想い、交わる
「うーし、んじゃ今日も授業を」
「行くぞ野郎共ぉぉ!!」
『うぉぉ!』
「なんだ、何の騒ぎだー?」
休みが明け、普段通りの日常に戻る……前に、男子陣(数名除く)のテンションが高かった。まるで競馬に勝った奴のように。
「もちろん、先生。アンタの許し難い所業に文句を言いに来たのさぁ!」
「ああ、中間テストか。予告はしてたし、仮に俺をボコってもテストは無くならんぞー。諦めろー」
『ぐっ……!』
「さぁ、分かったら席着けー。朝礼始めんぞー」
「……話が違うじゃねぇか、轟ぃ!!」
「当たり前だ。小早川をボコったところで中間テストが無くなる訳ないだろう」
「さっき言ったのはウソだったってのかぁ!?」
「ウソであり冗談だ。……もう決まっているのだ。運命を受け入れろ」
「ぐっ……くそぉ……!!」
肩を落としトボトボ席に戻る男子陣。やれやれ、だ。
「まだ夏というに、暑苦しい奴らだ」
「ま、らしいけどな」
「……ところで雅文くん、アイツだが」
「アイツ?」
「ほら……くっ、桐生だ。桐生」
「そんなに名を呼びたくないか」
「今までの行いが悪すぎるのだ、アイツは。……少々変ではないか?」
「ああ、俺も思ってた。……」
それは登校してからの事。
「あ、美穂ちゅわぁん、寒菜ちゃん。おっはよー!」
「ええい、声をかけるな」
「……おはよう、啓。あの」
「さーて、まっさふみー!おっはー!!」
「……」
「?」
「あの啓が、寒菜と話すのを避けてるっぽいんだよな……」
「トラックにぶつかって思考が180度変わり、女性恐怖症になったか?」
「あの啓がトラックにぶつかった程度で思考が変わるか?」
「確かに」
「……もう少し様子見てみよう。あまりに変だったら話してみるさ。……」
話の二人を見る。啓はクラスメイトと不自然な程に談笑していて、寒菜はそんな啓をジッと見ていた。
――昼休み――
「……啓、あの」
「おっと、購買のパンが売り切れてしまう!寒菜ちゃん、また後でー!」
「あっ……」
……決定的、だな。
「美穂、寒菜を頼む。ちょっと啓と話してくる」
「……いや、私が奴と話そう」
「えっ?」
「……業腹だが、今回はその方がいいと思うのだ。雅文くんは寒菜から話を聞いてくれ」
「……分かった」
何か考えがあるんだろう。いなくなった啓を美穂に任せ、俺は寒菜を誘って中庭に向かった。
――……。
「…………」
「こんな所で一人昼食か?貴様らしくもない」
屋上で、一人弁当を広げる桐生に声をかける。
「……あれ、美穂ちゅわぁん。まさかボクに会いに?」
「ああ、そうだ」
「……」
「隣、失礼するぞ」
隣に座り弁当を広げ、一口。……うん、美味い。
「風、気持ちいいな」
「……。今日は雅文と一緒じゃなくていいの?」
「一緒に居たいところだがな。そうはいかんさ」
桐生の方を見ず、屋上から僅かに見える景色を眺め、問い掛ける。
「寒菜と何があったのだ?」
「……何かあったのか、じゃない?そこは」
「何かあったのは明白だ。ならば何があった、だろう」
「うへっ。的を射てる」
「……」
「先週の、体育祭終わって、祝勝会した後にさ」
言いにくそうに、けれど少しずつ着実に、はぐらかさず話す桐生。
「……寒菜ちゃんに告白したんだ」
「……そうか」
「……けど、ダメだった。ま、そうだよね。寒菜ちゃん、美少女だし、ボクなんか」
「ダメだった?寒菜がハッキリそう言ったのか?」
「いや」
「ならば――」
「逃げられたんだ。その場から走って」
「――――」
「……断りづらかったんだと思う。寒菜ちゃん、優しいから。拒否の返事、出来なかったんだと思う」
「……」
「だからボクなりに気を遣ったんだけど……ダメだなー。上手くいかないや」
「……。だな。ダメダメだ」
「……。手厳しいな、美穂ちゃんは」
「桐生、逃げるな」
「……逃げる?ボクが?」
「ああ。お前は今、逃げている。……寒菜や雅文くんならぱもっと言葉を選ぶが、貴様には手厳しく言う」
「……言葉を返すようだけど、逃げたのは寒菜ちゃんの方だよ」
「ああ、そうだ。その通りだ。だから今回の件だけに関しては100%寒菜が悪い。けれどな」
恐らく初めてだろう。桐生の顔を見、言い放つ。
「お前は今、寒菜からの返事に逃げている」
「……」
「告白直後は勿論、どんな答えも受け止める気だったのだろう。けれど寒菜は逃げ出し、答えが拒否と思い込んでるお前は、その直接的な言葉を聞くのを恐れている。……朝からの行動がその証拠だ」
「…………。そうだね。ボクは逃げているよ」
とっくの昔に止まった箸に力を込め、震えながら桐生は続ける。
「寒菜ちゃんが去った時点で、答えは決まってる。なのに、ボクはまだ認めたくない。可能なら、告白する前の気軽な関係に戻りたい。だから返事を聞けない。直接的な言葉は聞きたくない。……」
俯き、言葉を述べた桐生は目尻を拭い、深く息を吸って立ち上がり、フェンスに寄りかかる。
「……普段のボクも素だよ。明るくて変態で空気読めない。……けど、今のボクも素さ。打たれ弱いし、弱虫だし。……どうしたらいいかも、分からない」
「……」
「……どうしたらいいと思う?」
必死にもがき、悩んで私に助けを求める桐生。問いかけの答えは決まっている。
「寒菜ともう一度、話をするといい」
「……」
「戻れるかどうか。そんなの分からないが……今のままでは確実に戻れない。貴様もそれは分かってるはずだ」
「……」
「機会は設ける、場所も邪魔が入らない場所を用意する。寒菜も逃がさない。勿論貴様も。……互いに納得のいくように話をするといい」
「……どうして?」
食事の続きをしようと箸に手をやった途端、桐生が泣きいりそうな、そして不思議そうな顔で尋ねる。
「どうして今日はそんなに優しいの?……ボクと寒菜ちゃんのギクシャクした様子見たら美穂ちゃん、すぐにボクをバイクで轢くと思ってたのに……」
「貴様の目には私がどう映っているのだ?悪魔か?」
はぁ、と呆れのため息をついて、桐生の方を見ず答える。
「貴様が故意に寒菜を傷つける訳ないのは、これまでの腐れ縁から分かってる。ならば話し合いの余地があるだろうと思っただけだ。害虫以下の存在の貴様だが、それくらいの信用はある」
「……」
「そら、食うぞ、五時間目に遅れる。生徒会長として、目の前で遅刻など許さんからな」
「……。ははっ。やっぱ手厳しいや」
弱々しげに笑う桐生は、数回弁当を口に運んだ後、まだ重い弁当箱をそっとしまった。
――……。
「……そうか。そんな事が」
「……ごめん」
「いや、俺に謝る事じゃないさ」
「……うん。一番謝らなきゃいけないのは……啓に、だよね」
中庭で、寒菜から事のあらましを聞いた。啓に告白され、逃げてしまった事。
「……どうして逃げたんだ?イヤだったのか?」
「……!!違うの!!」
珍しく大きな声を出す寒菜。ハッとして周りを見た後、普段話す小さな声で告げる。
「……違うの。あのね……告白された時、ビックリして……啓に告白されるなんて思ってなくて……嬉しくて……でも、嬉しいだけで付き合っていいのかなって……私、啓の事好きかまだ分からなくて……色々考えてるうちにパニックになっちゃって……気づいたら逃げてて……」
「……啓の告白がイヤだった訳じゃないんだな?」
「……!!」
勢いよく首を縦に振る寒菜。
「ならありのまま、今俺に話したことを伝えるしかないが……」
「……啓、私を避けてる」
「……」
「……そう、だよね。……返事しないで、逃げちゃったもん……」
「だな。最初に逃げた寒菜が悪い」
「……」
「けど、寒菜から逃げてる今の啓も悪い」
「!!……そんなこと」
「ある。……だから二人とも、まず最初に謝りな?」
「……」
「今、啓の方に美穂が話に行ってる。……多分、話す機会を作ってくれるはずだ。そこで改めて啓と話しな」
「……啓、話聞いてくれるかな?」
「聞かなきゃ殴るまでさ」
「!!だ、ダメ……!!」
「けどその心配はきっと無用だ。……今はどっしり構えて。ほら、昼飯食べよう」
「……うん」
ゆっくりと箸を進める寒菜だったが、やがて止まった。
「……」
「腹いっぱいか?」
「……うん」
「……そっか」
さて、どうしたもんか……。
――……。
「というわけであの二人に話をさせるぞ」
5時間目終了の休憩時間。寒菜と少し話し込んだ後、美穂が俺の机の所に来て知らせてくれた。
「だろうと思った。場所と時間は?」
「それは秘密なのだ。邪魔の入らない場所にしなければ、あの二人は落ち着いて話が出来ぬからな」
「うわ、しっかりしてる。……ま、気にはなるけど、祈るしかないな。それじゃ」
「……うむ。まあ、どうにかなるだろう。私も今日は族の集まりに行くとしよう。雅文くんもまっすぐ帰るのだぞ」
手を振り、離れていく美穂。ふと、机の上にメモ書きが置かれているのに気づいた。
“放課後、生徒会室にて”
「……やれやれ」
――……
放課後。俺と美穂はバラバラに帰ると見せかけて、生徒会室前にいる。先に啓と美穂が入室しているのは確認済みだ。
「よいか、雅文くん。今回は邪魔が入らぬよう見張りをするために呼んだのだぞ?」
「りょーかい」
「……少しなら覗いても良いと思うぞ」
「覗かねぇよ」
「……」
チラチラと生徒会室を気にする美穂。……たく。
「気になるなら覗けばいいのに」
「せっ、生徒会長たる者、生徒個人間の悩みに深入りするのは……!」
「今回は生徒会長としてじゃなくて友人として、だろ?」
「……しかし」
「……やっぱ覗こうかな。気が変わった」
「!!で、では私は雅文くんが怪しい行動を取るかもしれない可能性が宇宙の塵レベルに存在するから見張らねば!!」
トコトコと着いてくる美穂。……建前が頑丈な奴め。
気づかれないようにこっそりと中を覗いた――。
――……
美穂ちゃんに指定されて来たのは生徒会室。
書類がビッシリとファイリングされ整えられた棚。少しだけズレてる会議用の机。
割と殺風景で人払いがされた部屋にボクと寒菜ちゃんがいる。
「「……」」
言葉を探るボク達。……うん。まずはボクから切り出さなきゃね。男として……ケジメとして。
「寒菜ちゃん、ゴメン!!」
「……啓……ごめん」
ボクらの言葉が重なった。そして、
「「……えっ?」」
お互いの反応も重なった。
「……な、なんで啓が謝るの……?」
「寒菜ちゃんこそ……」
「……私、おバカだから……啓にイヤな思い、させちゃったから……」
「……。イヤな思いなんか、してないよ。寒菜ちゃんが断ったってだけの話――」
「!!違う!!」
ボクの言葉を遮り、今までに聞いたことのない声量で、寒菜ちゃんが強く否定した。
「違う、の……!」
「……違う?」
「……私、啓の告白にビックリしちゃって……気持ち、嬉しくて……でも私、啓を好きかどうか分かんなくて……そんな気持ちでOKしていいのかな……って。……考えたらパニックになっちゃって……気づいたら逃げてたの……!」
「……」
「……すぐにしちゃいけない事したって気づいて……その後、啓を探したり……電話やメールもしたんだけど……繋がらなくて」
「……」
「……だから、ごめん。……逃げて、ごめんなさい」
「……ボクもゴメン」
安堵と懺悔の念が押し寄せる。返事を聞いた訳でもないのに、無くなっていた足の感覚が戻ってくる。
「……寒菜ちゃんに断られたと思ったから……ボクを傷つけまいとしての断りだと思ったから……朝からあんな態度とっちゃって。寒菜ちゃんが話しかけてこようとしてるの知ってたのに、逃げてた。……本当にゴメン。許してくれるかな?」
「!!勿論……!!」
張り詰めていた空気が弛緩していく。勘違いで絡まった糸がほどけていく。
「……で、さ。その……」
空気が弛んだから。少しだけいつもの軽い調子に戻っていきながら、それとなく尋ねる。
「……告白の返事は保留って事で……希望は持ってていいんだよね?」
「う、うん……出来るだけ早く、啓の希望に沿えるようにする」
「ははっ。いいよ、返事はムリしなくて。イエスかノーで気楽に。急がなくていいよ。高校生活はまだまだこれからなんだし」
「……でも」
「ほら、雅文を見なよ。美穂ちゃんに告白されてからもう半年も放置なんだよ?それに比べれば――」
ガタン、と音がした。
「……風?」
「……。ううん、鼠だね」
「……ネズミさん?」
「うん。おっきいのが二人いるね」
トコトコ歩く。扉の方に。ガラッと開ける。鼠が逃げる前に。
「なーにしてんのさっ、二人とも!」
鼠を二人、捕まえた。
――……。
「す、すまない寒菜!どうしても気になったんだ!!」
「……知ーらない」
「寒菜、ごめん!!」
「……つーん」
「ははっ。こりゃ恨みが深そうだねー」
四人での帰り道。美穂が懸命に謝るも、寒菜はずっと拗ねてる。……本気では無さそう、だが。
「……最初から気づいてたか、啓?」
「まっさかー。雅文はともかく、美穂ちゃんからの視線は普段なら気づくけど……今回は流石にそんな余裕なかったよ」
「……そうか」
「しっかし雅文も美穂ちゃんも盗み聞きするとはワルだねー」
「……何も言い返せない」
「ははっ、冗談だよー。心配してくれての行動だしねー」
「……むぅ」
「おっ、珍しく雅文が何も言い返さない。……はっはっは、いい気分だー」
「元気になった途端、普段通りだなてめぇ……」
「これもボクの素だからねー。……けど、ありがとう」
「……おう」
――……。
「うぅ……寒菜に嫌われてしまったのだ……」
「大丈夫。多分、寒菜は本気じゃないぞ」
「……いくら包めば許してくれるだろうか」
「そんな裏社会的発想はポイしなさい、すぐに」
「……ともあれ、解決して良かったのだ」
「ああ」
「……しかし返事を保留とはな。寒菜もなかなか慎重なようで安心したのだ」
「啓も待つ事にするとは、少しだけ意外だったな」
「それほど好き、ということだな。……うむ。業腹で腸が煮え繰り返しそうだが気持ちは分か…………」
「美穂。お前今、凄い顔してるぞ」
目の前に現れた怨敵を殺したいのに殺せない、みたいな表情だ。
「……うむ。やはり気持ちは分からんな!何故ならば私の方が雅文くんへの愛が深いからな!!」
「……そーかい」
「うむ?……もしや雅文くん、照れているのか?」
「照れてないやい」
「ふふっ。そういう事にしておこう」
「……むぅ」
「はははっ」
「……」
……むぅ。




