの美人で、わたしはへーへーぼんぼんの女子高生なのだ。


「ぜーんぜん、うらやましがっていないもんね。っていうか、逆に憐れんでいるの!」



 ダメダメ! お姉ちゃんのペースに乗ったらダメだ。


 ――集中、集中!


 再びテスト勉強に取り組もうと問題集の両端をつかんで、勢いよく顔の前に持ってきた。お姉ちゃんを一歩たりとも自分の視界に入れさせないために、ページの間に顔を挟む。


 可笑しそうにクスクス笑う、お姉ちゃんの声が聞こえた。


「そんなんじゃ字、見えないよね。ホント、あんた子供なんだから~」


 顔から問題集のページまでのあいだ、およそ三センチ足らずの距離。お姉ちゃんの言うとおり、この至近距離では字を読めるはずがない。それでも、わたしは適当な問題を声に出しつつ、さりげなくお姉ちゃんを無視した。


「えーと、なになに。問三は、国民の三大義務を述べよ、か。こんなのカンタンだって。勤労、納税、教育っと」


 このバトルは本当に馬鹿げていて、まったく意味がないものなんだけど、だからといって売られたケンカを真正面で買うほど、わたしは暇じゃない。挑発しようとしたって、その手に乗るもんか。


 すると、お姉ちゃんは作戦変更をしたらしく、「ま、そんな意地っ張りなところが、カワユイんだよね」と手を伸ばしてきた。


「あっ!」


 グイッと引っ張られ、顔前にあった問題集がさらわれてしまった。お姉ちゃんが横から手を出して取っていったのだ。


「ちょっと、邪魔しないで! って、この間言ったばかりだよね。お母さんに言いつけるよ」


 そんなわたしの頭の上に手を置いて、お姉ちゃんは「いい子、いい子」と髪をくしゃくしゃにするのだった。


 いつもは、こんなことしないのに。


 お姉ちゃん、どうしちゃったんだろう。




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