ヘンテコガジェット現る
「すげー!ヘラクレスオオカブトだ!」
「ふふん、ママが夏休みの自由研究にもなるからって買ってくれたんだ。」
明日から夏休みに入るので、友達を連れて来て良いとママに許可を貰ったダイキは、得意気にカブトムシの入った飼育ケースをテーブルの上に置いた。飼育ケースに土がついていたのか、指が茶色くなっている。その指で鼻と口の間を擦ったので、ヒゲのようになった。
「かっこいい!人生で初めて見た!あ!ヒゲできてるぞギャハハ!」
興奮してそう叫ぶのは、流れる汗をTシャツの裾で拭くハルト。何のキャラクターかわからないプリントを施された濃いめのブルーTシャツに、汗による模様が追加されている。縫い目の一部がほつれた裾がフリンジのようになっている。
「…僕は5歳くらいの時に飼ったことがあるよ」
息を荒らげてマウントを取るのは、ぽっちゃり体型のレンだ。お腹に汗疹ができているらしく、時折ポリポリかいている。
3人は小学3年生になって初めて同じクラスになった仲良しトリオだ。中休みに戦いごっこ、昼休みは鬼ごっこ、帰りは替え歌を歌い、毎日仲良く過ごしている。1度だけダイキとレンで、どちらが鼻が高いのかでケンカしたことがあったが、ハルトがどちらの鼻もかっこいいと仲裁に入ったので、事なきを得た。
あんなに盛り上がったカブトムシを早々に脇へ置き、3人は今流行っているというオンラインゲームを始めた。
「夏休みの宿題さ、ダルくね!?」
「それな」
「…僕は読書感想文だけ終わったよ」
「すげー!!」
オンラインゲームをしながら取り留めのない会話をしつつ、 3人の時間は溶けていった。
「ダイキー、叔父さん来てるわよー」
夕方になり、ハルトとレンが帰った後、ママから玄関に呼ばれた。
ダイキの叔父はシステムエンジニアで、自分で工作した玩具をよくくれる。次はどんなものをくれるんだろうとウキウキしながら玄関に向かった。
「よう、ダイキ。また大きくなったな」
2週間前に会ったばかりなのに、ボサボサ髪に少しよれたシャツを着た叔父はいつものセリフを言う。
「叔父さんが小さくなったんじゃない?」
「ハハハハハハハ!」
これが叔父とダイキのいつもの掛け合いだ。見た目を整えて猫背を直せばイケメンなのに、いつも同じ格好をしている。そんなことより玩具が欲しいダイキは尋ねた。
「今日はどんな玩具をくれるの?」
「ママから聞いたぞ。宿題や学校に出すプリントを忘れることがあるんだって?」
「たまにね」
バツが悪くてダイキの歯切れが悪くなる。
「そんなお前にコレだ」
渡されたのは、紫色で目玉が1つだけのヘドロみたいなモンスターのキーホルダーだった。
「何これ?」
期待値が高かっただけに、目に見えて落胆してしまう。
「あ…あれ?可愛いだろ?これ。パープルヘドロモンスター」
人気のキャラクターでもなく、動かして遊べるモンスターでも無いことに落ち込むダイキは、手のひらでパープルヘドロモンスターを弄ぶ。よく見ると、背中に3つのボタンがある。
「左端のボタンで記録、真ん中のボタンで再生、右端のボタンで削除できるよ」
少し興味が湧いたが、特段珍しいものでもない。親に持たされている子ども用のスマホにも備わっている機能だ。
「意外とこういうシンプルなものが使いやすいんだよ」
「今日も変なもの持ってきたのかと思った。あんた前はやたら嬉ションをするロボット犬とか、持つ度にくどくどお説教しだす箸とか持ってきてたじゃない」
「それは、姉さんやダイキが喜ぶと思って…」
「ちょっとズレてんのよね~」
「あ、ああ、19時から推しのライブが始まるから、早く帰らなきゃ!またね、姉さん、ダイキ」
ママからのお説教が始まりそうな雰囲気を察知した叔父はソソクサと帰って行った。
「忘れん坊のダイキにピッタリじゃない」
「…」
ダイキの忘れ物に呆れ果てていたママは、今回は良いものを貰ったと喜びながら、夕飯の準備に戻った。
夕飯を食べ終わり自分の部屋に戻ると、通知表や夏休みの宿題をランドセルから出す。親に見せるためにまとめているときに、ポケットからパープルヘドロモンスターが転げ出てきた。衝撃で光るらしい。
「遊べるものが良かったなぁ」
ダイキはベッドに横たわり、無駄に光るパープルヘドロモンスターの左端のボタンを押してながら喋ってみる。
「おっぱい」
「記録シマシタ。コノ記録ハ、学校ノ玄関ニツイタトキ、再生サレマス」
パープルヘドロモンスターは恐ろしいことを言う。こんないやらしい言葉を自分のキーホルダーの口から言わせるわけにはいかない。口など見当たらないけど。学校でこんなことを再生された日には、皆にイジられてしまう。ハルトやレンも仲良くしてくれなくなるかもしれない。
焦るダイキは右端の削除ボタンを押す。
「ナオ、今カラ10分以内ニ眠リニツイタラ、コノ記録ハ削除サレマス」
「なんでだよ!」
削除するにも条件があることを知り、なんとしても学校で記録を再生されない為に眠らないといけないと考えたダイキは、明日から夏休みに入ることも忘れて、眠りについた。
朝になり、昨日のことを思い出したダイキはパープルヘドロモンスターの再生ボタンを押す。
「記録ハ、アリマセン」
ほおっとダイキは息をついた。
「なんて恐ろしいヤツなんだ。絶対に持ち歩かないようにしよう」
ダイキは憎しみをこめてパープルヘドロモンスターを机の上にそっと置いた。
朝食後、親と一緒に通知表や夏休みの宿題を確認したダイキはソファに寝そべり、ダラダラとテレビを見ていた。昨日渡さなかったのと、お風呂にも入らず寝てしまったことで少し怒られたが、仕方ない。パープルヘドロモンスターが、眠らないと記録を消さないと言うのだから寝るしかなかったのだ。
「こういうところよね〜。どうしたら覚えておけるのかしら」
リビングのイスに腰掛けたママが背後で言っている言葉に気づかないフリをしつつ、ダイキはテレビを見続ける。
「ママだって、この前の授業参観でスリッパを持ってくるのを忘れたくせに」
夏休み前にあった授業参観で、学校からのお知らせにスリッパを持ってくるように指示があったのだが、忘れないようにと玄関に置いていたスリッパを忘れ、靴下を真っ黒にしていた。
「記録シマシタ。コノ記録ハ、学校ノ玄関ニツイタトキ、再生サレマス」
聞こえるはずのない音声にビクリとなったダイキは、焦って周りを見渡す。
見るとポケットの中から、先ほど机に置いたはずのパープルヘドロモンスターが出てきた。
「なんで…さっき机に置いたのに…」
そんなことより、さっきの呟きをママに聞かれたら、また小言が再開するかもしれない。慌てて消そうと削除ボタンを押す。また眠ることになるが仕方ない。
「今カラ10分以内ニ宿題ヲ始メタラ、コノ記録ハ削除サレマス」
今度は文言が変わり、宿題を要求してきた。
「あら、こう言ってるけど、宿題どうする?」
パープルヘドロモンスターの音声を聞き、通知表を見ていたママがニヤニヤしながら聞いてくる。どうもこうも、小言を回避するには対処するしかない。ダイキはしぶしぶ夏休みの宿題を始めた。




