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「はぅう~……!」



少し離れた所で、屋台と屋台の間に顔を埋めうずくまってる寒菜を見つけた。横ではオマケが見守るように立っている。



「大丈夫か、寒菜?」



「……い、今はそっとしておいて。……はぅう~……!」



優しく近寄る紫紅美に、そう答えるのがやっとの様子。……相当恥ずかしかったんだな。



「いやー、照れてる姿もかわゆい事なり」



「本当にブレないな、お前」



なに親指立ててキメゼリフっぽく言ってるんだ。折られるぞ、紫紅美に。



「んー。寒菜ちゃんこんな状態だし。雅文と美穂ちゃん、二人で回ってきたらどう?」



「貴様に寒菜は任せられん。よって却下だ」



「…………。雅文は?」



「……。そうだな。紫紅美、二人で回るか」



「血迷ったか雅文くん!?コイツに寒菜を任せるなど、ライオンの前に肉を置くようなものだぞ!」



「大丈夫。いきなり女を襲うようなクズではないし。人もいる」



「……草むらがあってだね」



「お前は俺のフォローを台無しにしたいのか、啓」



「ほら!やはり任せられないぞ!こいつは変態なのだから!」



「まあ、紛うことなき変態だな」



「二人とも……僕を変態という共通認識で捉えるのやめてもらっていいかな?」



「それは無理な相談だ。啓」



「くっ……雅文、僕は悲しいよ。僕は紳士、すなわちジェントルマンなのに」



「お前のような欲にまみれたジェントルマンがいてたまるか」



「紳士ではなく変態だと言い切るのに、僕に寒菜ちゃんを任せていいのかい?」



「……ま、お前なら大丈夫だろ」



「むぅ、しかしだな雅文くん……!」



なおも抵抗する紫紅美。大切な幼なじみだからな。気持ちは分からんでもない。



「じゃあ、こういうのはどうだい?9時からの花火に合わせる形で、8時30分に入口で待ち合わせるっていうのは?」



「どうだ、紫紅美?」



「……分かった。が、万が一戻ってこなかったら、正真正銘貴様を八つ裂きにして鳥の餌にするぞ」



「それはもちろん構わないよ。必ず約束は守るよ」



「……じゃ、8時30分に入口で。行こうか、紫紅美」



「む、むぅ……」



後ろ髪引かれる思いなのか、紫紅美が時折振り返るが、構わず紫紅美と歩き始めた。







「……雅文くん」



「なんだ、紫紅美?」



ようやく前を向いて歩き始めた紫紅美の問いかけに反応する。



「なぜ奴の提案に乗ったのだ?普段なら断るだろうに」



「アイツの思惑に気づいたから……だな」



「思惑?」



「アイツなりに気を遣って、俺とお前の二人きりの時間を作ろうとしたんだろう。多分その方が、互いをよく知れるでしょっていうのが奴の言い分だろうな」



「それは考えすぎではないか?奴にそんな配慮が存在しているとは思えないのだが……」



「ずいぶんバッサリと……。まあ、アイツとはそこそこ付き合い長いからな。そんな俺の勘ってことで、ここは一つ」



「むぅ……。まあ、雅文くんの言うことだし、信じようか」



「意地でもアイツは信用しないのな」



「何を当たり前のことを言うのだ雅文くんは。奴を信用したら一大事だぞ」



「日頃の行いが悪すぎるからな、アイツ。その評価も仕方ないか。……さて、集合まで何してようか?」



「雅文くん。私、アレがやりたい!」



表情を柔らかくし、ウキウキした顔で指差す紫紅は。その先には射的屋。



「射的か。よしやるか……?」



「どうしたのだ、雅文くん?」



「いや、幻覚かな。何か見覚えのある奴が」



「玲奈の事か?確かに射的屋にいるな。ものすごく集中しているのだ」



「何してんだよアイツ……」



「彼女も祭りが好きだからな。遊びに来たんだろう」



「アイツ、けっこうそういうアウトドア好きなんだな。海といいこれといい」



とりあえず近づく。



「イケる……今日のウチならイケるっす……!風向き、標的の質量……見極めたっす!」



近くに来たと同時くらいにツインテがおもちゃを発砲し、見事標的のぬいぐるみを打ち落とした。



「おぉ、すげぇ……!」



「三年間難攻不落だったあの巨大ぬいぐるみを、わずか一回で……!」



「こりゃ、とんでもないルーキーが現れたもんだぜ……!」



「ふふんっ。ウチにかかればこんなもんっす」



観客の前で胸を張るツインテ。ない胸をよくもまあ張れるもんだ。……言ったらぶん殴られるから口には出さないが。



「いやぁ、嬢ちゃんたまげたなぁ。ほいよ、ウチの巨大テディベアだ」



「あざっす!……ふわぁ、ふかふかで気持ちいいっすねぇ。……ん?」



ぬいぐるみで完全に気が弛んでいたツインテと俺の目が合った。



にやけきった表情から一転、真顔になったツインテはおもちゃとぬいぐるみを片手にツカツカと歩き、



「死ぬのと今の記憶を即座に消すのどっちがいいっすかぁ?」



おもちゃの銃口を俺の頬にぐりぐりと当ててきた。暴力反対。



「どっちも勘弁だ。レアショットを捉えた記憶を消したくない」



「そっすか。じゃ、港行きますか」



「よさんか玲奈」



「あっ、姉御もいたんすか!?」



「一緒に回ってたんだよ。にしても意外だな。お前、そーいうの好きなのな」



俺が気楽に尋ねると、ツインテは俺を鬼のような形相で睨み付けた。



「なんか文句でもあるっすかぁ?」



「ねぇよ。意外に思っただけだ。だから睨むな。怖ぇ」



「私もちょっと意外だったのだ。身近でも知らないこともあるものだ」



「うー……猛烈に恥ずかしいっす」



顔を赤らめて下を向き、ギュッとぬいぐるみを抱えるツインテ。……ここに啓がいなくて良かった。なんか喚き立てたに違いない。



「恥ずかしがることないのだ。女の子は皆、可愛いものは好きなものだ」



「……姉御の言う通りっすね。恥ずかしがるなんてウチらしくないっすよね」



「そうだな。らしくないな」



「ぶちのめされたいんすか?」



「賛同しただけだよな!?」



「……それはともかくとして、二人きりなんて珍しいっすね。寒菜さんと変なのはいないんすか?」



啓、変なの呼ばわりされてるぞ。



「寒菜がちょっと色々あってな。……今は奴と一緒にいるのだが」



「変なのと二人っきりなんすか!?大丈夫なんっすか、それ!?」



「アイツも空気は読むし、手荒なことはしないから大丈夫だ」



啓、お前の周りからの評判散々だな。自業自得だが。



「保証ないっすよね、それ!?ちょっとウチ行ってくるっす!」



「お、オイ!……て、行っちまった」



「寒菜を心配してくれているのだ。玲奈にとっても大事な存在だからな。……うむ、これで万が一の心配もなくなったし、目一杯遊ぶぞ、雅文くん!」



そう言う紫紅美の顔は、心から今の状態を楽しんでいる、ただの一人の女の子だった。








「美味いのだ~」



わたあめをパクパクと頬張る紫紅美。特大サイズだが……よく食えるものだ。甘いものは別腹、というやつか。



「雅文くん。今度はきんぎょすくい、というものをやってみたいのだ」



「なんでそこだけちょっとカタコトなんだよ」



「実物を見たことがないから、本当にあるか分からなかったのだー」



「ちゃんと実在するから安心しろ。ってか祭りで見たことないか?」



「基本的に祭りは行かないのだ。一人で回っても虚しいだけだし」



「……そうか。気持ちは痛いほど分かるぞ、紫紅美」



かくいう俺も、中学から昨年まで祭りに言ってないからな。同じ理由で。……まあ夏の夜に出掛けたくない、という理由も含まれてはいるが。



「むぅ?雅文くんは友人がいそうなものだが」



「あいにくいないな。唯一付き合いがあるとすりゃ啓くらいだな」



「みんな、もっと雅文くんと話せばいいのに……。キミの素晴らしさを広めようか?新しい友人ができるかも」



「やめてくれ。今が一番いいんだ」



「そ、そうか」



「大体、付き合い増えると、お前とこうして会うことも減るかもだぞ?」



「そっ、それもそうだな!うん、今が一番いいな!」



そんな話をしながら屋台に着く俺たち。するとまたしても見覚えのある奴が。



「…………。参ります。はっ!」



見覚えのある奴ーー図書委員のお嬢様で、紫紅美の組のNo.2ーーが、一回で三匹の金魚を同時に掬っていた。



「やるねぇ、お嬢ちゃん!三匹同時は久々に見たよ」



「……久々、という事は以前にも?」



「ああ。結構前になるが、三匹やら五匹やらを同時に救ってくのを見たよ。最高で十匹同時に、累計で百はいってたねえ。その子の記録はもはや伝説さ。その子も最近は見なくなっちまったが」



「……ならば私が今日、新たな伝説を打ち立てて」



「俊華。お前も来ていたのだな」



「っ!?」



紫紅美が声をかけたからなのか、はたまた集中力に限界が来ていたのか。いずれにしろ、彼女の持つポイは無惨にも水の中へ落下し、キレイに破れて沈んでいった。



「残念だったねぇ。伝説は次の機会だな。また挑戦してくれよ」



屋台のおっさんのグーサインなど目に入らない様子で、お嬢様は紫紅美の方を向いて、若干慌てた様子で言う。



「みっ、美穂様!?なぜこのような所に?」



「雅文くんと遊びに来たのだ」



「よう」



「……ああ」



忌々しいと言わんばかりの顔で俺を見るお嬢様。……だいぶ嫌われてんな、俺。



「俊華。そのような顔、人に向けてはダメだぞ」



「……はい」



渋々といった様子で、少しそっぽを向くお嬢様。



「お二人で来られたのですか?」



「寒菜と三人だな。……あ、もう一人その他がいたのだ」



啓、お前一度存在忘れられてたぞ。そしてあくまでも名前で呼ばれないみたいだぞ。



「寒菜様とその他の方は今、どちらに?」



「少し別行動中なのだ。玲奈が向かって行ったから、そっちは大丈夫なのだ」



「なるほど。……では私は、こっちを見張りましょう」



「何か言ったか、俊華?」



「いいえ。なんでも」



ニッコリと笑顔で返すお嬢様。あいにく俺には聞こえてんだよ。まあ、見張られててもそうでなくても変わらないから別にいいんだが。……まあ、啓の珍しい配慮が台無しになる訳だが、別にいいか、それも。



「むぅ?……ま、いいか。おじさん、私もやりたいのだ」



「俺も頼んまーす」



「はいよぉ!」



オマケ情報だが、俺は今まで金魚すくいをやった事がない。故に、これが人生初のチャレンジとなる。



その為、仮に掬えなかったとしても言い訳は立つ……が、男として今から失敗した時の言い訳を考えるなんてナンセンスだと気づく。男は常に勝利を渇望し、敗北で身を焦がされる生き物だ。故に俺は今回、少なくとも一匹は掬い、戦果を挙げなければならない。



一匹は掬う……なんてみみっちいな。男なら野望はでかくなきゃな!



ここまでの思考を1秒で済ませ、目の前の金魚に集中力を研ぎ澄ませる。



空気を読んでくれているのか、俺の前で金魚が一匹静止する。ふむ、まずは君から狙わせて頂こう。



風景と一体化するかのごとくスムーズな動きでポイを着水。と同時に、



「いざゆかん!」



勢いよくポイを掬いあげたーー






「……」



「アナタ……」



「見ないでくれ……!」



お嬢様に同情の視線を向けられる。静止していた金魚も、なーんだと言わんばかりに離れていく。



「こんな……こんなはずじゃ……!」



「こういう時もあるのだ。私もダメだったのだ」



紫紅美に肩をポンポンと叩かれる。……その優しさが、今は心に沁みる。



「……失敗しろとは思いましたが、実際にそうなると罪悪感に襲われますね」



思ってたのかよ。っつーかさっきから微妙に紫紅美に聞こえない声量で話すな。



「それは無理ですね。私の信頼を失いたくないので」



コイツ……。



「むぅ。欲しかったのだ、金魚……」



シュンとしおらしくなる紫紅美。そんなに欲しかったのか……ますます自分の腕前が憎らしくなる。



「美穂様、良ければ私のを」



「いや、いいのだ。その金魚達は俊華の手で大切に育ててくれ。その方が金魚も嬉しいのだ」



少し無理したように笑う紫紅美。



「……おっさん。もう一回」



「ま、雅文くん?」



「男として、女泣かせたまま次には進めねえよ」



おっさんから再びポイを受けとる。……正念場だな。ここで失敗したら後がない。紫紅美が止めるだろうからな。三回目以降となると。そういう奴だ、アイツは。



狙いを定めた金魚は、己の運命がどうなるかを知らず、悠々自適に泳いでいる。お前の運命……決めさせてもらうぞ。



さっきのように大胆に行くのではダメだろう。素早く、かつ繊細に事を行わなければならない。



「……」



じっと狙いを澄まし、



「っ!!」



勝負を仕掛けたーー







「ありがとうなのだ、雅文くん!」



「おう。大事にしてやれよ」



ポイが破ける瀬戸際で、なんとか捕まえる事が出来た。なんと二匹だ。紫紅美の方に一匹と俺の方に一匹。どちらも捕まっちゃったかー、みたいな顔をしている気がする。



紫紅美が嬉しそうに金魚を見る中、お嬢様がポツリと言う。



「キザですね。……キザな男は嫌われやすいと相場が決まってますよ」



「どこの相場だよ。まあ、構わねぇけどさ。嫌われやすかろうと、紫紅美が笑顔になれるんなら、それで」



「……まあ、感謝はしときます」



「ん、なんて?」



「なんでもありません。……美穂様、私も一緒に祭りを回ってもいいでしょうか?」



何か言った気がするが……なんでもないと言い張るお嬢様は、もう俺に構うことなく、紫紅美に提案する。



「う……申し訳ないが、せっかくだし雅文くんと回りたいのだ。すまない」



「いえ、そうですよね。こちらこそ出すぎたマネを……こっそりつけましょうか」



「オイ」



小声で最後、ボソッと呟いたお嬢様にツッコんだ時、



「あ、兄さん」



「お、麗」



偶然にも妹の麗と会った。



「偶然ですね。もしかして、美穂さんとデートでしたか?」



「二人で屋台を見て回ってたとこだ。お前、友達と回るんじゃなかったか?」



「はぐれてしまいまして。祭り会場は広いですからね」



「お前まさか、迷ってないよな?」



「まさか。むしろ友達がはぐれたんですよ」



妹は自覚のない方向音痴である。故に今のも心からそう思ってる。……無自覚って恐ろしい。



「ところで兄さん。そちらの美しくも儚げな女性は?」



「ん、ああ……名前、なんだっけか?」



お嬢様、お嬢様言い過ぎて忘れた。



「俊華です。東堂 俊華。忘れるなんて失礼な方ですね」



「すまん。基本お嬢様かアンタしか言わないから忘れてたわ」



「お、お嬢様などではありませんっ。一介の高校生です」



「分かってるよ。あくまで俺のイメージで言ってただけだ。覚えるようにするわ」



未だにツインテの名前も覚えてないがな。いい加減覚えよう。今度名前聞くか。



「俊華さんですか。初めまして。いつも兄がお世話になってます。妹の麗です」



「ご丁寧にどうも。……しっかりした妹さんですね。妹さんとご結婚されてはいかがです?」



「恋愛感情はない。そもそも法律の壁がある。OK?」



「法律の壁など壊せばいいではないですか。いつかは私も壊します。ゆくゆくは、美穂様と……!」



「私と、なんなのだ?」



「っ!い、いえなんでもありません!どうか聞き流してください!」



「むぅ?」



疑問には感じたようだが、追及はしなかった紫紅美。うん、それが正解だと思うぞ、俺は。



「……失礼します」



「へっ?」



何を思ったのか、我が妹がお嬢様に抱き着いた。



「なっ、何を……!?」



「安心する匂い、可愛い反応……そうか、ここが天国だったんですね」



スリスリとお嬢様の胸に顔を埋める麗。……精神衛生上、見ない方がいいな。うん。



「何を仰ってるのですか!?そこのアナタ!兄ならこの子の奇行を止めなさひゃっ!?」



「おぉ……!着痩せするんですね、俊華さん。なかなかどうして」



「紫紅美、止めに行けるか?俺にはちょっと無理だ」



麗、お前可愛がるの境界線越えてるからな?なんならエロオヤジになってるからな?



「……俊華」



「美穂様……!」



「……忘れないのだ。お前の犠牲のこと」



ダッと駆け出す紫紅美。……ああ、助けに入ったら犠牲になると分で逃げたか。



「美穂様っ!?お待ちくださっ!?」



「待つのは俊華さんですよ?もう少し一緒にいましょうよぉ?」



「ちょっ、放しなさい!そこのアナタ、なにアナタまで逃げる体勢に入ってるんですか!?」



「……邪魔はしたくない。さらばだ」



俺も紫紅美に倣い、ダッシュした。



「逃げました!逃げましたね!?覚えておいてください!この恨み、末代まで忘れませんからぁーー!!」



お嬢様の恨みの怒号が、しばらく耳から離れなかった。






しばらく走ると、紫紅美を見つけた。ちょうどわたあめを買っているところだ。



「紫紅美、大丈夫か?」



「大丈夫って、何の話だ?」



「いや、不本意とはいえ、見捨てたので罪悪感感じてねぇかと」



「見捨てる?罪悪感?何の話だ?それはともかく、一緒に食べよう、雅文くん!」



コイツ、さっきの記憶を消し去ったな……まあ、別に構わないが。



「ん、おう。どれどれ……久々に食うけど、旨いな」



「本当なのだ。ふわふわと甘いからいくらでも食べられそうなのだ!」



「あんま食い過ぎると、後からクルけどな」



「それは言えてるのだー。……あ」



「どうした、紫紅美?」



「か、間接キス……!」



「……あ」



紫紅美の言うとおり、偶然か運命のイタズラか。俺は紫紅美が食した場所付近のわたあめを食べていた。



「わ、悪い……!」



「きっ、気にすることないのだ。いずれは雅文くんの食べた所を食べる訳だしな。分けるというのはそういう事だ、うん。きっと私はそれを承知の上で雅文くんにあげたのだ、うん……。そんな訳ないのだー!純粋に分けてあげたかっただけなのだー!そこまで深くは考えてなかったのだー!」



顔を真っ赤にして叫ぶ紫紅美。うん、目立つから。目立つから叫ぶにしても程ほどで頼む。



「……よし。じゃ、これの残りは俺が貰って。新しく買うから、それを紫紅美が」



「いいのだ、食べるのだ。いや、食べさせてほしいのだ!」



毅然として言う紫紅美。頑固だな。ってか今、さりげにとんでもない事言わなかったか?



「……正気か?」



「女の意地なのだ。お願いなのだ!」



退く様子のない紫紅美。……コイツ、なんで自ら恥ずかしくなるような事を進んでしようとするのか。謎だ。だが、



「分かったよ。ホラよ」



女の意地とまで言われたら仕方ない。わたあめを手でちぎり、紫紅美の口に入れた。



「……えっ?」



モグモグと口に放り込んだ物を咀嚼した後、目を丸くして驚きの声をあげる紫紅美。数秒して、急にあたふたとし始めた。



「ま、雅文くんん!?いい、今、何をを!?」



「な、何って……紫紅美が言ったんだろが。食べさせてほしいって」



「そ、そういう意味じゃないのだ!それが欲しいという意味で言ったのだ!」



「……は?」



え、マジで?



「え、あ……マジで?」



「ま、マジなのだ……」



「……すまん!これ、お前食ってくれ!お、俺なんか別で買って」



駆け出そうとする俺の服の裾を紫紅美が掴み、消え入りそうな声で言った。



「……その、も、もう一度……で、できればそれ全部、君の手で食べさせてほしいのだ……」



普段と違う、しおらしく儚い雰囲気。夏の屋台に照らされた紫紅美はとても綺麗で、美しくて。



「……わ、分かった」



俺は短く、そう返すことしかできなかった。






「……」



「……」



互いに無言になる俺ら。それもそのはず。つい先ほど、紫紅美にわたあめを食べさせ終えた所だ。最後まで丁寧に手で。これで互いに気恥ずかしくなるな、という方が無理だ。



「……」



無言の雰囲気にかこつけて、少しわたあめでベタベタする右手を見る。……紫紅美の唇が何回も当たったな。時折、口内にも指が当たった気がする。あ、ヤバいな。意識したら顔が熱くなり始めたような気がする。夏の暑さのせいじゃないな、これ。



「……あ、ありがとうなのだ」



無言の空気を破り、紫紅美が振り絞るように言った。



「その……勘違いが発端とはいえ、こんなに幸せを与えてくれて。……本当に感謝しかないのだ」



「……気にするな、紫紅美。ただまあ……お互いに、ちょっと恥ずかったな」



「う、うむ。……でも良い思い出になったのだ」



「そうか?ほぼ黒歴史じゃないか?」



「そんな事はないのだ。今は恥ずかしくとも、遠い未来で思い返せばきっと、光り輝く青春の一ページになるのだ。好きな人との大切な思い出として」



ニコッと微笑みかける紫紅美。絵になるような微笑みにドキッとした。これで何もリアクションしない奴は男じゃない。



「……そうか」



「む?雅文くんは照れてるのか?顔が赤いぞ」



「て、照れてねぇし!」



「本当か~?」



「し、紫紅美!からかってないか!?」



「ふふ、失礼。珍しかったもので、つい」



フフフと笑って俺から離れて前を向く。その瞬間、一筋の閃光が夜空を駆け抜けた。



「わっ、花火!花火なのだ、雅文くん!」



「見れば分かるよ。……綺麗だな」



「うむ、キレイなのだ!すごいのだ!」



無邪気な子供のようにはしゃぐ紫紅美。



「緑がパーッと、あ、今度は赤なのだ!お、こ、今度は色んな色が!」



「落ち着け。み……美穂」



ドーンパラパラ……と音が未だにこだまし、光もまだ夜空に浮かんでいるのに、美穂は視線を花火ではなく俺に向ける。……まあ原因は分かっているんだが。



「ま、雅文くん……い、今、名前を」



「こんなに想ってもらってるのに、ずっと苗字呼びもどうかとな。まだ決めきれてなくてすまんが、今はこれで許してくれ。美穂」



気恥ずかしくて視線を逸らす。なのに横目で見る紫紅美はとってもはにかんだ笑顔で。



「ありがとなのだ、雅文くん!」



舞い昇る花火を具現するような弾んだ声で、そう言ってくれた。

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