681. 臆さず、前へ
「八ッ!」
ドーワ判定員の怒号が木霊する。
「…………!」
知らず、シロミエールは黒マントの内側で拳を握り締めた。
(わ、たし……は……)
いつまで経っても、自信など持てなかった。
あんなにもすごい人を目指していると、とても。
けれど今。
あの人が見出し、傍らにあることを認めたという従者の少女を超えて。
「九ゥッ!」
(メルティナさま……! わ、私は……! す、少しはあなたに、近づけたでしょうか……!?)
決着。
十の宣言とともに、爆発する。
観客も、そしてシロミエール自身も、その瞬間に備えて――
直後、何事もなかったように。
すっく、とレノーレが立ち上がった。
『うわぁ!? レ、レノーレ選手! いきなり、おもむろにっ、当たり前のように立ち上がったああぁ! ま、まだです! 十秒は経っていない! 秒読み終了直前ーっ!』
うおお、と観覧席からは困惑の連鎖が巻き起こる。
「ウワー! や、やったぁ! レノーレ起きたよ!」
「歓声がうるさかったからかな!?」
レインディール側の観覧席からはミアと彩花の声も聞こえてくる。
だが、シロミエールとしてはそれどころではなかった。
(う、そ……!? 目覚め……る、はずが……!)
睡眠術は接近しないと効果を発揮しない、そう誤った推測を植えつける戦略。そして煙幕を隠れ蓑にしての、遠間からの一撃。試合運びは完璧だった。
だからこそ、レノーレは眠りに落ちていた。なのに――
「!」
そこでシロミエールは気付く。立ち上がったレノーレの口の端から、一筋の赤い線が伝っていることに。
「……痛い。……でも、おかげで助かった」
『無茶』をしたはずの彼女は、いつも通りの無表情で抑揚もなく言う。
眠りの術にかかる直前、自ら口腔を噛んでいたのだ。『痛み』は、睡眠の術にとって代表的な阻害要因。
そう、見せかけたにすぎない。
睡眠の術は近間でないと効果を発揮できない、と。
レノーレは誘導されたその推測に安易に身を委ねず、『そうではない』可能性に思い至った。手を打っていたのだ。
(……っ!)
これがメルティナ・スノウの従者。
卑怯も何もない。守れなければ意味がない。
移民たちからどんな誹りを受けようとも、確固たるその信念の下で立つあの人。そんな存在を支える者。
即ち、『自分が夢見るその地位にいる少女』。
こちらが思いつくこと程度を想定していないはずがない。
「再開ッ!」
「……では」
ドーワ判定員の怒号を聞き届けて、丁寧にも前置きを口にしたレノーレが地を蹴る。
「……ぁ、っ!」
刹那、シロミエールは己の迂闊さを呪った。
さすがに勝ったつもりでいた。そのうえレノーレがいきなり立ち上がったことに驚くあまり、集中が途切れた。
つまり、何の術も用意できていない。
(で、でも……!)
それは相手も同じ。たった今しがたまで意識が落ちていたのだ。
焦りを押し殺して身構え、接近戦に備える。
風のように踏み込んできたレノーレが、勢いそのままに拳打を連続で繰り出した。身長差で大きく勝るシロミエールは、どうにかこれを捌きつつ後退していく。
『レ、レノーレ選手、怒涛の連撃――! シロミエール選手、押されつつも応戦しますが……! と、いうかレノーレ選手、今さらですが凄いですね! シロミエールさんは、かなり格闘技術にも通じているはずなんですが……! 圧倒、と呼べるほどの攻勢っ!』
『アラアラ。でもレノーレ、しっかり効いてるわねー。キレがないわ~』
ナスタディオ学院長が呑気に指摘する通り、相手の動きは開幕直後と比したなら明らかに速度も精度も落ちている。だが、
(そ、それでも、こんなに……!)
速い。強い。
シロミエールの技量では対応が追いつかない。地力にはそれほどの差がある。
「っ、ぐ!」
胸元に受けた拳打から小さな氷の旋風が発せられ、いなし切れなかったシロミエールの息を詰まらせる。相手は休ませる隙など与えないとばかり、すかさず踏み込んでくる。
(まず、っ……!)
わずかに視線を横流せば試合場の際。迂闊な対応は転落に繋がる。
座り込んで打倒をあえて取られ、十秒の間を稼ぐか。先ほども使った手だ。
(……、それじゃ、だめ!)
ここで十秒休んで詠唱の間を作ったところで、もう趨勢は変わらない。同じ十秒を費やして互いに術を放ち合ったとして、向こうのほうが強いのだ。
眠りの術の種も割れた今、その時間稼ぎは有利に働かない。
何より、
(レノーレさんが、これほど攻める姿勢を見せてるのに……!)
いきなり倒れ込んで試合を止めてもらう? 無粋だろう。
実戦では使いものにならない真似を繰り返して、それで仮に勝てたとして、本当に彼女を上回れたと胸を張れるのか。
「は、ああぁっ!」
下がるのではなく、停滞するのでもなく、前へ。
踏み込んできたレノーレに対し、シロミエールは肩からぶちかましを仕掛けた。
考えなどなかった。いなされ致命的な一撃を叩き込まれる――危険もある無謀な一手だったが、幸いにしてレノーレも想定していなかったらしい。上手いこと直撃し、身体の大きさで遥かに劣る彼女が思い切りよろけて後方へ弾かれる。
わっと観客席が沸く中、シロミエールはこの好機を逃すまいと術を解放する。
炎の散弾を見舞い、それを体術のみ、最低限の被弾のみで捌くレノーレに自ら肉薄。
「偉大なる炎の盟主、クル・アトよ……! 我に力を……!」
その至近距離で、炎の菱を疎らに振り撒く。
「!」
凄まじいのはレノーレの体捌き。瞬間的に屈み込んで大多数の攻撃をやり過ごし、回避できないものに対しては身体を横一回転させあえて背中で受ける。顔や胸、腹に受けないための対処。
咄嗟の判断力、そして並ならぬ胆力のなせる技。とても自分には真似できない。
「は、ぁっ――!」
だが。
真似はできずとも、予測はできた。
己より格上の彼女なら、その程度はやってのけると。
さらに一歩踏み込んだシロミエールは、一直線に右の掌を突き出した。レノーレはまだ体勢が整っていない――にもかかわらず、その一撃すら無理矢理気味にのけ反って躱し切る。
(……っ……、)
まるで柔軟な猫。これでも当たらないのか。
思った際、伸び切った指先にかすかな硬質の感触。
「あっ」
「あっ」
戦闘中にそぐわぬ、間の抜けた慮外の声だった。レノーレ、シロミエールともに示し合わせたように重なって。
大きく弧を描いたそれが宙を舞い、試合場の外――芝生の上にトサリと落ちる。
『あぁっと、これは……!』
響いてくるエフィの通信にも困惑が強く反映される。
それは、メガネだった。
レノーレに直撃こそしなかった今しがたの掌打はしかし、彼女の着用していたメガネをわずかに引っ掛け、弾き飛ばしてしまっていた。無論、狙ってのことではない。
双方、わずかに動きが止まる。少なくともシロミエールの裡には、交戦中にあるまじき動揺が生まれていた。
(こ、これって……)
このまま続けていいのか。だが、レノーレはメガネがなければ何も見えないのはないか。しかしそのメガネは場外へ落ちてしまっている。規則上、拾いに行けばそのまま負けとなってしまう。
そんな惑いの間を破ったのは、当のレノーレだった。
「……気にすることはない。……これは、あなたが自分の力で作り出した好機。……卑怯でも何でもない。……このまま続けよう」
わずかな微笑みすら覗かせるその横顔は、メガネが失われていることもあってか、普段とはまた別人のような美しさがあった。
「レ、レノーレさん……」
そんな彼女に対し、シロミエールは思わずといった心持ちで名を呼ばずにはいられない。
「そ、そのっ、わ、私は、こっちです……!」
「……あっ」
レノーレは、まるで明後日の方角を向いて言葉を発していた。
「……これは失敬」
ようやくにこちらへと向き直る。
本当に大丈夫なのか。
『う、うーん、これは……続けるべきなのでしょうか? いかがでしょう、猊下』
『ホッホ。よもや戦場で、メガネを落としたから待ってくれ、なぞ通用するはずもありませんからの。場外へ落ちてしまって拾えぬのも、また巡り合わせ……』
笑顔を絶やさぬ『喜面僧正』の一言。
そんな実況席の通信を聞いて判断した訳でもなかろうが、ドーワ判定員が喝を響かせる。
「このまま続行だ! 再開ッ!」
動向を見守っていた観客席も、その宣告で喝采を爆発させる。
「おいおい、拾わせないのか!?」
「こりゃあレノーレ、一気に不利だぞ!」
事実。このまま続けるのであれば、シロミエールは俄然有利となる。
「では……!」
そして、それが認められるのであればもう否定する要素はない――。
気が引けることは確かだったが、今は好機と捉え攻勢に出る。
『シロミエール選手、一気に躍りかかる! そしてレノーレ選手、やはり目に見えて反応が悪い! 先ほどとは一転! シロミエール選手が押し込み、レノーレ選手が後退する――っ!』
身体の利に任せた肉弾戦で攻め立てつつ、炎の菱を解き放つ。反応し身を翻すレノーレだが、先ほどと違いほとんど躱すことはできない。細腕や華奢な肩、白い太ももに、赤く小さな傷痕が刻まれていく。
(ほとんど見えてないはずなのに、すごい……! 直撃は避けてる……っ! でも、ごめんなさい……やらせてもらいます……! もう一発……!)
追撃。
しかし同じ術に反応した彼女は、前傾気味に身を倒し疾走することでほとんどを空振らせた。
――レノーレという少女は、間違いなくメルティナ・スノウが目をかけた逸材なのだろう。
今の攻防に限らなかった。基本的に、同じ手にはかからない。視界がまともに確保できずとも、次第に修正をかけていく。
そうした凌ぎ合いを続けること幾許か。
――いつしか。
一気に押し切るどころか、盛り返されつつあった。
「はっ、は、ぁっ……!」
息が切れる。手足が重い。
だが、苦しいのは自分だけではない。レノーレとて、今や無傷ではない。対等な条件ではないかもしれないが、少なからず通用している。己の力が、メルティナ・スノウの従者に。
それに、
「いっけぇ――! シロ――っ!」
喉を潰さんばかりの勢いで声を張り上げてくれる、我らが学級長ことシスティアナ。
声こそ上げはしないものの、その隣で小さな両手を重ねて握り締め、こちらを見守ってくれているリム。
「うおーっ、行けぇシロミエール!」
「負けてない! 負けてないわよー!」
「踏ん張れ! 苦しいのは相手も同じだ! 勝てるぞ!」
そして、怒涛の応援を響かせる級友たち。皆が、自信も持てないこんな自分を応援してくれている。
(苦しい……、けど!)
頼みの綱である眠りの術はもう使えない。
その増幅に回すほどもはや集中力に余裕はないし、レノーレが少なくない傷を負っていることで、ただでさえ術が効きづらい状態となっている。増幅自体、何度も使ったせいで反動が返ってきている。ただでさえ大きな身体が重くてたまらない。
独自に磨き上げた眠りの術だが、ことこういった泥臭い戦闘には相性が悪い。そして、相手もそれを察している。もう見破られている。
だが、構わない。
ここまで来れば、あとはもう小細工無用。真正面からの根競べだ――
『う、うわー! ここで両者ともに放った術が正面から直撃したああぁっ! 氷弾をもらったシロミエール選手が大きく後退、火の粉をまともに浴びたレノーレ選手もあからさまにふらつく――っ!』
「……、…………」
しまった。
そしてまずい。
彼女は、この程度では止まらない。この機を逃さない。
それが分かっているのに、こちらはもう身体が即座に動かない――。
ここで倒れたらもう立てない。
だから踏ん張った。
「……、……ッ」
こんな時ぐらい、無駄に大きいこの身体を活かせ。自らに檄を飛ばす。
いつまでも縮こまるな。堂々とするんだ。
ほうほうの体で……歯を食いしばって立つそんなシロミエールの下へ、冷風が滑り込んでくる。
否、冷風と錯覚するほど鋭く滑らかなレノーレ自身だった。
間近で見れば局所に火傷を負った彼女は、静かに息を吸い込んで右拳を一閃。
「っ、く、あああ、ぁぁっ……!」
きっと、意味のない回避だった。
自らの顔面に伸びてきたその一撃を、シロミエールは長身に任せて大きくのけ反って回避。
だがこんな風に大きく動いてしまっては、もう次は躱せない。
そして、当然放たれる二撃目。
入れ違いで迫る、左の拳打。
(! だ、めっ…………)
もう、身体がついてこない。
レノーレが放ったその一手――完全に勝敗を決するその握り拳が、シロミエールの鼻先で炸裂――することなく、ピタリと止められた。
「…………、……え……、?」
避けられない。もらう。倒される。
完全にそう覚悟したのに、なぜ――
「……残念」
レノーレが小さく、誰にともなく囁いて。
直後、ゴォンと腹の底に響く鐘の音が打ち鳴らされた。
「そこまでええぇ――ィッ! 試合、終了ォ!」
その鐘の音に負けじと轟く、ドーワ判定員の一声。
『こ、ここで試合終了の合図――! これは……っ時間切れ、すでに制限時間の十分が経過していたぁ――! つまり、この一戦の結果は……引き分け、となります……!』
「…………あ」
どっと身体から力が抜ける。そんなこと、完全に頭から消え去っていた。
(そっか……、引き、分け……)
一方でレノーレは、時間切れが迫っていることを正しく認識していた。ここで打倒を奪ったとて、もう十を数える猶予も残されていないことを悟っていた。ゆえに、攻撃を止めた。
(何も、かも……)
あらゆる局面で上を行かれた。試合の結果がどうあっても、完敗と認めざるを得ないほどの……。
思わず腰が砕けたシロミエールは、たまらずその場にへたり込んだ。
すぐ目の前で拳打を寸止めしていたレノーレはその指を開いて、すっとこちらへ差し延べてくる。
「……終わり。……お疲れ様」
ほんの寸前まで自分を打ち倒すべく固く握られていた五指は、優しく伸ばされこちらが触れるのを待っている。たったの数秒で、何という落差だろうか。
「あっ、は、はいっ、お、お疲れ……さま、でした……!」
厚意に甘え、その華奢な手を頼りとさせてもらって膝に力を込めた。
「……うわっと」
厚意に甘えすぎたらしい。シロミエールが引っ張ったことで一回り以上も小さなレノーレはよろけてしまい、試合中にも見せなかったほど大きくふらついた。その勢いで手が離れた彼女は、二歩、三歩と千鳥足を踏んでしまう。こんなにも小さく軽いのに、試合ではあれほどの力強さを発揮するのだ。
「わあっ、すす、すみません! だ、大丈夫ですか!?」
「……余裕」
辛うじて転倒を免れた彼女がグッと親指を立ててくるが、その顔は明後日の方角へ向けられていた。
「あの、わ、私は、こっちです……!」
「……これは失敬」
「あっ、そ、そうだ……! ちょ、ちょっと、待っていてください……!」
そこでハッとしたシロミエールは今度は自らの力のみで立ち上がり、小走りで試合場の外へ。芝生の上に落ちていたメガネを拾い上げ、足早に戻る。
「ど、どうぞ!」
「……ありがとう」
手渡しても目の悪い彼女は取り落としてしまいかねないので、しっかりと握らせる。
「こ、壊れたりは、していませんか……?」
「……大丈夫だと思う。……戦闘も見越して、丈夫に作ってるから」
緩慢ながら手慣れた仕草でかけ直した彼女が、レンズ越しに瞬きを数度。
「……傷だらけ。……お互いに」
「……、ふふっ、そ、そうですね……!」
今さら気付いたようなレノーレの感想につい吹き出すと、ドーワ判定員が「選手退場!」と号令を轟かせた。
「……行こう」
「は、はい……!」
自然と、横並びで歩を進める。
『激動の二回戦、結果は制限時間経過による引き分けとなりました! 試合中に吹き飛んでしまったレノーレ選手のメガネをシロミエール選手が拾い上げて手渡し、二人並んで退場していきます! 試合が終われば遺恨なし! 美しい光景ですね!』
響く通信と拍手喝采の中、生徒たちの感想も口々に飛び出ていた。
「か~、引き分けかぁ〜!」
「いやぁしかし、宮廷詠術士同士の公式戦かと思うような凄い内容だったな……。二人とも、とんでもない腕前だよ」
「……宮廷詠術士目指してるけどさ、とてもあんな風になれる気がしないんだけど……」
降り注ぐ万雷の拍手の雨を浴びて、シロミエールはひいと肩を竦める。
「……あなたはとても優れた実力を持っている。……もっと堂々と構えたらいい」
小首を傾げたレノーレが当たり前のように言って見上げてくる。しかし。
「そ、そうは言いましても……! わ、私は、昔から、こうですので……、すーっ、すっ、すっかり、これが、当たり前になってしまった……というか……!」
当初は、メルティナに憧れるあまり……目標があまりに遠いあまり、遥か及ばない自分を不甲斐なく思って染みついてしまった卑屈さだった。
しかし気がつけば、それはもはや『本来の自分』として定着してしまっている。
「……そう、昔から……。……うん。……それなら、仕方ない」
と、レノーレは何やら意味ありげに呟き、珍しく口元をわずかに綻ばせる。何だか、彼女自身にも覚えがあるような物言いで。
「……では、ここで」
「あ、は、はいっ」
まるでいつもの講義が終わった時みたいな挨拶。試合場から降りて別れた二人は、それぞれ自分の陣営の観覧席へと足を向ける。
一人になったシロミエールは、級友たちの拍手喝采を浴びて肩を縮こませながら、システィアナたちが待つ席へと足早に戻った。
「シロ、お疲れさまー! いい勝負だったわ!」
「あっ、いえ……その、勝てません、でした……すみません……」
「気にすることはないわ。ひとまずは、あのレノーレさん相手に引き分けたんだから。睡眠の術の仕掛けが見破られても、逆転されることは許さなかったわけで」
「……で、でも……もし、試合が……あと、十数秒でも長かったなら……」
最後に寸止めされたあの拳打をもらっていれば、もはや立つことは叶わなかったろう。
そのうえ、これが実戦ならば時間制限など存在しない。勝敗がどうなっていたかは明白だった。
肩を落とすシロミエールに対して、優雅に脚を組んでいるマリッセラが鼻を鳴らす。
「少なくとも貴女たちは今回の規定を受け入れたうえでこの試合に臨み、そして引き分けた。今さらあれこれ仮定することに意味はなくってよ。そもそもこれが実戦だったなら、お互いに最初から作戦も立ち回りも変わってくるのだから」
「ったくマリーったら、励ますならもっと素直に言えばいいのに」
「は!? ち、違くってよ! 別に励ましてなんていないわ! 事実を言っただけ! 勘違いしないで頂戴!」
「……シロ。傷、なおす?」
賑々しい雰囲気の中、控えめな足取りでやってきたリムが上目遣いで見上げてくる。
「あっ、そ、そうですね――あ、いえ!」
と厚意に甘えかけたシロミエールだったが、ハッと思い直して首を横へ振った。そして腰を屈めて、彼女の耳元で囁く。
「……温存、しておいてください。……全力を、尽くせるように」
「…………、わかった」
一拍の間を置いて、小さな少女は同意を示す。
「それで、次の試合は? 間に合って?」
気を取り直したようなマリッセラ対し、システィアナが大きく深く頷きをもって応える。
「――ええ。図らずもシロが時間いっぱい闘ってくれたおかげで、ちょうど間に合ったみたいだわ」
不敵な学級長の笑顔と言葉に合わせて、どこからともなく一陣の爽やかな風が舞い込んだ。




