第二十一話 義務教育という名のチート
光秀はヒロくんを見て驚いた。
「え? 子供?」
「はい、十歳とのことです」
光秀はヒロくんをまじまじと見た。正座で背筋を伸ばすヒロくんに、足を崩すように勧めるもヒロくんはそうしなかった。
「ランドセル、中を見ていいかい?」
光秀は優しい声で尋ねる。ヒロくんは頷いた。
「えーと……」
ミカが光秀のもとに行き、ランドセルの構造を説明する。現代のものはいくつもこの時代に持ち込まれたがランドセルは初めてだ。
光秀は中を確認する。側近に声をかけ、中身を布に広げさせた。
教科書、ノート、筆箱、その中に鉛筆、鉛筆削り。
ランドセルの横にぶら下がっていた白い巾着は給食袋と上履きだった。
光秀はパラパラと教科書を捲り、唸った。
令和文字はマスターしている。
「すごいなこれは……」
光秀は感心しながらそれを見た。
算数の教科書とヒロくんを見比べる。そしてミカにきく。
「ミカちゃんもこういう教育受けてきたの?」
「はい、義務教育なんです。未来の子供は全員が受けています」
「……凄いね。武士だけじゃないんだよね。確か未来は武士はいないんだもんね」
「はい。令和の日本には身分がないので」
「だからほんとに……全ての子供が、これほど高度な教育を、ねえ」
話には聞いていたがと光秀は舌を巻いた。
それから光秀はヒロくんといくらか話した。
ヒロくんは頑張って聞かれたことに答えていた。
「じゃあ、ミカちゃん明日、上様のところに……」
「光秀様、ヒロくん、私が連れて行ってもいいですか?」
「いいけど、シフト調整できる?」
「たぶん。わがまま言ってすいません」
坂本城から安土城まで、琵琶湖を船で約三刻。
ヒロくんは坂本城で一泊し、翌朝は四時に起きて、船で安土城へ向かう。それにミカも同行させてもらうことになった。
自分に何かできるわけでもない。しかし仕事の調整がつくのなら、見届けたいと思った。
その夜、ミカはヒロくんと同じ部屋で寝た。
泣くこともしない。ぐずる事もしない。いただきますといって食事をして、ちゃんと自分で器を下げた。
ここでの歯の磨き方や厠の使い方を説明する。桶を持っていき、布を渡し、これで身体を拭くんだと伝える。
布団はなく薄い筵の上に寝る。自分の脱いだ服を身体にかけて布団がわりにするミカを見て、ヒロくんはその通りにした。
夜半、ミカはふと目を覚ます。厠に行って戻ってくる。眠っているヒロくんの顔を覗き込む。明かりの少ない部屋の中で、両の目尻から、涙の筋が耳元まで伸びていた。
翌日、坂本城から船に乗る。
「おお、珍しいなあ。童かい」
船頭はヒロくんを見ていった。何人もの転生者を安土城まで送り届けているが、小学生は初めてだった。
穏やかな琵琶湖に、少し湿った空気が浮かび、それを風が静かに洗い流す。
ミカはヒロくんに筵で日陰を作っていた。
琵琶湖を北上し、後世西の湖と名付けられた内湖に向かう。
ヒロくんは船が楽しいのか時折笑顔を見せていた。
ミカはヒロくんの笑顔を柔らかい表情で見ていた。
さて安土城は標高約二百メートル。ちょっとした山登りである。井戸で水分補給をし、水筒も補充する。
転生者は大手門から上がっていく。現代の安土城跡とは違い、信長の家臣の家が建ち並び、行き交う人々も多い。
以前は奇抜な格好の転生者の道中を多くの見物人が取り巻いたが、今はそういう事もない。それでも──ランドセルを背負った姿は新鮮で、令和語でヒロくんは頻繁に話しかけられていた。
ヒロくんは安土城を見上げ、呆然としていた。
現代人でも城跡は見るが、生活感のある城は全く別物である。ミカも最初にそれを感じた。
人が生きている、温度のある、城。
観光で見るためではなく、社会の部品として組み込まれ、機能している、城。
中に入って受付を済ます。
「よ、ミカちゃん」
羽柴秀吉に声をかけられる。
「え? もしかして転生者ってこの子?」
秀吉は目を丸くした。ヒロくんはペコリと頭を下げた。
「坊主、大変じゃったな。ここまで疲れたじゃろ?」
ヒロくんは殊勝に首を振る。秀吉はそれを見てニコリと笑う。ヒロくんの肩を何度か叩いた。激励のようでも労りのようでもあった。
「ミカちゃん、もうすぐ蘭丸が呼びにくるから。あと15分後くらいだと思う」
「ありがとう秀吉さん」
「ところでこの子、スマホは持ってないの?」
「えっとですね、この子、スマホがまだない時代の子なんですよ」
秀吉はそうかそうかと言って去っていった。インストールされてるソシャゲを見てみたかったのだろう。




