21 王太子殿下と王太子妃殿下
世界が秋の色に染まり始めた頃。日が暮れて暗くなった王宮に、急使として来たヘッセンが一報を持ち込んだ。
「何事だ。落ち着いて申せ」
エリーザもロキスタも招いた自室で、オーラブが彼に話しかける。まだ息の上がっているヘッセンは水を飲み、なんとか喋れるくらいにはなった。そして跪き、顔を上げて震える声で口を開いた。
「アメリア様が、見つかりましてございます」
「え……」
その呟きは三人のものだった。一瞬、時が止まったような錯覚を覚える。それほどまでに空間に亀裂が走った。
嘘、嘘、嘘……だったら私はこれからどうすればいいの……!?
エリーザが心の中で闇に飲まれそうになっていた時、ならなぜここにアメリアがいないんだとオーラブに問われ、またヘッセンが話を続けた。
「それが……その……」
言いにくそうにヘッセンが主から目を反らした。ワインの入ったグラスを持ち、オーラブが苛つきを露にして急かすと、ヘッセンは目を閉じ、苦しそうに言った。
「アメリア様は……既に亡くなっておられました……」
軽快なガラスの音がした。オーラブが手に持っていたグラスを落として割ったのだ。中にはまだ三分の一ほどのワインが残っていたため、彼の足元にシミが広がった。
エリーザも口を覆い、ロキスタも目を見開いてヘッセンを見た。
詳しく話すよう指示し、オーラブはふらふらと椅子に倒れ込んだ。気の毒そうにそれを見て、ヘッセンは低くゆっくりと喋り始めた。
「先日、ここからかなり離れた川のほとりで、薄汚れてはいたけれども身分の高そうな若い娘が見投げしたということです。噂を聞いたあと、私は彼女が葬られたという教会の司祭に話を聞きました。その娘の着ていた服が……アメリア様が失踪なさった日にお召しになっていたものと、確かに同じでした。薄桃色のシルクで出来ていて、胸元にリボン刺繍の薔薇があって、ドレスの裾にレースがついていて……」
「もういい!」
オーラブが声を荒げた。しんと静まり返る。オーラブは小さく呻いた。ロキスタも青ざめていて、エリーザは震えていた。
「もういい、一人にしてくれ……」
顔を覆った王太子の指の隙間から、悲しげな呟きが漏れた。他の三人は礼をすると、足音に注意しながら退出した。その間、椅子に深く腰掛けた王太子は微動だにしなかった。
エリーザは王太子妃の居室に帰る途中、拳をぎゅっと握りしめていた。ロキスタとヘッセンに気づかれないよう、乱れる呼吸もなんとか抑えていた。
アメリア様がお亡くなりになった。王太子妃の代わりを勤めていた私は、これからどうなるんだろう。ほんの軽い気持ちで引き受けたのも、暫くという条件があったからなのに。だからこそ他の令嬢達の嫌がらせにも耐えることができたのに!なのに、肝心のアメリア様は亡くなった……。
エリーザの視線は下を向いていた。
以前からのオーラブの動向を見れば分かる。これから王太子に、エリーザと呼ばれることはあるのだろうか。もしかしたら一生、他人として生きていかねばならないのではないだろうか。そんな不安がエリーザを包んだ。
なんとか部屋に戻ると、急に足の力が抜けた。どさりとソファに腰を下ろす。自然と涙も出てきた。慌てて拭っていると、ノックの音がしてオーラブがやって来た。
蝋燭の灯りしかない闇の中でもはっきりと分かる。彼の生気の無い目は穴のようだ。淀んだ穴は潤んでいる。
「オーラブ様……」
彼になんと声を掛けて良いか分からなかった。エリーザはソファから立ち上がって、ゆっくりと王太子の方へ歩み寄った。
すると突然、王太子オーラブは細いけれど鍛えられて筋肉質な腕の中にエリーザを包み込んだ。
「アメリア……!」
耳元で聞こえる苦しげな彼の言葉。追いすがるように空へ消える。きっと彼にとっては何気ない一言だっただろう。アメリア王太子妃に瓜二つなエリーザを目の前にすれば、当然とも言える反応かもしれない。だが、その一言がエリーザの胸に突き刺さった。
オーラブは幾度か亡き王太子妃の名を呼んだ。
「良かった……悪い夢だったんだな。お前はここにいた……。思い知らされたよ、俺が本当に大切なのは金でも名誉でもなかった。お前だったんだな」
その言葉一つ一つが、小さなガラス片のように突き刺さる。エリーザは身体中が熱くなるのを感じた。
次の瞬間、彼女は必死に抵抗してオーラブの腕から逃れた。
「私はっ……エリーザですっ!」
突き放されたオーラブは、きょとんとして彼女を見た。対してエリーザは乱れた髪を整えもせずに、張り裂けそうな胸を抑えていた。
「私はエリーザです!アメリア様にはなれないんです!」
それでもオーラブは訝しげな顔をしていた。
「……アメリアの身代わりならアメリアと呼ぶべきだ。これからも変わらない」
彼は冷たい顔をして部屋から出て行った。重い扉の音がする。
静寂が部屋に残った。それに包まれながら、エリーザは力なくしゃがんだ。
どうして。どうしてこうなるの?ただ王太子殿下の傍にいたかった。それだけで良かった。自分という存在を捨ててまで求めるつもりなど毛頭なかったのに。
今はもう、憧れていた彼にエリーザとして見てはもらえやしない。これから例えずっと傍にいられるとしても、彼の目の前にいるのはアメリアであって私ではない……。
堪えていた感情の欠片がこぼれ落ちた。視界がぼやけ、熱くなる。
その時、部屋の唯一の灯りだった蝋燭の炎が揺らいで消えた。扉が開いたのだ。
また王太子だと思い、エリーザは顔を上げなかった。足音が近づいてきた時も、相手の顔を見ようとはしなかった。だから、頬に手を添えられて目を合わされた時、エリーザは思わず泣くのを止めた。




