第七話 救出
―――ミユが走り続けた先にいた人物。
それは
「あーあ、君なら僕と友達になれると思ったのになぁ」
道化師の服装に、青色の仮面。先ほどまでの化粧をしたような仮面では無くなっていた。
「僕とやり合うことになるなんてねぇ……惜しいよ」
それを聞いたミユは少し身構える。内心、仕方がないかーと思いながら彼女は言う。
「やめておいたほーがいいよ! ミユちょー強いよ?」
「だぁーうるさいうるさい!! 僕の芸を邪魔しやがって、皆殺しだ!」
それを宣戦布告と受け取った。
先に動いたのはミユ。その場に足を止めたまま右手をサッとリィナに向ける。
「イグニス!」
ドゴォォォォォオオン!!
その音とともに黒煙が周囲に広がる。もちろん、その黒煙の中心にいるのはリィナ。
だが、こんな魔法でやれるとはミユはとうてい思っていない。案の定、煙の中から出てくる。
「残念だけど、僕には効かないかな。じゃあもう一人の僕よろしくねー」
ミユの後ろを指差す。
彼女は後ろを振り返った。だが、そこには誰もいない。この騒動で市民は避難をしていたのである。
「はい! うっそぉ! 騙されてやんのー!」
そう言って地面をのたうち回りながら笑っている。
「だまされてないもーん! アイニス!!」
氷点下の水が地面を転がっているリィナを完全に捉える。その温度は中に囚われたらすぐに凍死する温度。だが、それでもなおやつは―――
ピキッピキッ、という音ともに氷にヒビが入る。ガシャンと音を立てながら氷柱は粉々になる。
「あーあ、助けられなかったなー」
振り返れば、リィナがそこに確かにいた。だが、崩れた氷塊の中に同じくピエロのような男の姿が……。
「うーん? おかしーなー、ミユ確かに殺った気がしたんだけどー」
「さぁー? なんでだろうねぇ」
首を傾げて何かを煽るように言う。だが、ミユの中で確信が一つあった。それは自分の魔法で死んだこと。
氷に捕まっていたリィナは確実に死んでいる。目を白目を剥き、体の色はもう真っ青。明らかに生気を欠いていた。
「不可能だ 誰にも言えぬ 恋心」
そう言ってミユを指差した。その意味が分からず、首を傾げていた。
疑問を持っていたのはミユだけでない。それを言った本人ですらも「あれ?」と無意識に口にしていた。
「はぁ?! なんだこれ!?」
「なるほどー! これも新しい芸ってやつー?! すごいすごぉい!!」
「なんで効かないんだよ! なんでだよ!」
「ヘルメスのやつ! 嘘つきやがったなぁ!!」」
ヘルメス、彼は確かにそう言った。ミユもその単語をしっかりと聴いていた。
ヘルメスと対面したことがある。つまり、彼の身近な人の中に裏切り者がいる。
「ヘルメスと知り合いなのー?!」
「やばっ! し、知らないね!? 誰だよ!!」
そう言った直後、その現場に到達した人物がいた。それは、淡い水色の仙服、碧色の髪をフワリと揺らし、手に扇子を持ちゆっくりと現れた。
歩きながら口ずさむ。
「師曰く、学びて思わざればすなわち罔し、思いて学ばざればすなわち殆し。君に足りないのはこれかな」
足を止める。それはミユが探し求めていた人物。
「申し訳ありません。遅れてしまいました」
そう、ヘルメス・アーサーである。
「ヘルメス、とは僕のことかな? 正理機関、幻偽面庁のリィナ・フェルカナ君」
「――?!」
慌てて振り返れば、先ほど口にした人物がいた。それを見た彼は罰が悪そうに唇を噛んだ。ツーッと血が伝う。
「ちっ……まぁいい、収穫はあったからね」
そう言ってジャンプすると、みるみるうちに彼の体は風船のように膨らむ。
ヘルメスはもう動いていた。地面を蹴り抜くと、ミユを抱えその場から距離を取る。
パァン!!
その音とともに、リィナの体は破裂しその場から消えた。
「じゃあ、また僕の芸を見に来てねー!」
どこからともなく聞こえてきた。
ヘルメスはミユの安全を確認する。
「ダイジョーブ! ミユへーき!」
「それは良かったです。到着が遅れ、申し訳ありません」
「もんだいなーし! ヘルメスなら見つけてくれるって思ってたー!」
こうして一つの危機が去ったが、もう一つ、いや、もう一人危険な人物がいるのだ。それを思い出したミユは大慌てでヘルメスに言う。
「―――! トウマが?!」
それを聞いたヘルメスは表情を少し曇らせた。彼はこの世界でも指折りの実力者である。そんな彼でさえも悩ませる人物がこの都にいる。
「相性が悪い……どこで別れたか分かりますか?」
「あっち!!」
ミユは先ほど自分が走ってきた方向を戻る。ヘルメスもその後に続き、トウマの救出を始めた。
先ほどまで人で溢れかえっていたのが嘘であるかのように人がいない。廃村となった場所を歩いているような感覚を彼らは覚えた。
そして、件の場所に辿り着く。
「ここですか?」
「う、うん!」
「良いですか? 必ず僕の近くにいてください」
「りょーかい!!」
彼らは薄暗い路地裏へと入って行った。
◇ ◇ ◇
「どうやら、ワシが当たりを引いたようですな」
ヘルメスとミユが合流する前にジュラルは路地裏へと入っていた。様子がおかしい人物を見つけた彼らは事件の匂いを察知し、手分けてして二人を捜索していたのである。
「ヘルメスは人通りの多い場所を、ワシは裏路地を探します」
探知探索に長けているヘルメスに広大な範囲を捜索させ、自身は入り組んだ場所を探す。
二手に分かれてから数分後にジュラルは見つけたのだ。
淡黄色の長い髪、特殊な装飾を身につけ、背後にはズラリと人を引き連れている人物―――
その中にはトウマと思しき者もいた。
「新しい入信者ですか? ついに私の努力が報われたんですね……!」
そう言って体をくねらせ、嬉しそうに頬を赤らめる。すばらしいと口ずさみながら狂気的な笑みを浮かべる。
「悪いですが、その者を解放してくださりませんかね」
ジュラルは無視して端的に目的を伝える。しかし、なおも同じことをし続けるアメル。
「もう一度言いますぞ、その者を解放してくだされ」
すると、今度は声が届いたのかジュラルをしっかりと見る。自身の後ろを指差されたアメルは指されている人物を見て言う。
「この方ですか? それは厳しいですねー、自分から入信してきたので」
自分から、という言葉にジュラルは反応した。その理由は自分から入信を懇願したことに対する驚きではない。何を隠そう、彼は一度アメルと対峙したことがある。
その時も同じようなことを言っていたのだ。「彼は自分から私の手を取った」と。
「どうですか? あなたも、傷つけば簡単に救われるんです」
その言葉もまた、決まり文句であった。
「言葉が通じぬのなら、力で制圧するまで」
腰に帯びた剣に手を伸ばすジュラル。柄をしっかりと掴み、飛び掛かろうとしたその瞬間――――
「あまりやりたくないのですが―――」
そんな言葉とともに、アメルは行動しだした。その行動にジュラルは目を丸くした。
「あなたが抱えているもの……それは彼を傷つければ救われる」
なんとトウマを人質にしだしたのだ。だが、ナイフや剣のように鋭利なものを突きつけているのではない。自身の手を虚な目をしたトウマの頭に置いているのである。
普通であれば飛びかかるのだろうがジュラルは違った。動かなかった。動いたらどうなるのか、分かっていたのである。
「あぁ……私は非暴力主義なのですが、あなたのせいです。ですが、彼を傷つければあなたが救われる……。ならば、喜んで傷つけましょう!」
もしも動いたらどうなるのか。簡単である。殺されるのだ。ジュラルはアメルの手札を見抜いている。
精神に直接語りかけ、洗脳に近い能力で心を侵食する。言葉にそれを乗せる。そのため、会話を、ひいては自分の耳に言葉を入れてはいけないのである。
言葉でさえ相手の心を侵すことができる。直接触れた場合でのことは言うまでもないだろう。
(………どうしたものか)
ジュラルは一人、打開策を考えていた。




