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Crescent Quest 〜陽光ノ道標〜  作者: Soji
第一章 朱陽ノ出立
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⑫ 揺らぐ心へ水を


「……なんで?」


 問われた陽南は一瞬、息を止めた。


「……管轄外、だからよ」


 ようやく出た声は、自分でも驚くほど硬かった。


「ここは支部隊の担当区域だもの。勝手に介入する方が問題になるわ」


 越権行為は統制を乱す。

 現地の治安維持は、現地の支部の責任だ。


 規則を守るため、見逃したのは間違いではない。

 ――間違いでは、ないのに。


「…………」

 

 三明は、何も言わない。

 その視線は、妙に静かだった。


(……なによ)


 胸の奥が、ちくりと痛む。

 自分は正しいことを言ったはずなのに。

 まるで、嘘を見抜かれているような気がした。


「と、とにかく! 今は視察任務中なんだから!」


 誤魔化すように、陽南は視線を逸らす。


「余計なことして問題起こす方が困るでしょ!」


 正論なのに。

 胸の奥に、小さな棘が刺さったまま抜けない。


 しばらくの間、沈黙が続く。


「……そっか」


 やがて三明は、一言だけ呟くと。

 いつも通りの無表情で、静かに歩き出す。


 だからこそ、胸に罪悪感が広がった。


(……あたしは)


 ──本当は。

 『仲間で家族』と言って笑った人たちを。

 三明の大事な繋がりを、壊したくなかった。


 隣を歩く少年の横顔を、盗み見る。


(これで、良かったのかしら……)


 その沈黙が、責められるよりもずっと痛かった。


 


 

「……タケチ君、まだ帰ってきてね〜よな」

 

 逃げるように机へ向かい、報告書を書き上げた頃。

 小太刀の手入れをしていた三明が呟く。

 

「そうね。もう夕食の時間なのに。先に食堂行ったのかしら」

 

 二人で食堂へ向かう。

 だが、扉を開けた瞬間、異様なざわめきが耳に飛び込んできた。


「おい、聞いたか? 二丁目の町長さん家が火事だってよ!」

 

「盗賊の仕業らしいわ。夕輝士団が今、犯人を追ってるって!」


 陽南の背筋が、ひやりと冷える。


「……まさか」


「姉御」


 三明の声も、どこか硬い。

 だが、後悔するのは後だ。


「あたし達も行きましょ」

 

「あぁ」


 二人で宿屋を飛び出す。

 夕闇が迫る空の、左手の方角がやけに明るい。


「あっちみたいね。三明、先行ってて」

 

「や、でも」

 

「あんた一人の方が速いでしょ。あたしもすぐ行くから」

 

「……了〜解」


 三明は小さく頷き、矢のように駆け出した。

 その背中を見失っても、陽南は走り続ける。


「それにしても……速っ……」


 元盗賊というだけでなく、身体能力もかなりのものだ。

 パワーなら陽南に軍配が上がるが、やはりスピードでは彼に敵わない。


 息が大きく上がり始めた頃、ようやく現場に辿り着く。


(あそこね……!)

 

 燃え盛る家を囲むように地元の隊士たちが立ち、外側では野次馬達が押し留められていた。


「──答えろ、空見!」


 ざわめきの中、鋭い声が響く。


「すいません、通して下さ――武智君!?」


 人垣を抜けた先で、赤々と燃える炎に照らされ、武智が三明の胸倉を掴んでいるのが見えた。

 三明は黙って俯き、されるがままだ。


「ちょっと! 何やってんのよ!」

「陽南さんか。君も、もう演技は必要ない」


 氷のように冷たい視線に、理解が追いつかない。


「いきなり見破られて、言葉も出ないか? 僕もまさか、二人が盗賊の仲間だったとは思わなかったが……!」


「私達は見たんだ! 最近出没していた盗賊達と、この二人が密会していたところを!」


「あぁ、間違いない! 金髪と赤毛の男女だ!」


 周囲の隊士達が、鋭く陽南を睨む。


「ちょ、ちょっと待って! 誤解よ!」

 

「なら、なぜ盗賊を捕らえなかった! 陽南さん!」


「それ、は……」


 三明の、元仲間だったから。

 情に流され、立場を忘れた――その結果だ。


「言えないということは、やはり盗賊の仲間だったんだな! 旅の間、励ましてくれたのも、助けてくれたのも……全ては僕を騙すためだったということか!」


「っ、違うわ! 確かに見逃したけど、あたしは盗賊なんかじゃない! 三明だって――」


「信じないぞ! それが盗賊の手口だ! 昔、うちの別荘もそうやって襲われた!」


 怒りと悲しみが入り混じった叫び。


 炎がさらに勢いを増す。

 その時、風に乗って微かな泣き声が聞こえた。


「おい、子どもがいるぞ!」


 二階の窓。

 一瞬、炎の合間から小さな白い服が覗いた。


 隊士達がどよめき、今さら慌てて水を探し始める。


「武智君! 水術で火を何とかして!」


 懇願する陽南に、武智は冷たく返す。


「その隙に、逃げるつもりか?」

 

「違う! あたしは――!」


「俺を信じろとは言わね~よ」


 不意に、三明の静かな声が響く。


「俺は昔、盗賊団にいた。アイツらはその時の知り合いだ。だから……どう思われても、何されても、文句は言えねぇ」


「……三明」


 金の髪と瞳が、炎に照らされ茜色に染まる。


「けどさ、姉御のことは信じてやれよ。アンタら、隊は違っても仲間なんだろ」


「――!」


 武智の目が見開かれる。

 掴んでいた手が緩み、三明はその場にすとんと腰を下ろした。


「仲間を信じ、力を合わせて王国を守る……それが夕輝士団だって、親父は言ってた」


「…………」


「俺は逃げね~から、消火を頼む。タケチ君にしかできねぇ仕事だろ」


 真摯に見上げられ、武智は固く目を閉じた。


「……陽南さん、僕は……」


 やがて開かれた目に、先程の冷たさはない。

 戸惑い、葛藤するような表情に、陽南は笑顔で返す。


「三明の言う通りよ。ここは武智君に任せるわ! あたしは、あたしでやれることをやるから!」


 頼んだわよ!

 そう叫ぶなり、陽南は隊士の一人から桶の水をもぎ取り、頭から被って建物へ飛び込んだ。


「おい、姉御っ……」

 

「陽南さん!?」


 二人の叫び声は、燃え盛る炎と熱気にかき消される。


「あっつ……!」


 口元を押さえ、煙を避けながら、辛うじて形を保つ階段を駆け上がる。


 そして二階で、窓の手前で倒れている少年を見つけた。


「君、大丈夫!? しっかりして!」


 反応はない。

 だが、まだ生きている。


「早く外に……え?」


 抱き上げた瞬間、瓦礫が崩れ落ち、階段を塞いだ。

 振り返れば、ベランダも熱で歪み、出口を失っている。


(せめて双刀があれば……!)


 丸腰では、瓦礫をどうすることもできない。


「……なっ!?」


 直後──頭上から響く、轟音。

 

 咄嗟に少年を庇い、何が起きたのか理解する間もなく、陽南の意識は闇に沈んだ。

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