第二十話 「それでも、君だけは!!」
息を切らしながら俺とミユは人だかりから離れた。と、言っても俺が原因だったのだが。だが、どこへ行こうにも龍の話題で持ち切りであった。加えて、白ローブの男が抉った地形のことでも騒がしく、どこにも逃げ場が無かった。
結局俺とミユは街の外で一息つくことにした。昨晩俺が一人で登った大木の根元に座った。そよ風が吹く度に塩と夏の匂いが鼻を突き抜けた。俺は軽く息を吐くと、大きく伸びをする。
「まずいことになったな」
俺に安息は無い。この世界にやってから落ち着いた日を過ごせたことはない。平常運転なのだが、休日は欲しいものだ。
「トーマ、あの龍って有名なのー?」
「えぇー? あの親父さんが話してたの聞いてなかった?」
「だって難しいんだもーん」
チロっと舌を出しながらえへへと笑うミユ。俺はその頭をよしよしと摩る。ミユは嬉しそうに笑顔になる。彼女が授業を受けたらどうなるか、それは言わずとも分かるだろう。
「まー、簡潔に言うと――あの龍は昔神様が封印してたんだけど、それが解かれたんだ。封印が解かれたら、結構不運なことが起きるらしいよ」
「へー、トーマの方が分かりやすい!」
「そりゃあ八割ぐらい削ったからね」
不運なこと……あの親父さん、ましてゼロが言うからこそ間違いはないのだろう。ゼロは人が死ぬと言った。それは手帳で見たものと同じだろう。
だが考えても分からないのだ。一体誰が、どこで、どうして、死んでしまうのか。情報が少ない現状では考えようがない。ましてや、目の前の障壁を乗り越えられていないのにその先のことなど考えてられない。
俺はそっと目を閉じた。視界は真っ黒になるが、青の海が広がっているのが頭に浮かぶ。陽光が青を照らし、反射した光がキラッと輝く。それを拝みながら緑の草原で風になびかれながら昼寝をする。
一度やってみたかったことでもある。それとは違うが木にもたれかかって寝るのも悪くはない。木にもほんのりと暖かみがある。自分を受け止めてくれるような暖かさが。
そうして、ウトウトとしてきた時――
「トーマ、あれってジュラル?」
ミユが服の裾を引っ張りながら言った。仕方なく目を開けて彼女が指さす方向を見る。俺は目を擦り、眠気を覚ます。すると、ミナバルトから誰かが出てくるのが見えた。
一人手ぶらで黙々と歩き、ミナバルトを後にする人物がいた。
「あれは、違うんじゃないかな。確か、ウリルと動いてたよね」
「確かにー、じゃあ違うかー」
少し残念そうに呟くミユを横目に俺は再び睡眠しようとした時――
「待てよ……」
その人物に引っかかった。どうして街を出るのか。それはもちろん各個人によって答えは違うため、予測は出来ないが、タイミングがおかしい。
龍が現れ、街の一部が崩壊したにも関わらず他人事のように出ていく。普通であれば、恐怖で街を出るなんてことは思わないはずだ。
加えて街の外に出れば殺害のターゲットに入りやすくなる。それを知らない訳があるまい。怪しい、極めて怪しい。
「ミユ、あの人ちょっと怪しいかも」
「えぇ? 疑いすぎじゃない?」
「いや、怪しい。根拠は複数あるけど、今は――」
次の瞬間だった、俺は背後から重圧を感じた。大木サイズの人間が俺を見下ろしているかのような。
振り返る暇なんてない。俺はミユを抱えて前方に回避した。まさに同時、ドスッと重い音が響くと鋭利な刃物が俺の寄りかかっていた場所に刺さっていた。
「あっぶねぇ、マジで紙一重……!」
直ぐに厳戒態勢に入る。
敵襲だ。俺たちから攻撃に出るばかりだったが、初めて敵から攻撃を受けたが、こんなに恐ろしいのか。
すると、続々と木の陰から武器が現れる。剣やら槍やら斧やらとその種類は無数であり、数も数え切れない。それら全てが同時に、俺とミユ目掛けて襲いかかる。
「プロテゴ!」
ヘルメスの形見、俺は最強の防御陣を敷いた。襲いかかってきた武器はその防御によって防がれ眼前で止まった。
一撃必殺――その速さと重さは喰らえばひとたまりも無いだろう。だが、まだ終わらない。今のは余興に過ぎないとでも言うように、第二波がやってきた。
一波の時の倍はあるであろう武器たちが自我を持ち狂ったように雨あられと殺しにかかってくる。既にハリネズミとなり、刺さる場所はないと思っていても武器同士の細かな隙間を縫うように刺してくる。
「くっ……消耗戦はまずい」
未だにこの技に慣れない。全身の至る所の力と体力とが奪われていくのを感じる。だが、防御は解けない。敵の姿は見えないし、攻撃が止まる気配は無い。周囲に盾となりそうなものは無いし、人もいない。
詰みに近い盤面だ。敵はこの状況になるのを待っていたのか?
「埒が明かない。このまま突っ込む!」
俺はミユを抱えたまま前進した。
だが、重い。重量のある盾を構えながら移動しているみたいだ。
だがそれでも進むしかない。あの場に止まっていては攻略の糸口が見えない。
「うぉああ! 気合い入れろ脚!」
俺は自らを奮い立たせながら脚を動かす。小走りくらいの速度しか出ていないが十分だ。これが続けば、そう思った直後――ピキっと嫌な音が聞こえた。
ヒヤッと肝が冷え、嫌なことが頭を過ぎった。「まさか」そう思って斜め上を見れば、ヒビが入っていた。
ヤバい、と俺はその箇所に力を集約させ亀裂を塞ぐ。だが、再び別の方向からピキっと聞こえた。間髪入れずに俺はそちらにも気を配る。その間にも雨のように武器は向かってくる。
だが、再びどこかで同じ音が聞こえてくる。それが引き金となり、全体に亀裂が走った。同時に俺は全身全霊を掛け防御を強化する。
刹那――視界がグラついた。生暖かいドロっとした何かが耳から流れていく。鼓膜がやられた。ゼロのように修復できればいいのだが、俺は生憎そんな高等技術を持ち合わせていない。
平衡感覚を失った俺は立っていられなくなり、その場に倒れ込んだ。
「ゲフッ……ダメだ、まだ――」
大丈夫。まだ、まだ守り切れている。もう少し、あと少し待てば必ず隙が出来るはずだ。
ほとんど力の入ってない腕でミユを抱えながら、待て……ミユがこんなに大人しいことがあるのか? それに、先程から冷たい気がするんだが、それは俺の腕の力が抜けているからだよな。
「そう、だよ……な?」
そこにいたのはグッタリと項垂れ、口から血を吐いたまま冷たくなっているミユがいた。
「ぁ……」
言わずとも分かった。もう彼女はこと切れている。
―― 何で、何が、どこが間違ってた?
死ぬのは彼女のことだった?
日記が見えた光景と全く違うのはなぜ?
そんなことは無い。彼女は本当は生きてるよな?
喉を潰されたカエルのような声を出した直後、俺の意識はミユに移り、防御への意識はゼロだった。
「あぁぁぁぁ! ミユ!!!」
それでギリギリ耐えていたものを防ぐことができるはずもなく、無数の武器が防御を破り、俺の肉体を貫いた。
「ぁぁぁああ!!」
肉体を貫かれるという未知の痛みに唸りを上げるが、状況は変わらない。
「がぁぁぁっ!」
それでもミユだけは、彼女だけは! と俺は彼女に傷はつけさせまいと自身の体を盾にした。
俺は慢心していたのかもしれない。
未来が分かるから。
ヘルメスから教わった防御が破られた事がないから。
この世界に来てから大きな失敗をしていないから。
俺は間違えていない。『未来日記』という最強の存在が道を示していたからそれに乗っかり、行きたい方向へ未来を書き換えていただけだ。
だから、心の奥底ではいつもと同じ事だと余裕こいていた。その結果、俺は守るべきものを守れず無惨に――――死んだ。
次回 第二十一話 「死に戻り」
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