683. 西の風、東の雷
「頼んだわよー、エラン……!」
間に合った。来てくれた。試合開始時刻から到着まで三十分はかかると聞いていたが、まさにその通りに。そして、対戦相手も狙い通り。
思わず拳を握り締めるシスティアナを横目にしつつ、顔から身体から包帯だらけのリウチが溜息を吐き出した。
「やれやれ。まさかエーランドの奴まで呼んでいたとはね」
言われて、システィアナは満身創痍の伊達男を仰ぎ見る。
「ふっふ。それはそうよ。やるなら徹底的に、ってわけ。それにここで負けるようなら、せっかく初戦を勝ってくれたあなたの努力も、次戦を引き分けまで持ち越してくれたシロの意地ももったいなくなっちゃうじゃない」
「……そうかい」
さらに何か減らず口でも返ってくるかと思ったが、ひねくれ者の問題児は意外そうに呟いて唇を尖らせるのみだった。屁理屈が返ってこないと、それはそれで拍子抜けな気もする。
「そっ、それにしても……! 猊下のご許可が、下りましたね……!」
そこかしこに包帯を巻いたシロミエールが胸の前で両腕を掲げて興奮気味に声を上ずらせる。
システィアナは、悪どい組織の統領にでもなった気分で笑みを浮かべてやった。
「ふっふ。もちろん、普段なら絶対に承諾なんてしてくださらないでしょうけど……」
「これだけ盛り上がった観衆を前にして、水を差すような真似はなさらない……ということだわね」
「そういうこと!」
マリッセラの的を射た推測に自信をもって肯定を返す。
有無を言わさず、承諾せざるを得ない状況を作ったのだ。
(まあ、あとでみっちりと叱られるかもしれないけどね……)
それはもう、必要経費として割り切るしかない。
「……でも」
ひょこ、と傍らの小さな頭がこちらへ上向く。
「お父さまが、許可をだした……っていうことは、エランなら勝てる、って思ったってこと……」
「そうよ!」
力強く同意したシスティアナは、そのリムの背中をポンと軽く押してやった。
「ほら。顔を見るのも久しぶりなんじゃない? 声をかけてあげなさいよ」
一瞬だけ躊躇するような顔を見せたリムだが、意を決したように声を張った。
「……エラン! がんばって!」
控えめな彼女の激励は周囲の歓声に飲まれてしまいそうな声量だったが、しかし確実に届いたらしい。
振り返りこそしないものの片腕を持ち上げたエーランドが、ぐっと握り拳を作ってみせた。観衆の誰に向けてでもない。間違いなく、たった一人の幼なじみのために。
「……っ」
リムは顔を赤らめ、何かを堪えるように口元を引き締める。
「ふっふ! これで百人力でしょうよ! さぁエラン、任せたわよ~……!」
学級長から不意に齎された頼み。ちょうど業務もそれほど忙しくはない頃合いだった。とはいえ、すぐに来られるほど暇でもなかったが。どうにか三戦目に間に合った。
(……ったく、安請け合いしたつもりだったけど……)
試合場全体に渦巻く、とてつもない熱気。それはいい。エーランドも今さら、そんな雰囲気で浮かされるほど未熟なつもりはない。
(……絶対に負けられない一戦になっちゃったね)
『サーヴァイス』に抜擢されて以降、顔を合わせる機会も減ってしまった。
引っ込み思案で、偉大な親の顔色を窺って。そんな幼なじみの小さくも確かな声援が、この耳に届いた。
(それに……猊下は、僕ならやれると……僕になら任せられると思ってくださった訳だ……)
認めざるを得ない空気だったといえど。その期待を裏切ることはできない。
そう認識するうち、対戦相手が悠々と試合場へ降り立った。
泰然自若、糸目が特徴的な大男。巨漢だが、粗暴さや鈍重そうな気配はない。かすかに浮かぶ薄笑みは自信の表れか。
(ふてぶてしいね。この男が……)
無論、『十三武家』のことは知っている。その中でも矛の家系、レフェ最強と名高いドゥエン・アケローンの弟だと聞く。そして昨年催された東の武祭にて、最後まで生き残り『あの流護』と競った戦士。
加えて先日の、海辺にて怨魔が出現した一件。
事後処理に奔走していたエーランドは顔を合わせる機会を逸したが、この男も現場にやってきていたと聞いた。
そして――波打ち際でアバンナーと交戦し、見事討ち取ったとも。
「エーランド・レ・シェストルムだ。よろしく」
「ダイゴス・アケローンじゃ。よろしくの」
外見から想像した通りの低い声が返ってくる。
(さて……お手並みの方は、果たして前評判通りなのかな)
「両者、位置についてっ」
相手に取って不足なし。他国の精鋭と力比べできる機会など、そうあるものではない。
何より、『サーヴァイス』の看板を背負って『十三武家』と競うことを許されたのだ。
最高大臣が、レヴィンが、流護が、級友たちが……そしてリムが見ているこの一戦にて。
証明する。
己が、『白夜の騎士』に侍るに足る存在だと。
「始めえええぇーいッ――!」
よくそんな大声が出せるものだ、といつ聞いても感心せざるを得ないドーワ判定員の合図。
呼応して肥大する歓声の中、エーランドはその場にて一呼吸で詠唱を開始。そしてすぐさま、
「行くぞ、弊絶風貫――!」
己が相棒たる風の長槍を右手に顕現する。
「!」
見れば、相手も同じく眩いばかりの長柄をその手に携えるところだった。くるりと巧みに回したそれを、右肘の内側へ絡めて挟み込むような独特の構え。
(雷の……あれは、棍か)
『おおっ、早いっ! お互い、開始からものの数秒で互いに神詠術の武器を創出! ドーワ判定員、鋭い視線で両者を見比べましたが警告はせず! 正当な詠唱によるものと判断されています! 反則ではありません!』
それはそうだろう、おかしなことを言うものだ。
と思うエーランドだったが、そういえば一戦目でリウチが出場したという話だった。あの男のことだ、何かやらかしたのかもしれない。
(――さて)
相手は来ない。その場でどっしりと構えつつ、不敵にも思える薄笑みを浮かべている。
(迎え撃とう、って肚かい? なら、その薄ら笑いがいつまで続くか――試してやるさ!)
わっ、と歓声が爆発する。
『エ、エーランド選手速い――! 対角のダイゴス選手の下へ一挙疾走! 果敢に接近戦を仕掛けに行ったあぁ――!』
エフィが状況を伝える間にも、簡素的な攻撃術の応用による疾駆でエーランドは敵の目前に到達していた。
「はっ!」
突進の勢いのままの一刺。
並の者であれば知覚すら許さぬ速度のそれを、ダイゴスは棍の腹で打ち上げる。打ち上げざま、円を描いた後に突き出された紫電の先端がエーランドの鼻先へと迫る。
「――、」
屈み込んで躱すと、焦げた臭いが鼻を突く。毛髪をかすめたか。
「ッ!」
そして白光が閃く。下方から、跳ね上げるような雷の先端が弧を描く。
数瞬前に一撃をいなしたばかり。にもかかわらず、ほぼ同時と評せる速さの二撃目――
「っく!」
どうにかのけ反って回避すると、今度は上方から打ち下ろす三撃目。ここで気付いたが、ダイゴスは雷棍の中央部を握っている。
(っ、そうか、この速さは――)
これを風貫の腹で受け止めたエーランドは、跳ねのけ振り払うように横一閃。刹那に生まれた爆風が、続くはずだったであろう相手の四撃目を阻止。この隙に飛びずさり距離を取る。
『いやすっごぉ!? め、目にも留まらぬ攻防――! 交錯する極上の風と雷! まずは互角、といったところでしょうか!?』
興奮しきりなエフィの通信と観客席の喝采をよそに、エーランドは考察を深めた。
(なるほど、確かに棍だ。中心部を握って振るえば、先端と石突で間断なく攻撃できる)
それが今しがたの速い連撃の正体。
かと思いきや、今度はいつしか端とその周辺を握って長柄のように構えている。遠近の切り替えもお手のものということだ。流れるように変化する間合い。厄介だ。
「――」
風槍を前へ伸ばして掲げ、じり、とすり足で間を詰める。
ほどなくして、それぞれの構えた獲物の先端が交錯し十字を描く。
その瞬間を機に、エーランドは動いた。風貫を横へ振って相手の雷棍を弾き、わずか引いた後に突き出す。
半身でこれを回避したダイゴスが、そのまま巨体を横一回転させつつ棍を横一閃。エーランドは槍を縦に構えてこれを受ける。
(――、)
巨漢とは思えない軽妙さ。
だが、
(『速さ』で――おれに勝てると思うな……!)
大体分かった。
段階を上げ、一気に決める。もう残影すら掴ませない。
足底に追い風を渦巻かせ、一旦風貫を消失させる。
「!」
糸目をわずか見開いたダイゴスに対し、右拳を振るうかのように突き出す。と同時に、
「風貫――」
顕現。
そして軸足となる左足を踏み込む。
「――っ、」
揺れた。
確かな感触が足裏に返ってこない。
そして唐突に、目の前にあるもの全てが――視界がぶれ、試合場の石畳が左右に大きく傾ぐ。直後、がくんとその地面が迫る。
「、?」
そして次にエーランドの目に映ったのは、がっくりと石床についた己の両膝だった。
「エーランド、打倒――――ッ!」
横合いから唸り飛ぶドーワ判定員の怒号。
次いで耳が潰れそうな大歓声、エフィの広域通信が反響した。
『エ、エエ、エーランド選手、た、倒れたぁ――――っ!』




