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終天の異世界と拳撃の騎士  作者: ふるろうた
16. アークティック・ナイツ

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696/696

696. 望む未来を

「ふ――――っ……」


 静まり返った石の廊下に、自分の吐く息の音だけが木霊する。

 呼吸を落ち着けるシスティアナ・オッド・ミルドレドは、両手を石壁について床を見つめていた。


(……みんな、すごかったな)


 いつもの軽薄な態度で先陣を切ったリウチは、しかし取り繕うことも忘れて熱い激闘を演じた。

 緊張した面持ちで次戦に臨んだシロミエールは、憧れの存在の従者を相手にその力が通用することを証明した。

 エーランドは東国最強の系譜を相手に一歩も引かぬ意地を見せ、最後まで地に伏すことなく立ち続けた。

 そしてリムは別人のごとき覚醒ぶりで、憧れとしていた存在に対し互角以上の勝負を繰り広げた。


 共通して印象的だったのは、試合中や決着後の皆の顔つきだ。

 生き生きとして、輝かしくて。模擬戦を通し何か大事なことに気付いたかのような。試合前と比べたなら、その精神的な収穫や成長が明らかなほどの。


「…………、」


 それらと比較すれば、この模擬戦を提案した自分の動機といったら何と浅ましいことか。


 現在、四戦目まで終えての総合成績は一勝二敗一分。

 この時点で、自分たちリズインティ学院の勝利は残念ながら消えてしまった。

 残る最終戦にてシスティアナが勝つことができれば、どうにか引き分けに持ち越せる状況。


「ねえ、マリー」


 振り返らぬまま、反対側の壁に背を預けているだろう隣国出身の友人へと呼びかける。


「私、ベルに勝てると思う?」


 問われたマリッセラはというと、にべもなく言い捨てるのだ。


「無理よ」


 あまりに簡潔かつ即断すぎて、反感すら湧いてこない。むしろ愉快にも思えて、つい笑いが零れる。


「ったく。そこはこう、友人として希望を持たせるようなことでも言ってくれないわけ?」

「友人だからこそ、思ってもないことは言いたくないのよ」


 だが、彼女がそう見立てるのも無理はない。

 それほど、ベルグレッテは優れている。学院生の中でも一線を画している、と表現してもいい。


「ベルグレッテも模擬戦である以上、アドルフィータ殿の剣は使えない……けれど、それで貴女に趨勢は傾かなくってよ」

「そう、よねえ」


 三週間、ともに過ごした。傍らで見てきた。

 学業、実技、そして普段の立ち振る舞い。およそベルグレッテという少女には、非の打ちどころがない。すでに彼女は、手練の宮廷詠術士(メイジ)と比較しても決して劣らぬ域に達している。

 その高い地位や進化の余地を思えば、レヴィンに相応しい女性だ、とローヴィレタリアが評するのも理解できる。


 でも。

 理解はできても、納得はできない。

 人の心は、そんな簡単に割り切れるものではない。

 だから、この戦いに挑むのだ。


「そろそろ時間だわよ」


 懐中時計を確認したマリッセラが淡々と告げてくる。


「……ん。それじゃ、この子をお願い」


 ここでようやく振り返り、自らの肩に居座っているオレオールを優しく手に取って、マリッセラへと差し延べる。

 白い相棒はというと、なすがままに引き渡されながらもまん丸な両瞳でジッと見つめてきた。


「もう……そんな心配そうな顔しないでよ、オレオール。やってやるんだから。……よし!」


 ぱん、とシスティアナは自分の頬を両手で叩く。その小さく頼りない乾いた音が、いかにも虚勢を張っているようで空しい。無意味な戦いに赴こうとしていることを突きつけられるみたいで。


 ――と。

 そこで、マリッセラが無言で右の拳を突き出してきた。そして、当たり前のように言う。


「確かにわたくしは、貴女が勝てるとは思っていないわ。でも、そんなのはわたくしの勝手な考え。諦めの悪い『朱火蓮華エザーハッツィ』の底力、今こそ発揮する時ではなくて?」

「……、…………あんがと!」


 右拳を伸ばしてコツンと合わせ、西の学級長は踵を返した。


「よーっし! やるぞー!」


 そうだ。関係ない。自分で仕掛けた戦、やり遂げると決めたのだ。

 全てを覆し、望む未来を掴み取るために。






『さぁ、ではこれより! いよいよ第五戦目、最終試合を行います!』


 エフィの叫びに張り合うように、観覧席の大歓声が木霊する。いよいよ最後ということもあり、その熱気はかつてない勢いだ。


「猊下、そのお顔は……」

「…………やかましいわ。貴様のせいじゃぞ」


 レヴィンが問うと、左頬にうっすら赤い手形を張りつけたローヴィレタリアが憮然とした顔で息をついた。何があったのか想像はつくが、まあ深く触れることではないだろう。微笑ましい話ではないか。


『さて五戦中四戦を終えた現時点で、リズインティ学院の勝利はすでになくなっています! しかし残る一戦にてリズインティ学院側が勝つことができれば総合結果は二勝二敗一分けとなり、引き分けに持ち越せます! 一方、ミディール学院側が勝利した場合は三勝一敗一分けにより問答無用の勝ち抜け、決着がつくことになります! さぁいかがでしょうか、まずはナスタディオ学院長!?』

『そーねー。ミディール学院の長としては、この最終戦で勝って締めちゃいなさーい、って檄でも飛ばすのが筋なんでしょうけど。引き分けて追加試合に突入して、アタシとアンドリアン学長で勝負してみるってのも悪くないのよね〜』


 と、妖艶な東の学院長は隣の好々爺を窺う。


『ふぉっふぉっ。老体に鞭打ちたくはないんですがの〜。えー、とにかく両学院ともに、あー、肩の力を抜いて臨んでもらいたいですな~』


 彼は彼でそう言いつつ、満更でもなさそうに笑った。

 結局のところ両者とも、最終戦の勝ち負けに拘泥してはいないのだ。それはきっと、最後を飾る生徒に重圧を感じさせないように。


『ンフフフ。今のうちに一応、準備運動でもしておこうかしら~』

『ふぉっふぉっふぉ……。いかんですのう、年甲斐もなく血が滾りよるわい……』


 ……多分、きっと。


(……、)


 まさかここでリズインティ学院が追い上げて引き分けになったとして、自分と流護の特別試合が組まれることなどあるまい……。

 レヴィンがかすかな笑みを自覚する間にも、会話は続いていく。


『では猊下、いかがでしょうか!?』

『ホッホ。いずれにせよ、悔いのないように戦い抜いてほしいものですな』


 すっかり『喜面』を取り戻した最高大臣がいつもの顔で無難な言葉を口にして、


『ではレヴィン様! いかがでしょう!?』

「…………」

『レヴィン様?』

『あっ、ああ。そうですね。…………ええ、羨ましいです』


 呼ばれていることに気付き、慌てて応じる。


『羨ましい?』

『皆で一丸となって、盛り上がって……これほどの熱気によって、一体感のようなものが生まれて。僕も学院生だったら……と思ってしまいます。……前例のない対抗戦、最終試合……双方、思い残すことのないよう目いっぱいやり遂げてほしいですね』

『確かに! 私も時期が数年ずれていれば一緒になってこの催しに参加できていたかも……と思うと、ちょっと羨ましいなと思ってしまいます! ……では! さあ! 最終試合を任せるに相応しい選手はお決まりでしょうか!? いざ、試合場へお越しください!』


 自然と巻き起こった喝采と拍手が、場を万遍なく包み込んでいく。そして、


『おおっと、ど、同時! ほぼ同時に、両学院から一人の生徒が……どちらも女子生徒が立ち上がりました! まるで迷いなく、最初から決まっていたかのように! で、ではそれぞれ、ご紹介をお願いいたします――!』






『ベルグレッテ・フィズ・ガーティルード。三年生のまとめ役で、前戦のクレアリアの姉ね。同じく、近い将来リリアーヌ姫の護衛となることが約束されている騎士見習いよ。ま、最後となればこの子しかいないでしょうね~っていう人選かしら』


 そんなナスタディオ学院長の紹介を背景に、少女騎士はよしと頷いて皆を振り返る。


「それじゃあ、行ってくるわね」

「うおおおぉ! ベルちゃーん! がんばってね!」


 周囲の生徒やベルグレッテファンのミアは大盛り上がりだが、『いつもの面子』は静かに頷きを返すのみだ。

 正直、流護としても特にかける言葉はない。今さらというか、この少女騎士に対し憂慮すべきことなど何もないのだ。

 しかし、隣の彩花がきょとんとした顔で尋ねてくる。


「あれ? 流護、あっさり見送るじゃん。なんか言ってあげないの? 冷たくない? 倦怠期? 別れた? 慰めてあげよっか?」

「いや何なんお前……、つかマジで別に言うことがないからな」

「そうなの? ベルグレッテがめっちゃ優秀っていうのは、私も分かってきたけど……でも、シスだってすごい詠術士メイジなんでしょ?」

「いや実際、相当なレベルだと思うでシスも。ただまあ、相手がベル子じゃな……」


 そんな会話には、医務室から戻ってきたばかりで包帯まみれのクレアリアが「そうですね」と入ってくる。


「姉様ならば心配は無用です。私と違って」

「お。なんか謙虚になったなクレアさん」

「は?」

「そうでもなかった」


 試合直後はひどく沈んだ様子の彼女だったが、この短い休憩の間に何があったのか、すっかりいつもの調子に戻っている。


「私は、リム殿の能力の高さを分かっていながら対応するすべが見い出せないという体たらくでしたが……姉様ならばその点、抜かりはありません」


 神詠術オラクルに対する知識の深さ、直接的な戦闘技術の高さは元より、今や国家ぐるみの謀略すら覆してみせる頭脳。

 流護から見ても現在のベルグレッテは、強者の域へと足を踏み入れ始めている。

 学院生レベルの模擬戦で後れを取ることは考えられない。相手のシスティアナも学生の範疇からはみ出すほどの優れた使い手だが、それでもだ。


 ひとつ、思うところがあるとすれば。


「…………」

「お。なんか不安そうじゃん、流護くん」

「不安ではないが」


 副将戦へと臨んだ妹に対し、姉は言った。


『期せず、試されるのかもしれないわ。これからクレアが歩もうとしている道のり……それを往くことができるのか。あの子に、その気概があるのかを』


 今度は、その言葉がそのままベルグレッテ自身に降りかかることになる。

『勝って当然の試合』。果たして、それを当たり前のように制することができるか否か。格闘技でも、こういう一戦に限って番狂わせというものが起こるのだ。


 競うのは人間と人間、絶対などない。

 まして彼女たちは詠術士メイジ。これは模擬戦にすぎないが、本来であれば神詠術オラクルの交錯はそのまま命の奪い合いとなる。

 ジャイアントキリングが成立する可能性は充分にある。


 とはいえ格下の相手に足下を掬われるようであれば、とてもではないが一流の領域で生き抜いていくことなどできはしない。

 これからオルケスターのような危険極まりない敵と対峙していくのであれば、尚のこと。


「でもあれだよね。もしここでベルグレッテが負けたら、対抗戦は引き分けになるんだよね?」

「だな」


 彩花の言に流護は同意を返す。

 総合戦績は両学院ともに二勝二敗一分けとなり、決着つかずとなる。


「そしたら、どうなるんだろ。…………あんたとレヴィンさんが……やったりするの……?」

「……。……勝手に決められてもな。何も聞いてないし、ないだろ」


 この場から解説席を窺うと、真剣な表情で試合場を見つめる『白夜の騎士』の横顔が確認できた。何を思っているのか、相変わらずの生真面目ぶりで。

 一部の生徒たちも何やら盛り上がっていたが、様々な事情を鑑みてもそんな特別試合が実現することはないだろう。


「まず、そんな一戦はローヴィレタリア卿がお認めになりませんよ。学院長とアンドリアン学長が満更でもなさそうですし、あのお二人を勝手に競わせておけばよいのでは? まあ、それ以前に姉様がしくじることなど絶対にありませんが」

「クレアと違って、か?」

「……、ええ。私と違って、です」


 明らかムッとしつつも、しかし言葉には同意してくる妹さんである。さすが嘘が嫌い、そして姉様過激派。


「ま、とにかく――」


 もうじき始まる。そして終わる。

 ベルグレッテ・フィズ・ガーティルードという絶賛進化中の騎士見習いは、勝って当たり前の相手にどんな結果を出すのか。

 今は、成り行きを見守るのみだった。






『えー、システィアナ・オッド・ミルドレドさん。あー、三年生のまとめ役で、皆の手本となる優れた生徒です。古くより続くミルドレド家を背負う、新進気鋭の若手と呼べるでしょうな』


 アンドリアン学長の解説を背に受けながら、システィアナは友人たちを振り返った。


「よーっし! 行ってくる!」


 宣言すると、まずはリウチがボロボロのしたり顔で頷く。


「お前さんがどうしてこんな対抗戦を仕掛けようと思ったのかは知らんが、俺にとってもいい経験になった。お前さんにも得るものがあることを願おう」


 続いて、シロミエールが自分のことのように緊張の面持ちで拳を握った。


「しっ……正直に言えば、きっと……その、大変な試合、だと思います。……でででも、シスさんなら……!」


 そして最後に、マリッセラが達観した表情で目を閉じる。


「潔く玉砕してきなさいな。骨は拾ってあげてよ……、って、あーっ! くすぐったい!」


 そんな彼女の肩の上で、オレオールがばたばたと羽ばたく素振りを見せた。マリッセラの言葉を否定しようとしてくれているらしい。


 エーランドとリムは医務室で安静にしている。場に全員が揃っていない現状も、苦しい戦いを強いられていることの表れであろう。

 きっと、マリッセラは元より他の二人も分かっている。システィアナが、勝ち目のない闘いに挑もうとしていることなど。


 だが、そんなのはそれこそ百も承知。

 止めずに見送ってくれる仲間たちへ心からの感謝を込めて。深呼吸ひとつ、少女は自らが望んだ決戦の舞台へと赴く。

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― 新着の感想 ―
ここは引き分けでリューゴがリベンジすると思っていました。 わざわざ否定されたってことはそれはないよ、っていうお知らせですかね。
さぁ、いよいよこの対抗戦のメインイベント到来だ!
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