687. 這い上がる
(………………ったく、騒がしい……、連中だよ……)
遠くぼやける闘技場の天井。目はまだどうにか機能しているようだ。
その一方、耳は級友たちの怒涛の声援に震える。あまりのやかましさに、気絶などとてもできそうにない。
そんな轟音響く中で、確かに聞こえた。
(……らしくもない、大声を……)
昔から知っているあの少女の叫びに応えるべく。エーランドはまず、自分の指先が動くことを確認した。
(…………死んでたな……)
勝負ありだ。
もし、これが実戦なら。
(……、……でも、ね)
貪欲に、意地汚く割り切らせてもらう。
これは実戦ではいない。そして自分は死んでいない。
なら、終わってはいない。
「……六ッ!」
腕をつき、上半身をどうにか起こす。特に直撃を受けた左肩や右の首筋付近の感覚が鈍い。本来なら、ここを中心に消し炭と化していた。
でも、どうにか動ける。
歓声が一層大きくなる。
『エ、エーランド殿……、選手っ、起き上がった! 起き上がりましたぁ! ま、まだやれるんでしょうか!?』
膝に力を入れ、両の足で石の床を踏み締める。
「……八!」
遠間に立つ相手を見やれば、彼はこれまでと同じように雷棍を携えて泰然と構えていた。変わらぬ薄笑みを浮かべたまま。
(……ああ、そうだ……)
試合が始まってわずか交錯した直後。この大男が発した言葉を思い起こす。
『いいや、驕ってなぞおらん。微塵もの』
――全くもって、その通りだったのだ。
ダイゴス・アケローンは、こちらを軽んじてなどいなかった。
切り結ぶ裏で、あれほど極上の手札をいくつも用意していた。
(多重保持者……)
間違いない。
類稀なる、その特徴を余すことなく発揮して。
そして今も、きっと。
立ち上がったこちらに対し、驚いてもいないのだ。
それに比べ、自分はどうか。
(驕っていたのは……僕の方じゃないか……)
甘く見ていた。
予想すらしていなかった。ダイゴス・アケローンが、これほどの使い手であると。自分より格上だと認めて、なお。
「ッ……、やれるか……!?」
秒読みを止めて試合場の外から顔色を窺ってくるドーワ判定員へ、エーランドは苦笑を返す。
「……判定員。ちょっとばかり、秒読みが遅かったんじゃない……?」
「……ッ」
残念ながら、闘技場の試合ではままあることだ。
勝たせたい相手に寄った裁定を下す行い。ひどい場合、賭けによって巨額の金が動くような試合には露骨な不正が仕込まれることもある。
だがドーワ判定員は、そのような愚行に手を染める人間ではない。かつてヴォルカティウス帝の試合すら立ち会った、厳正な裁定に定評のある男だ。でなければ、初の試みとなる両学院の模擬戦の判定員に抜擢などされはすまい。
しかしそんな彼にすら、無意識に肩を持たせてしまった。
ローヴィレタリアが試合を許可した以上、最悪負けることも承知の上。
それでもこのまま、こうまで圧倒的に『サーヴァイス』が敗北するのはまずい。
老練の判定員にすらそう思わせ、秒読みを躊躇させてしまった。自分は、そんな不甲斐ない闘いぶりを晒してしまった。
「――やれるさ。でも……、お察しの通り、もう限界だ……。もし次におれが倒れたら、その時は……有無を言わさず、試合を止めてくれ」
「…………ッ」
「その時は、もう……十秒以内に立ち上がることは、できないだろうから。……でも、問題はないよ」
一歩。足を進め、手負いの若き羚羊は宣言する。
「もう、おれは倒れない」
「……ちょーっとだけカウント遅くない? とも思ったけど……まあ、ホームタウンディシジョンってほどでもないか。つか、こうなるか。まあ『模擬戦』だからな、これ」
「どういうこと!?」
驚きがデフォルトになってきた彩花へ、流護は淡々と説明する。
「実戦じゃねえから、ダイゴスも威力は抑えてる」
これが命を懸けた果し合いならば、とうに終わっている。
流護自身、ダイゴスのあの多重保持者としての能力を活かした怒涛の波状攻撃に晒され、死に物狂いで捌いた身だ。これが真剣勝負だったならどうなっていたかは、もはや言うまでもない。
「でも、ここですげーのはエーランドだ。ダイゴスの雷権現二連を見た瞬間、あいつ確かにビビったんだ。でも、一瞬で腹括って迎撃を選びやがった。おかげで、多少なりとも威力を軽減できたし急所からも外れた。だからこそ立てた。とんでもねー無茶だったけど、おかげで首の皮一枚繋がった」
当時の流護でさえ、あの技に対し真っ向から立ち向かおうなどとは思いもしなかった。
しかし今は遮蔽物もない闘技場、まして防御術などきっと備えてはいなかった。保持していた術の全てをぶつけ相殺を狙ったエーランドの判断、その勇敢さは驚嘆に値する。
「で、でもエーランドさん、もうボロボロ……! 立ったにしても、もうこっからどうにもならなくない!? ダイゴスさんなんて、ほとんど無傷みたいなもんだし……!」
「……風向きが、変わった」
答えたのは、流護ではなく横並びに座るレノーレだった。感覚に優れ、神詠術の知識も豊富な彼女は感づいたらしい。
「ああ」
そして、『経験者』である流護も同意する。
加えて――
『エーランド! エーランド!』
「うーん! すっごいね、向こうの応援! あたしたちも、負けてらんないよ……!」
傍らでミアが奮起するが、彼女の言葉通り今やリズインティ学院側の観覧席では怒涛のエーランドコールが巻き起こっている。
「……力になるんだよな、こういう応援ってのはさ。実力以上のものが出せる追い風になる」
自然と、流護の頬は綻んだ。
向こうの皆が一丸となって、エーランドに声援を送っている。いいチームだ。羨ましいぐらいに。
「……姉様。聞いていた話が確かなら……よもや、とは思いますが」
「ええ。どうあれ、エーランドさんは立った。ここからは……」
ガーティルード姉妹の表情にもやや緊張が走る。
「なに? なんなの? ダイゴスさんめっちゃ有利だと思うけど、なんでみんなちょっと深刻そうなの?」
もちろん彩花は知るはずもない。多重保持者と呼ばれる体質を持つ者が宿す、その特徴を。
「多重保持者ってのは、ただ有利なだけの都合のいい能力じゃねえ。ありゃ、それなりのリスクも背負った『病気』なんだよ」
「再開ッ……!」
迷いの末に決断したようなドーワ判定員の一声。
「……ふ……っ、」
乱れる息を押し殺し、エーランドは風の槍を現界する。遠間のダイゴスはどっしりと構えたまま動かない。
(…………。やっぱりね……)
多重保持者。
目の当たりにしたのも対峙したのもこれが初めてだが、腐っても『サーヴァイス』。その特異な体質については聞き及んでいる。
ならば。
「……い……けっ!」
もはや己の足で駆けることすら億劫だ。
背後で瞬間的な爆風を顕現させたエーランドは、それを追い風にダイゴスとの間を一挙に詰めた。
「うっ……らあぁぁっ!」
そして迫りざま、得物を振りかぶって遠投。
ダイゴスは半身を翻し難なく回避。突き抜けた風の槍が、唸りだけを残して誰もいない空間を通過していく。
ダイゴスはこちらの手から武器が失われたことを確認するや否や、ここで鋭く前へ踏み込んで距離を縮めてくる。
「――」
が、巨漢は即座に立ち止まった。
(! 気付いたか)
そうなのだ。今の遠投。たった一本だけとはいえ、ダイゴス自身が先ほど放った無数の雷槍――それに近しい勢いを宿した一撃。
ならば、背後から聞こえてくるはずなのだ。水平に飛んだ得物が観覧席の壁に激突し、衝撃を振り撒く音が。しかしそれが背後から届かないことに違和感を覚えたこの男は、すぐさま足を止めた。
(大雑把そうな顔してるくせに、鋭いね……!)
今の一手は、躱されることを前提で放ったもの。
そして。
躱されると分かって撃ったのだから、全力など込めてはいない。むしろ見せかけだけの、仮に当たったところで痛くも痒くもない、いわば偽の攻撃。
そして、
(いいのかい……? いつまでもそこにいて!)
その間に、エーランドは踏み入る。よろける足の勢いすら利用して。
二度に渡って邪魔された、渾身の一突きを見舞うための間合いへと。
気付いたダイゴスが、この試合で初めてその眼を見開く。存外にも鋭い、黄土色のその双眸を。
「行くぞ風貫! おおおぉぉおおおぉ――――!」
そして炸裂した。
手元に『本物の』弊絶風貫を呼び出したエーランドは、今度こそ全身全霊の一投を見舞った。
されど、恐るべきは矛の末弟。
その反応速度。
大きな図体をしていながら、どこまで俊敏なのか。
一直線に迸った風槍の遠投を――完全慮外だったはずのその一撃を、ダイゴスはまたしても雷棍で受け弾こうと試みる。
「ぬ……!」
おそらく、大男が初めて呻いた。
腐ってもエーランド全身全霊の秘術。攻撃術に分類されるであろう雷棍で完璧にいなすことなど許さない。
かち合って荒ぶる角のごとく跳ねた風貫は巨漢をよろめかせ、明後日の方角へ唸り飛んでいく。わずかに赤い飛沫が散り、相手の手から紫電の煌めきが消失した。
一拍遅れて、今度こそ観覧席の壁から爆音が轟く。
『うぉわぁ――! エーランド選手の得意技、弊絶風貫による遠投一閃! ダイゴス選手どうにか弾くも、大きくよろけた! 鮮血が宙に舞う――! 猛った羚羊の角によってぇ! 山が! 山が! 山が揺らいだぁ!』
そうだ。ようやくだ。矛の末弟が、ここに来て初めて攻撃を受けたことによって体勢を崩した。
「――ッツ」
好機。
痛みと疲弊で倒れ込みそうな身体に鞭打ち、痺れを訴える左脚を無理矢理に動かして、エーランドは千鳥足を踏んだダイゴスへの距離を縮める。接近戦の間合いへと持ち込む。
「――臥伏せしめよ。弊絶風貫……!」
右手に収束する旋風。今生の相棒を顕現する。
そして、対峙する相手からも聞こえた。
「――出でよ、雷節棍」
がぁん、と耳をつんざく風塵と雷鳴が交錯。顕現した互いの得物同士がぶつかり合って十字を描く。交える武器越しに顔を突き合わせる。
側頭部より血流を滴らせながらもしかし、ダイゴスの顔からは未だ不敵な笑みが失われていない。それどころか、より深まったようにも見える。
エーランドも負けじと張り合うように同じ表情を絞り出してやった。
「へえ。雷節棍っていうんだ。簡潔でいい名前じゃないか」
「弊絶風貫、か。雅やかで趣のある名じゃの」
一合、二合、三合。
直線の形を得た風と雷が鎬を削るたび、雷の余波がエーランドの肌に熱を感じさせる。逸れた風がダイゴスの髪を揺らす。
『ごっ……互角ううぅ! 両者ともに、全く互角の打ち合いを演じていますっっ!』
交える剣戟に比例して膨れ上がる喝采。
「さ、さっきまではエーランドが押されてたのに……、盛り返してきてる!?」
「よく分かんないけどいいぞ! 押し切れえぇ!」
そんな声援が飛んでくるが、今この状況を正確に理解できている生徒は果たしてこの場にどれほどいるだろうか。
(そうだ……)
言うまでもない。エーランドはもはや死に体だ。
とうに満身創痍で、それでも気迫だけで風貫を振るっている。
ならば。
そんな死に損ないの相手に対し、ここまでまともに痛撃すら食らっていないはずのダイゴスはなぜ『互角』で打ち合っているのか。そもそもなぜ、明らかに限界のエーランドを前にして畳みかけてこないのか。
(やはりそうだ。多重保持者というのは……)
本来、自らの命を守るはずの箍が外れた者。
常人より多くの術を保持し、間断なく扱うことができる。それはいい。だが、そもそも神詠術の行使には集中力と精神力を要する。それらが足りなければ、術は維持できない。
走り続けようとしても、息が切れれば人は苦しくなる。自ずと足が止まる。それと同じ。
だが、多重保持者は『できてしまう』。
術の多用により精神や肉体が疲弊しても、術を行使することができてしまう。
延々と魂心力を消費し、その命が尽きるまで際限なく神詠術を発動できてしまう『病気』。それが多重保持者なのだ。
先の攻勢によってダイゴス・アケローンは今、大きく精神力を消耗している。身動きや思考に支障が出るほどに。
ゆえに、危険な間合いへの侵入を易々と許した。反応が遅れた。
「お、おい……! エーランドが押し始めてないか!?」
「う、うん……これ、逆転いける……!?」
上下左右、方向を散らして風槍を打ちつけるエーランドに対し、ダイゴスは少しずつ下がりながら受けに回る形となっていた。
先刻までの、余裕に満ちた捌きではない。明らかに力が弱まっている。だが、その薄笑みは失われない。むしろ、心の底から楽しんでいるかのよう。
(……、悪いね……おれ、あんたを満足させられるほど強くはないんだ……)
今は、まだ。
これが実戦なら、とうにエーランドは跡形もなく消えている。むしろ、あれほどの攻勢に晒されて生き残れる強者がどれだけ存在するか。
だが、これはあくまで模擬戦。ダイゴスは威力を抑える必要があった。さぞ難しいことだろう。本来なら悠々と殺せる相手に手心を加え、致命傷を与えずに済ませることは。
この矛の末弟は、間違いなく自分より格上の相手だ。
しかし、先ほども決意した。割り切ると。
少なくとも、この模擬戦においては。
(ダイゴス・アケローン……この試合における、あんたの『敗因』は――)
一際強く振るった風貫が、烈風の余波を生みながらダイゴスを後方へと押し込む。
「……む、!」
そして下がった彼の足下に、撒かれた烈風が渦となってまとわりつく。
(この試合におけるあんたの敗因は、『強すぎたこと』だ……!)
こんな模擬戦の舞台に立つには、あまりにも。
向いていないのだ。これほどの男が、このような試合に参加すること自体が。
難しいに決まっている。慣れないであろう闘技場形式の規定に則ったうえで、絶妙な力加減にて相手を制圧するとなれば。
だがエーランドは、それらを全て承知しながらもひとまずは『勝つ』。
「――――」
両脚を風によって拘束され身動きできなくなったダイゴスへ、エーランドは渾身の一突きを繰り出した。
しかしその場から移動できないダイゴスは、それでも雷棍を振るって巧みにこの一撃を弾く。
(っ、……本当にすごいよ、あんた)
どこまでも恐るべき技量。終ぞ、まともに一刺し浴びせることすらできなかった。槍術には相当の自信があったのだが。
「――――行くぞ、風貫」
風が爆発した。
穂先を逸らされると同時に烈風と化した槍が弾けて散逸、ダイゴスの巨体をのけ反らせる。しかし足下を渦巻く気流に固定された彼は、千鳥足を踏むことも倒れることもできない。
「ぬ――、!」
暴風に煽られた柳のように、その巨体が反動をつけてこちら側へ吸い寄せられるように傾く。
そこでエーランドが放ったのは、何も纏わぬただの拳だった。
もう限界だ。術を行使する余力もない。
だから。振り子のように戻ってきたダイゴスの横っ面へ、右の拳を合わせるように放つ。
(感謝するよ、――リューゴ)
彼と出会わなければ……あの闘いぶりを目にしなければ、この局面でただの拳だけを放つなどという発想には至らなかったろう。神詠術が乱舞するこの舞台、この世界で。
エーランドとてバルクフォルトで育った男。拳打法の心得はある。
しかし本来、あくまで嗜みにすぎない。貴婦人が舞踏を習うようなものだ。それがまさか、この局面で役立とうとは。
ひとつ、強い者から学びを得て。
そして一人、己より強い者を乗り超える。
あの、輝かしい頂へと至るために。
エーランドの放った拳に自ら突っ込む形となったダイゴスは、打撃によって大きく横へと吹き飛んだ。
吹き飛んで、その姿が霞んで、見えなくなった。
(………………え?)
自らの振った右拳の勢いに引っ張られ、エーランドは足下をふらつかせる。
「――」
感触があった。
エーランドとて、ここまで積み上げ一流と称されるまでに至った騎士。
戦闘の流れの中でその瞬間に回避や防御が可能だったか否か、放った一撃に手応えがあったか否かは経験から得た感覚で理解できる。
間違いなく、それを踏まえたうえで確信した一撃だった。
獲った、と。勝った、と。
しかし。
殴り飛ばしたダイゴスの姿が、あれほどの巨体が、まるで虚像のように霞み消えて。
「――――……」
見えていた訳ではない。
ただ単純に、エーランドは背後を振り返った。
目の前から消えるほどの速度で動く相手なら、こちらの死角――即ち背後へ陣取るだろうと思って。
予想に違わず。
数歩分ほどの距離のそこに、ダイゴス・アケローンが佇んでいた。最初から一貫して変わらない、不敵な笑みを浮かべたままで。
「うむ。良き拳打じゃった――」
口の端から、細く血の筋を滴らせながら。
(……ど、)
どうなってる。避けられる一撃じゃなかった。
いや、当たっている。だから血を流している。
……状況から推察される事実はひとつ。
この男は、殴られている途中で……吹き飛ばされる過程で急加速し、足を拘束する気流を引き剥がし、振り抜かれるエーランドの拳と同じ向きへ移動することで攻撃をいなした。
信じられない。身体強化で実現できる所業ではない。多重保持者であることも関係ない。
その瞬間に、流護と同等の膂力でも獲得していなければ成し得ぬ芸当だろう。
「……、」
どんな絡繰りなのかは分からない。
だが事実、この男はそんな現実離れした真似をやってのけたのだ。
「何……、? んん……!?」
「い、いつの間に移動した!? 何が起きたんだ今!?」
「エーランドが攻撃して……、えぇっ!? 後ろに!?」
観覧席からも困惑が渦巻いている。遠目から見ても追いつかぬほどの刹那だったという訳か。
(……、…………遠い、なぁ……)
ほとんど無意識に。
もはや動かすことも億劫な首をどうにか巡らしたエーランドは、解説席へ座るあの人を窺った。
視線が交われば、彼は苦い顔でゆるりと首を横へ振った。
ああ、これまで何度も見てきた表情だ。
少しでも追いつきたくて、無茶をするたびに。
「もう止すんだ、エーランド」と。
一刻も早く安心して背中を預けてもらえる存在になりたいというのに、いつも心配ばかりかけてしまう。
(……、レヴィン様…………)
それでも。
(……今、しばし……、お待ち……ください)
僕は。必ず。
(どんな、奴にも……)
負けずに、打ち勝って。
(あなたの、隣に、……立て、る……男に――)
今にも離しそうになる意識の手綱を、必死で握り締める。
曖昧なままでは許されない。
認識しろ。現実を噛み締めるのだ。
『ここ』が、今の己の立ち位置。
現在のエーランド・レ・シェストルムの、限界だ。
この悔しさを、脳裏に焼きつけておけ。さらなる飛躍の糧とするために。
必ず、這い上がるために。
(今は……まだ…………、力、及ばぬ僕を、お許し……、ください――)
舞台袖で戦局を見守っていたドーワ判定員が、突如として慌てた様子で試合場に這い上がる。
中間距離で向き合う両雄へ駆け寄りながら、間に割って入る形で怒号を轟かせた。
「それまでエエェィッ! 勝者、ダイゴス・アケローンッ!」
『と、止めたぁっ!? 突如割って入ったドーワ判定員が、試合終了を宣告ううぅ――っ! し、しかしエーランド選手はまだ立って……、ああ! 崩れ落ちかけたエーランド選手を、ドーワ判定員が支えます! お……落ちていた! なんと新進気鋭の若き羚羊、立ったまま……倒れることなく、その意識を手離していたようです……! 超一流同士の至上の一戦、制したのは極東の矛! ダイゴス・アケローン選手でしたぁっ……!』




