意外なあの人の裏の顔
「……ふう。さて、と」
帰宅し、お風呂に入り終えた私は、夕食までの短い時間、まっすぐ机の上に向かい、原稿用紙を広げる。
壁には“締切 来週水曜まで”の文字。
「……」
アイディアは浮かんでる。シチュエーションも。だが筆が進まない。浮かんでくる言葉で適切な説明ができない。
「……こっちを先にしよう」
少し描写を飛ばした部分だけ下書きする。今は時間が惜しい。飛ばした描写は休憩しながら考えよう。
――……。
「…………」
進まない。もどかしい。時間だけが刻々と過ぎていく。
「……。駄目ですわ。このままでは時間の浪費です。……」
まだ9時前……。よし。
「少し散歩に行ってきますわ」
リビングからの明るい返事を背に、軽装スタイルで夜道を踏み出す。
「……まだ少しジメジメしていますわね」
昼間の日照りの残暑が暗闇の空気を蒸しらせる。
「……一目惚れ、では安易な言葉過ぎます。……前から、というのも陳腐ですわ。……うーん」
気分転換で出掛けたはずなのに、脳内では言葉探しをしている。
ジメジメした中で考えているからか、少しムシャクシャし始める。これなら冷房の効いた室内でテレビでも観てる方がマシなのでは?と思考がシフトする。
「……帰りましょうか。……?あれは……」
路地裏。人の来そうにないジメッとした場所で、暗がりの中、男三人が取り囲んでいるのは小柄な少年。
「だ、だからボク、お金持ってないですぅぅ……」
「あぁ!?ザッケんじゃねぇぞおらぁん!!」
「さっき札をしまうの見てんだよおらぁん!!」
「飛んでみぃやおらぁん!!」
……頭の悪い不良達ですわね。知識不足が言葉の端々から滲み出てますわ。
「ひ、ひぃぃ……」
……ですが、少年が怯えているのもまた事実。
「何をなさっているのですか?」
『あぁん!?』
――弱きを救い、強きを挫く。あの方の信念、貫きましょう。
「こんなか弱い少年を三人で囲んで……そもそも、飛んだ所でお札の音がするはずないでしょうに。馬鹿らしい」
「なんだとヒヨ助の頭、バカにしてんのか!?」
「あぁ!?今、オレの頭バカにしたのか!?」
「やんのかおらぁん!?」
「……頭だけでなく、名もなんと……。名は体を現すとはこの事ですか」
「やっちまうぞてめぇら!!」
『おぉ!!』
……武器はなし。なら片手でも充分ですわね。
「おらぁぁ!!」
右のハイキック。左手で止め、素早く掴み、
「お、あぁっ!?」
横の壁に強く打ち付ける。まず一人。
「おっ……おぁぁ!!」
一瞬怯んだ様子でしたが、つまらない自尊心がそれを阻んだのでしょう。体勢も気力も、何もかもが低レベルのパンチが打ち込まれてきたのを、
「が……っっ!!」
それよりも速いスピードで、左の正拳突きを鳩尾に。これで二人。
「……さて」
「ひっ……うわぁぁぁ!!」
逃げますか。まあ私も興味ないですし、見逃して――、
「が……っっ!!」
「えっ?」
表通りから逃げようとした不良が踞り、倒れた。その前には一人の男子。
「ふぅ……京介、大丈夫?」
「お兄ちゃん!!」
お兄ちゃんと呼ばれた男子は見覚えのある人だった。
「貴方は……」
「っあれ?確か借り物競争の……」
体育祭にて、借り物競争で一緒に走った人でした。
「どうしてここに?」
「……散歩していましたら、こちらの方が絡まれているのを見たので、仲裁に」
「うん。助けてもらったの」
「そうでしたか。……すみません、弟がご迷惑を」
「いえ、お気になさらず。……一つ、よろしいですか?」
「は、はい。なんでしょう?」
「……どうして先程、逃げようとしていた輩を、わざわざ倒したのです?」
そう。気になったのはその一点。見かけによらない強さよりも。
「……この手の不良は一人逃すと、後で報復に来る可能性が高いですから」
「……確かにそうですね。出過ぎた質問でしたわ」
「いえいえ!!改めて、弟を助けてくださってありがとうございます。何かお礼をしたいのですが……」
「いえ、不要ですわ。それでは」
「あっ……」
男子の申し出を断り、立ち去る私。……危うく本来の目的を見失う所でしたわ。
「書き出し、どうしましょう……」
私の頭の中はもう、絡まれていた少年を助けた騒動よりも、締切の迫る小説の事で一杯になっていた。
「……」
「お兄ちゃん?」
「っ!ごめんごめん。帰ろうか」
「うんっ!」
――……。
「ちーっす、俊華さん!おはざーっす!!」
「……おはようございますわ」
朝の登校時、後輩の玲奈が挨拶してきた。……いつも元気ですわね、この子。
「どしたんっすか?朝から目にクマなんて……夜、不埒な輩をシバいて回ってでもいたんすか?」
「貴女の中の私ってそういうイメージですの?勿論、そんな事はしていませんわ。ただ――」
「ただ?」
「……いえ、なんでもありませんわ」
「んー……何か困り事があったら言ってくださいね。ウチは勿論、姉御も力になってくれるはずっすから!」
「……。ええ。その時は遠慮なく頼りますわね」
その後、走って校舎内に向かう玲奈。……困り事なら現在進行形であります。が、
「……言えませんわね」
短く溜め息をつき、深く息を吸って気合いを入れ直し、しっかりした足取りで校舎に向かった。
――……。
「――このように、歴史の資料は新たな観点で見直される事があり――」
二時間目。一時抑えられていた睡魔が容赦なく私を蝕む。
思考が追い付かず、手足の感覚も段々と錘のように固くなっていく。意識が飛び飛びになる。
(……まずい、ですわ)
このままだと、眠……。
――……。
「……ん」
暗闇から神光の世界に意識が戻る。……ここは。
「保健室……?」
「あ、目を覚ましましたか?」
呟いたと同時に、ベッドに吊るされたカーテンが開かれ、一人の男子生徒の姿が現出する。……。
「よく会いますわね……」
「ですね。ボクもビックリです」
苦笑いを浮かべる、昨日会った少年。
「……何故貴方がここに?私は授業を受けていたはず……」
「覚えてないんですね。そうかな、と思いました」
少年が事のあらましを話し出した。
「ボクがあなたを見かけたのは廊下です。三年生の教室に用があって向かっている時にあなたを見かけ、声をかけようとしたときにフラフラッとした後、倒られて……急いで運んだんです」
「っ!し、失礼しましたわ。とんだご迷惑を」
「いえ、とんでもないです」
「……」
「保健室の先生曰く、寝不足だそうです。重病でなかったのは幸いでしたが……何かあったのですか?」
「……。いえ、なんでもありませんわ。ご心配をおかけして申し訳ないです。このお返しはいつか、必ず」
「あ、いえそんな大した事は……!」
「女性からの申し出をむべもなく断るものではありませんわ。……私はもう大丈夫です。授業にお戻りくださいませ」
「……。わかりました。では、お大事に」
カーテンを閉め、離れていく男子。……さて。
「もう少し休みましょうか……」
シャッ。
「……」
再び開かれるカーテン。薄目でそちらを見ると、そこには保険医の佐敷先生。
「……乱れた様子はない、か……」
何を言っているんですの、この方は……。
――……。
「ふぅ」
「やぁ、五島くん。話がぶっ!」
「五島くん五島くん!!」
一瞬、桐生さんが現れたけど、すぐに小更浜さんに代わった。消えた桐生さんが美穂さんの机に激突して怒られてる。……き、気になるけれど、先に小更浜さんから。
「なんですか、小更浜さん?」
「もー。体育祭で一緒に戦った仲でしょ?気軽に由衣、でいいよ」
「……」
前の方で轟さんがすっごく睨んできます。……分かってます。分かってますから、睨まないでくださいぃ……。
「お、恐れ多いので小更浜さんで……」
「えー。……ま、いっか。で、五島くん。さっき女の子を保健室に運んでたって聞いたんだけどっ」
……噂になっちゃってるのか。ごめんなさい。
「何?何なに?何があったの?詳しく――」
「そう!ナニがあったのか詳しく聞かせてもらおうじゃないか!」
「わっ」
バキッ、ボコッという鈍い音がすぐ後にした。ヌッと現れた桐生さんは美穂さんに倒され、
「すまない、邪魔をしたな」
そのままベランダから外に落とされた。……ここ1階じゃないんだけど、大丈夫かな。
「――詳しく聞かせて!」
一部始終を同じく見てたはずの小更浜さんは、続きを催促してくる。……うん、いいんだよね、きっと。
「実は――」
起きたことをそのまま話すと、小更浜さんは目を輝かせていた。
「わぁ……ロマンチック……」
「そ、そうでしょうか?」
「うん!すっごく幸せな気分になれたよ!ありがとう!!」
聞き終えた小更浜さんはウキウキした足取りで離れていった。
「……すまない。つい聞こえてしまった」
「美穂さん」
……そういえばあの人、美穂さんの知り合いなんだったよね。
「その、俊華の様子はどうだった?」
「あの人、俊華さんっていうんですね。……元気そうでしたけど、どこか悩み事がありそうな感じがしました」
「うむ。私もそれは思っていた。……実は俊華は、私が率いる暴走族のNo.2なのだ」
「……なるほど、道理で」
「道理で?」
一瞬、口が止まる。けれどひた隠しにしてる事じゃないし……。
「――実は」
昨日の事を話した。それに伴って僕と弟の事を少し。
「……なるほど。ならばあの時絡まれていたのは君達か」
「えっ?」
「雅文くんに助けられた事があるだろう?私は偶然、その場を見ていたのだ」
「……そうだったんですか」
「世界は狭いな。……話を戻そうか。俊華が悩んでいるのは私も把握していた。が、俊華が話そうとせず、対処に困っていたのだ。族は少なからず、幹部の影響を受ける。友人としても心配でな。……五島、折り入って頼みがあるのだ」
「頼み、ですか?」
「俊華をデートに誘ってほしいのだ」
…………。
「えぇ!!?」
本日一の大声が出た。
ストック不足のため、しばらく更新をお休みします。続きは必ず更新します。




