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桐堂亜衣の観測記録  作者: 佐藤悪糖
桐堂亜衣の犯罪記録
4/9

04 「あなたの手のひらで踊るのも飽きたんですよ」

「四上くんの命が惜しければ、武器を捨てて手をあげなさい」

「お前それでも人間か!」


 拘束衣を着た四上くんの背中にモデルガンを押し付け、襲い来るテロリストを脅迫する。私を狙って襲ってきた二人組の覆面の男女は、けらけら笑いながらも武器を捨て、どこかに走り去っていった。


 静まり返った廊下を四上くんと2人で歩く。これだけなら高校生の男女が仲良く歩いている微笑ましい光景だけど、男は拘束衣を着て女は男に銃を押し付けている。おまけに***目だ。

 どこからどう見ても私が悪役にしか見えないけど、これでも『テロに屈せず立ち上がった勇敢な主人公』だ。そういう設定らしい。


「それで、俺達クラス委員がテロリストに扮して、会長の指揮の下に学園を占拠。『テロに屈せず立ち上がった勇敢な主人公』が自然発生したら情けなく蹴散らされつつ、生徒会室に誘導する。『主人公』が生徒会室で待ち構えている会長を倒したらハッピーエンド、それがこの新入生歓迎レクリエーションのシナリオだ」

「なんとまあ、アラだらけというか杜撰というか。主役の1人を観客にやらせて劇が成立するわけ無いでしょう」

「演劇部の元エースが主役引き受けてくれたんだから大丈夫だろ」

「一個貸しだからね」

「会長にツケてくれ」


 果たしてあの”会長”はおとなしくツケられるようなタマだろうか。数分にも満たない通話だったけれど、あの会長からは獣の匂いが感じられた。今だってあの会長の掌で踊ってるんだ、警戒するには遅すぎるくらいだ。


「ところで、えーと、お前さ」

「桐堂亜衣」

「桐堂、この覆面外してくれね? さっきから息苦しくってさ」

「覆面を外したら絶世の美少女だったりするなら考える」

「良く分かったな、美少女だ美少女。外してくれ」


 覆面を外してみた。

 凶悪な三白眼の男があらわれた!


「嘘つき」

「騙して悪いな」

「スカート履いてウィッグ被ったら許してあげる」

「おい、せっかく素顔晒したんだから描写してくれよ」

「君みたいな三下は『三白眼の男』で十分だ」

「せめて名前で呼んでくれ……」

「三下晴くんだっけ」

「四上だ四上! 四上晴! お前分かっててやってんだろ!」

「名前で呼んで欲しいなら、その『お前』って言うのやめようね」

「亜衣ちん」

「どの指がいい?」

「何が!?」

「楽しそうね、亜衣ちゃん」

「そうでもないですよ」


 後ろからかかる声に振り返ると、これでもかと言わんばかりに満面の笑みを広げたフィー先輩と柚木原先輩が居た。

 ああ、こういう状況、好きそう。イキイキツヤツヤしてらっしゃる。


「校内放送で指名手配されるなんてやるじゃないか、桐堂後輩。卑劣なるテロリストに立ち向かう勇姿に免じて、優しい優しい先輩たちが手を貸してやろう。なあに、遠慮することはない」

「それなら先輩方、主人公交代しませんか? 今ならテロリストと戦えますよ」

「もう戦った。というかなんなんだあいつらは。テロリストのくせにモデルガンしか持ってない上に、軽く足を払っただけで自分からふっ飛ぶ。それでも犯罪者か、悪の美学が足りん」

「校内暴力は良くないですよ、柚木原先輩」

「お前が言うか……」

「三下くんは黙ってなさい。私はいいの」

「それで、亜衣ちゃん。その奇抜なファッションの子は?」

「人質兼道案内の三下くんです。で、こっちの先輩方が刺激に飢えた現代の獣たち」

「四上晴です、三下じゃねーっす。先輩方は?」

「フェリシア・キャンベルよ。これでも日本人なの」

「柚木原楓だ」


 私の紹介をスルーして、めいめいが自己紹介をする。柚木原先輩とフィー先輩が暴れてくれるなら私が主人公役を務める必要は無いような気はするけど、乗りかかった船だ。何より生徒会室はすぐそこにある。

 しかし、そう簡単にはいかないようだ。生徒会室の扉の前に、仁王立ちする影1つ。ラスボス前の中ボスってところか。


「よくぞここまで来たね! だが、それもここまでだ! 君たちの――」

「すみません、新キャラが多いと混乱するんですよ。引いてくれませんか」

「身も蓋もないな、桐堂後輩」

「対話進行は複数人での会話に致命的に弱いんですよ。いっそのこと吹き出しの前に名前振っちゃいましょうか」

南尾「あれ、僕中ボスだよね。悪の幹部だよね。なんでこんなに扱いが雑なんだろう」

桐堂「黙れ南尾」


 南尾のみぞおちに拳を沈め、黙らせた。

 そういえばうちのクラスのクラス委員、南尾だったっけか。今後二度と生きそうにない設定がまた1つ増えてしまった。


「はいはい、メタはそこまで。ほら、行くよ亜衣ちゃん」


 フィー先輩が強引に流れを切り、生徒会室の扉を指さす。一応は最終決戦ってことなんだろうか。ぐっだぐだな上に士気は底辺だけど、まあいいや。さっさと終わらせて寝よう。


「ついにここまで来たな、桐堂。散っていった南尾のためにも、俺達でこの戦いを終わらせるんだ」

「ああ、このくだらない殺戮に幕を下ろそう。それが今日という日を生き延びた者の義務だ。行くぞ、桐堂後輩」

「長い戦いだったね、亜衣ちゃん。でも、それもこれで終わり。明日からはいつもの毎日が帰ってくるの、そう、きっと……」

「さっさと終わらせて寝たいです」


 凄まじく士気が高い3人を尻目に、私はドアノブに手をかけた。



 *****



「よく来たね。ようこそ、私の城へ」


 生徒会室の中央には十数人で会議ができるような豪華な長机が鎮座しており、部屋のあちこちには壺やら掛け軸やらトロフィーやらといった調度品が置かれている。全体的にまとまりは無いが、どれも安物というわけでは無さそうだ。


 長机の上座、身の丈ほどもある巨大な壺を背負った位置に、虎の面をした女が居た。

 虎の面に阻まれて顔色は分からないが、電話口からの声とよく似ている。この虎面の女が会長なのだろう。


「まあ座ってよ。ああ、桐堂さんはそこね」


 会長に指示された場所、入り口に最も近い下座に座る。ちょうど会長の真正面だけど、無駄に長い机のせいでどうにも距離が遠い。

 会長は手元にある1丁のリボルバーを、見せつけるように指先でクルクルと回していた。


「ねえ、桐堂さん。ロシアン・ルーレットって知ってるかしら」

「ええ、まあ。知識としては。実践したことはありませんが」

「十分よ」


 会長はリボルバーを回すのをやめ、静かに自分のこめかみに持って行くと、躊躇うこと無く引き金を引いた。

 撃鉄が落ちて、ちんっと音が鳴る。弾丸は発射されない。それだけだった。


「一応説明はしておくわね。6発のうち1発だけ実弾が入っているわ。自分のこめかみに向けて引き金を引く。ダミーカートなら生きて、実弾なら死ぬ。引いたら相手に銃を渡す。おおまかなルールはこれだけよ」

「……空砲、ですよね」

「実弾だと思ったら、1回だけ相手に向けて撃ってもいいわ。外れれば無条件で負けだけど、当たった場合は勝ち。どちらかが死ぬまで続けましょう」


 会長は机の上にリボルバーを滑らせた。私の手元で止まったリボルバーを掴み、観察する。

 ずっしりと重いリボルバーの弾倉を覗きみるが、ぱっと見ではダミーカートと実弾の区別はつかなかった。

 春休みの間、何度も触れた重みだ。日常には重すぎる、命を奪うには軽すぎる、どこか滑稽なオモチャ。こんな小さなモノでも引き金を引けば、一矢の暴力が放たれる。


 浅く息を吸い、こめかみに銃口をあてがう。引き金を引くと、ちんっと音が鳴る。弾丸は発射されない。それだけだった。

 深く息を吐き出す。弾丸は発射されない。こめかみに穴は空いていない。その事実を確認すると、私はもう一度息を吸った。


「……桐堂さん?」

「仕込みが入ったゲームなんかに、載せるチップは無いんです」


 もう一度、こめかみに向けて引き金を引いた。ちんっと音が鳴って、弾丸は発射されない。それだけだった。


「正気とは思えないわね。自らリスクを背負うなんて、愚か者のすることよ」

「あなたの手のひらで踊るのも飽きたんですよ」


 こめかみに向けて、4発目の引き金を引く。ちんっと音が鳴って、弾丸は発射されない。それだけだった。


「これで4発目。弾倉は6つだから、残りの2つのどちらかに弾が入っていることになるわね」

「どちらかではありません、弾丸は6発目に入っています」

「根拠を聞かせてもらおうかしら」


 根拠なら簡単だ。このロシアン・ルーレットが仕込み入りと仮定するならば、6発目に弾丸が入っているのが一番楽しめる展開だ。

 仮定の上の空論、外れれば死ぬ。推理と呼ぶのもおこがましい、ただの当てずっぽうと大差ない。それでも、相手の予定通りに進むくらいならリスクを負ってでも計画をぶち壊す方が私好みだ。

 だから、せいぜい余裕ぶって、こう答えた。


「女の勘、ですよ」


 浅く息を吐き、5発目の引き金を引こうとした時。四上くんにリボルバーを取り上げられた。


「俺がやる」

「何をしているの、三下くん。君の出る幕じゃないよ」

「うるせえ! 俺がやるって言ってんだ!」

「……」


 怒鳴り声をあげ、四上くんはリボルバーを両手で包むように構えて自らの額に銃口をあてがう。

 見ているだけで可哀想になるくらいガタガタと震え、銃口は何度も左右にぶれている。四上くんは目を閉じて歯を食いしばり、絞るように引き金を引いた。


 ちんっと音が鳴って、弾丸は発射されない。それだけだった。


「……っ! ど、うだ、おい。俺だってやれるんだ、くそっ。桐堂だけにリスクを負わせてたまるかってんだ!」

「何勝手なことしてるの、三下くん。これ、私と会長の一騎打ちなんだけど。というかいつの間に拘束衣脱いだの」

「君一応こっち(テロリスト)側の人間だよね、四上くん。なんでさも当然かのように桐堂さんの味方してるのよ」

「四上後輩、せっかく桐堂後輩が決め台詞放ったというのに、どうして君が出てくるんだ」

「晴くん、亜衣ちゃんが心配なのはわかるけど、男ならもっと余裕を持たなくっちゃ」

「私が悪うございましたああああっ!」


 総ツッコミを受け、四上くんは半泣きになって突っ伏す。謝るくらいなら最初からやるんじゃない、もしも弾が出てたらどうするつもりだったんだ。

 無謀なバカは嫌いじゃないけど、考えなしのバカは嫌いだ。ちゃんとした理論と根拠無しに思いつきで動くような輩は獣と大差ない。


「ちゃんとした理論と根拠無しに思いつきで引き金引きまくった桐堂さんに、そんなこと言う資格は無いと思うけど」

「人の心を読まないでください。私はいいんです」

「一応お礼を言っておいたら? ほら、彼、バカだけど彼なりに考えての行動ですし」

「上から目線の感謝を彼が欲するなら、そうするのもいいでしょうね」

「……へえ」


 虎面の女は、何やら得心したように頷いている。虎の面に開いた穴の奥で、瞳が鋭く輝いたような気がした。こんなしょーもないところで鋭さ発揮してどうするんですか、会長。

 気を取り直して。


「さて、何やらハプニングはありましたが、これでチェックメイトです」


 半泣きどころか号泣している四上くんからリボルバーを受け取り、会長に銃口を向けた。

 既に引き金は5回引かれている。会長が6発ともにダミーカートを仕込んでないのなら、6発目は実弾で確定だ。


「多少予定とは違ったけど、こういうのもいいかもね」

「やっぱり仕込みだったんじゃないですか」

「あなただってルール違反じゃないの、お互い様よ。それにね」


 リボルバーに左手を添え、脇を絞って照準を安定させる。この距離なら外しはしない。


「悪が滅びるのは、いつの時代も予定調和なのよ」


 引き金を引き、撃鉄を落とす。乾いた音が鳴って、弾丸が発射された。



 *****



 会長の眉間向けて放たれた弾丸は、まっすぐに空気を貫いていき、虎の面の端をかすめて面を弾き飛ばした。


「……へ?」


 がちゃんと何かが割れる音がして、虎の面が床に落ちてからんからんと音を立てる。空砲ではなく本当に弾丸が放たれたのにも驚きだが、眉間に向けて放ったはずの弾丸が面の端に当たったのはどういうことだ。

 外した? いや、そんなはずがない。10メートルも無い距離だ、外すはずがない。


「弾丸が、逸れた……?」

「違うわ、避けたのよ」


 会長は静かに立ち上がり、落ちた仮面を拾う。

 鋭く、淡白な顔立ち。フィー先輩のような絵画じみた美しさではないけれど、東洋人として1つの究極系に位置する、無駄のないかんばせだ。

 無と静を美徳とする、美しき東の女。ただ一点、金と紅のオッドアイが異質に映えていた。


「雨城学園高等部生徒会会長、東雲(しののめ)虎金(こがね)


 学園テロの主犯、”会長”、虎面の女――東雲虎金は、


「弁償」


 にっこり笑って、粉々になった壺を指さした。

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