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第二十一話 「死に戻り」

 俺は死んだ。肉体をズタボロに穿たれ、致命傷を負って、ミユを守って死んだ。死んだらどうなるのか、死後の世界はあるのか、ましてや元の世界に帰れるのか、そんなことを思っていたにも関わらず俺は呆然と街の入口で立ち尽くしていた。


 「――っ!?」


 あぁ、死んだ。アーメン……と諦めていた。

 だが、自分の体を見てもどうにもなっていない。剣、槍等は一切刺さっていないし、血も出ていない。見間違えかと俺は何度も頬を叩いたり、目を擦ったりしたが、変化は無く、五体満足な自分がいた。


 「な、んだ……?」


 「どーしたのトーマ」


 柔らかな太陽のような声が聞こえた瞬間、俺は隣にいる少女を見た。紫陽花のようなロングの髪と猫耳を携えた、マリンの瞳の女の子、ミユがいた。


 すぐさま膝を突き、ミユの身体のあちこちを血走った目で確認する。


 「わわわ、どしたの?」


 「怪我は! どこか痛いところとかないか!?」


 「無い、けど。ほんとにどしたの?」


 その場で大きく安堵の息を漏らすと、ミユをギュッと抱きしめた。あぁ、良かった。暖かい、冷凍庫のように冷たくは無い。


 「え、えぇ?」


 困惑するミユとは対極に、俺は「良かった良かった」と口ずさみながら半泣きになっていた。あれは夢だった。そう、悪い夢だ。いつの間にか直立して寝てたに違いない。


 「照れますなートーマ。ミユの色気に惚れちゃった?」


 あぁいつものミユだ。ほんとに良かった。死んでない。生きている。


 俺は彼女から離れると、街の外へ向かおうとしている足先を反転し、街の方角に合わせた。風も俺の背中を押すように吹いている。


 「やり残したことでもあるのー?」


 やり残し、という訳では無い。

 今外に行けばあれの二の舞になる。なんの力かは知らないが、やり直しが出来た以上、最悪を回避する。


 だからまず、原因の根幹にある街の外に出るという選択肢を潰す。それだけで未来は変わるはずだ。そして、皆と合流する。俺とミユだけでは到底あの敵に太刀打ち出来そうにない。


 「近況をみんなに報告しないとね」


 俺の言葉にミユはうんと頷いてくれた。

 ミナバルトの市街地を歩く中、俺はやはり考えてしまう。


 なぜあの未来になってしまったのか。

 なぜ俺は生きているのか。


 俺が死ぬというのはとてつもない事態なはずだ。にも関わらず、ゼロも『未来日記』もどちらもその前触れを言ってくれなかった。


 ――いや、違う。


 書かれていないことも起きる可能性があるとゼロも言っていた。だが、傷害と死は違う。直前にお前死ぬよなんて言われたら、どうすることも出来ないだろう。


 俺の腕には、未だに冷たいミユの体温が残っている。いつ死んだのかも分からない。最強の盾があったのに、なにより、守ると決めたのに……!


 「――くっ!」


 この状況で歯ぎしりをせずにいられない。俺の力不足という訳ではないだろう。俺は心のどこかで傲慢になっていた。それによって判断ミスを犯したに違いない。


 未来が見える。それによる安心のせいで、彼女を死なせてしまった。


 あぁ……ちくしょう!


 もう一度やり直しが出来ているとはいえ、自分に腹が立って仕方ない。未来が見えるからなんだというのか。それが幸せが確約されたものならまだしも最悪なことが起きるとほぼ決まっているものだ。


 俺はそれを変えなければならない。歩むべきでは無い未来を、歩むべき未来に変えるために『未来日記』を持っているはずだ。いい加減にしろ冬馬輝。次はない。これは偶然なのかもしれないんだ。


 「顔怖いよ? どうしたの……?」


 ミユが心配そうに俺の顔を覗き込んだ。

 いかんいかん、いつの間にか感情が表に出てしまった。


 俺はすぐさま笑顔をつくり「何でもないよ」と彼女の頭を撫でた。それでもミユは俺の心の内を察しているかのように表情が曇っていた。


 「よ、よし。近道をして裏路地を回ろうか」


 俺はミユの手を固く握り、路地裏へと入った。



 ***


 

 伝心貝が俺にもあれば良かったんだろうけど、生憎二つで一ペアなためそれは不可能だ。


 なぜ今更そんなことを嘆くのか?

 それは俺たちが――

 

 「あれ、ここってさっきも通ったよね?」


 「うん、さっきは右から来たよ」


 近道をしようと裏路地に入ったんだが、道が分からず迷ってしまった。結果、適当に歩いていると同じT字路に辿り着いてしまうのだ。


 「ッスー、まずいな」


 だが、この道おかしいのだ。

 どれだけ真っ直ぐ行っても必ずここにたどり着く。枝分かれは本当にゼロだ。


 どうせT字路が続いているだけだろう。そう思って壁に傷をつけ、直進した。するとあら不思議、自分がつけた傷が壁にあるんです。


 上を見てもいつもの空があるだけ。家の中に入ろうとしても、扉は無い。俺はゴクリと固唾を呑んだ。嫌な予感がしたんだ。


 何かの前触れ――また()()が来るかもしれない。


 あくまで可能性の話だ。俺は今回街の外に出ていない。原因の根っこを潰したはずだ。そうだ、大丈夫。それに、今やるべきことはそれを考えることではない。


 「ミユ、魔法で壁に穴を空けられる?」


 「うん任せて!」


 そう言うと彼女はバッと両手を前に出す。見慣れた構えだが、これまでと魔法の威力が違うと俺でも分かった。


 彼女が構えた瞬間、周囲には緊張が走り、地面が静かに揺れていた。これはとんでもないのが来る。そう思ったが、


 「あれ……なんでだろ、魔法が使えない」


 そんなはずはないとミユは何度も魔法を使おうとしたが、一向に発動される気配が無かった。二度目、三度目、四度目と繰り返していく中で俺は手が震え始めた。


 終わらない迷路、使えない魔法。

 ただの裏路地にしては出来すぎている……。


 その瞬間、あの時と同じ冷たさが背筋を這うのを感じた。ゾワッと鳥肌が立つ。徐々に呼吸が乱れ、冷や汗が垂れてくる。


 それはミユの「あれ? どうして?!」という言葉を聞く度に加速し、泣きそうになった。


 こうなればヤケクソだ。俺が帯びている剣で、馬鹿げた威力を持つ剣で、この閉塞空間を断絶する。


 出し惜しみはしない。一撃で終わらせる。俺は鞘から刀身を抜こうとした、その刹那――


 「トーマ!」


 彼女の鋭い呼び掛けに反応した。ミユは一つの通路を見つめていた。その奥からは、真っ白なコートを纏い、フードを深く被った長身の謎の人物が歩いてきていた。裾から顔を出しているのは鋼の刃。その人物は何も言わずにゆっくりと、こちらに歩いてきていた。


 不気味――

 

 真っ先にそう思った。こいつは間違いなく異常者だ俺とミユを殺しに来たに違いない。


 だが、恐怖はまだ終わらなかった。


 コツ、という高く乾いた音が背後から聞こえた。まさか――そう思って振り返れば全く同じ服装をした人物がそこにもいた。


 そしてまた、コツ、と今度は横から聞こえた。そこには二方向の人物と全く同じ服装をした人間が。


 「だ、誰だ!」


 壁に背中を当て、キョロキョロと見渡しながらそう叫ぶが誰一人として答えない。返ってきたのは刃を研ぐような音。


 それが三方向から絶え間なく聞こえてくるため、耳がイカれそうになる。


 ――また、俺はまた死ぬのか? 

 なんで俺がこんな目に遭わないといけないんだ?

 俺が何したって言うんだ?

 だが、守るべき人がいる。俺はその使命を託された人間でもある。退くなんてことはありえない。俺の辞書に後退の二文字は無い。


 「……もう、死ぬなら、黙って死なねぇよ」


 腹を括って突撃をかけようとした時、俺は自身の片手の中で小さな手が震えていることに気がついた。


 ミユも息が荒くなり、落ち着きがないように見える。生きてる……ミユはまだ生きている。

 俺の意識外で、いつの間にか亡くなっていた前回とは違って彼女はまだ生きている。


 守らねば――


 『トウマ、あとは任せたよ』


 ヘルメスは俺に任せたと言った。

 俺以上に優れた人間もいる中、彼は俺に思いを託してくれた。


 ならば答えねばならない。俺は彼の想いに――


 俺は力が籠っているミユの手を強く握り返し、彼女を真っ直ぐ見て、こう言った。


 「大丈夫、俺に任せろ。絶対に君を守る」


 「――ッ!」


 俺の言葉で恐怖の色に染まっていたミユの瞳に微かな希望が宿った。それはきっと俺だから出来たことだろう。ミユが、俺に特別な想いを持ってくれているから――

 

 フゥーと息を吐く。冷静になれ、落ち着きを取り戻せと自分を叱咤する。


 この程度、初めてこの世界にやって来た時、王国が滅んだ時に比べればどうってことは無い。


 この時以上の死と隣合わせの瞬間を経験している。『暗黒竜』という化け物を俺は葬った。それが出来た俺ならいける……よな? あの時も俺は出来るって思っていた。前回だってそうだ。いける、俺ならいける。心の奥底でそう思って怠惰な人間になっていた。


 出来るよな? 今度こそ。守れるよな? 次こそは。


 出来るはずだ、今度こそ、今度なら、失敗はない! 確実に!


 「ミユ、行くよ」


 「うん!」


 一、二と心の中で数えた直後、俺とミユは同時に地面を蹴り抜き、敵へと立ち向かった。


 


 


 


 

 

次回 第二十二話「絶対に勝つ」


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