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終天の異世界と拳撃の騎士  作者: ふるろうた
12. アザー・オース
417/667

417. ツイてる日

 殺した。

 数え切れないほど殺した。小さく無抵抗な相手をいたぶることに飽き、より大きな動物を標的に定めて。


(……、――……)


 割れた石畳の上で大の字になり、灰色の空を見つめながら。

 今にも断絶しそうなモノトラの意識に甦るのは――、一方的な処刑だったはずの行いに対し、初めて反撃してきた相手。


(……――、犬……)


 そう。あれはどこの路地裏でも見かけるような、小さく薄汚れた雑種だった。

 しかし確かな牙を備え、反逆の意思を宿した、『犠牲者』ではなく『敵』になり得る可能性を秘めた相手。なりふり構わず噛みついてくる、


(……狂、犬……)


 そんな呼び名がふさわしい存在。

 霞んだモノトラの視界に、ふと影が差す。


「……よォ……終わりか、ナスビ野郎……」


 見下ろしてくるその姿。あのときと同じ……あの犬と同じ、爛々と輝く獣の瞳。全身はもはや血まみれで、薄汚いほどボロボロのくせに、眼光だけは活力に満ちている。なりふり構わず噛みついてくる。


「俺の勝ち……ってこったな」


 そんな『狂犬』が言い放つ。


「……、ふ…………」


 ふざけるな。負けてない。この俺が、お前なんぞに……犬なんぞにやられるはずがない。

 言い返そうとするも、モノトラの喉から出た呻きが言葉の形を成すことはなかった。


(…………こん、な、も…………のぉ~……)


 認めない。敗北などではない。


 これは事故だ。

 後先をまるで考えない馬鹿のやぶれかぶれ。

 このままではどうせ敗死する――と悟った弱者が開き直り、自爆に巻き込もうとしただけ。

 何の因果か、自分が動けないにもかかわらず、相手が先に立ち上がっていることが極めて腹立たしい。


(……あ、……れを)


 だが、まだ終わっていない。

 頭から落ちて即死しなかったのは、不幸中の幸いだ。

 ほんの少しでいい。指先さえ動かせるようになれば、『あれ』を使って回復できる――


「……もうこれしかねーと腹括ったがよ……、案外やってみりゃ上手くいくもんだぜ」


 モノトラの思考を止めたのは、狂犬のそんなぼやきだった。


「あ? 何だァ、その意外そーなツラは」


 当然だ。

「これしかないと腹を括った」。「上手くいった」。

 そんなセリフは、無策の突貫にふさわしくない。やぶれかぶれなら出てこない。


「……わざわざテメーに説明してやる義理なんざ、ありゃしねーがよ……」


 ペッ、と赤い唾を吐きながら、狂犬はさして興味もなさげな顔で言い捨てた。


「とにかく計画通りだったぜ、ナスビ野郎」






「――……ッ、と」


 ともすれば横倒しになりそうな身体を、エドヴィンは両足で懸命に踏ん張って支えた。


(へへ……計画通り、か)


 強気に放ったセリフを、胸中で自嘲する。

 綱渡りと呼ぶことすら躊躇われる、自殺行為に等しい突撃。穴だらけだ。


 まず、姿を晒して突っ込んだとして、モノトラが確実にハンドショットを使ってくるとは限らなかった。

 そもそもこの男は、素手でも充分にエドヴィンを倒すことが可能なのだ。

 冷静に格闘で対応されていたなら、そこで終わっていた。


 少しでもその可能性を減らすため――接近戦は万が一の『事故』が起き得ると思わせ、ハンドショットという安全策を取らせるため、手斧を持ち出した。

 結果、確かに思惑通り、モノトラはその小さな砲による狙撃で対応してきた。

 あの瞬間……三発の弾をどうにか凌ぎ、相手の懐に飛び込んだまではよかった。しかし直後、エドヴィンは策が失敗したことを悟る。


(あの、見たことねー光の剣は……)


 思い返せばゾッとする。

 全くぶれない輝きを放つ、白閃の長剣。術の活力や躍動感といったものがまるでない、無機的にすぎる光の刃。ダイゴスが似たような得物を神詠術オラクルで錬成するが、それともまた違う。よくよく考えれば、天轟闘宴の失格者が他にも風変わりな武器を持っていたと聞いた気もする。完全に失念していた。


 モノトラはまるで焦ることなく、待ち構えていたようにそれを振るった。

 眩い光が迸り、エドヴィンは読み違えたことを悟り――敗北を、死を覚悟した。

 やはりベルグレッテや流護のようにはいかなかったと。自分の浅知恵など、所詮はこの程度だったのだと。

 実際、終わっていたはずだ。どうにか避けようとするも、身体は意思についてこなかった。

 が、


(……ったくよ……随分と……ボロボロに、なっちまった)


 己が身の話ではない。

 決して安物ではないだろう、以前の持ち主が大切に着ていたことが窺える、茶色の上衣。


『父のものなんですけど……もう、着る人もいませんし』

『娘の恩人に着ていただければ、あの人も喜ぶと思います』


 一家の主の形見だというそれは、今や譲ってくれた母娘に申し訳が立たないほどの有様となってしまっている。


(でもよ……助かったぜ)


 袖を握り込む。

 間違いなく、この衣が光刃の威力を大幅に弱めた。


(……ありがとよ)


 おかげで、命を救われた。

 そして、勝つことができた。


(……、)


 ようやく打倒できたその相手――モノトラは、砕けた石畳の上で大の字となったまま、荒い呼吸を繰り返している。当分の間は身動きも取れないはずだ。

 身の安全を考えるなら今すぐ止めを刺すべきだが、もちろんそうはいかない。

 この男は、謎に包まれたオルケスターの人員。確保できれば、大きな情報源となる。


(……俺が……、)


 今さらながら、エドヴィンの胸に実感が込み上げてくる。

 裏社会の使い手を倒した。ベルグレッテに及ぼうとしていた危険を、未然に排除することができた。おそらく流護やサベルに先んじて、貴重な情報源を押さえることができた。


(へ、へへ……やりゃーデキるってこったよ、俺もよー……)


 確かな満足感を覚えながら、静かな街並みへと視線を移す。

 上からの落下であれだけの音を響かせたにもかかわらず、周囲の家々から人が現れることはない。こぞって聖礼式パレッツァのために出かけていて留守なのだ。


「く……、ッ、」


 読みが外れたといえば、もうひとつ。

 左肩、左側頭部が発する強烈な痛み。

 地面に激突する直前、より強くモノトラを叩きつけるため、その腹へと押し込む形で火球を撃ち放った。エドヴィン自身は発射の反動によって浮上し、落下の衝撃を和らげるつもりだったが、結局は受け身も取れず石畳へ打ちつけられる羽目となった。


(……イヤ……死んでねーだけで、充分か……)


 エドヴィンは自分の落ちてきた高台を仰ぎ、改めて思い直す。曇り空へと向かって延びる絶壁たるや、怖気立つような高さだった。

 もっともベルグレッテやレノーレなら、この崖ですらものともすまい。神詠術オラクルを巧みに使い、危なげなく着地することだろう。不勉強で未熟な『狂犬』に、それだけの技量はない――


「…………ぐ……っ」


 不意に思考が途切れかけた。

 ともすれば手放してしまいそうになる意識を懸命に繋ぎ止める。

 まだ眠ってしまう訳にはいかない。騒ぎを聞きつけてきた野次馬でもいれば、兵や治療士の手配といった事後処理を任せて気を失うこともできるのだが、


(めんどくせーが……もうちっとだけ、気張らねーとな……!)


 力尽きた敵と二人きりである以上、己の手でやるしかない。

 まずは拘束だ。右肘は碎け、左肩も動かないような状態だが、泣き言を漏らしてはいられない。倒れて身動きの取れないモノトラよりはマシだろう。


「……! く…………」


 一歩踏み出して、エドヴィンはようやく気付く。予想以上に身体が重い。ケンカに明け暮れ生傷の絶えない毎日を送っていた身ではあるが、これほどのケガを負ったことは今までなかった。

 どうにか足を引きずって、未だ大の字に伸びたままのモノトラの下へと向かい、



「おいおい、冗談だろ。何ブッ倒れてんだ、てめぇモノトラよぉ」



 背後から聞こえてきたのは――耳に心地いい、女性の声音。それにそぐわぬ、品のない言葉。


「――ッ」


 エドヴィンは自分の名を呼ばれたかのように振り返った。

 静かな住宅地に延びる道、その中央を堂々たる足取りでやってくる――、一人の少女。

 小顔の上半分を覆うような黒メガネ。身につけた装飾品の数々。蝶を模した髪留め、両の耳から垂れ下がる赤の耳装飾イヤーカフス、銀の首飾り、金の腕輪ブレスレット足輪アンクレット。その全てに鈴がぶら下がっている。

『鈴の女』とでも形容すべき、見覚えあるその姿。


「…………!」


 もう一人のオルケスター。遡ること十数分前、そもそもの事の発端。街角でモノトラと立ち話に興じていた、その相手だった。


(クソっ……たれ……!)


 何のことはない。落下音に気付いてやってきたのだろう。戦闘中にやってこなかっただけ、僥倖とすらいえるかもしれない。が、


(……はっ、はは……とてもじゃねーがよ……)


 もう、エドヴィンには闘う力など残っていない。全てを出し切った。強がる気にすらならなかった。

 相手は一見してどこにでもいそうな街娘だが、そうでないことは明白。


(……一発、でいい……)


 闘おう、倒そうなどと考えるな。最後の力を振り絞って目眩ましをぶちかまし、その隙に逃げる。

 もうそれしかない、と割り切る。モノトラの確保には失敗してしまうが、他に道は残されていなかった。


「もしかしてヤラレたのか? ヒャッハッハッハハハハ、だっせぇなモノトラよぉ! プルプルしてやがる! ヒャッハハハハハ、ダメだ面白ぇ! お前なっさけねぇー、他の連中に言いふらしてやっからな~」


 女が麗しい外見に似合わず腹を抱えて笑うと、その全身に装飾された鈴がチリンチリンと呼応する。


「はぁー……、笑った笑った」


 ようやく一息ついた女が、無造作に歩を進める。視線は黒メガネによって覆い隠されており、全く窺えない。その奥の瞳が映しているのは倒れた味方モノトラか、それとも倒したエドヴィンか。


(……)


 立ち尽くすだけのエドヴィンとの間合いが詰まっていく。

 もう、身構えることすらままならない。このまま攻撃でもされようものなら、為すすべなくやられる状況だった。


「おら、立てっか~? モノトラさんよぉ」


 ――と、女はエドヴィンの横をまるで無警戒に素通りし、倒れた仲間の下へと寄っていった。


「……?」


 その後ろ姿。優雅な歩き方を目にしたエドヴィンの思考に、


(この女……? どこかで……)


 妙な既視感。

 ケガで朦朧とする。頭が働かない。意識が今にも途切れそうだ。外見こそ美しいが、こんな下品な女に会ったことはない。気のせいだろう。


(……ケッ、んなことよりもよ……)


 かすかな甘い芳香と小さな鈴の音を感じながら、


(ハッ……今の俺は……!)


 女の後ろ姿を眺め、エドヴィンは胸中で笑った。

 万事には、『流れ』や『勢い』というものがある。

 何をやっても上手くいく。もしくはその逆。神の気まぐれか悪戯か、往々にしてそんな日や時があるものだ。


(今の、俺は……)


 オルケスターの刺客を倒した。ベルグレッテを守ることができた。


(あァ、そーだよ……考えてみりゃーよ……)


 遡ってみれば寝起きはよかったし、普段ならお目にかかれないような格調高い昼飯に無料タダでありつくことができた。今の自分の『流れ』が『どちら』であるかなど、考えるまでもない……。


「おら、遺言あったら聞くぞ~? アッハハハハ」


 横たわるモノトラの頭をつま先で小突く女。……その後ろ姿は無防備極まりない。


(今の俺はよ……何だろーと……)


 無防備で棒立ちとなっていたのに、攻撃されなかった。運気が向いている。そういう日だ。

 逃走。目眩まし。不意打ち。

 何だろうと、やれば成功するのではないか。


(へ、へへ)


 窮地を脱するどころではない。このもう一人をも倒して、大きな手柄を得ることができるのではないか。

 この女は今、完全に油断している。きっと、瀕死の敵など取るに足らないと考えている。


(おめでてーな、アホ女。それが……)


 命取り。『狂犬』は、相手が女だろうと容赦などしない。こちらに背を向けていようが関係ない。敵だと分かっているのだから、倒しておけば間違いない――。


 それは獣的な本能だったのかもしれない。

 背中を見せて油断している相手。無防備にすぎるその獲物に、牙を突き立てようと昂る狂犬がごとく。


 残る力を総動員し、疲弊し切った左手に集中する。


(怖ぇぐれーにツイてんな、今日の俺はよ……! テメェがとんだアホ女で助かったぜェ……!)


 一発。たった一撃でいい。その華奢な後ろ姿にこれをぶち当ててやれば、それで――


蒼青蟻ソウセイアリ、って知ってっか?」


 突然だった。

 エドヴィンの存在など視界に入っていないかのような振る舞いを見せていた女が、いきなりクルリと振り向いてそんな問いを投げてきた。


「…………あ?」


 尋ねられた当人はといえば、あまりに唐突すぎてそう返すのが精一杯だった。


「生息地は大陸中央部。でけぇ個体になると、三センタルぐれぇまで成長する。力も強えし性格も獰猛で、単独で飛蝗バッタを狩っちまうこともあるらしい。蟻の中じゃ敵なしなんだと。……でもよぉ、思うよな?」


 嘲るように笑んだ女は、ヒールの底を石畳に打ちつけてカツンと踏み鳴らした。


「どんなに強かろうが、所詮は蟻。ちょいと踏み潰しちまえばそれで終いだ。逆立ちしたって人間には勝てやしねえ」


 脈絡のない話を始めたかに思われた鈴女だったが、そこでようやく核心へと到達する。


「アタイとテメェの間にはそんだけの差があるって話だ。蟻が何やろうと無駄なんだよ。詠唱なんざ始めてんじゃねぇぞ、巻きグソ頭」

「……!」


 ――読まれていた。

 意図も、攻撃術の準備に入っていたことも。

 しかし、エドヴィン・ガウルのやることは変わらない。倒すにしろ、逃げるにしろ。どの道、行動を起こさなければ死ぬだけなのだ。

 何より、


「ハッ……試してみっかよ、アホ女……!」


 生まれ持った炎という属性、そのままに。

 高揚し切った『狂犬』の戦闘思考は、油を注がれた火種さながらにとどまることを知らなかった。

 本能が告げている。


 蟻? 勘違いも甚だしい。

 お前の前にいるのは、闘争欲のままに荒れ狂う獣だ。


(俺の方が速ぇッ……!)


 未だ棒立ちの鈴女に対し、エドヴィンは残る最後の力を振り絞って腕を――


「……、――――」


 その瞬間、響き渡ったのはキィンと甲高い衝撃。

 頭の中をかき乱されるような、聞いたこともない不吉な音。


(……、? 熱ッ……)


 次いで、耳の奥からドロリと温かいものが伝う感覚。

 ぐら、と目に映るもの全てが傾く。


「…………あ……?」


 期せず漏れた自分の呻きすら、エドヴィンにはどこか遠く聞こえた。鈴の女や街並みが流れるように視界外へと消え失せ、代わりに灰色の空が現れる。


「…………? ……」


 何が起きたのか分からなかった。ただ、


(……俺……、倒、……?)


 背中の硬く冷たい感触。意思に反応しない身体。目の前に広がる曇天。

 状況から、答えは明白だった。


「訂正するぜ、巻きグソ頭。人間と蟻以上だ、アタイとテメェの差はな。踏み潰す必要すらねぇ。こうして小指一本動かしゃ、それでカタがつくんだからよ」


 降ってくる女の声は、やけにくぐもって聞こえた。

 覗き込んでくる影も輪郭が判然としない。


「……、…………」


 目が霞む。耳も何かおかしい。身体はまるで言うことを聞かない。


(な…………に、を)


 まるで知覚できなかった。何を受けたのか。どうして倒されたのか。

 遠のいていく意識の中、不鮮明な声が辛うじて届いてくる。


「いつまで寝てんだ、とっとと起きろモノトラ。さっさとスティムヴェイパーを使え。指一本動かしゃ済む話だろうが。根性見せろよなー、根性をよぉ」


 ――そんな呼びかけからしばし。

 エドヴィンのぼやけた視界に映り込む人影が、二つになった。


「……とんだ目に遭わせてくれやしたねぇ、お兄さん~……」


 そのうちの片方。歪んだ背格好。妙にへりくだったその口調。


(……ば、)


 馬鹿な、と声が出るほどの力すらエドヴィンには残ってはいなかった。

 自分以上に瀕死だったはずの男――死に物狂いでようやく倒したはずの敵が……モノトラが、何事もなかったかのように立ち上がっている。


「ケッ。アタイに言わせりゃ、こんな目に遭ったお前に驚きだっての。いくら本職の戦闘要員じゃねぇからって、曲がりなりにもセプティウスを着込んでおきながらよぉ」

「少し……油断していやしてね……」

「ったく、所詮は商人だな。てんで荒事に向いてねえ。メンド臭がらねぇで、最初からアタイがやっときゃよかったぜ」


 戦闘員ではない。商人。

 流護に匹敵する身体能力を誇ったこの男が? あれほどの苦戦を強いられた相手が?

 それも愕然とすべき事実ではあったが――今、何よりも許容できない現実がある。


「まあ、結果よければ全てよし……でやす」

「お前が言える立場かよ、ったく」


 一体どんな手品か、それも鈴女の力なのか。とにかく――、モノトラが回復してしまった。


(……、……ウ……ソ、だろ…………)


 死に物狂いで掴んだはずの勝利が、するりと手のひらから逃れていく。

 誰よりも先んじてオルケスターの刺客を撃破した。貴重な情報源を獲得し、仲間に……ベルグレッテに迫る危機を排除できた。それら全てが今、呆気なく無に帰そうとしている。


(……、――――)


 こんなところで寝ていられない。まだ死ねない。

 その思いとは裏腹に、目の前が暗くなっていく。

 思考が……少しずつ、しかし確実に闇へと引き寄せられていく。


「で、何か収穫はあったか?」

「いえ……どうもこのお兄さん、例のリューゴ・アリウミらと顔見知りみたいなんでやすがね……別に欲しい情報もありやせんし、何よりあっしの気が収まりやせん。お兄さん~、眠るのはちょっと待ってくださいや。さっきのお返しでやす。あっしが今、きっちりとトドメを刺してあげやすからねぇ~」


 黙りやがれ、この負け犬ナスビ野郎。テメェは俺にやられただろうが……。


 しかしエドヴィンのその啖呵は、声どころか思考としてすら確かな形にならず、虚無の彼方へと霧散していく。


「ちょっと待て、モノトラ。見な、……たみてえだ」


 そして最後に、耳が役目を放棄しようとしていた。


「……お……終……でやすかね、……とやら……」


 待て。待ってくれよ。

 誰か。


「……こう……今……つーより、……――この……頭を……殺し――、後々……かも……ねえ」

「……と――…言い……と?」


 もう少しだったんだ。勝てたんだよ。

 もう少し上手くやりゃ、きっと……。


「リュー……――何……を無力……だろ。――を……に……」


 流れが向いている、など勘違いも甚だしかったか。


「おっと、……ほど。……で……ね」


 ……ここまでかよ、と腹を括った。

 もう少しでオルケスターの奴らをブッ倒して、ベルのことだって守れて――――

 とそこで、エドヴィンは自身を鼻で笑った。笑わずにはいられなかった。


 あまりの女々しさに。

 結局は何も得られず無駄死にしようとしている、自分の不甲斐なさに。


 そして、日々燻り続けていたエドヴィン・ガウルという劣等生が何を求めていたのか。

拳撃ラッケルス』の遊撃兵を密かな目標に見据えて、その後どうしたかったのか。

 つまり、自分はどうなりたかったのか。


 その答えにこの局面でようやくたどり着いて、ただ――あまりのくだらなさに、笑うことしかできなかった。

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