不審な男現る
次の日、ダイキは虫とり網と虫かごを持って、学校の校門の前にいた。学校の周りにある木に蝉がよくいるのを見て夏休み前から計画していたからだ。
3人の家は学校から徒歩10分圏内にある。木々の根元には、蝉が這い出したであろう穴がボコボコとあいていた。
「うえっ。気持ち悪い」
1つ2つならそうでもないが、小さな穴が密集して空いている様は、なんとも気持ちが悪い。
「ダイキー!お待たせ!」
むこうから弾むようにハルトが走ってきた。黒地にPOWERFUL GIRLとカラフルなロゴがプリントされたTシャツを着ている。ハルトには2つ上の姉がいる。ダイキの密かな憧れの人で、意志の強そうな凛とした目と、長くツヤツヤした黒髪の素敵なお姉さんだ。去年の運動会では最前列でキレのあるダンスを披露していた。
「レンは?」
周囲を見渡してハルトが言う。
「まだ来てないよ。お腹が重たくて歩くのが遅いんじゃない?」
「アハハ!そうかも!」
「ちょっと痩せた方が良いよね」
「確かに!」
「記録シマシタ。コノ記録ハ、学校ノ玄関ニツイタトキ、再生サレマス」
「わああ!!」
2人で同時に叫んだ。
「レン!?」
「忘れてた。これ叔父さんがくれたキーホルダー」
ハルトはパープルヘドロモンスターをポケットから取り出し、ここ数日間で自分の発言を記録され、削除するには命令をこなさないといけなかったことを話した。
「なんて恐ろしいキーホルダーなんだ!」
「まぁでも、よく考えたら、夏休みに入ったから学校の玄関まで行く事はあまり無いから、パドモンが記録してても大丈夫じゃない?」
ダイキがそう言った途端にパープルヘドロモンスター改めパドモンが発言する。
「ナオ、学校ノ玄関トハ、靴箱カラ校門マデヲ意味シマス」
「範囲が広いな!」
「勘弁してくれよぉ……」
「さっきのレンに聞かれたらヤバいかも!あいつすぐ怒るじゃん!」
ハルトは削除ボタンを押す。
「ナオ、今カラ10分以内ニ蝉を3匹捕獲シタラ、コノ記録ハ削除サレマス」
「いや無理だろ!そろそろ来るんじゃね!?」
「でも、やるしかないよ」
2人は汗をダラダラ流しながら、必死で蝉を探す。
「いた!」
見るとハルトが指差す15センチほど頭上に蝉がいる。これくらいの距離なら、虫取り網で簡単に取れそうだ。問題は蝉が逃げることだ。
「静かに!オレが捕まえる!」
ここで1番うるさいのはハルトだが、ダイキは大人しくその場で静かにしている。蝉はそのまま動くことなく虫かごに捕らわれた。
「あと2匹!」
今度は隣の木に、脱皮しかけの蝉が引っ付いていた。2人は初めてみた光景に感動しつつ、1匹にカウントされるのか、疑問に思う。
「これって、1匹に入る?」
ダイキがハルトに聞くと、パドモンが言う。
「仕方ナイデスネ。1匹トシテ、カウントシテアゲマス。ナオ、脱皮シカケナノデ、絶対ニ触ッテハイケマセン」
「よっしゃー!!優しいじゃん!」
パドモンによって、強制的に蝉取りをさせられているのに、2人は素直に喜んでいる。
「あと1匹だね」
「…もう蝉取りしてんの?」
「わあああ!」
背後に迫るレンに気づかなかった2人は、近くにいた鳩が飛び立つほどの叫び声をあげた。
「…待っててっていったのに」
頬を膨らますレンに、しどろもどろになりながら、ダイキが答える。
「す、すぐ近くに蝉がいたから、つ、つい捕まえちゃったんだよ」
「…ふーん、あ!」
「な、なに?」
「…こんなことある?帽子に蝉がいたよ」
逃げようとおしっこを発射する蝉をレンが掴んでいる。
「目標ガ達成サレマシタ。記録ヲ削除シマス」
「…え?」
パドモンの音声を聞いたダイキとハルトは、安心して力が抜けたのか、アスファルトにへたりこんだ。だが熱された地面は熱く、すぐに立ち上がる。
「蝉取りかい?良いねぇ。おじさんも子どもの頃によくしたよ」
いきなり話しかけられて3人はビクッとした。見ると、40歳位スーツ姿の男性が立っていた。キッチリ七三分けされた黒髪がテラテラと輝きを放っている。清潔感はあるが、目が仄暗く薄気味悪い。
この男性はいつも学校の付近をウロウロし、下校時に校門でチラシ配りをしている。1度だけダイキもチラシを貰ったことがあ。
『宿題やテストがめんどくさいと思いませんか?全部AIロボットに任せちゃいましょう!私が作った万能AIロボットを使えば、ママ・パパ・学校の先生に宿題の未提出やテストの点数で怒られることはなくなります!今なら初回限定で500円でお試しできます!』
毎日、宿題が出されることにうんざりしていたダイキは、スキップしながらチラシを手に帰路につく。当然ママに見つかり、そのチラシはゴミ箱に捨てられた。
「AIはそんな万能じゃないし、自分で考えることをやめてしまったら、人間終わりよ」
そう窘められた。でも、ママも先生も良い点取ったら喜ぶし、宿題も早く終わって嬉しいだろうに。ダイキは腑に落ちない顔をしている。ダイキの顔を見て、ママは続ける。
「ダイキは時間がかかっても宿題を頑張ってるじゃない。頑張って考えて、最後には答えを導き出せる。わからなかったら私に聞くこともできる。それってすごいことだし、これからもそうであってほしい。…それにAIを使っても答えが間違っていることもあるのよ」
ママは仕事でよくAIを使っているらしい。とても優秀だけど、完璧ではないと。AIが出した答えをそのまま使うことはなく、手直ししてから使わないといけないから、時間がかかることも多いとため息混じりにママが話してくれた。
答えが間違ってるのなら、やり直ししないといけないから、意味ないかとダイキは納得した。
チラシを配っていた男性は、他の学生にもチラシを配り続けているようで、何度か学校の情報配信用アプリでも注意喚起のメッセージがきていた。何やら、受け取りを拒否した子には強制的にチラシを押し付けて後悔するぞと脅したり、何度も配られるチラシにうんざりした子が男性の目の前で丸めて捨てた時には後をつけて怖がらせたりと、危うい雰囲気だったらしい。良識ある大人がする行動ではないと教員の間でも問題になり、男性本人に直接伝えたところ、その場ではおとなしく理解したふりをして、30分もするとまた戻ってきたそうだ。何度か伝えるうちに無駄だと判断した学校が通報して、警官が学校付近でパトロールをしていることもあった。しばらくは来なくなったと思っていたが、なぜか今日ここにいる。
「あ〜、そうなんですね。暑いからもう帰ろうかな…」
「…え!僕まだ帽子についていたセミしか取ってないけど!」
「俺もお腹痛くなってきた!これから母さんの手伝いもしなくちゃいけないし!」
「…え〜。じゃあしょうがないな…。そのかわり、明日も遊ぼうよ」
「OK!じゃ、じゃあな!2人とも、また明日!おじさんもさようなら!」
チラシ男を尻目に3人はそそくさと帰路についた。10メートルほど離れたところでダイキが振り返ると、男性がこちらを向いたままニヤニヤと笑っていた。




