↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
終天の異世界と拳撃の騎士  作者: ふるろうた
11. 白氷世界のヘクセンヤクト

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

392/713

392. 氷宮の夜

 詳しい話は明日改めて――と、謁見もひとまず終了した。


「では、お部屋までご案内いたします」


 流護たち一行は、真面目そうな兵士に引率され、宮殿内の客室へ向かうこととなった。

 夜になり、寒さもより一層増したらしい。底冷えするような石の廊下を、皆で連なって黙々と進む。


「…………」


 流護やベルグレッテが押し黙っているせいか、サベルたちも口を開こうとはしなかった。自然、妙に重苦しい空気となる。


(実際来てみたけど……事態が好転、どころの話じゃなかったな……)


 レインディールで暗躍していたキンゾルの存在が見え隠れしているとなれば、流護やベルグレッテとしても見過ごす訳にはいかない。

 事件解決に協力することそのものはごく自然な流れだったが、


「なぁ、ベル。どーするつもりなんだよ、レノーレの奴をよ……」


 謁見の間では一言も喋らなかったエドヴィンが、気まずそうに口を開く。

 彼も薄々感じ取っているのだろう。もう、以前のようには――と。


「いつもと……なにも変わらないわ」

「はァ? どーゆー意味だよ」

「もしレノーレが悪いことをしようとしてるなら、止めるだけよ。エドヴィンがサボろうとしたとき、注意するみたいにね」

「な、何だよそりゃーよ……」


 どこも同じように見える、薄暗い廊下を進むことしばらく。先導していた兵士がピタリと止まり、皆を振り返った。


「では、こちらが皆様にお使いいただくお部屋となります」


 直線に延びる闇の廊下。石壁際に等間隔で並ぶ四つの扉。

 正直、流護としてはこれまで歩いてきた通路とあまり区別がつかない。階段を一度下りているので、ここは二階だろう……といった程度の認識である。


「ふぅーん……雰囲気があって悪くないんだけど……この辺り、廊下に窓がないのね。ちょっと暗いわ」


 光源は壁の燭台に灯された炎のみ。

 ジュリーの言う通り、この場所に立っている限りでは昼夜の区別すらつきそうになかった。この窓がないという点も、他の道と区別がつきづらい一因だろう。


「申し訳ございません。この区画は宮殿の中央部に位置するため、窓がないのです」

「ってことは、部屋の中にも窓がないのか」


 サベルに首肯し、兵士は事務的に補足する。


「そうなります。室内につきましては、不自由なきよう光源の確保はさせていただきました」

「なるほど」


 宮殿というよりは迷宮のようなほの暗い四方を眺めながら、流護は納得する。


「どうしても窓があったほうが良い……とのことであれば、お部屋の変更も検討させていただきますが、あまりお勧めはいたしません」

「お勧めしない? そりゃまた、どうしてだい」


 謹直な兵が滲ませた個人的な意見が気になったか、サベルが興味深そうに掘り下げる。


「単純に、冷えるのです。特に朝方は窓が凍り付き、どうしても隙間から寒風が吹き込みます。この国の冬に慣れていない方には、耐え難い寒さになるかと。正直なところ、窓の有無で室内の暖かさには雲泥の差が出ます」

「ひゃぁ、そういうことなのね。それだったら、窓なしでいいわ~」


 降参するように、ジュリーが自分の肩を抱いた。

 とそこで、


「……あの。ところで、お部屋が四つのようですが……」


 申し訳なさそうにベルグレッテが進言する。

 彼女の言う通り、石壁に並ぶ扉の数は四。流護たちは五人。部屋がひとつ足りないことになる。


(……あ、サベルとジュリーさんがセットか? なら四つでいいのか?)


 と思う流護だったが、兵士からはやや予想外の答えが返ってきた。


「こちらは、リューゴ・アリウミ氏、ベルグレッテ・フィズ・ガーティルード氏、サベル・アルハーノ氏のお三方にご利用いただきます。そこの一部屋は物置きです」


 数秒ほどの空白を置いて、名前を呼ばれなかったジュリーが兵士の顔を見やる。


「他のお二人につきましては、ここではなく一階にお部屋をご用意いたしました。これよりご案内いたします」


 と、彼は当たり前のようにそう続けた。


「他のお二人、ね……」


 切れ長の美しい瞳が細まり、見るからにジュリーが不機嫌そうな顔となる。

 昼間に引き続いての『その他』扱い、そしてサベルと引き離されたこともおかんむりの要因に違いない。

 一方で、同じくその括りに入れられたエドヴィンは、どうでもよさそうにあくびを噛み殺していた。


「ああ……あなたと離れ離れだなんて悲しいわ、サベル」

「なァに。運命の悪戯で引き離されたお前との再会を、今か今かと心待ちにする……。たまには、そんなのも乙ってもんだ」

「ぅやぁ! もう、サベルったら! もう!」

「イヤ、別々の部屋に泊まるだけの話だろ……」


 エドヴィンのもっともな突っ込みをよそに、それぞれ宛てがわれた部屋へと入るのだった。






「ジュリー様はこちら、エドヴィン様はこちらの部屋をお使いください」


 上の階と似たような二つの扉を前に、案内した兵が生真面目に告げる。


「ご丁寧にアリガト。……それにしてもアレねぇ」


 言いながら、ジュリーはここまで歩いてきた通路を振り返った。

 サベルらの部屋がある上階と同じような、ほの暗い廊下。壁かけの燭台が放つ明かりも頼りなく、やってきた道のりは薄闇に包まれている。


「サベルたちの部屋からは、随分と離れてるのね」

「申し訳ございません。五名様分のまとまったお部屋が確保できなかったもので……」

「いえいえ。ご丁寧にどうも~」


 役目を終えて去っていく案内人の後ろ姿を見送りつつ、


「それにしても残念だったわね、エドヴィンくん」


 風の麗女は隣の悪ぶった見てくれの少年に微笑む。


「あ? 残念? 何がだよ?」

「ベルグレッテちゃんと部屋が離れちゃって」

「!? は!? そっ、それが何だってんだコラ、な、何言ってんのか意味ワカんねーぞコラ……!」

「うふふふふ、若いってステキねー」


 見た目に反して純朴な青少年を微笑ましく思いながら、ジュリーは自室となる部屋へ退散するのだった。






(暖かい……ッ、上着いらずッッ)


 案内された客室のベッドに腰掛けながら、流護はその事実を噛み締めていた。

 部屋の片隅でごうごうと燃え盛る暖炉の火が、暖気と光源を兼ねるべく頑張っている。

 ざっと見渡せばカンテラも枕元や戸棚を筆頭にやたらと備えつけられており、暗ければ好きなだけ使えといわんばかり。

 室内はやや……いやかなり手狭だが、むしろそれゆえにこの快適な室温を維持できているのだろう。廊下と比べたなら、まるで季節が違っているかのようだ。


(バダルノイスはヨソの人間に冷たいって話だったけど……悪くない待遇じゃん)


 それだけレノーレの一件に対して期待を寄せられている、とも考えられる。


 ふと目に入ったサイドテーブルには、様々な瓶が並んでいた。飲み物も完備である。案内の兵士の話では、好きなように飲食していいとのことだった。


(喉乾いたし、遠慮なくいただきますか……、って、あれ?)


 ボトルをいくつか手に取ってみるも、


(うーん、全部酒っぽいな、これ……)


 ここまで小洒落たボトルの中身が、ジュースやお茶ということもないだろう。サベルは喜ぶかもしれないが、さすがに流護としては飲む訳にもいかない。


「み、水……」


 ないと分かると余計に欲しくなるものである。

 喉の潤いを求めて、この快適な空間を出る必要がありそうだった。


「ォフゥ……」


 部屋の戸を開けると、それだけで絶対零度のような空気に晒された。出歩く気力が根こそぎ奪われそうになる。


(っとに、寒いってレベルじゃねーな……。さすがにこんだけ冷えると、雪マイスターの桜枝里さんでもキツそう)


 そんなことを考えながら、すぐ隣にあるベルグレッテの部屋の戸を叩く。


「こんばんわ、流護です」

「あら、リューゴ? どうかしたの?」


 すぐさまドア越しに返事が聞こえてくる。


「いや、なんかさ。そっちの部屋にも飲み物置いてあると思うけど、全部酒だったりしてねーか?」

「え? …………っと、そう……ね。そうみたい」

「やっぱそうか。じゃ、普通の飲み物もらってくるとすっかな……」

「あっ、待って。それなら私も行くわ」

「お。おう」


 思いがけず、二人きりで歩く機会が訪れた。恋愛初心者の少年としては、こんな何気ないことが嬉しい。

 しばらく待つと、昼間と変わらぬ防寒対策万全のもこもこした少女騎士が「お待たせ」と現れた。


「はは。何もそこまで着込まんでも」

「だ、だって寒いじゃない……」


 連れ立って、人気《ひとけ》のない夜の宮殿内を行く。流護たちの部屋周辺は窓がないため、昼夜で景観に変化は感じられない。


「……私ね。本当は、レノーレに会うのが怖くてたまらないの」


 肩を並べて歩きながら。

 懺悔するように、ベルグレッテが呟いた。


「リューゴは、『きっとレノーレも学院生活が楽しかったはずだ』って言ってくれたけど……。もし、どうにか再会できたとして……あの子が私を前にしても、顔色ひとつ変えなかったら……」


 無表情。読めない。分からない。レノーレという少女から当初受けた印象は、流護にとってもそんな言葉で表わされる。


「実は、私の……私たちのことなんて、なんとも思っていなかったら。そう考えると、怖くて」

「何だよベル子さん。珍しく弱気だな」

「だって……!」


 あまりにこれまで、レノーレという少女のことを知らなすぎた。そしてここ数日で、知ったことが多すぎた。

 少女騎士の中で、友人としての自信が揺らいでいる。本当にレノーレは、自分を友達と思ってくれていたのだろうか――と。

 やはりオームゾルフや皆の前では、必死に気を張っていたのだ。弱さを見せないように。


「昔さ、俺の師匠が言ってたんだけど……。七十年以上生きてきた中で、とにかく一番耐えられないと思ったのは……痛みでも苦しさでもなくて、『退屈』だったんだってさ」


 おもむろな流護の言葉がさすがに要領を得なかったか、ベルグレッテはきょとんとなった。


「言われてみりゃ、俺だってテレビ見ててつまらん番組だと思ったらチャンネル変えちまうし、面白くない漫画なんか途中で読むのやめちまう。人は『退屈』って感じたなら、それから自然と遠ざかる。わざわざ我慢なんてしねーんだよな」


 だからさ、と続ける。


「レノーレにとっての学院生活は、そうじゃなかった。退屈とかつまらないとかとは無縁だった。右も左も分からない外国で、二年もやってけるほど楽しいもんだったんだよ」


 そもそもレノーレには、義務がない。ミディール学院に在籍し続ける義務が。

 卒業資格が必要だった訳でもなければ、ダイゴスのように異国間の架け橋としての役目を担っていた訳でもない。

 辞めたければ、いつ辞めても構わない身の上だったのだ。

 そんな彼女が、二年以上も学院に滞在し続けたこと。それこそが、皆との時間を楽しく感じていた証でもある。

 そう説くと、


「……ん、そうね。……うん、だったらいいな」


 ベルグレッテは噛み締めるように、弱気に笑って頷いた。


「それにさ、レノーレが『融合』でメルティナって友達の力を手に入れようとしてる……とかってのは、飽くまでただの予想だろ」


 状況から、その可能性が極めて高いという『だけ』の話で。


「うん……」


 次々と判明する事実。もう以前のようには戻れそうにない現実。

 気丈に振る舞いここまでやってきた少女騎士だが、内心では相当に堪えている。


 ――だから、気付いていない。

 流護でさえ気になっている、その違和感に。


「……俺は、ここ数日考えてちょっと引っ掛かってるんだけどさ。例えば『融合』でレノーレがすごい力を手に入れて、母ちゃんの記憶喪失を治せたとして……その後、どーすんだ?」


 やはり思い至っていなかったのだろう。ベルグレッテは悪夢から覚めたような顔で目を見張った。とぼとぼと進めていた歩みすら止めて。


「レノーレの母ちゃんが記憶取り戻して、『娘が自分の治療のために友達を殺しちまった』なんて知ったら、絶対ショック受けるんじゃねーかな。レノーレってかなり頭いいみたいだし、そこに気付かないとも思えないんだよな」


 それも、メルティナはただの友人ではない。バダルノイスにおける唯一の『ペンタ』、超重要人物なのだ。

 それほどの人間を犠牲にしてしまった、とレノーレの母――非常に優秀だったと名高い元・宮廷詠術士(メイジ)――が知れば、受ける衝撃は果たしてどれだけのものになるか。


 加えて、『融合』という行為そのものに対しても同じことがいえる。

 神詠術《オラクル》に誇りを持ち、神聖視する者ほど、この外法を強く嫌悪する傾向がある。まさにベルグレッテがそうであるように。模範的な宮廷詠術士(メイジ)だったというレニンがどう思うかは、想像に難くない。


「いやそりゃ、そこまでしてでも母ちゃんを治したいのかもしれない。俺がその立場だったら、もしかしたらやるかもって思う。けど、もし違ったら……」

「ん……」


 ベルグレッテもようやくその部分に引っ掛かりを覚えたらしい。が、


「でも、もし『違う』なら……根本から大きな謎にぶつかることになるわ」

「ま、そうなんだよな……」


 そう。だから流護は、これまで黙っていた。

 つまり。



 母のためでないなら、レノーレはなぜ今回の行動を起こしたのか。



 それが大きな疑問として立ち塞がることになる。

 そもそもバダルノイス側にしてみれば、捜査を集めていった結果、『母を治療するため』という仮説にたどり着いているのだ。

 となるとやはり、レノーレはそういった全てを承知したうえでとにかく母を助けようとしている――という可能性も否定できない。例え誰にどう思われても、自分を知っていた頃の母を取り戻そうと。

 レノーレにとっての母親は、己の全てだったといわれるほどだ。それなら、やはり……。


 二人であれこれ唸りながら廊下の角を曲がると、


「!」


 流護とベルグレッテは同時に驚き、足を止めた。

 向かいからやってくる、長躯の男の姿があった。

 相手も流護たちに気付き、鋭い眼をより細くすぼめる。青い絨毯を踏み締め歩いてきた、その人物。

 凍りつくような美貌。黒銀の髪を中分けで整え、額は丸出し。長い後ろ髪は背中で束ねられ、腰まで垂れている。

 白鎧と長く垂らした青マントはいかにも騎士といった風情だ。

 二人の目の前までやってきたその男は、以前と同じ冷たい眼差しで低く吐き出した。


「……リューゴ・アリウミか。よもや、この宮殿で貴様の顔を見ることになろうとはな」


『雪嵐白騎士隊《グラッシェラ・デュエラ》』隊長、スヴォールン・シィア・グロースヴィッツ。

 先日、前触れなくミディール学院に乗り込んできた騎士隊長。レノーレの……腹違いの妹の部屋を平然と踏み荒らした男。そして――


「ふーん、意外だな。『何故貴様がここにいるッ!』とか言わねえの? ヒステリックに叫んでナンボだろ、あんたみたいな奴ってさ」


 流護はどこまでも挑発的に言ってのける。


「客人を呼んだ、と祀神長から報告を受けていたのでな。尤も、名前を聞いて耳を疑ったことは確かだが。『猫の手も借りたい』という言葉があるが、それ以下の小猿に助力を請うとは……あの方にも困ったものだ」


 居丈高。初めて出会ったときと同じ、高みから見下ろす視線で。


「それよりも、だ。私にあれだけの狼藉を働いておきながら、堂々とこの国へやってこられるその神経が理解できん。まさか祀神長の客人として招かれたゆえ問題ない、とでも思ったのか?」


 冷淡なスヴォールンの美貌に、般若じみた凄みが混ざる。


「――ここはレインディールではない。貴様を守るものは何もないぞ」


 その眼光は、バダルノイスの人間に対してならば絶大な効果を発揮するのだろう。しかし流護はまるで関係ないとばかり、平然と一歩進み出る。


「はっ、そりゃ脅しか? なんつーか……どうでもいいことは忘れちまうタチでさ。あんたのことなんて正直、今の今まですっかり忘れてたよ」

「……何だと?」


 真っ向から見上げ、言ってのけた。


「闘りてぇならいつでも闘ってやるよ。今すぐにでもな。ああ、その前に決めとけや。『雪嵐白騎士隊《グラッシェラ・デュエラ》』とかいうポンコツ集団の次の隊長をよ」


 嘘をついた。

 忘れるはずがない。

 ミアを手にかけようとしたこの男のことを、忘れるはずがない。


「レノーレの兄貴だろうが、手加減なんてしてやらねーぞ」


 鼻で笑うと、スヴォールンは忌々しげに眉を寄せた。


「実を生すと思ったか、その下らぬ挑発が。あれを妹だなどとは思っておらん。父が共通するだけの他人だ」

「あそ。じゃ、余計にちょーどいいな。レノーレに兄貴なんていなかった。いいね? って感じで」


 至近距離、狭い廊下で向き合う両者。

 流護としては、問題ない。今すぐにでも『始められる』。

 密かな臨戦態勢を察したか、


「安心しろ、孺子。今この場で貴様を潰しては、わざわざ呼び立てた祀神長の面目も潰れる。そのように無粋な真似はせん」


 言い残したスヴォールンが歩き出し、すれ違う。と思いきや、背中越しに空々しい声がかかる。


「……おっと。事が終わった後ならば、遊んでやらんでもないがな」


 そんな挑発に対し、流護も振り返らず受け答える。


「お、いいの? あーでも、そうなったらバダルノイスも大変じゃね? この件が全部片付いたら、今度はグラ何とかの隊長が再起不能になるんだから。あ、別に問題ねーか。無能が一人消えるだけだもんな」


 互い鼻で笑い合うに留まり、不意の遭遇は結果として血を見ることなく収まった。

 去り行くスヴォールンの後ろ姿が、廊下の曲がり角へと消えていく。


「も、もう、リューゴったらっ」


 ベルグレッテが困り果てたように窘めてくるが、


「またまたー。実はベル子さんだって内心ムカついてたろ。止めようとしなかったじゃん」

「下手に声をかけたら、それを合図に始めちゃうと思ったのよっ」

「ははは」


 流護は白々しく笑いながら、行こうぜ、と少女騎士を促す。


「色々と分からんことも多いけど……とにかく、レノーレを見つける。で、話を聞く。で、連れ戻す。結局、やることはそんだけだ。あのクソ兄貴も、別に邪魔してくる気はないみたいだしな」

「そんな、簡単に言って……」

「まとめると実際そんな感じだろ。やる前にあれこれ悩むより、それぐらいざっくり行こうぜ」

「……もうっ。……でも、そうね。事態が動かないうちから考え込んでも、仕方ないわよね」


 二人は、気付かなかった。

 話に花を咲かせながら歩くうち、すっかり道に迷っていることに。






 ――この氷輝宮殿《パレーシェルオン》内をしばし歩き回って、気付いたことがある。

 それを、流護は恐る恐る口にした。


「……この宮殿、広すぎじゃね?」

「……そうね……外観からも想像はついていたけど、レインディールの王城に匹敵するかも……」


 ベルグレッテも同意する。外から見たらインドの宮殿風のこの建物は、思った以上に奥行きがあったらしい。さすがにバダルノイスの本拠地というか、最高権力者や貴族が住まう城である。巨大なのも当然か。

 そのうえ、


「寒い……」

「寒いわね……」


 だだっ広い石の空間は、北国特有の並ならぬ冷気を漂わせている。吐く息は常に白く染まっていた。

 加えて、


「つか、ここどこなんだよ……」

「どこなのかしらね……」


 部屋の案内を受けたときにも説明されたことだが、宮殿内部には原則として窓が少なく、自分の居場所の把握が難しかった。

 レインディール王城は渡り廊下や中庭が点在するため、外との繋がりが多くおおよその位置は判断できるようになっている(それでも流護は未だに迷うのだが)。

 このままでは道に迷って凍死、が冗談でなく起きてしまいそうだ。


「薄暗いし、完全に迷宮じゃねーか……。ミノタウロスとか出てきそう。とにかく適当に歩いて、人がいたら訊くしかねーな」

「そ、そうね」


 実際にミノタウロスが現れたならまず道を尋ねたいぐらいの心境だった。

 仮にレインディール王城と同じ規模の広さなら、三十分や一時間コースの迷子もザラにありえる。無茶は禁物だろう。

 そうして蝋燭の灯された石の回廊を行くことしばらく。巡回中か、緩慢な足取りでこちらへとやってくる一人の兵士の姿があった。


「よっしゃ、第一兵士発見……!」

「? 第一兵士……?」


 ネタが分からず小首を傾げる異世界の少女騎士を横目に、流護は早速とばかり駆け寄った。


「あの、すいませんちょっといいすか! 部屋に酒しかなかったんで、水が欲しいんすけど」


 相手の年齢はサベルたちと同年齢ぐらいだろうか。年若い兵士は、流護とその後ろのベルグレッテへまじまじとした視線を送ってくる。


「……? 君たちは?」

「え?」

「君たちは何者だ? 誰かの客人か?」

「ええ? 誰って……」


 予期していなかった反応にポカンとなる流護だったが、そこは頭の回転の早さゆえか、ベルグレッテが即座に受け答えた。


「失礼いたしました。私たちは、このたびオームゾルフさまによってお招きいただきました――ベルグレッテ・フィズ・ガーティルード、こちらはリューゴ・アリウミと申します」

「! ああ、なるほど! あなたがたがオームゾルフ祀神長の……!」


 そこでようやく警戒が解けたか、彼の顔に笑みが浮かぶ。


「ええと、失礼いたした。何用と仰いましたかな? 酒? 水?」

「はい。先ほどお部屋にご案内いただいたのですが、その……お酒しかありませんでしたもので……」

「それはそれは。バダルノイスの冬は寒いでしょう? 暖を取るために、各部屋には酒が常備されているのですよ。それはそうと、水でしたな。あちらをまっすぐ行くと食堂がありますゆえ、そこで給仕に申し付けられるがよろしかろう」


 必要なことを聞き終えて礼を述べ、去っていく兵士の背中を見送る。


「……俺らのこと聞かされてない人もいるんかな……」


 オームゾルフ――いわばバダルノイスの現王たる人物に名指しで招かれたのだから、皆が無条件で知っているものと思っていた。

 ひとまず、食堂の近くまではやってきていたらしい。彼の助言に従い進むと、開けた吹き抜けの空間に出ることができた。


「お。ここか」

「そうみたいね」


 ここまで続いていた通路――左右の壁がなくなったことで、狭苦しさからは解放されらものの、より一層寒さが増したように感じられる。

 休憩中か、食事をしている兵士の姿もちらほらと見受けられた。

 忙しい時間帯は外れているのだろう。奥のカウンターで暇そうにしているコック姿の男性へと話しかける。


「あの、すいませーん」

「はい、何にいたしましょうか」

「ええと……」


 先の兵士の例を考えて、今度は名乗ったうえで事情をきちんと説明した。


「おお、おお! オームゾルフ様の! 話は伺っております。承知しました、少々お待ちくださいませ……!」


 女王の客人、ということで当然といえば当然か、いきなり態度がシャッキリした給仕の男性はテキパキと動き、瓶に詰めた水を大量に持ってきてくれた。


「も、持ちきれねえ」

「どうぞどうぞ! ありがとうございました!」


 そう言って台車まで用意してくれるサービスっぷりだった。水に困ることはなくなりそうだが、これを引いて部屋まで戻らなければならない。それ以前に、自室まで戻る道のりを覚えていない。


「となりゃ、だ」


 ガラガラと台車を押していき、出口側の席で一杯やってくつろいでいる銀鎧の中年兵士に話しかける。つい今しがたまでいなかったので、流護たちが水を受け取っている間にやってきたのだろう。

 

「あの、すいませーん。ちょっと道を教えてほしいんですけど」

「ん? ……!」

「あ、えっと俺らは――」

「ええ、存じております。オームゾルフ祀神長のお客人の方々ですね」

「え、ああ。はい」

「リューゴ・アリウミ様に……ベルグレッテ・フィズ・ガーティルード様」

「そ、そうっす」


 名乗ろうと思っていたので、今度は出鼻を挫かれた感があった。

 この兵士は事情を詳しく聞かされていたのか、さして説明するまでもなく部屋までの道順を案内してくれた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=931020532&s
― 新着の感想 ―
[良い点] 傲慢な隊長兄貴によく言ってくれた流護! [気になる点] ただ立場上身内びいきしたら下に示しがつかないからこその態度というのも可能性として捨てきれない・・・。 [一言] レノーレの処遇を巡っ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。