393. ヴィンディケイション
「早朝からお呼び立てしてしまい、申し訳ございません」
幾日かぶりに晴れ間の覗いた翌朝。
流護、ベルグレッテ、エドヴィン、サベル、ジュリーの五人は、オームゾルフの私室へと招かれていた。
整然と片付きながらも、雅やかで輝かしい調度品や内装に彩られた空間。部屋の主に似合った、華美な雰囲気と清潔感が漂う一室である。やはり絨毯やカーテンは青が基調となっており、流護としては少し寒々しさを感じた。
時刻は、朝の八時半を少し回ったところ。
今日はまず午前中を使い、レノーレについての議論を行う予定だった。これにより新たな発見があれば、捜査の手掛かりになるかもしれないとの期待があった。
「お気遣いなく、オームゾルフさま。こちらは、この事件のために自らバダルノイスへ参じた身。遠慮はご無用です」
「ありがとう、ベルグレッテさん。では皆さん、お掛けになって」
促され、中央の高価そうな円卓に全員が着席する。
「では早速ですが、まずはミディール学院でのレノーレについて、お話を聞かせていただけますでしょうか」
そんなオームゾルフの弁を皮切りに議論が交わされるが、結論から言って、互いに実りと呼べるような収穫はなかった。すでに知っている性格や人となりを再確認するだけに留まる。
そもそもこの議題については部外者のサベルとジュリーがあまり参加できず、口下手な流護とヤンキー気質のエドヴィンが喋らないため、ほとんどベルグレッテとオームゾルフ二人の対話になっていた。
会話が途切れ、にわかな沈黙が舞い降りることわずか。
「オルケスター……と呼ばれる犯罪組織についてなのですが」
切り出したのはベルグレッテだった。
「レノーレは……具体的にいつ、この組織と繋がりを持ったのでしょうか……」
沈痛な面持ちで、認めたくないだろう事実を口にする。
兵士長ヒョドロとの話では、レインディールでの騒ぎが収まった後に接触したのではないか、という話になっていたが、具体的にはどうなのか。
オームゾルフも、柳眉を寄せて応対した。
「そう、ですね。仮に彼女がオルケスターと繋がっていたとして……。考えられる可能性としては……やはり……レインディールは、バダルノイスより遥かに大きな国家。街の規模も、人の集まりも比較にならぬでしょう。そういった都市で、皆さんですらお気付きにならぬ間に、何らかの形で接触を――」
「ねぇな」
唐突に割って入ったのは、横柄なダミ声。
これまで一言も発しなかったエドヴィンが、腕組みをしながら偉そうに断じていた。
「それはねーよ」
その無遠慮な発言に慌てるのはベルグレッテである。
「なっ、ちょ、ちょっとエドヴィンっ……! 言葉遣いをちゃんとしてっ」
委員長気質の少女騎士に小声で咎められ、
「っと、ねえです。イヤ、ない……です。それはない、です」
不器用にもほどがある敬語で、ミディール学院の『狂犬』はそう言い直した。
「もうっ……! も、申し訳ございません、オームゾルフさま」
ベルグレッテがあわあわするも、当の聖女は気にした様子もなく微笑む。
「ふふ、お気になさらず。ええと……失礼、お名前を」
「あァ……俺ぁ、エドヴィン・ガウルっていいやす」
「では、エドヴィンさん。今ほどのご発言についてですが、『レノーレがレインディールにおいて、オルケスターと繋がりを持つことはあり得ない』……という解釈でよろしいでしょうか。これには何か根拠が?」
「……俺ぁ、王都辺りの裏事情にゃそこそこ通じてる。んですよ。悪党やらギャングだとかの情報とか、誰が悪さしたとか、妙な真似をやらかしたとかって話は、大概俺らの耳に入ってくる。今さっきオームゾルフさ……様が言っ……おっしゃ……しゃらった通り、街がデカくて人も多い分、そういった噂は絶対に誰かの耳に入る」
確かにな、と流護は心中で首肯した。
(ワルそうな奴はみんな友達、を地で行ってるからな……)
王都やその周辺都市であるディアレーは、ある意味エドヴィンの縄張りともいえる。
ミア誘拐の件でも、彼はその人脈で彼女を捜索したり、レドラックの潜伏先を割り出すのに一役買ったりしていた。ミアを捜していた折、当時はまだ噂程度にしか聞いてなかったディノの動向すら、逐一細かに入ってきていたものだ。
(! あっ……あん時のは……そういうことか)
そしてここで、先日のヒョドロとの会話でエドヴィンが見せた態度に合点がいった。
『お嬢ちゃんには悪いが、我々はそう読んでる。辻褄が合うからな』
『…………ツジツマ、ねぇ』
『あんでぇ、小僧』
『……イヤ。何でもねーよ』
あの話が出た時点で、エドヴィンはすでに違和感を覚えていたのだ。偉そうな公僕であるヒョドロを相手に、わざわざ今の内容を説明する気にはならなかったのだろう。
「レノーレの奴がそんな連中と接触してたなら、まず間違いなく俺らの耳に入ってくる。けどよ……」
「そのような話は聞いたことがない、と」
察して継いだオームゾルフに「ウス」と頷きつつ、『狂犬』は訝しげに続ける。
「それよりもまず……オルケスターなんて組織名自体、俺は聞いたことがねぇ」
その点は流護も同意だった。というより、
「それだよな。オルケスター……俺たちも聞き覚えがないんだよな」
エドヴィンや流護だけでなく、そう追従するのはサベルだ。
ここへやってくるまでの馬車の中でも話題に出たことだったが、レノーレがかかわっていたかもしれないというこの組織について五人で議論したが、誰もその存在を知らなかった。
「まァ、俺たちは飽くまでトレジャーハンター。インベレヌスに顔向けできんような、非合法な仕事をしてる人間じゃないからな。さして裏社会に詳しいワケじゃないが……それでも、そんなやばそうな奴らならどこかで名前ぐらいは耳にしそうだ」
元々詳しくもない流護はともかく、騎士見習いとして長いベルグレッテ、街の裏事情に通じるエドヴィン、各地を転々としてきたサベルやジュリーが知らないとなると、
「誰も知らないよーな弱小三流組織か~、そうでなかったら――」
ジュリーの推測に、サベルが継ぐ。
「逆に情報の秘匿をキッチリやり切れるような、統率の取れた組織……か」
両極端。取るに足らない有象無象か、厄介極まりない強大な犯罪集団か。
キンゾルのような人物が所属しているとなると、
「ええ。バダルノイスとしては……サベルさんと同じ考えでいます」
そんなオームゾルフの言葉通り、嫌でもそう予測させられる。
「つけ加えるなら……外部よりやってきた集団であることは、間違いないと思います」
少女騎士がそう補足した。
さすがに、名前すら気取られず長々とレインディールの暗部に潜み続けることなど不可能だろう。ベルグレッテやエドヴィンですら知らない以上、余所からやってきた連中と思って間違いないはず。
もっと、社会の闇に直に接している人間なら名前程度は知っているのだろうか。
(うーん、色々と妙だよな……)
そんな謎の組織に属する謎多き人物、キンゾル・グランシュア。
レインディールで大罪人として手配され、終ぞ捕まらなかった怪老人。それほどの人間が所属するような組織に、レノーレはどうやって接触したというのか。
(時期的にもな……動機が母ちゃんの治療なら、キンゾルと知り合う必要があったのは去年の秋以降……。奴はその頃、もう王都テロからもかなり時間が経ってバリバリ指名手配中だ。全然捕まらなかったヤツなのに、レノーレが接触しようと思ってできるなら苦労しねーっつーか……。バダルノイス的には、『凍雪嵐』ならそれぐらいはやるだろ、って考えみたいだけど)
気になることは他にもある。
(そんだけ慎重っぽいオルケスターが、レノーレの屋敷の捜索であっさり表沙汰になったのもよく分からんし……)
流護があれこれ考える中、サベルが軽く手を掲げた。
「ちょいとよろしいですかい、オームゾルフ祀神長。無礼を承知で尋ねますが……レノーレ嬢が『それ以前』からオルケスターと通じていた可能性は?」
部外者らしい観点からの意見を差し込む。視線を受けたオームゾルフは、国の責任者として口元を引き結んだ。
「……それはつまり、彼女が我が国の宮廷詠術士として従事していた頃から……ということですね。……バダルノイスを預かる者としては、あり得ない――とお答えしたいところです……」
それはどちらかといえば、「そうあってほしい」という願いに近いはずだ。臣下の一人一人を、いちいちそこまで細かく把握できるものでもない。
かつてレインディールにおいて、デトレフという男が騎士と暗殺者の顔を併せ持っていたように。
皆と知り合う以前から『そうだった』と考えたほうが自然といえば自然だ。
しかしその場合、
(ミアが誘拐された時、もう既にレノーレはオルケスターの一員だったことになる……)
今でも、印象に残っている。
ミアが学院へ戻らなかった休み明け、流護は早朝の廊下でレノーレと鉢合わせた。
『……ミア、見てない?』
彼女と二人きりでまともに言葉を交わしたのは、あれが最初だったと流護は記憶している。
ミアを案じていたあの不安そうな顔は、演技やふりには見えなかった。レノーレのあの問いかけが切っ掛けで、ミアの不在が発覚したのだ。
いつも親友を見守っていたあの静かで優しげな眼差しが、偽りのものとは思えない。思いたくない。
それにあの一件は最終的に、キンゾルの存在発覚へと繋がっているのだ。レノーレが組織の一員なら、そんな足を引っ張るような真似をするとは考えられない。
それにレノーレが宮廷詠術士時代からオルケスターだったなら、十代前半という年齢でそのような犯罪組織と繋がりを持っていたことになる。現代日本人の感覚かもしれないが、流護としてはそんな異常なことがありえるのか、と思ってしまう。
仮にレノーレがそうだったなら、母親だというレニンは? まさか、記憶を失ったのも何か関係があるのだろうか。
(うーん……こっちを立てるとあっちが立たないっつーか、)
レノーレは現にメルティナとともに姿をくらましている。状況から動機も推察できる。しかし取り巻く事情を考えていくと、分からないことや噛み合わないことが山ほど浮かび上がってくる――
(ん? 待てよ? 状況が推察できる……?)
喉元に魚の小骨が引っ掛かる。それに似た感覚があった。
何かがおかしいと分かっているのに、具体的にどこがおかしいのか分からない。手が届きそうで届かないもどかしさ……。
「ところでその犯罪組織については、どの程度の情報を把握しておられるのです?」
金色の長いウェーブヘアをかき上げながら、ジュリーがそう質問する。
「……バダルノイスとしては、全くと言っていいほど何も」
申し訳なさげな聖女に対して、
「ってことは、キンゾルって爺さんについても情報はナシか」
サベルが何の気なしに呟くと、
「……キンゾル? それは……キンゾル・グランシュアのことでしょうか?」
オームゾルフが訝しげに柳眉を上げる。やはりあの破格だ。手配書で知っている名前だろう。
「なあリューゴよ、情報を共有しておいた方がいいんじゃないか。あの爺さんについて」
「ん……そっ、すね」
サベルに促され、流護はたどたどしく説明した。先日の兵士長ヒョドロにした話と同じ内容。
レノーレを追っていた賞金稼ぎが変死体で見つかったとのことだが、それがキンゾルによるものである可能性。そのキンゾルが『ペンタ』であるということ。かの男が、レインディールで暗躍していたこと。『融合』処置を可能とする人物が、まさにそのキンゾルであること。
一通り話すと、オームゾルフは美しい銀眼を見開いて絶句していた。
あまりにその無言の間が長いので、
「……オームゾルフ、さま?」
ベルグレッテがおずおずと呼びかけると、
「……いえ、失礼いたしました。我が国の善良な者たちにとっては、想像だにせぬ事実でしょう……」
彼女……バダルノイスの人間にしてみれば、衝撃的な事実であることに違いはない。
レインディールで暗躍し破格の賞金首となっていた怪老人が、ここで話題に出てくるのだから。
「特に、あのジジイが『ペンタ』だってことは皆に知らせておいたほうがいいかもっす」
手配書の似顔絵だけで判断するには危険すぎる相手だ。
「ええ……承知しました。そうですね……では、数日のうちには公布書を作成し、皆へ周知いたしましょう。手配書にも、『ペンタ』である旨を表記すべきですね」
沈痛な表情の聖女へ、ジュリーが明るくトンと自分の胸を叩く。
「まぁまぁ、何ケスターだか知らないけど、あたしたちがいれば百人力よ! お任せあれ!」
「ふふ、ありがとう。頼りにしています、……ええと、すみません、お名前を」
「ジュリー・ミケウスと申します、祀神長様」
やや仰々しくも、様になっている優美な一礼だった。各地を渡り歩いてきただけあって、権力者との応対にも慣れたものが感じられる。
そんな両者のやり取りを静かに眺めていたベルグレッテが、おもむろに口を開いた。
「……ところでオームゾルフさま。これから先、オルケスターとの交戦が予測されます」
「ええ」
むしろ、まず避けては通れない道だろう。
『ペンタ』であるキンゾルはもちろんのこと――最悪、メルティナの能力を獲得したレノーレが敵として現れる可能性もある。
「この一件に際し対応可能なバダルノイスの戦力というものは、いかほどの規模になるのでしょう?」
少女騎士のやや婉曲なその問いに、
「それは……」
オームゾルフは少し苦い面持ちとなった。
つまり要約すれば、「オルケスターとやり合うことになるけど、バダルノイスに使えそうな強い奴はいるの?」という意味だ。
「……バダルノイスの英雄たるメルティナ自身の安否が知れぬ現状、やはり『雪嵐白騎士隊』が肝となります。……が、彼らも非常に多忙な身の上。有事の際、即座に対応できるかとなれば話は別です。まさに今も、各自それぞれの職務に励んでいるはずです」
ですので、とオームゾルフは面を上げる。
「勝手ながら、皆さんにご助力を願いたくお呼びいたしました。ロイヤルガードを務められるベルグレッテさんや、トレジャーハンターたるサベルさんたちももちろんのことですが」
聖女の美しい青銀の瞳が、流護を捉えた。
「リューゴ・アリウミ殿……でしたね。失礼ながらあまり詳しく存じ上げず恐縮ですが、遥か東のレフェ巫術神国にて行われた催事、天轟闘宴を制覇なさった凄腕の戦士殿と伺っております」
ぺこりと頭を下げられたので、流護も釣られる形で「あ、はい、ども」とぎこちなく礼を返す。
ベルグレッテがそこに続ける。
「……はい。彼は非常に大きな戦力となります。レインディールにおいても、若くして多くの戦果を上げてきた無双の勇士。何卒、ご期待いただければと」
「へぇっ? な、何だよベル子。急にどしたん……」
唐突な謎の推しに気恥ずかしくなる遊撃兵の少年だったが、
「ん。今後、例のオルケスターと……キンゾルと交戦することになる可能性も考えられるわ。だからオームゾルフさまには、あなたの実力についてお伝えしておくべきかと思って」
「お、おう。そうか」
「どうかお力添え願います、リューゴ・アリウミ殿」
「あ、はあ……どうも」
そんなやり取りが終わると同時だった。
「オームゾルフ祀神長!」
部屋の扉を開け放って、一人の兵士が飛び込んでくる。
「何事ですか。お客人の前ですよ」
「こ、これは失礼を……しかし火急の伝令にございます! ユーバスルラにて、罪人レノーレを発見! 現在、接触せず監視中との報告が入りました!」
「!」
全員が息を飲む。
「ユーバスルラですって? そんな近場に潜んでいただなんて……。メルティナの姿はありましたか?」
「確認できていないとのことです」
おっとり気味な雰囲気から一転、オームゾルフは眉間に皺を寄せて思案顔となる。
「部隊の一部からは、突撃許可を求める声も出ているそうですが……」
「なりません。たとえるならレノーレは、気配に敏感な黒猫。大勢で無遠慮に迫っては、近づくことすら叶わず取り逃がしてしまうでしょう。それでは、これまでの繰り返しになります」
「では……」
「部隊はしばし監視体制を継続。最低でも二百マイレの距離を保ち、決してそれ以上は近づかぬよう。彼女の様子は?」
「帽子や服装で外見をごまかそうとしているようですが、当人に間違いないとのこと。逃亡生活に必要な品の買い出しに現れたものと思われます。潜伏先は特定できていません」
「ではまず、レノーレの行動を把握。つかず離れずを維持しつつ、潜伏先を突き止めて。その後、彼女を中心に円周状で部隊を展開。距離は二百を維持。逃亡を図られた場合に、否が応でも兵団と正面衝突せざるを得なくなる状況を作りましょう」
「はっ。承知しました」
「仮に、近くにメルティナが潜んでいたなら二百程度では無意味ですが……、ここは賭けましょう。手をこまねいていても仕方がありません」
「はっ」
「現場がユーバスルラということは……ベンディスム将軍がおられますね」
「は。まさに現在、将軍が指揮を執っておられるとのことです」
「ならば心配無用ですね。私より、よほど的確に対応してくださることでしょう」
適任がおらず教団からやむなく担ぎ出されて主導者になったというオームゾルフだが、てきぱきと指示を下す様は堂に入っており、女王の風格が漂っている。
「オームゾルフさま……!」
そこでガタリと席を立つのはベルグレッテだ。
「ええ。予想外に早く機が訪れたようです」
聖女も力強く首を縦に振る。
「レノーレが目撃されたというユーバスルラは、ここから北に位置する工業都市です。馬車で小一時間ほどの距離となりましょう。兵に案内させますので、早速ではございますが向かっていただけますか」
「はい……!」
ベルグレッテが気合充分な面持ちで返答した。
ふーむ、と流護は自分の顎を撫でながら考える。
(馬車で小一時間って、また随分と近いな……)
加えて報告によれば、メルティナの姿は目撃されていない。
(まさか、レノーレの奴……)
すでに『融合』が終わっている。そしてこの宮殿に匿われている母親と接触すべく、近場で機を窺っている――。
(……いやいや、いかんいかん)
俺までそんな考えに引きずられてどうする、と流護は自分の頬を両手でぴしゃりと張った。
(でも実際んとこ……そこまでするか? 俺だったらどうだ……?)
自分の家族と、それ以外の全てを天秤にかける。あらゆるものを犠牲にして、家族を――たとえば父親や彩花を救ったとして。
『そんなことをしても、彼(彼女)は喜ばない』。
人間ドラマなどで散々に使い古された、誰しも聞き覚えのあるだろうありきたりなセリフ。しかし今回の仮定に限り、このチープな言葉がピタリと当てはまる。流護はそう考える。
(親父だったら往復ゲンコツされそうだし、彩花にはモップで殴られそうだ。しかも角で)
自分のために、他の大事なものが犠牲になったと知ってしまえば。救われたはずの者が、罪悪感を覚えることになる。
何せ、死者に対する弔いとは事情が異なる。ここで救われる対象は生きているのだから。
この数日、頭の中で引っ掛かっていることだ。
(レノーレはどう考える? 記憶が戻った母ちゃんはどう思う? ……つか、馬車まだか)
色々考えながらも逸る気持ちを抑え準備完了を待っていると、
「……出立前に念のため、皆さんに把握いただきたいことがございます」
オームゾルフが迷いの感じられる口調で切り出した。
「? どういったお話でしょうか」
怪訝そうなベルグレッテに首肯し、聖女は続ける。
「ひとつの知識として、頭の片隅にでも留め置きいただければと――」




