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ここのところ、ひと月ぐらい眠れない日が続いている。
眠れない原因は、おおかた見当がついている。彼が転勤先の大阪へ行ってしまったせいだ。
お互い大人なんだから、離れていても平気。と、思っていたけれど、実際は違った。それに気づいたのは、彼の引っ越から二週間たったころ。夜中に目が覚めて眠れない日々が続くようになったのだ。
男のせいで眠れなくなるほど心が弱いなんて、自分でも驚いている。心が弱いというよりも、隠れ恋愛体質だったというほうが正しいのかもしれない。
彼が大阪へ行ったあとのわたしは、独りでいることを楽しんでいたと思っていたのに。こんなにも彼を愛しているなんて、ぜんぜん自覚がなかった。これから、わたしはどうしたらいいのだろう――。
*
「まどか姉、なんで三人前の煮込みうどんを買っているの?」
「えっ?」
妹の真紀にたずねられ、ハッと気づいた。コンサートに行くからと、妹が金曜日の夜うちに泊まりに来た日のことだ。二人で近くのスーパーへ買い物に行ったのだけど、ボーっとしているところを妹に見られてしまった。
真紀に言われたとおり、買い物カゴの中には、ネギや卵、かまぼこのほかに、一人前の煮込みうどんの袋が三つ入っていた。ぼんやりしているうちに、一人前よぶんに入れてしまったのだろう。
「あ、ホントだ。ついうっかりしちゃった」
「何やってんの、お姉さま。もうボケてんの~?」
「うるさいな、お子ちゃまは。文句言うなら、もうおごってやんないよ」
「あ~、うそうそ! 冗談でございます、お姉さま~」
「なら、よろしい」
すました顔で答えつつ、カゴの中から一つ取り出して陳列棚へ戻した。
今思い返してみると、その晩からだったと思う。夜、眠れなくなったのは。わたしは、自分が思っている以上に弱い人間だったみたいだ。
彼の大好きな食べ物は、煮込みうどん。一人前の小さな土鍋に材料を全部放り込んで、うどんがクタッとなるまでよく煮込んだものが大好きだった。
「煮込みすぎると、うどんが溶けてなくなっちゃうよ」
そう言って、彼をからかったものだ。
「なんでもよく煮込んだ方がウマいだろ? 味が混ざり合ってさ。時間をかけると、楽しみだって倍増するし」
料理をするのも好きだった彼は、率先してキッチンに立った。水玉模様の赤いエプロンが、わたしよりも板についている。
「うん、そうだね。そう思うよ」
「だろ?」
彼は嬉しそうに笑った。笑うと生真面目な顔が崩れて幼い表情になる。彼のうしろに回って、背中から両腕を伸ばし抱きしめた。
「おろ? そいつをやるのは、男の方だと思いますが」
「いいじゃん、別に。文句言わないの。ほら、よそ見すると吹きこぼれるよ」
「はいはい」
声が振動となって、彼の背中にくっつけた耳に響いて伝わってくる――。
*
わたしは、本当に彼のことが大好きだった。大好きで、仕方がなくて。そして、彼と別れてから今でも。別れたことを後悔しながらも、まだ愛している。
けれど、わたしは、うそをつくのが上手かった。
周りの人に対しても、自分自身に対しても――。




