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【完結済】神風勇太はたった一人の勇者となる  作者: みおゆ
第一章・アンノウンダイチ
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第5話・人生っていうのはね、一人につき一回限りしかないものなのよ

「? どうしたのです、勇者様?」


 ――マキの声だ。


 あれ……? 辺りがやけに静かなような……。俺はさっきまで、何をしてたんだっけ……。


「ゆーうーしゃーさーまー」


 再びマキの声を聞き、俺はやっと意識が覚醒した。


 ――そうだ! さっき俺らは、よくわからないタコ足の女に襲われて……!


「マキ!!」


 俺はマキの両肩を掴んだ。


「――マキ! 大丈夫か!? 痛むところは!? あのモンスターと女はどこへ行った!?」

「突然、なんの話なのです? 別に痛いとこもないのですよ。……しいていえば、今、勇者様に掴まれてるのが少し痛いのです」

「っ! ごめん!」


 俺は慌てて手を離した。


 一旦、落ち着いて状況を整理しよう。

 周りの景色を確認する――見覚えがある。ちょうどレベルアップした、あの場所だ。


 剣を確認してみるが、あのとき折れたはずの刃は折れておらず、しっかりと剣の形を残していた。


 ――状況は把握した。俺はあのとき、モンスターの尻尾に押し潰されて死んだ(ゲームオーバーした)んだ。そして、最終セーブポイントであるここへ戻ってきた……と。

 その際に、壊れたものも元通り戻ったってわけだ。


 マキはあのときのことを覚えていなさそうだし……やっぱりこの(スキル)は、俺だけが記憶を持ったまま、セーブ地点まで時間を遡って戻ってくる……って感じか。


 ――なら、今頃リアムは、この先でモンスターたちと戦っていることになる。


 タコ足の女が現れる前に、早く逃げるように伝えないと、リアムがやられちまう!


「急ぐぞ、マキ! 早くリアムの元へ行こう!」


 俺はマキの手を握って、リアムの元へ走り出した。


「ゆ、勇者様!? 一体なんなのです〜!」


 ――どうか持ち堪えてくれ、リアム。


「何がなんだかサッパリなのです! 勇者様、急にどうされたのですか?!」

「悪い、マキ。あとでちゃんと説明する! 今は俺についてきてくれ!」


 リアムのいた場所まで来た。ちょうど魔獣を倒し終わるところだった。どうやら、あの女が現れる前には来れたらしい。


「マキはここで待っててくれ。ちょっとリアムのところに行ってくる」

「え……。なぜわたしは待つのです?」


 万が一、マキをあの戦いに巻き込んではいけない。俺は待っているよう再度お願いし、マキを木の影に残し、リアムのところへ行った。


「――リアム!」

「おー! ユータじゃん! あれ、マキは? ……あ、もしかして、フラれたってやつか?」

「そんな冗談付き合ってる場合じゃねぇんだ! 今すぐこっから離れるぞ!」

「What? どうして……?」

「いいから!」


 俺はリアムの手を無理矢理引いてこの場を離れようとした――しかし。


「どういうことだ?! 出られねぇ!」


 一旦マキの元へ戻ろうとしたが、何やら透明な壁のようなものに阻まれ、これ以上先へは進めなくなっていた。


 なぜだ? リアムのほうへ行くときは、こんな障害なかったのに……。


「……Probably……『バトルからは逃げられません』、みたいなそんなやつじゃないか? オラ、さっきまでバトルだったし。Oh……オラ、倒したのに、ケーケンチもらってない!」


 リアムは今更経験値がもらえていないことに気づいたみたいだが……今はそれは問題じゃない。

 それよりも問題なのは、バトルの参加はできるけど、『逃げる』ことはできないという可能性が浮上してしまったことだ。


「勇者様!」


 立ち往生していた俺を見てか、マキもバトルフィールド内に入ってきてしまった。


「マキ! そこで待ってくれって……」

「どういうことかわからないのですが、ただ勇者様を見ているなんて嫌なのです! 何があっても、わたしは勇者様といっしょにいるのです!」

「……マキ」


 ――こうなったら、しゃあねぇ。もっかいリベンジといこうじゃないか。



「――あらあら。まさかエサがこぉんなに寄ってたかるなんて」



 ……ついに現れた。タコ足の女だ。

 タコ足の女は、やはり俺を見て目を細めた。


「わたしって、なんて運がいいのかしら。勇者の顔を拝めるなんてね。お散歩して大正解だわ」


 タコ足の女は手を二回叩いた。


「――アンタら、まとめて……」

「――お前ら! できるだけコイツから離れろ!!」


 あのモンスターが地面から飛び出した。

 俺の言葉を瞬時に聞いてくれたマキとリアムは、その衝撃でダメージを受けることはなかった。もちろん、俺もノーダメだ。


「なんでアンタ、今のがわかったのよ……?」


 タコ足の女は顔を歪めた。


「一度、ソイツに殺されてるんでね」

「……はぁ?」


 と、俺も余裕を噛ましてられるのもここまでだ。


「リアム! 不本意だろうけど、今は俺たちと協力してくれ! モンスターの相手を頼む!」

「なんだ、ユータは逃げるのか?」

「俺は別ですることがあんだよ。いいから頼むぞ!」

「オーケィ、オーケィ」


 今度はマキを見た。


「マキ。急なことで悪いが、リアムといっしょにモンスターを頼む。……大丈夫か?」

「もちろんなのです。わたしは、いつでも勇者様の味方なのです!」


 ――ああ。本当、マキと仲間になれてよかった。


 リアムとマキはモンスターに向かった。

 俺は操り主である、タコ足の女の元へ走る。


 タコ足の女は、あの巨大なモンスターを操っている。なら、俺の攻撃に対して反応ができずにダメージを与えられるか、もしくは反応遅れるか……どちらにしても、俺のほうが有利なはず。

 そのまま運よく勝てるか、勝てないとしても、あの女にダメージはいれられるはず!


 俺は地面を蹴り、剣を振り上げた。


「くらえっ! 俺の必殺――」

「隙が多いこと。本当に勇者?」


 その直後、腹に重い打撃を受ける――剣を振り下ろすことも叶わず、俺は口から血を吐いて地面に蹲った――ゲームのさんよ、そんな忠実に怪我の再現なんかしなくていいのに……と内心嫌味を垂れつつ、腹部の痛みを耐えるのに精いっぱいだった。


「今のうちなら、わたしにダメージを与えられると思ったの? 舐められたものねぇ……。モンスターなんて片手で十分、操れるのよ」


 タコ足の女の触手が俺の上に乗る。あまりの重さに身体が悲鳴を上げた。


「……ガ、アガ……!」

「顔を上げなさい、坊や」


 一本の触手が俺の顔を持ち上げた。


「せっかくだし、あの子たちが死ぬところを見せてあげる。そのあと、アンタも逝くといいわ」

「ふざけんなっ! そんなこと――」

「いいから見ていなさい、負け犬」


 俺は身体を動かそうとするが、全く動かない。動かない上に、全身が痛くて堪らない。


 つぐつぐ思う。ゲームを始める前は、この最新技術に喜んでいたが……今となっては最悪の機能だ。

 マキとリアムは必死にモンスターと戦っているが、攻撃は全く効いていない。

 二人の顔に、疲れの表情がありありと見えた。


「…………マキ……リアム……」


 モンスターに向かって、魔法を放ったマキは、俺の様子に気づいたのか、ふとこちらを見た――そして、その表情は悲しみものへと瞬時に変化した。


「勇者様!!」

「マキ! 余所見するな!」


 マキの頭上にはモンスターの尾が容赦なく振りかかろうとしていた。マキはギリギリで躱し、タコ足の女との距離を詰めながら、杖を構えた。


「〈ホムミ〉!」


 マキの杖の先に小さな炎の渦が生まれ、渦が玉状に形を変えた刹那、それはタコ足の女に向かって発射された。


「しょっぼい魔法ね」


 タコ足の女は即座にその触手で炎の玉を揉み消してしまう。


「――温まるほどでもないわ」


 タコ足の女は、そのまま、その触手でマキを地面に叩きつけた。


「マキ!!」


 地面に倒れたマキは、もうぐったりして動かない。


「弱い……弱いわねぇ。たった一撃で死ぬなんて」


 タコ足の女は何が面白いのか、腹の底から捻り出したような、気持ち悪い笑い声を上げた。


「……ウソだろ、マキ……?」


 呼びかけるが、マキは全く反応を返さない。地面に顔をつけたまま、ピクリとも動かない。


「そろそろ、アイツも片づけるとするわ」


 タコ足の女の言葉を受けて、モンスターは地面に潜り込んだ。


「Where――」


 地面からモンスターが大きな口を開けて現れた。

 リアムは為す術なく、モンスターに飲み込まれていく。


「いい子ね、もういいわよ。残り一人はわたしが()るから」


 タコ足の女はそう言い、モンスターは地面の上に唾を吐き捨て、土の中に潜っていってしまった。


 ――違う。ただ唾を吐き捨てたわけじゃない。乱雑に、リアムを吐き出した。

 胃液にまみれたリアムには、痛々しく首に噛まれた痕が見えた。その瞳に、もう光はない。


 喉からせり上がるものを堪え、下唇を噛んだ。


 マキも()られて、リアムも()られた。

 俺が、タコ足の女の攻撃を誤ったから。


 再び、動かないマキを見つめる。

 目を凝らしてみると、マキのステータスが浮かび上がって見えた。


〈DEAD〉


 その文字は、ありありと現状を俺に突きつけた。


 ……同時に、ここでひとつの疑問が生まれる。

 ここはゲームの世界だ。死んでしまった――この世界において言い換えれば、ゲームオーバーになってしまったこの状態、普通は本体(からだ)なんてこの残らず消えてしまって、RPGでいうと教会か……それかどこか安全な場所で蘇ってまたゲーム再開……なんて流れになるものじゃないだろうか?


 同じパーティーだから、俺が生き残っている影響でマキがあのままだとか……? いや、それだったらリアムはどうなる。パーティー(仲間)になったわけじゃないのに、リアムはずっと地面に倒れたままだ。


 俺は何度も倒れては、セーブポイントで生き返っている。


 ――いや、俺の場合はまた少し話が違う、か。


 それでも、どうしてマキも、リアムも倒れたままなんだ?


「あら、何をそんなに不思議そうな顔をしているの?」


 タコ足の女が顔を覗かせてきた――いくらその顔が整っていようが、俺にとっては嫌悪感と腹立たしいものにしか思えない。


「あんな死体をじっと見つめて。なにか変なことでもあった?」


 癪に障るが、少しでも情報を得られないかと、俺はひとつ聞いてみることにした。


「……身体……が、そのまま、残っているから……」


 触手が首に巻き、呼吸も苦しいせいで、言葉がスムーズに発せなかった。


「なんで、ずっと……消えずにそのまま……なんだ?」


 俺の発言が予想外のものだったようで、今度はタコ足の女の方が不思議がっていた。


「……ちょっと何を聞いているのかわからないのだけれど。そんな一瞬で、死体が土に還るわけないでしょ?」

「そう……じゃ、ない。なんで、すぐに生き…返らない…んだ」


 そう聞くと、タコ足の女は吹き出し、大声を上げて笑った。


「仲間を殺されて、アンタの常識までおかしくなっちゃったのね! いいわ、死ぬ前に教えてあげる。……人生っていうのはね、一人につき一回限りしかないものなのよ」


 触手が、ゆっくりと俺の首を締めつけ始めた。


「――この世は、死んだらそこで終わりなの」


 死んだら、終わり。

 ゲームオーバーになってしまったら、終わり?


 じゃあ、現実世界の俺らは、どうなっているんだ?

 二人は現実世界(むこう)で目覚めてる……なんてことはないのか?


 まさか現実世界でも目を覚まさずに眠りつづけている……なんてこと、ないよな。


 ――ありえない。ゲームで死ぬなんてことがあるわけない。


 そうだ、このタコ足の女が適当を言っているに決まっている。


――でも、もしコイツの言葉が、そっくりそのまま、文字どおりだったら……。


「それじゃ、あなたもおやすみ」


 ――仮に、セーブポイントまで俺が戻れたとして、マキとリアムは、そこにいるのだろうか。


 考えがまとまらない中、最後のトドメと言わんばかりの力で、首が絞めつけられた。


「……ガハッ」


 最後の息が喉の奥から漏れ出て、ゆっくりと目を閉じた。

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