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Crescent Quest 〜陽光ノ道標〜  作者: Soji
第一章 朱陽ノ出立
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第一章⑩ 変わらぬ過去、変える今


 砂漠の宿の食堂には、古い油の匂いが重くこもっていた。


「……食材どころか、調理法まで粗末だな」


 煮魚に箸を付けた武智が、露骨に眉を寄せる。


辛口仙人掌カラクチサボテンで魚の風味が塗り潰されている。空見の作る庶民料理の方が、数倍はましだ」


「しーっ! 声が大きいわよ」


 陽南は慌てて武智を制した。

 ぶっちゃけ同感ではあったが、店主の目が怖い。


 気を取り直して魚の骨を取り除こうとしたが、右隣に座る武智と肘がぶつかり、どうにもやりづらい。


「席、逆に座ればい~じゃん」


 盆を運んできた三明が、気怠げに言った。

 ようやく三人揃って席に着いたところで、武智が声を低くする。


「……ここへ来る途中、盗賊の目撃情報があったそうだ」


「!」


「あ〜、変な商人なら見たな」


 三明がさらりと言ってのける。

 陽南は、昼間に出会った「山田」と名乗る男を思い出した。あの時は少しだけときめいてしまったが──。


「服で誤魔化してたけど、相当手練れだと思う」

「ふむ、明らかに怪しいな。明日、支部の者にも伝えておこう」


 見知らぬ男へと、警戒心を露わにしていた三明。

 冷たい殺気を孕んだ横顔が脳裏をよぎり、胸がざわつく。


「奴らは人を騙すエキスパートだ。じっくり警戒心を薄れさせ、完全に心を許した所で裏切り、金品も命も根こそぎ奪う──それが、盗賊のやり方だ」


 嫌悪感を剥き出しにする武智に、陽南はふと尋ねた。


「……随分、詳しいのね」


「昔、少し被害に遭ってね。……とにかく、陽南さん達も用心してくれ」


 武智の言葉を最後に、食卓の空気は目に見えて重くなった。

 もとより口数が少ない三明に加え、饒舌な武智までが黙り込むと、夜の静寂が肌に刺さる。


 暗い話題、不味い食事。

 陽南は逃げるように残りを掻き込んだ。



 食後、一番風呂を武智に譲った陽南は、赤司隊長宛ての報告書を書き始めた。


 土地神との出会い。そして告げられた、この地の末路。


『信仰は薄れ、此の地は加護を失いつつある……我らも永くは保たぬであろうな』


 ただの地方視察のはずが、これほど重大な事態に首を突っ込むことになるとは。


「ねぇ三明、昼間の神殿だけど──あれ?」


 ふと顔を上げると、隣のベッドにいたはずの少年の姿がない。

 窓を見れば、鍵が一つだけ開いていた。


(……また、屋根の上?)


 陽南は迷った末、外へ出た。

 古い建物の屋根は軋み、音を立てないように上るのに苦労する。


(こんなに音がするのに、全然気付かなかったわ)


 自分の不甲斐なさに溜息をつきながら、屋根の天辺へ辿り着く。


 そこには、膝を抱えて座る三明がいた。

 か細い三日月を、ただ静かに見つめている。


「……風呂?」


 こちらを一瞥する三明に、肩を竦める。


「ううん。何となく来ただけ」


「ふ~ん……」


 そっけない返事。

 いつも通り淡々としているが、どこか声の芯が硬い。


 陽南は隣に腰を下ろした。


「今日は、色々大変だったわね」


「あぁ。おれ、神サマなんて初めて見た」


「うん。……それに」


 昼間から、ずっと心に引っかかっていた。

 それを、ようやく言葉にする。


「ねぇ、三明……あいつが言ってた『同属』って?」


 三明の肩が、ぴくりと跳ねた。

 金の瞳が、わずかに揺れる。


 そのまま、長い沈黙。


(話してくれない、か……)


 夜風が通り過ぎ、二人の髪を攫う。

 陽南が諦めかけた、その時。


「『聞かれたら、ちゃんと話して』……だったな」


 自嘲気味に呟くと、三明は月を見上げたまま続けた。


「多分……“人を斬ってる”って意味。殺しの経験あるヤツは大体、雰囲気で分かるし」


「!」


「……おれ、元盗賊だから」


 なんとなく、予感はあったけれど。

 本人の口から放たれた言葉は、鉛のように重く陽南の胸に落ちる。


「レオナルドさんと会う前、ってこと?」


「その道十数年。忍び足も鍵開けもお手の物だ」


「…………」


「……で、ど~する?」


 三明がこちらを向いた。

 空虚な、何も映さないような瞳。


「盗賊が、信用得てから裏切るってのはホントの話だ。おれも……沢山、奪ってきた」


「三、明……?」


「……こんなヤツを、信用できんの?」


 その拳が、白くなるほど強く握られていることに気づく。


 ──だからこそ、陽南は迷わなかった。


「できるわよ。当たり前でしょ」


 口を開きかけた三明を遮り、真っ直ぐに彼を見据える。


「短い付き合いだけど、あんたのことはずっと見てた」


「…………」


「空ばっかり眺めてるし、でも人には妙に優しいし……」


 三明は何も言わない。


「それって、後悔してるからよね。だから“元”なんでしょ?」


 上手くまとまらない感情を、勢いでぶつける。


「つまり……えーっと、とにかく! あんたは『盗賊改造計画』の第一号ってことよ!」


「……更正な。改造はカンベンして」


「そう、それ! あたしが更生させてあげれば、何も問題無いでしょ?」


 三明は呆れたように肩を竦めた。

 けれど、先程までの固い空気は、少しだけ和らいでいる。


「……ったく。姉御といい、親父といい……」


「ちょっと! あんなろくでなしと一緒にしないでよ!」


「や、意外と似てるって。無駄に真っ直ぐで、熱苦しくて──」


 文句を言おうとした陽南は、言葉を飲み込んだ。


 三明が、ほんの僅かに──だが確かに、目を細めていたからだ。


「……こっちまで、あったかくなる」


 不意に零された言葉に、胸の奥がむず痒くなる。


 傍らの金髪に、そっと手を伸ばす。

 三明は避けることなく、されるがままだ。


(……この子、本当、放っとけないわね)


 柔らかな猫っ毛を撫でながら、陽南は苦笑した。


「いっそあんた、うちの養子になる? ママも喜ぶと思うわ」


「え、親父と瑞希サンが結婚するってコト?」


「……やっぱ今の無し! あいつが父親になるのは絶っ対無理!」


 秒速で却下すれば、三明がしみじみと呟く。


「同属嫌悪ってヤツか」


「何か言った!?」


「や、別に」


 ひょいと目を逸らし、三明は再び夜空を仰ぐ。

 陽南も隣で、細く光る三日月を見上げた。


 そっと、彼の横顔を盗み見る。

 人形のような空虚さは──もう、どこにもなかった。

挿絵(By みてみん)

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