第八話 殺人現場
ジュラルとアメルが遭遇してから約五分ほど経過していた。トウマを人質に取られたアメルは行動することができず、その場に佇んでいた。
一方のアメルはその間、ひたすらにジュラルを勧誘し続けていた。
その言葉を五分間絶えることなく聴かせ続けられたジュラルはうんざりしていた。
もちろん、待っていることが最適解であることは間違いない。探索しているのはジュラルだけではない。そのうち、ヘルメスがやって来る。
だが、誰かに頼り続けているのも性に合わない。
ジュラルは五分間の中でいくつもの策が浮かんでいた。それは主に不意打ちを喰らわせることだったが、全て失敗していた。トウマである。彼が人質としてある限り、何をしても先に彼が殺される。
どうにかしてトウマを解放せねば反撃に出ることが叶わないのだ。
ジュラルの中に大きな賭けに出て勝機を見出す作戦が初めから浮かんでいた。しかし、その危険性は自分の命を犠牲にしなければならなかった。
死ぬ以外の方法はないかと、画策した。五分間しっかりと考えた。けれども、一つも出てこなかった。
致し方ない。
そう感じたジュラルはついに動き出す。
「分かった、その言葉に従おう」
ガシャンと腰の剣をその場に捨て、前へと歩き出す。それをみたアメルは満面の笑みを浮かべる。獲物がついに自分からやってきたと言わんばかりに。
「やっと分かってくれましたか?」
一歩、また一歩と距離が縮まる。武器は何もない。徒手であったとしても、致命を与えるには至らない。
「さぁ、手をお取りください」
雪のように白い手を差し出す。手に触れたらどうなるのか。もちろんジュラルは理解していた。
なんとジュラルは…………その手を取ったのだ。
「ウフフ、またしても救ってしまいました」
怪しく笑ったと同時。彼女の手から魔の力が流れ込む。トウマの時と同じ力がジュラルの体内へ侵入していく。進行は遅いものの細胞単位で確実に染めていく。
(なんという力!!! 耐えろ!! 耐えるんだ!!)
体を徐々に蝕んでいく病気に対抗するように彼は正面から受け止める。一つ一つ臓器が、電力を失った家電のようにプツリとダメになっていく。
(ふんぬぉぉぉぉぉ!!!?)
だが、その抵抗虚しく彼はその場に膝をついてしまった。まじまじとジュラルの顔を覗き込むアメル。
「歳を取ってもなお、救われたいという気持ちは誰もがあります。あなたが弱かったのではありません。人が根源的に持つも、仕方ないのです」
手を離し、背中を向けるアメル。そのまま自身が味方につけた者たちの間を通り抜ける。
フラフラと立ち上がったジュラル。彼も彼女の闇に触れ、浸かってしまったのだ。右に左にと、不安定な足取りでアメルの後ろをついていくジュラル。
アメルは振り返ることなく言う。
「私は非暴力者なので、あなたに守ってもらいましょう。あなたは見た感じですが、腕が立つので私を守る騎士になってください」
そのメッセージを受け取ったジュラルはゆっくりと、のらりくらりと彼女に近づく。意識が無いとしてもその言葉に忠実に従う。
「さて、いよいよ本命です。ミユ皇女を救います」
ジュラルは懐に手を入れた。
ガサゴソと何かを探しているかのように探った後、何かを取り出した。暗闇の中だったからこそ、目立つもの。釘のように細長く、先端が尖っている。キラキラと少ない光を浴び反射する。
そう、彼は決して彼女に屈したわけではないのだ。見事に防衛に成功していた。
人質であったトウマからも手を離している。ここで、アメルの非暴力主義が致命的な隙を生んでしまったのだ。
「ミユ皇女ミユ皇女、どこですかー?」
ジュラルは手に輝く鋭利な物を逆手に持ち、ペースを上げてアメルに近づく。アメルは完全に油断していた。そして、その距離はもうゼロに等しいものだった。
ジュラルの動きは速かった。無駄のない、洗練されたものだった。
「フン!!」
そんな声とともに、アメルは足を止めた。
ジュラルは力を込めて深々と刺し込み、下へ強引に切り開く!
「ゴッ!」
刹那、血が飛び散った。生温い血が傷口から出ていき、体温が抜けていく。
非暴力を自称していた彼女は本当にそうだったのだ。それは時としてすばらしいと賞賛されるが、ここで裏目に出たのだ。
戦闘経験の少なさ。勝利したことへの慢心………
「ガァっ?!」
まさに、暗殺現場とでも言うべきか。
アメルの背中は血で溢れかえっていた。
その場にうずくまり、出血をなんとかして止めようと手で押さえ込みにかかる。だが、そんなもので止められるわけがない。
「ゴフッ………」 鮮血が滴る。
「簡単には死なせぬ!! 我が主を深く傷つけた罪、そして、無辜の民を傷つけた罪、その身で償うのだ!!」
そう言って肝臓にある場所に再び刺し込み、横へスライド!
ブシュッ、グシァという音ともに、血溜まりが形成されていく。彼女が着ていたドレスは紫ではなく、真紅の色に染まっていた。
だが、それでもなおアメルは生き続けていた。地を這いずり、前へと進む。その度、地面には何かが轢かれたような赤い痕が残っていく。
「あなた………たち、私を……助け」
そう言って自身が入信させた者たちを見る。みるみるうちに彼女の顔は恐怖の色に染まる。彼らは上から見下しブツブツと何かを言っていた。
眉一つ動かさず、表情を変えず、ただ冷酷に、残酷に
『傷つけば救われる』
―――と。
自分が口にしていた言葉である。その言葉でこれまで何人の人が犠牲となったのか。
「どうした。先ほどまで、傷つけば救われると言っていたのは誰だ」
ジュラルの顔は鬼ようだった。目を怒らせ殺意が宿り、バリバリと歯を噛み締め、血が沸騰するのを感じていた。
「ふざけたことを抜かしおって……お前は、死にたくないではないか!」
「うぅ……っぁぁああ!!」
口から大量の血を吐き出しながら逃げ出そうとする。それを見たジュラルは声を大にして叫ぶ。
「ふざけるなぁぁぁぁああ!! 貴様!!! なんだそれは!!!!」
まるで雷のような怒号。それを聞いたアメルはより一層、逃走心を駆られ命懸けでその場から離れようとしていた。
「吐いた唾は飲めんぞ!!! 貴様にはここにいる信者より!! 世界で一番傷ついてもらうぞ!!!」
「ぁぁぁぁぁああ!!」
泣き喚くかのような声色。現に彼女の瞳には涙が溜まっていた。
「救われるかどうか、試してみられぇぇぇえいい!!!」
そう言ってジュラルは懐からクナイを抜き、アメルの足に突き立てた。それと同時に、絶叫がこだまする。狭く、薄暗い路地裏でとてつもない「復讐劇」が繰り広げられた。
◇ ◇ ◇
ミユのかすかな記憶を頼りにヘルメスは遅れて路地裏へも入っていた。
「それは確かですか!?」
「う、うん! あ、あいつが……」
ミユは震えていた。
彼女にとってアメルとは深い因縁があった。
「心配ありません。僕がいる限り、あなたには指一本触れさせません」
頼もしい言葉。
トウマが持っていた手記にも書かれていた通り、ヘルメスがいればこの事件は容易に解決することができる。それほどまでに彼は頼もしい存在なのだ。
「えーと……こっちこっち!!」
迷路のように入り組んだ場所をミユは来た道を思い出しながら案内をする。
縦横に走り回り、気がつけば数分が経過していた。
そして、とある場所を曲がったとき、ヘルメスが先を走っていたミユを止める。
「気配がします! 後ろにお隠れください!」
「りょーかい!!」
ヘルメスが前に出た時、ミユはピョンと飛び背中に乗った。彼もそれを予想していたのか、しっかりと彼女を支える。
どんどん強くなる殺気に二人は身構えた。
そして、いよいよ強い殺気を放つ場所へと辿り着く。
だが、すでにそこには先客がいた――――
「おい! 死ぬな!! 貴様の罪がこれで許されるとでも思っておるのか!!!」
「ウプッ…………おぇぇぇぇぇ!!!」
数えきれないほどの市民と、その場で吐いているトウマ。そして………
「ラル……じい?」
それを見たヘルメスはため息まじりに言う。
「やはり………私がこちらに向かうべきでした」
血のシャワーでも浴びたのかと、思うほどに全身に返り血を浴びたジュラル。彼は手に突起物を持ち、何かを殴り続けていた。
いまだ、かろうじて原型を留めているものの人の識別はつけられない有様だった。
殴り、刺し、また殴る。怨念のようなものを感じさせながらひたすらに痛ぶっていた。周囲の人が硬直している中、ヘルメスは動き出す。
「ジュラル殿! もう死んでいます! それ以上はおやめください!!」
ヘルメスが羽交締めにするも、ジュラルの暴走は止まらなかった。




