686. 不退転
(随分と……これ見よがしじゃないか)
隠しもしない。堂々と見せつけてくる。
変わらぬ薄笑みをたたえエーランドの攻撃をいなし続けるダイゴス・アケローンだが、その変化については明確だった。
彼の直上で、風が渦を巻いている。
莫大なまでの『揺らぎ』を、抑えもせず。
ここまで、エーランドの乱打を捌きつつ練り上げていたのだ。
だが、
(それはこちらも同じこと。そして)
幾度目の一撃か。
斜め上方からのエーランドが放った突き下ろしを、ダイゴスは事もなげに雷棍で受けて捌き――
「!」
巨漢のその細い眼がかすかに見開かれる。
叩き伏された槍、その穂先から散逸した風が巨漢の足下で炸裂する。そのつむじ風は極度に回転し、絡みつく蛇さながらダイゴスの足首へまとわりついた。神詠術のベアトラップとも表現できるそれが、その場に彼を縛りつける。
(そう捌くと思ってたよ。どんな術を隠していようとも――撃たせなければ同じだ!)
ここまでに二度。
エーランドは強撃を放つべく踏み込もうとしたところを、ダイゴスに絶妙に阻止されている。一度目に至っては、そこを突かれて打倒を喫した。
しかしそれは翻せば、その一撃を打たれたくなかったことの表れ。
これでもう邪魔はできない。
「行くぞ、風貫――!」
間合いは完璧。その場から動けずただの的と化した相手へ向けて、全力の一撃を振りかぶる――
「アケローンが巫術――四之操・刺波閃耀花」
厳かな響きだった。
巨漢を中心に、紫色の刃が全方位へと撒き散らされる。一本の長さは短刀程度。しかしそれらが、信じがたい密度で撒き散らされる。
「――、――……!」
全くの偶然だった。
全力の一撃に傾倒し魂心力を集中させていた弊絶風貫が結果的に盾となり、飛来した紫電のいくつかを防いで止める。しかし四方八方へ射出されたそれらはエーランドの腕や脚を裂いて飛び、
「ッ、が……ぁ!」
そのうち一本が、左の腿に突き刺さった。
(飛び、道具……だと……!)
しかもよりにもよって、軸足の左を。激痛に身体が傾ぐ。
だが、だ。
(撃たれはしたが……! こ、れで!)
幸運にも、倒されずに済んだ。
相手が、保持していた攻撃術を使った。先に使わせた。身動きを取れなくなったことで、やむなく。ここまでの大がかりな術となれば、他に札はないと断言できる。
これでもう、阻むものは何もない――
どうにか凌ぎ、抱く勝利の予感。脂汗の滲む面を上向けたエーランドは、目の当たりにする。
「アケローンが巫術、参之操――六王雷権現」
それは――六対に及ぶ光条だった。
ダイゴスを守護するように空中へ展開した、目に眩い白の槍刃が十二本。水平を維持し宙に浮かぶ閃光その全てが、先端をこちらへと向けて静止している。
「ば………………、」
馬鹿な。
さらに保持していたのか。
それも、これほど凄まじい規模の攻撃術を。
「う、お、おおお、おおぉぉ――――!?」
エーランドが全力で身をよじったのと、雷撃が放たれたのは全くの同時だった。
束になった光条が焦熱を振り撒き、直前まで己のいた空間を突き抜ける。
「………………!」
模擬戦であることを考慮し、加減している。それでもなお、この速度と威力。
地面と水平に迸った光の束は、高度を落とさず観覧席の外壁に直撃。爆裂したかのごとく石片が飛散し、足下を震わせるほどの振動と生徒らの悲鳴を引き起こす。
元より、強力な術を繰る詠術士らによる試合が行われる舞台だ。闘技場には例外なく、その点も考慮して相応の保護術が施されている。それでもなおこの余波。数々の試合を間近で見極め裁いてきたドーワ判定員すら、にわかに目を見開き及び腰となっている。
(でも……っ、避けたぞッ!)
そしてただ愕然となるのだ。
凌ぎ切った確信を得たエーランドを含め、誰もが。
「アケローンが巫術・裏・参之操――六王雷権現・二連」
先の、倍。
総勢二十四もの光の筋が、今度こそ逃げ場もなく殺到。
「う、あ」
いや、何だよそれ。聞いてないって。
無理だ。こんなの、無理だ。
『恥ではない。それは人として至極真っ当な本能だ。こんな相手を前にすれば……』
あまりに圧倒的な『封魔』を前に怯んだエーランドに対し、アキムは静かに諭した。
でも。
五百年前、恐るべき怪物ワルターニャに対しアシェンカーナ族を囮とした卑劣な祖先。
そんな先達の血がこの身に流れていようとも。
『でも、おれはもう絶対に……絶対に退かない。どんな奴が相手だろうと。それが、斃れていった者たちに報いる唯一の方法だと思うので』
あの闘いを乗り越えて。
おれは、そう、決めたんだ。
「ぁ……、お、おオオオォああああああぁァァァ――――ッ!」
怯みの悲鳴は、魂震わす咆哮へと変わった。
防御でも回避でも諦めの被弾でもない。
エーランドが選択したのは、迎撃。
弊絶風貫を振るい、迫り来た先陣の二本をかち上げる。弾くことは叶わず、軌道を逸らすに留まったその二撃が肩口を抉っていく。
「が、ぁああああぁぁ――――っ!」
ここで、保持していた攻撃術を解放。旋風が、風の刃が、残り二十を超える雷の光条を真っ向から迎え撃つ。
しかし瞬きの後に次々と飛来した紫雷の軍勢が、容易くそれらを蹴散らした。
エーランドの細身は刹那に踏ん張ることすら許されず、蹴遊びの球さながら弾き飛ぶ。
二転三転どころか数え切れないほど広い石床上を転がり回った風使いの騎士は、場外へ落ちるぎりぎりの縁で停止。その場で大の字となって横たわった。
『うわ、うわああああぁぁぁ~~っ!? エ、エーランド選手、轟沈~~っ! ダ、ダダ、ダイゴス選手の凄まじいまでの波状攻撃の前に、たまらず天を仰いだあぁ――――っっ!』
エフィが思わず席を立ち上がりながら絶叫すると、観覧席の生徒たちも呼応したかのように総立ちとなって大歓声を爆発させた。
「と、とと、とんでもない連続攻撃だぞ!? 何だぁ今のは!? ま、まさか『ペンタ』!?」
「い、いや違うぞ! 多分あれは……!」
「エーランド……、いっ、生きてるのかッ!?」
「スッゲェ……ダイゴスってそりゃ強いとは思ってたけど、ここまでとは……!」
観覧席は両学院の別なく今までにない大音声に包まれ、かすかな地揺れさえ引き起こしている。
解説席の一角では、レヴィンが蒼穹の瞳を見開いていた。
『……なんと……、あれほど間断なく、矢継ぎ早に……よもや、ダイゴス選手は……』
同じ列に座るローヴィレタリアも、への字に閉じられているまぶたをわずかに開き、黄土色の眼光を覗かせる。
『……ふむ、間違いなかろうて。久方振りに目にしたわ』
続いてアンドリアン学長も、隣のナスタディオ学院長へ問いかける。
『……これは驚きましたな。貴女は……ご存じだった、ということですかの?』
『もっちろん』
妖艶な美女は短く応じた。
大人たちが何について語っているのかは明白だった。
周囲の熱気に触発され無意識のうちに立ち上がっていたシスティアナは、ただ呆然と呟く。
「多重保持者……!」
「ま、まま、間違いないと、思います……!」
座ったまま腰を抜かしたか、椅子からずり落ちそうになったシロミエールが、しかし自らのそんな状況すらお構いなしに珍しく興奮した様子で声を上ずらせた。
「あ、あの、お二人の頭上でっ、渦巻いてた、風……! あああれはやっぱり、そういうことだったんです……!」
通常、詠術士が待機保持できる神詠術の数は二から三。誰もがその中で攻撃術、防御術、補助術を選択し備え、状況に応じて巧みに切り替え行使する。当然ながら単純に、保持できる術の数が多ければ多いほど有利となる。
多重保持者とはその名の通り、より多くの術を保持できる者たちだ。その保持数は常人の倍以上にも及ぶとされる。
ダイゴスは雷の棍を携えたまま、入念な詠唱なしには扱えないであろう規模の攻撃術を間断なく三連続で放った。四もの術を同時に扱ったことになる。
そして彼ら多重保持者が詠唱保持するとき、その『揺らぎ』は重なり合って緩やかな渦を巻き、術者の周囲を包むという。その風の向きは右。奇しくも、合同学習でも設問に出たことがあった。
「……、ダイゴスの多重保持が生んだつむじ風だった、ということ……ね」
マリッセラですら半ば呆然となっている。
激突の直前。シロミエールがおもむろに気付いたそれは、風属性のエーランドによる産物ではなかったのだ。
「エ、ラン……、エラン! エランっ!」
悲痛な叫びを響かせたリムが最前列の柵へ駆け寄っていく。
彼女の危機感は当然。
システィアナですら、初めて見たのだ。あのエーランドが、あんな風に倒れる様を。
「……ここまで、差があるのか……?」
立ち尽くすリウチも、信じられないようにかぶりを振っている。
「ッ、三ッ……!」
秒読みを響かせるドーワ判定員も、驚きの色を隠せていない。特別席に座る来賓たちも、驚愕の表情で互いの顔と試合場を見比べている。
「――――……」
システィアナの腹に冷えた不快感がのしかかった。
これは自分の失策だったのか。
『サーヴァイス』が、『十三武家』に圧倒されている。
もちろん、今ここで競っているのはそこに所属するいち個人同士。部隊として、明確な優劣を決めるものではない。しかし、そうと受け取られかねない構図。
エーランドを呼ばなければ。
ダイゴスと闘わせなければ、こんなことには――
「…………っ!」
いや、そうじゃない。
(そうじゃないでしょ……!)
思わず駆けたシスティアナは、リムの隣の柵に激突する勢いで取りついた。
「エランっ、エーランドっ! あんた、こんなところでやられたまま終わる奴じゃないでしょ!?」
闘わせなければよかった?
そうして、『サーヴァイス』の五番目として持ち上げられていればよかった?
他に強い奴がいるのに? その強い奴とは闘わずに、上から五番目と呼ばれて満足していればよかった?
知っている。
そうじゃない。
「エーランド・レ・シェストルムは! そんな奴じゃないっ! 立て……立てええぇっ! あんたは……、レヴィン・レイフィールドの隣に立つ男だああぁ――――っ!」
おお、と周囲の級友たちがざわつく。
「そ、うだ……エーランド!」
「立て! エーランド、お前が負けるわけないんだよ……!」
「こんなもんじゃないだろ! 『サーヴァイス』の意地、見せてくれえぇ!」
まるで誘爆したように、リズインティ学院生たちの熱気が膨れ上がっていく。
『エーランド! エーランド! エーランド!』
級友たちの怒涛の連呼。
それに後押しされるように、システィアナは隣の少女の背中を叩いてやる。
「ほらっ! あんたも何か言っておやんなさい、リムっ!」
そして、誰よりも『彼女』が最大限の火をつけるのだ。宿す属性、そのままに。
「エランっ……わた、しは……あんたが勝つって、信じてる――!」
気弱なはずのリムが放ったありったけの叫びに呼応し、力なく横たわった彼の指がピクリと動いた気がした。




