03 「図に乗るんじゃねえ三下」
「すいません、遅刻しましたー」
投げやりに謝罪しつつ、教室の扉を開く。突き刺さる何対もの視線と教壇に立つ銃を構えた覆面の男をスルーして席に向かった。
「ちょっと待てや」
銃を構えた覆面の男に補足された。
「……なんですか」
「なんで普通に席に座ろうとしてるんだよ!」
「私の用事は済んだのですが」
「用事って何!?」
「で、何なんですかあなた一体。なんで銃構えてるんですかなんで怒ってるんですか疲れたんですけど眠いんですけどお腹いっぱいなんですけどチョコ食べたいんですけど」
「ああもう、わけわかんねーよ!」
この程度でキャパシティオーバーとはまだまだ修行が足りない。
里子が投げたチョコをぱしっと受け取り、包み紙を剥いで口に放り込んだ。甘い。
「里子、どういう状況?」
「見ての通りテロリストなんだって。授業無くなったよー」
「そう、それは良かった」
「良かねーよ!」
覆面の男がうがうご唸っているが、無視して席に座る。授業が無いなら昼寝の時間だ。授業があっても寝るつもりだったけど。
ちなみに保健室で寝るという選択肢は無かった。退屈と好奇心に支配された二匹の獣に首筋を晒すような真似はしたくはない。
「おい、お前」
「……まだ何か?」
「あー、その、悪かったな」
覆面の男が脈絡なくデレた。
どうしよう、いつの間にフラグ立ったんだろうか。さっきのシーンで雑に扱ったせいで、何かの琴線に触れてしまったのかもしれない。そうだったら嫌だなあ。
「まあその、ご覧の通りテロなんてしてるけどさ。本当に危害加えたりなんかしないから安心してくれ」
「言ってる意味が分からないのですが」
「あー、だから、その。そんな目すんなよ、なっ。ほら、この銃だって実はモデルガンなんだ。もうちょっと待ってれば会長が……っと、いけね。まあ直に終わるからさ、そんな絶望した目すんなって」
「……」
バカだ。バカだこいつ。バカじゃなけりゃ良い奴だ。
一個右に座る里子が口元を隠したままぷるぷると小刻みに震えている。怖いんじゃない、笑っているんだ。クラスメイトの寄越す視線が期待に輝いている。期待されれば答えるのが私の仁義だ、やるしかない。
「元気出せって、もう怖いことしないからさ。なっ」
「ほっ、本当ですかっ? 私、どうなっちゃうんだろうって、怖い人がいっぱいいて、心細くてっ」
「え、あ、ああ。大丈夫、もう大丈夫だから。何かあっても俺が守ってやるよ」
上目遣いに涙を潤ませて、線の細い声を作る。
こう見えて私は雨城中演劇部の元エースだ。悪女の素養――もとい、演技力なら自信がある。突然豹変した私に動揺は見せたものの、覆面の男はころっと騙されてくれた。
ちょろい。
「ありがとうございますっ。あの、お名前は……?」
「1年7組クラス委員、四上晴。彼女募集中!」
「四上さんっていうのですか、素敵なお名前ですね! その、四上さん、1つお願いがあるのですが、よろしいでしょうか……?」
「ああ、どうした。なんでも言ってくれ。君のためならどんなことでもしよう」
「図に乗るんじゃねえ三下」
足を振り上げて大きく刈る。柔道の代表的な刈り技、大外刈だ。
覆面の男の重心を一息に刈り取り、バランスを失った上体を床に向けて思い切り叩きつける。床に打ち付けられる寸前服を引き、頭だけは守ってやった。これを忘れると事故に繋がりかねない。
「里子、パス」
「あいあいさー!」
里子はカバンから拘束衣を取り出し、私に投げ渡した。重度の精神病患者や凶悪な犯罪者に着せる真っ白な拘束衣を、手慣れた手つきで覆面の男に装着していく。
「んなっ、ちょっ、お、おい!」
「亜衣ちゃーん、ボールギャグも使うー?」
「あれ、ヨダレでベトベトになるから好きくない」
「そっかー、ざんねーん」
「くそっ、おい、なんだよこれ! 脱げねえ!」
「みんなー、後任せていい? 私眠いんだよね」
「よし来たー! いくぞ者ども! 卑劣なるテロリストには報復を!」
『報復を! 報復を! 報復を!』
「あー、暴力はナシで。彼もバカだけど紳士だったし、それ以外なら好きにしていいから」
「それ、亜衣ちゃんが言っていい言葉じゃないよ……」
「私はいいの」
「おい、離せ! 離せって! 離してください! いやあああああああああ!」
覆面の男に群がるクラスメイトを尻目に、机に突っ伏して目を閉じる。時折響き渡るドリルの回転音と情けない悲鳴を子守唄にまどろんでいると、ポケットに入れたケータイが震えた。
かぱっと開いて着信番号を確認する。知らない番号だ。電源ボタンを押して、ケータイを閉じた。
すぐに電話がかけ直されてきたので、電源ボタンを長押しして電源を落とした。私は眠いんだ。
間髪入れずにケータイが鳴った。私のではない、クラス中のケータイが一斉に鳴り響いた。ちょっとしたホラーだ。
仕方がないのでケータイの電源を入れると、クラス中のケータイは一斉に鳴り止み、私のケータイだけが鳴った。通話ボタンを押す。
「もしもし四上ですが」
『随分と可愛い声になったね、四上くん』
「日々のボイトレの成果です。1年2組の制圧は順調ですぜ会長、定期連絡の時間になったらまた連絡します。それじゃ」
『定期連絡なんて決めてなかったと思うけど』
「そうでしたっけ、それならまた適当に連絡します。おやすみなさい」
『それで誤魔化そうとするあたり大物よ、桐堂亜衣さん』
「眠いんです。誤魔化されてくださいよ、”会長”さん」
通話の奥からくすくすと忍び笑いが聞こえる。
『ねえ、参考までに聞きたいんだけど。学園にテロリストがやってくるって状況はお気に召さなかったかしら』
「授業が潰れたのは嬉しいですけど、レクリエーションとしてはダメダメですね。テロリストに襲われるのが楽しいのではなくてテロリストに襲われて覚醒する俺TUEEEが楽しいんです」
『十分俺TUEEEしてるじゃないの』
「俺TUEEEは普段ぱっとしない人の特権です。私は序盤強くて後半影が薄くなる、戦うヒロインポジです。もうちょっとしたら出てくるメインヒロインの当て馬役です」
『それで、あなたのクラスに超能力に目覚めた主人公はいたかしら』
「白馬に乗った王子様なら見当たりませんね」
『乗馬通学は校則違反よ』
「ちょいワルな王子様も素敵だとは思いませんか?」
軽口を叩き合い、会長は笑う。私は笑わなかった。
『テロリストを打倒した人には、主犯までキッチリ倒す義務があるとは思わない?』
「何にでも義務と権利を主張する今の社会は末期的だと思います」
『このくだらない世の中をぶち壊しにいきましょうよ』
「小市民らしく隅っこで震えて、ヒーローが来るのを待つことにします」
『未来を手に入れられるのは自分で立ち上がった者だけよ。というか、誰かが立ち上がってくれないとこのテロを終わらせられないのよね』
「サクラぐらい仕込んどいてくださいよ」
『自分で制圧して自分で解放するなんて寒いじゃない。生徒会室で待ってるわ』
私の返事を待たずに、通話が切れる。無視して机に突っ伏し午睡に落ちようとすると、ぶつんと音がして校内放送が繋がり、会長の澄んだ声が校内に響いた。
『ぴんぽんぱんぽーん。同士諸君、私だ。高等部1年2組にて反乱分子が発生した。手の空いている者は鎮圧に迎え。反乱の首謀者は桐堂亜衣、見つけ次第射殺しろ。繰り返す、高等部1年2組にて――』
ぴんぽんぱんぽーんって、口で言う必要あったのだろうか。ため息を1つ吐き立ち上がると、どこかで見たような感覚が頭をよぎる。こういうのってなんて言うんだっけ。ああ、そうだ、思い出した。
「やれやれ系主人公、私……」
漏れそうになるため息をあくびで撃ち殺し、大きく伸びをした。




