684. 霞む頂
爆発的な喝采。
生徒らが発するそれには、興奮と驚きがはち切れんばかりに込められていた。
「ウワー! 何が起きたの!」
「……、見えましたか、姉様」
「……ううん」
「……エーランドさんが攻めようとしていたところに、ダイゴスが交錯法を当てた。……多分」
ミアは元より、ガーティルード姉妹すら驚愕に眼を見開く。レノーレも結果から導き出される推測を語るしかない。
それほどの速度で交わされた攻防だった。
せっかくなので流護が補足を入れる。
「レノーレの言う通りカウンターだな。エーランドが風の槍を一旦消して、一歩踏み込んで再顕現……。そっから更に一歩踏み込んで強振狙ったけど、そこに差し込まれた。いいフェイントだったけど、ダイゴスはかからなかった。ちゃんと見切ってたな」
「あんた見えてたの!? ってか、どっちもすごすぎてすごいけどすごいねダイゴスさん!」
彩花の語彙が消失する傍らで、座席にふんぞり返ったエドヴィンは得意げに鼻を鳴らして悪そうな笑みを浮かべている。ダイゴスなら当然だ、と言いたいのだろう。
「二ッ! 三ッ!」
ドーワ判定員のカウントが叫ばれる中、両膝をついてうつむくエーランド、その前方で雷節棍を携えたままどっしりと構え続けているダイゴス。下向いた前者の表情は窺えないが、後者の顔にはいつもの不敵な薄笑み。
「す、すごいねダイゴスさん!?」
「えっ、俺が返事するまで言い続ける気なんかお前」
同じ感想を連呼するマシーンと化した幼なじみにギョッとしつつ、流護は息をついた。
「だからさっき言ったろ。俺は、訓練相手としてダイゴスに不満感じてないって」
「? それがなんなの?」
「この世界で俺の訓練相手になれる奴がどんだけレアだと思ってんだ。ダイゴスは、それが務まる数少ない一人だって言ってんだよ」
「はー? なんそれ! 結局自分アゲじゃん!」
ガーティルード姉妹ともよく訓練をする流護だが、『自分の』トレーニングになっているかと問われれば素直に頷くことはできない。それほど、互いの実力に開きがあるのだ。
その点、ダイゴスの能力に異論はない。彼ならば、その技術力の高さで流護のパフォーマンスに食らいついてくる。
「つかダイゴス自身、俺とトレーニングしてて確実に強くなってっからな」
……だが、だ。
「じゃあ、エーランドさんよりダイゴスさんのほうが強いってこと!?」
ひたすら驚き役の彩花へ、流護はまたも繰り返す。
「んで、これもさっき言ったけど……エーランドって、割と主人公タイプなんだよ」
「七!」
ゆっくりと膝を伸ばし立ち上がったエーランドは、確かめるように左足のつま先にて石畳をトンと叩いた。
(……これを踏み締めた覚えがない。その前に差し込まれたんだ。……そして、こめかみに痺れるような鈍痛……)
何が起きたかすぐには理解できなかったが、こうして振り返れば明らかになってくる。
どの瞬間に、どこを打たれたか。それも、瞬間的に記憶が断絶するほどの鋭さで。見えなかったあの一瞬が見えてくる。
眼前には、一貫して薄笑みをたたえ泰然と構える山のような巨漢の姿。こちらが立ち上がっても表情に変化はない。不敵に過ぎる薄ら笑い。
(余裕のつもりかい? 癪に障るね)
「九! ……やれるか!?」
すっかり起立したエーランドに対し、試合場の外から眼光を飛ばす判定員が声を張る。
「見ての通りさ」
声を待つまでもなく、精鋭たる少年は風槍を再顕現して身構えた。
「おお! 余裕そうだぞ……!」
「そりゃそうだよ、ちょっと転んだだけだろあんなの!」
自陣の客席から級友たちの興奮した声が聞こえてくる。
「再開ッ!」
待ちかねたような喝采の中で、反してエーランドは静止したように動かない。相手も同じ。
間合いを維持し、敵を注視したまま、先の交錯から得られた情報を精査する。
(より速く……と思った僕より、先に段階を上げてきた)
足の指先のみでにじり寄る。距離を縮める。
(したり顔で、やってくれるじゃないか……)
蛞蝓が這うような速度で。ほんのわずかな動きで。今すぐにでも飛びかかりたい衝動を抑えつつ、冷静に。
『両者、先ほどの激しい剣戟から一転! 中間距離での睨み合いが続く! 派手な動きはありません……! エーランド殿……、いや選手、先の展開を受けてやや慎重になっているか!? レ、レヴィン様、どう見られますか!?』
『……そうですね……、エーランドが勢いに乗ろうとした刹那、ダイゴス選手がわずかに先んじて速さの段階を引き上げた。結果、エーランドは即応できず出鼻を挫かれた……。そんな応酬に見えました』
大陸随一の騎士にして己が信奉する最強の男は、当然というべきか傍から見ているだけでも正しく状況を見極めていたらしい。
『ですが、エーランドはそれで物怖じする男ではありません。むしろ……負けん気が強く、意地になりやすい性格ですから。今も、わずかな足先の動きのみで徐々に間合いを詰めている。無論、ダイゴス選手も気付いている』
お恥ずかしながらその通りです、レヴィン様。さすがによく理解しておられる。
臣下の少年としては心の中で苦笑することしかできない。
『ふぅむ。であれば、ここから先は――』
白い顎ひげを撫でたアンドリアン学長の言葉尻に被せる形で、エーランドは石床を蹴った。答えを示すがごとく。
風槍一閃。その刺突をダイゴスが雷棍で受け、いなす。
行動を表現するだけなら開幕と同じ展開。違うのは、
『って、速ぁ!?』
エフィの驚愕を置き去りにし、弊絶風貫による連撃を見舞う。薙ぎ、突き、振り下ろす。様々な角度から迫るそれらを、ダイゴスは受け、逸らし、捌き切る。
その全ての速度が、先の倍増し。
「は、速えぇっ! どうなってんだよ……!」
「いや、それより本気のエーランドについていけるのか、あのでかき人は!? 全然もらわないぞ!?」
「ったりめーだぁ! ウチのダイゴス舐めんなよ、アリウミ遊撃兵との訓練見てりゃ分かるだろぉ!」
加速した剣戟に呼応し、生徒たちの熱気も一際膨れ上がる。
閃光。
乱撃の最中で不意に視界へと入り込んで迫った真白のそれ――光条と見紛うばかりの鋭い突きを、エーランドは首を傾ける動きのみで躱す。
返す一刀で振るった横薙ぎを、ダイゴスがやや遅れ気味に棍で受けた。避けられたこと、そしてこの反撃が慮外だったことの証左。
『よ、避けましたよエーランド殿! ダイゴス選手が突き出した反撃を難なく回避! そして防がれはしましたが、逆に一打を!』
『もう速さをしっかりアゲ切ってる。ダイゴスがその速さについてくることも分かったし、さっきと違って出鼻を挫かれたワケじゃないからもらわない……ってコトかしらね』
『ええ』
エフィの驚き、ナスタディオ学院長の分析、レヴィンの肯定が連続する。
(そうさ。ここからは――)
ついてくるだけでは間に合わない。間に合わせない。
吹いて荒ぶ『風』の独壇場だ。
「ふっ――!」
引いて突き出す二連。追い風纏うそれが、防いだダイゴスの巨体をわずか後方へ突き放す。
(そうだ、そこにいろ――)
間合いの調整は完璧。大股二歩分、最も右の一刺が威力を発揮する距離。
(喰らえっ――)
そして左足を踏み込む。渾身の一手を放つため不可欠となる軸足を、力強く。
「っ!?」
瞬間、エーランドは前へ出しかけたその左脚を咄嗟に引っ込めた。踏み締める予定だった石畳の上を、紫電の残光がなぞってゆく。
「……ッ!」
間一髪。そのまま踏み込んでいれば足を刈られるところだった。
無理に脚を引っ込めたことで軸を崩したエーランドは、転倒を免れるべく千鳥足を踏んで持ち堪える。
一方でダイゴスも、足下への薙ぎ払いを空転しその勢いのまま横一回転。
しかし隙を晒すことなく、むしろ華麗とすら思える舞いじみた体捌きでこちらへ正対する。そしてその流れを保ったまま、一、二と雷棍をこちらへ伸ばしてくる。
「っ!」
一をのけ反りながら外すエーランドだが、二が耳元をかすめた。衝撃が痺れとなって頬を伝う。わずか焦げた臭いが鼻を突く。
不快な鈍痛を押してどうにか迎撃態勢を整えるエーランドに対し、ダイゴスはそれ以上の追撃に出ることなくその場で棍を構え直した。不敵な笑みを崩さぬまま。
(……、)
もう、はっきりした。
認めざるを得ない。
この男は――ダイゴス・アケローンは、自分よりも強い。
速さも然ることながら、特に技量が卓絶している。駆け引きにおいても、向こうが一枚上手だ。
とても学生とは思えない。まるで歴戦の古強者だ。
「……なぜ来ない? 余裕のつもりかい?」
強がり問うと、格上と認めざるを得ないその難敵が、『喜面僧正』ばりの表情を変えず口を開く。
「いいや、驕ってなぞおらん。微塵もの」
「……はっ、そうかい」
腹が立つ。
あまりにも、弱い自分に。
(ったく、嫌になるね……次から次へと……)
レヴィンの傍らに立つことを目指し、ようやく『サーヴァイス』内で五番目と評されるまで上り詰めた。
しかしそこからの壁があまりに高く、未だ乗り越えられる目処は立っていない。
そこへ来て、この短い期間に出会った顔ぶれが思い浮かぶ。
隣国の獅子王に見初められた新進気鋭の遊撃兵、リューゴ・アリウミ。
個の武力、それも術を介さぬ無手の身にて全ての頂点に立つ。
誰もが正気を疑うであろう宣告を皇帝の前でぶち上げたその男はしかし、『封魔』相手に完勝するという前人未到の快挙を成し遂げた。その言葉がただの妄言でないことを実力にて証明した。
アシェンカーナの一件で共闘するに至った、傭兵団ダスティ・ダスクの副長アキム。
団の評判は聞き及んでいたが、名も知らなかった副長があれほどの手練とは。
エーランドがヨーダンの補佐を受けてなお大苦戦を強いられたオーグストルス、あの怪物を容易く葬るほどの実力。『サーヴァイス』の一、二位にも迫る使い手だろう。
となれば、そんな彼が心酔してやまない団長、ガーラルド・ヴァルツマンとはいかほどの猛者なのか。
そして今、まさに対峙しているダイゴス・アケローン。
悠然と構えるその様は山がごとし。こちらがいかに攻めようと、不敵な笑みを浮かべたまま的確に捌き切る。山を突き崩すことなど不可能だといわんばかりに揺らがない。
(……全く……)
こんな短期間で、自分を上回る者が続々と現れる始末。
見渡せばそれだけではないだろう。ダイゴスがこの強さなのだ。レインディールの『銀黎部隊』にも、レフェの『十三武家』にも、まだまだ自分の想像を超えるような猛者たちがひしめいていることは確か。
そうした他国の精鋭は元より、きっとアキムのような在野の強者も。
(冗談じゃない。どれだけ遠いというんだ。本っ当に、嫌になる……)
ようやく見えつつあったはずの頂がすっかり霞んでしまった。
それでも、それでもだ。
もう、誰かの背中を眺め続けるのはたくさんだ。
並み居る強者たち全てを追い越し、そして――
あの輝かしい後ろ姿へ、届くために。
いや。
対等な存在として、隣へ立つために。
今は、『お前ごときが』と一蹴される浅はかな夢かもしれない。
だが。
大きく息をひとつ、エーランドは風槍を掲げて上段へと構えた。
『こ、ここでエーランドどっ……、選手、構えが変わったぁ! 槍を高々と持ち上げ、穂先をやや下向けるう!』
『エーランド……』
こちらの名を呼ぶレヴィンの呟きには、心配げな響きが交ざる。
主に憂えせてしまう己の不甲斐なさを歯痒く思いながらも、少年は一層の集中を高めた。
これは、より攻撃に特化した上段の構え。
今までのやり方で突き崩せない以上、もっと攻めに特化するしかない。その分だけ防御が手薄になるが、そこは仕方ないと割り切る。
(一発や二発、くれてやるさ……)
無傷で勝とうなどとは思っていない。それができる相手でもない。
その代わり、
(追い抜かせてもらうぞ、矛の末弟――!)
自分より強い奴を一人、今ここで確実に乗り越える。




