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終天の異世界と拳撃の騎士  作者: ふるろうた
16. アークティック・ナイツ

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682. 例外なし

「……ということで、勝てなかった。……ごめん」


 ちょっとだけ眉を八の字にしたレノーレがしずしず戻ってくると、級友たちは拍手で彼女を迎えた。


「いいえ、とんでもないわ。お疲れさま。シロミエールさんのあの能力に対して引き分けまで持ち越せたのは、レノーレの手腕あってのことよ」

「ええ。惜しかったですね。試合時間があと十数秒あれば、確実に勝っていましたのに」


 ガーティルード姉妹はそれぞれ性格の出たコメント。


「うーん! すごい試合だったよー! レノーレお疲れさま! ケガは!? 大丈夫!?」

「……問題ない」


 飛んできたミアに短く応じる風雪の少女だが、実際のところかすり傷ばかりのようだ。二度眠らされた以外には強烈な一撃をもらうこともなく、終わってみれば試合展開としてはシロミエールに時間まで食い下がられたような印象といえる。

 先のクレアリアの言ではないが、実質レノーレの勝利と見ている人間も少なくないはずだ。


「上手く凌がれたな」


 流護もそうした分析のうえで感想を伝えると、レノーレは静かにふるふると首を横へ振った。


「……彼女は強かった。……私も、まだまだ未熟」


 実際に対峙し、試合の形式も結果も全て含めたうえで、率直に相手の実力を認めたということか。


「てかさ流護、流護っ」

「あん?」

「レノーレさんって、どうやって時間を把握してたの?」


 横合いからの彩花の囁きだったが、聞こえていたらしく当人が応じた。


「……これ。……例えばこの大きさと冷たさで作れば、大体十分で溶ける」


 喋りながら精製したのか、風雪の少女が差し出した手のひらの上に小さな氷の欠片がちょこんと載っている。


「おお。即席のタイマーってことか」

「わ、そんなこともできるんだ。すご……」


 さすがは宮廷詠術士(メイジ)経験者、直接的な戦闘の術だけでなくこうした応用もお手のものということだろう。まあ、何らかの術を使って数えていたのだろうと思ってはいたが。

 そもそもこの不思議メガネクール少女、正確な体内時計を持っていたり自分で時間を数えていたりしても驚かない。そんなキャラである。


「……それより」


 やや申し訳なさそうにも見えるそんな不思議少女レノーレが、改めて一同を見渡す。


「……これで一敗と引き分けになってしまった。……まだこちらは勝ちを上げられていない」


 そう聞いて、彩花がはっとしたように目を丸くする。


「てかさ! 思ったんだけど……この対抗戦って、全員闘い終わった時の総合結果が引き分けだった場合はどうなるの?」

「別にどうもならんだろ。引き分けなら、それはそれでいいんじゃね?」


 是が否にも白黒つけなければならない果し合いではない。むしろイーブンに終わるほうが、双方にとっても一番無難ではないかとすら流護は思う。

 とそこで、ちょうどというべきか。


『二戦目、結果は引き分けとなりましたが……そういえば、ふと思ったのですけれど。仮に五回戦まで終わった時点で勝敗がつかなかった場合、どういった裁定になるのでしょうか?』


 広域通信に乗せて、実況席のエフィが疑問を呈する。

 応じたのは、笑顔を絶やさぬ最高大臣だった。


『ホッホ。これは飽くまで交流を目的とした催し。無理に勝ち負けを決める必要もござりますまい』


 やはり、運営サイドでも特に決めてはいなかったらしい。


『でも、それじゃつまらないような気もしますわね~。ねぇ? アンドリアン学長~』


 と、何事にも刺激と派手さを求めがちなナスタディオ学院長が、すぐ隣の好々爺に伺いを立てる。


『むー、そうですのう。せっかくここまでのお膳立てをした訳ですしな、明確に決着がつく様を見てみたくはありますが』


 パチン、と学院長が指を鳴らす音が広域通信に乗った。


『なら、こういうのはどうかしら? もし決着がつかなかったら、両陣営からそれぞれもう一人を選出して特別試合をするってのは! 例えばホラいっそのコト、アタシと学長で一戦交えてみるトカ? ンフフフフ』

『ふぉっふぉっふぉ。それもまた乙ですのう。そうとあらば負けられませんぞ〜』


 ノリのいい大人たちである。


『いかがでしょう御大? 余興だからこそ手を抜かず盛り上げるというものよ。アタシたちが出るかどうかはともかく、両学院……ひいては両国を代表する戦士を選出しての決着戦、なんてのもステキじゃないかしら?』


 意味深に、紅差した唇を吊り上げながら。どこまで本気なのか、学院長がローヴィレタリア卿へそう提案する。

 すぐさま観客席からは、驚きの声が連続した。


「国同士の代表を出して……?」

「レインディールとバルクフォルトを……代表する戦士……」

「……そ、それって、つまりさ……」


 にわかなざわめきと同時、流護は自らが周囲の注目を集めていることを自覚した。

 そしてそれら視線は、流護だけに注がれているのではない。見比べるように大きく二分されている。自分以外の、もう一人と。

 即ち――下方の解説席に座す、容姿端麗な西国の最強騎士へと。


「……アリウミ遊撃兵と、レヴィンが……!?」

「おいおい、そいつぁ……!」

「だ、大丈夫か? 今度こそ、期待していいのか……!?」


 そんな連想は熱気となり、生徒たちの間で勝手に濃度を増していく――刹那。

 オホン、と重い咳払いが広域通信に乗った。熱を帯びかけた空気に冷水を浴びせるような。


『ホッホ。興味深きご提案ではありますが……それは、実際にこの対抗戦が引き分けに終わった場合に一考いたしましょうぞ、ホッホ』


 笑顔を絶やさぬローヴィレタリア卿の意見はもっともだろう。まずそもそもとして、この対抗戦の結果がイーブンになるとは限らない。


(てかその場の勢いで、俺とレヴィンのカード勝手に組まれてもな……)


 この場から窺うレヴィンの顔も苦笑気味の困惑顔だ。隠しもせず溜息を吐く流護に対し、彩花がテンション高めで語りかけてくる。


「どど、どうするの!? もしそうなったら! でもあんた、前に負けちゃってるじゃん!」

「はあ? いや負けてねーよ。滑ってコケただけだろ」


 あれが本当の果し合いならば、あんな隙を晒した時点で結果は見えていた。そこを否定するつもりはない。しかし、今はあえてそう言い捨てる。彩花の向こう側で、眉を吊り上げて瞳をパチクリさせているミアの顔が視界に入ったからだ。


「そうだよ! リューゴくんは、負けてないよ!」

「あ、うん……まあ……ミアちゃんが、そう言うなら……」

「お前の手のひらドリルすごない?」


 つくづく、ミアに対しては全肯定マシーンの困った幼なじみである。


「あんな余興じゃなくて実戦だったら、お前の動きも最初から違ってたろーよ」


 そんな言葉とともに観覧席の通路をやってきたのは、身体のあちこちに包帯を巻いたエドヴィンだった。話を聞いていたらしい。


「お、戻ってきたのか。もう大丈夫なんか?」

「ケッ。この程度、屁でもねー」


 顔を歪めてのぶっきらぼうな応答。つまり、結構やられたということだ。


「それより聞いたぜ。二戦目は引き分けだったみてーだな。レノーレ相手に粘り切るたぁ、やりやがるじゃねーか。あのデカ女」

「何を偉そうに。シロミエール殿は、両学院生の中でも最上位の使い手ですよ」


 クレアリアがジト目を送る。

 向こう側のリズインティ席にも、ちょうどリウチが戻ってきたようでシスティアナたちが迎え入れている様子が見て取れた。ちなみに、それぞれのサイドに医務室が準備されている。


『さて、何やらとてつもない試合が組まれる兆候も見えて参りましたが……! 現在の戦績はリズインティ学院が一勝、そして引き分け! ミディール学院はまだ勝ちを上げられておりません! さぁ、このままリズインティが逃げ切るのか、はたまたミディールが追い上げるのか!? それとも決着つかず、特別試合が組まれるのか!? ではこれより折り返しの三回戦! 今から三分以内に選手を決め、試合場へ――』



『ないですよ、引き分けなんて。だから、そんな特別試合が組まれることもない』



 遮る形で広域通信に乗ったのは、やや高い少年の声だった。

 そして直後、風。


「うわっ!?」

「な、突風!?」


 観客席の上空を迸った一陣の気流に、生徒たちが思わず身を丸める。

 その疾風に乗るように宙を舞う、ひとつの影。

 観覧席の最上段から大ジャンプしたであろう人影は放物線を描く形で虚空を飛び、そしてリズインティ側寄りの試合場へと降り立った。周囲を取り巻く微風は、それが風属性による芸当であることを示している。


 くりんと巻いた癖毛の短い金髪が特徴的な、まだ年若い少年だ。

 やや童顔の、人懐っこそうな、それでいて自信に満ち溢れた余裕ある面立ち。服装は動きやすそうな茶色の軽装で、スラリとした細身。身長は百八十センチそこそこといったところだろう。


「……!? だ、誰だ……?」

「いや誰だよあれ!? いきなり出てきたけど誰!?」


 ミディール学院席の各所から困惑が巻き起こる。

 それはそうだ。そこにいるのは、これまでの合同学習で一度も姿を見せたことのない人物だった。だから、ミディール学院生たちが知らないのも当然。


 だが。

 流護は、知っている。

 ベルグレッテも、クレアリアも、レノーレも、そして彩花も。

 驚いたのは、解説席の面々も同じだったらしい。レヴィンが目を丸くしてその名を呼ぶ。


『エ、エーランド! どうしてここに……!』


 バルクフォルト帝国は精鋭騎士団『サーヴァイス』所属、エーランド・レ・シェストルム。

 そんな彼は主たるレヴィンやその隣のローヴィレタリア卿に対し、深く腰を折って一礼する。


『いや、えぇ!? エーランド殿っ……!?』


 当然、バルクフォルトの宮廷詠術士(メイジ)であるエフィも瞠目した。


『な、なんとっ……リズインティ学院に在籍する三年生でありながら、弱冠十六にして我が国の誉れ高き精鋭騎士団「サーヴァイス」に抜擢された、勇猛なる若き羚羊れいよう! 二つ名は『風嵐絶駆ラルファーガ』ことエーランド・レ・シェストルム! 次代の新鋭として将来を嘱望されるその人が、突如として試合場へ降り立ちましたぁっ!?』


 驚愕しつつもしっかり実況風に仕立てる語り口は見事である。ともあれ、彼女のその驚きは瞬く間に観覧席へ伝播した。


「え!? 生徒で『サーヴァイス』って……話には聞いてたけど、あいつが!?」

「今まで一回も見たことなかったけど……若いな、俺たちと何も変わらないように見えるぞ」

『えーと、いらっしゃるという話は聞き及んでおりませんでしたが……!?』


 困惑しきりなエフィとは対照的、その隣にどっしりと座したローヴィレタリア卿が変わらぬ笑顔をたたえたまま口を開いた。への字に閉じられたまぶたの合間から、わずかに黄土色の鈍光を覗かせながら。


『ホッホ。エーランドよ、なぜ此処におる?』


 不変たる満面の笑顔。しかし、妙な圧力を内包した。間近でそれを感じ取ったか、傍らのエフィがビクリと首を竦めている。

 問われたエーランドはといえば、背筋せすじを伸ばすと同時に腰を折り、最敬礼の姿勢をもって広域通信を展開した。


『はっ、恐れながら猊下。過去に前例なき、国境を跨いだ神詠術オラクル学院同士の交流、そして対抗戦……。僭越ながら私もリズインティ学院生の一人として、無関心ではおれぬと思い参じた次第です』

「あ、つまり参加したくてうずうずしちゃったってこと……?」


 畏まった物言いを彩花が簡単に要約するが、流護は「いや」と否定の言葉を口にした。


「エーランドって、そういう性格じゃないと思うんだよな……」


 彼が目指すは、レヴィンの隣に並び立つ騎士。

 学院生同士の対抗意識に触発されて、そこに交ざりたがる――とは考えづらい。実力的にも、そんな域を大きく超越している。

 であれば、彼がこの場に現れた理由は――


「そういうこと、ね……」


 ベルグレッテが緩やかにかぶりを振るのだ。

 対極に位置するリズインティ学院の観覧席、そこで拳を握り締めるシスティアナの表情を目にして。計画通り、と言いたげな挑戦的な笑顔を前にして。


「……成程。シス殿が前もって根回しをしていたという訳ですね」


 クレアリアが姉に続いて呻く。

 この対抗戦を勝つために。学院生でありながら、しかしその域を反則級に上回る彼を投入し、確実な一勝を得るために。


『ホッホ。本日の業務への支障は?』

『はっ、ございません。このために備え、前もって整えて参りましたので』


 試合場と観覧席では、『上司と部下』のやりとりが続いている。


「ちょぉい待て待て待て! も、もしかして、『サーヴァイス』が参加するってのか!?」

「そんなのアリ!?」

「い、いやでも学院生なんだろう? なら、強すぎるから除外、ってのもおかしな話になるっていうか……」

「けどあいつが『サーヴァイス』だってんなら、学院生じゃ勝負にもならないぞ……。ベルですら勝てるはずないだろうし……」


 成り行きから察した学院生たちの間で、反発や議論が巻き起こる。


『エーランド、本気かい? そのような話、僕は何も聞いていなかったけれど……』


 主たるレヴィンも、毒気を抜かれたように問いかける。


『はっ、申し訳ございませんレヴィン様。ええと、そうですね……ぼ……おれ……私も、特殊な立場ながら学院生は学院生ですし、今回の合同学習に顔を出す機会もありませんでしたので、最後にこの対抗戦ぐらいには参加してみたく……なんて、思いまして……ええ……』

「コメント急に浅くなったけど大丈夫か」


 つい苦笑する流護である。問われた際の一応の回答は用意していたものの、あまり深掘りされると困るのだろう。


『……ふむ』


 笑顔のまま、自学院の観覧席――おそらくはシスティアナ――とエーランドとを見比べたローヴィレタリア卿が溜息をひとつ。


『規則から逸脱せぬ範囲で、強力な駒を忍ばせていた……。抜け目なく備えていた、と評することもできますがな。余興といえど、勝ちに徹し手を打つ周到さ……』


 張りつけた笑顔のままの『喜面僧正』が、横並びに座るナスタディオ学院長を窺う気配を見せる。


『さて、如何いたしますかな』


 ンフフ、と金髪美女は髪をかき上げて応じる。


『もちろん、「アリ」かと。エーランドくんだってれっきとした一人の生徒。何も規定には抵触しておりませんし? 例外扱いするのもおかしいんじゃないかしら~?』


 その裁定を受け、またもミディール学院側の観客席がざわつく。


「えぇーっ学院長!? どっちの味方なんだよお……!」

「だ、だめだって! ウチの二敗目が確定になっちまう!」


 ミディール学院生の悲嘆渦巻く中、学級長クラスリーダーたるベルグレッテに自ずと皆の注目が集まる。


「おいおいやばいぞっ、ちょっとベル、どうする……、……いや」

「……こ、これ……! そうだよ、こうなったらさ、こっちも……?」


 そこで、周囲の生徒たちの目線は少女騎士から他の人物へと移行した。近くに座っている、否が応にも視界に入るであろうその一人の大男に。

 ふう、とベルグレッテは息をひとつ。


「……そうね。シスの本気のほどはよく分かったわ。こうなったら、こっちも手段は選んでいられない。『全力で』迎え撃つ以外になさそうね」


 改めて、といった様子で。

 彼女は、その男へと向き直った。


「ごめんなさい。お願いできるかしら? ――ダイゴス」

「うむ。よかろう」


 二つ返事で、山が動いた。

 それまでどっしりと構え、泰然と試合を見守っていた巨漢が、おもむろに腰を浮かす。


「うおおおぉぉ!? そっ……、そうだよ、あっちが『サーヴァイス』なら、こっちにはこの男がいるんだっての!」

「あっちがそう来たならもう容赦しねぇ! 行ったれダイゴス!」


 困惑の度合いは、そのまま期待の熱量に転じ爆発する。


『お、おおっと!? エーランド殿……、選手の参戦が確定し、絶望的な状況に追いやられたミディール学院! ここで誰が出陣するのかと思いましたが、何ら躊躇なく立ち上がる男が一人! 彼は一体!?』


 前のめりなエフィの横で、学院長が含み笑う。この展開を心から楽しむように。予見していたように。


『彼はダイゴス・アケローン。レフェ巫術神国が擁する「十三武家」、矛の一族。ドゥエン・アケローンの実弟、といえば分かりやすいかしら?』


 目を剥いたのは、主に来賓席や解説席に集う大人たちだった。誰だかも分からないヒゲの紳士らやエルメラリア、そしてエフィとレヴィン、ローヴィレタリア卿も。いずれもバルクフォルトの要人たちである。


『じっ……!? 「十三武家」!? ドゥエン……、氏、の弟ってえぇ!?』

『ちなみにダイゴスは直近の天轟闘宴で最後まで残って、リューゴ君と渡り合った覇者候補でもあるわよ~』

『えぇっ!? あの天轟闘宴で……!?』


 エフィは驚きのあまりえび反っており、その脇で何やらアンドリアン学長が軽く肩を竦めてみせる。ローヴィレタリア卿に対して。


『ええの? トネドや』

『……よう言うわ』


 エフィが展開したままの広域通信に、そんな老人たちの小声の会話が紛れ込んだ。


『ゆ、悠然と迷いなく歩いて試合場へ向かっていくダイゴス選手! しっ……しかしこれは……、「サーヴァイス」の騎士と「十三武家」の戦士が相対する……っ、とても学院生の交流試合、と呼べるものではなくなってしまいますが……!?』


 言葉を連ねながら、エフィも傍らの『喜面僧正』の顔色を窺った。

 先のアンドリアン学長の反応然り、「大丈夫なのか」と。

 こんな試合カードを組んでしまっていいのか、と。


 エフィが述べたように、これはもはや学院生による模擬戦などではない。双方の国家に所属する、精鋭部隊に身を置く者同士の一戦。

 簡単に実現するものでもなければ、おいそれと許可していいものでもないはず。

 今この場において、誰も彼もがバルクフォルト最高大臣たるローヴィレタリア卿の顔色を窺うのは至極当然。そして影の帝王とも評されるその重鎮は、異名に違わぬ笑顔をたたえたまま言葉を発するのだ。


『ホッホ、良い機会じゃ。――エーランドよ、存分に奮いなさい』


 もう幾度目となるか、観客席に熱狂が渦巻いた。


『みっ……、認められましたぁっ! なな、なんと三試合目は、エーランド・レ・シェストルム対ダイゴス・アケローン! 「サーヴァイス」の新鋭対「十三武家」は矛の末弟! こ、ここへ来てとんでもない一戦が実現してしまったああぁ――っ!』

「う、うそだろ!? やっていいのか!? どど、どうなるんだよこれ!?」

「わっかんねーよ! わっかんねーよ!」


 降って湧いた想定外の事態。学生たちも思わず語彙力が消失している。


「ウワー! よく分からないけど、相手はすごい人なの!」

「あー、そういやミアは面識ないもんな」


 王城を訪れて以降の成り行きでエーランドと親睦を深めた流護やベルグレッテたちだが、基本的に学院生は今ここに至るまで接点が一切ないのだ。


「『サーヴァイス』の中でも上から五番目って聞いたぞ。よくは分からんけど、バルクフォルト国内でも十本の指に入るぐらいには強いんじゃねーかな」


 流護が説明すると、ウワーとリピートするハムスターの絶叫に眉を歪めながら『狂犬』が毒づく。


「ケッ、あんなナヨっとした若造がか? とてもそーは見えねーがよー」

「……エーランドさんは相当な使い手」

「恐らく、エドヴィンの想像する五十倍は手練ですよ」


 レノーレとクレアリアに連続して突っ込まれ、悪童は尚のこと苦々しい顔となる。


「この試合……姉様はどう見ます?」


 妹に呼びかけられたベルグレッテは、神妙な顔で細指を顎先へ添えた。


「……分からない。ただ……向こうがエーランドさんを呼んだのなら、こちらはダイゴスに頼る以外ありえない……」


 もはや、それしか選択肢がなかったのだ。

 バルクフォルトとレフェ、それぞれ両国の精鋭部隊に名を連ねる両雄。彼らが交錯した結果どうなるのかは、少女騎士ですら予測のつかない領域。あとはもう、見守るのみ。


「どっ、どうなるの? どうなるの流護っ」


 あわあわする彩花に袖を引っ張られて、流護は盛大に溜息をつく。


「そうだなあ。お前も一応、ダイゴスが闘うとこは何回か見てるだろうけど……あれだよな。例の件でディノが来る直前、結構ピンチだったんだよな」

「う、うん……」


 ガードンゼッファ兄弟と名乗った刺客に追い詰められ、間一髪の窮状だったと聞いている。


「俺はその敵を見てないからあれだけど……そんでも仮に、その闘いが単純な潰し合い……『誰も守らなくていい』、とにかく相手を倒せばいいって戦闘だったなら、ダイゴスが勝ってたと思うぞ」


 現実にはなり得なかったもしもの予想を口にすると、その時守られる対象だった少女は絶句した。


 実は、ダイゴス当人にもこの感想は伝えている。

 いつもの不敵な笑みとともに「買い被りじゃ」と返されてしまったのだが、流護としてはこの見立てに変わりはない。


 ダイゴス・アケローンは殺し屋である。

 いかなる手段をもってしても標的を殲滅する闇の住人。言い換えるならば、勝つためにあらゆるを惜しまない。

 天轟闘宴においてもそうだった。格上の相手だったエンロカクを狙い通りに撃破しており、流護も念入りに対策されていた。事実、型にはめられ大苦戦を強いられた。おそらく、ディノと会敵した場合の計画も用意していたに違いない。

 朴訥でどっしり構えた風貌のダイゴスだが、その実態は綿密な策を練ったうえに技量で相手を翻弄する戦巧者なのだ。


「んでエーランドは、割と主人公気質のキャラなんだよな。ここぞってとこでチャンスを逃さないっていうか、実力以上の能力を発揮するタイプっていうか。ようは『持ってる』んだよ。ああ見えてアツい野郎だしさ。俺はあいつ、かなり好き」

「好きっ!?」

「あーはい、悪かったわ言葉選び間違ったわ……」


 幼なじみの淑女にいらぬ燃料を投下してしまった。


 カテゴリーB最強の怨魔であるオーグストルスに押されるも、最終的にはヨーダンの補佐もあって紙一重の差で討ち取った。本番強さと度胸が備わっていなければ不可能なアップセットだったろう。


「じっ、じゃあ結局、どっちが勝つの!?」

「さあ?」

「はー!? アテにならな!」


 ……実を言えばある程度の展開や勝敗は予測がついているが、それをここで口にしてしまっては興覚めというものだろう。


「まあ、格闘家の勝敗予想だからって当たる訳でもねーから。ただ、そうだな。少なくとも……」

「少なくとも、なに?」


 彩花の疑問から一拍置いて、少年は常日頃から感じているその事実だけを告げた。


「少なくとも俺は、ダイゴスと訓練してて不足に思ったことはないんだよな」

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― 新着の感想 ―
絃巻きがあるから流石にダイゴスのが強そうだなあ… いやあ次が楽しみ!!
本当に面白いバトル物って主人公以外のバトルでも、どっちが勝つんだ…!?みたいなワクワクがあるよなぁ。某最大トーナメントみたいに。更新めちゃくちゃ楽しみにしています!
シスvsベルちゃんは本人の宣言通りなら確定として、残りのマッチアップはほぼあそこ…と思ってたとこに国家戦力クラスのとんでもない立ち会いが発生してる… あと貴腐人さん、ステイステイ
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