第二話 【9】
「ちょ、ちょっとやばかったかな……」
二人の様子を見たミーファとエマは若干引いている。
「カイト、ジェイル、大丈夫か」
エマが二人に駆け寄りると、ミーファもそれに続きカイトの近くで座り込んだ。
「ああ、なんとか。なんだ、今のは? 昔の事が一気に頭を駆け巡ったような感じだ」
カイトはまだ、頭を抱えている。
「ホントに? じゃあ、多分魔法自体は成功してる。そういう魔法だから」
「先に言えよ。死ぬ直前の走馬灯かと思ったよ。ジェイルは?」
三人はジェイルを見ると両手両足を付いた態勢で頭を横に振っている。
「……ジェイル?」
ミーファがジェイルに声を掛ける。
「ミーファの魔法か? てめぇ何しやがった! くそ、頭が痛てぇ。何だ今のは?」
ジェイルの言葉を聞いた途端ミーファは立ち上がりジェイルに駆け寄ると、その腹を思いっきり蹴り飛ばす。
「いてぇ!! 何しやがる!!」
「何しやがるじゃないでしょ!! あんたねぇ、あんだけ大口叩いといて何あっさりマリオネットに掛かってんのよ!!」
「へっ?」
ジェイルは間の抜けた声を上げた。
「へっ、じゃないーーーーい!! あたし達に斬りかかってカイトと斬り合って大変だったんだからね!!」
ジェイルは周りを見ると、自分の大剣が下に転がっているのを見つけ、胡坐をかいて座り直すと記憶をたどる素振りを見せた。
「そういや、薄らとカイトと戦っていたような気もするな」
「気がするじゃないでしょ!! 『俺は精神力が強いから大丈夫』とか、あたしに『自分の心配してろ』とか言ってたくせに! 自分が掛かってどうすんのよ!!」
日頃ジェイルにからかわれているミーファがここぞとばかり言い返している。ジェイルも反論できないらしく、額に青筋を立てながらも我慢していた。
「カ、カイト。止めたほうがいいのではないか」
その様子を見ていたエマが未だ頭を押さえているカイトに制止するように求めた。
「いいんじゃないか。まぁ、ジェイルにも油断があったろうし」
「しかし、ジェイルは私のせいでマリオネットに」
エマは自分を助けたために逃げ遅れたジェイルに申し訳なく思っているようだ。
「ん? ジェイルが何も言わないんだから、そんなことは気にする必要は無いよ」
「しかし……」
「仲間内で助けただの、助けられただの言ってたらきりが無いだろ」
「カイト……」
未だミーファはジェイルに小言を言っているが、ジェイルも我慢の限界に来たのか突然立ち上がった。
「あんの根暗野郎!!」
そして、その怒りは何故かオクラに向かう。立ち上がったジェイルは大剣を拾い上げてその部屋を出るとオクラを探しに行ってしまった。
「ちょ、ちょっとジェイル!! この館危ないって!! そこら中に魔法陣があるから!!」
ミーファも慌ててジェイルを追いかけた。
「俺達も行くか」
「あ、ああ。だが、オクラは逃げたのではないか?」
カイトは立ち上がると、エマもカイトに続く。
「逃げちゃいないさ。というより、オクラが俺達を逃がせないはずだ。どこかで高見の見物を決め込んでるんだろ。ジェイルのマリオネットが解けたことで、罠でも仕込んでるんじゃないか」
カイトとエマは先に出た二人を追って部屋を出ると廊下を見渡したが、既に二人の姿は確認出来なかった。
「さて、どこにいったのやら」
「また部屋を一つ一つ見ていくのか?」
「ああ、だが無闇に中に入るなよ。どうやら、いくつかの部屋は既に魔法陣が彫られているようだからな」
「わかった」
エマとカイトは部屋を確認しながら地下を進んでいくと、少し先の左に曲がる角から青白い光が見えた。そして、その直後にミーファの声が上がる。
「ジェイルのあほ~!!」
「……なんだ?」
エマが光の方を見る。
「今の光、陣魔法の光に見えたが……まさか、ジェイルのやつまた……エマ、行くぞ」
カイトは光が見えた方に向かって走り出し、エマもそれに続いた。角を曲がるとすぐ近くの扉が開いているのが見え、中から人の気配がする。カイトが中を覗くとミーファと部屋の中央で横たわるジェイル、そしてそのジェイルのすぐ近くに黒いローブを纏った老人、オクラが立っていた。
「ジェイル!!」
「カイト、気をつけて。魔方陣が彫られてるの! 陣に中に入らないようにこっち来て!」
ミーファに言われてカイトは床を見ると、確かに何かの魔方陣が彫られている。カイトとエマはその魔方陣内に入らないようにしながら部屋の内部に入ると、ミーファと合流した。
「どうしたんだ! ジェイルに何が?」
ジェイルは部屋の中央に横たわったまま起き上がらない。
「オクラがこの部屋にいるのを見つけたんだけど、ジェイルが危ないって言ったのに『ぶっ飛ばす』って言いながらいきなり踏み込んじゃって……魔方陣の餌食に」
「ジェイルは魔法に疎いからな……ジェイル、大丈夫なのか」
「大丈夫。これスリープの魔方陣だから寝てるだけ」
「そうか。じゃあ、とりあえずジェイルは放っておこう」
「いいのか、それで……」
エマが心配そうな声を上げた。
「大丈夫だ。危ないと感じたら勝手に起きるよ」
「どういう意味だ?」
「あいつもアホじゃないってことだ。どの道ジェイルが魔方陣の上にいる以上手が出せないしな。それよりオクラをなんとかしよう」
カイト達が話している間にオクラはジェイルから少し離れたが、魔方陣からは出ようとしない。
「くっくっく。マリオネットが解くとは。メイド五号がそれほどの魔法士とは予想外じゃったよ」
「だから、五号って言うな!!」
「くくく。さぁ、その男を助けないのか?」
オクラはジェイルを杖で指し、あからさまに魔方陣に入るように誘う。
「まいったな。ジェイルが人質になっちまった」
「なんとかジェイル起こせないかな?」
「起こすだけならすぐ起こせるが、魔方陣内にいる限りはまた眠らされるだけだろ」
「近づかずに起こせるの? 魔法での眠りは通常よりも深いから声とかじゃ無理だよ?」
「知ってる。まあ、それより魔法でオクラを倒せないのか?」
「え、あ、うん。やってみる」
ミーファは腰の杖を取りオクラに向けた。
「火よ!!」
ミーファの声に呼応し、杖の先端の魔石から火球がオクラに向かって飛来する。
「そんなもの、儂には効かぬよ。霧よ」
オクラはその火球が届く前に杖を掲げると、杖から濃い霧が発生しオクラの周辺を覆った。火球はその霧に触れると消えてしまった。
「なんだ、消えたぞ」
「あいつ、意外と強いかも。霧は水の魔法の応用で、結構高等な魔法なの」
ミーファはオクラを見ながら悔しそうな顔をしている。
「なるほどね。魔法士協会元理事の名は飾りじゃないわけだ」
「私が射るか?」
エマは既に背負っていた愛用の弓を組み立てていた。
「ああ、やってみてくれ」
カイトがそう言うとエマは矢を一本引き絞り、オクラの足目掛けて放ったが、オクラは微動だにしない。
「無駄だよ。風よ、そして火よ!!」
オクラが発生させた風で矢の方向が変えられ矢はオクラの後ろの壁に突き刺さった。その直後にオクラから放たれた火球がカイト達に飛来する。
「風よ!!」
その火球をミーファは発生させた風で横の石壁にぶつけると火球は石壁の一部を焦がし消えた。
「むむむ。あの速度で別系統の魔法を連発できるなんて……」
ミーファは悔しそうな表情をしている。どうやらミーファにはそこまでの連発は出来ないようだ。しかし、オクラもそれ以上の連発をして来ないところを見ると、ミーファや弓を使えるエマがいる以上あまり自分から攻めたくないのか、あくまで魔法陣に入るように誘っている。
「う~む、間合いがこれだけあると魔法士は厄介だな。かといって間合いを詰めるわけにもいかないし」
「くっくっく。地上への扉は既に閉めた。お主らは逃がさぬよ。特に五号とそこの金髪娘は私の研究の実験材料にしてくれる。くくく」
オクラの表情には余裕が伺える。間合いを詰められることが無ければ、自らの魔法に自信を持っているのだろう。
「勘弁してよ……あんたのあんな研究の材料にされるなんてまっぴらゴメンよ!!」
ミーファは本気で怒っている。
「さっき説明の途中だったが、あいつの研究ってなんだんだ?」
「最悪の研究よ。あれが成功したらと思うと……」
ミーファは恐怖のためか肩を震わせた。
「あんたは絶対ここで倒す!!」
ミーファはオクラに杖を突きつけた。その表情には並々ならぬ決意が伺える。
「なんだかよくわからんが、とりあえずやばそうだな。しかし、どうするか。俺、この間合いでの攻撃はできないんだよな」
「う~ん、あたしもあいつと魔法勝負はあまり自信がないな……」
ミーファは基本的に自分の魔法にかなりの自信を持っているが、オクラの技量程ではないのかめずらしく弱気になっている。それでも、何か手は無いかと部屋中を見まわしていると、急に何かを閃いたのか手を打ち合わせた。