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第十九話 「龍と古代の戦士」

 ザワつく群衆の中、トウマ・カガヤは眼を開けた。だがそれはトウマという人間では無い。髪は一本一本真っ白に脱色され、顔には黒と紫が入り交じった紋様が浮かんでいる。目は烈火のごとく燃え、纏う雰囲気は凍てついている。


 「トーマ……?」


 傍で彼をゆすっていたミユは異変を悟る。これはトウマではない。別の誰か、だと。


 ムクっと起き上がると手をまじまじと見る。


 「これが人間……彼らが戦士だと言っていたものと似ているな。鏡があればボクの顔を見れたんだけど」


 「ぼ、ボク?」


 大きな伸びをしながら赤の瞳で『青天龍』を仰ぐ。手のひらではミユの頭を撫でながら言う。


 「ちょっと待っててね、()()なんとかしてくるよ」


 こんな感じで良いかなとゼロは心の中で呟きながら低く構える。ドンっと地面を蹴り抜くと人とは思えないほど高く飛び上がる。その速度は音速に近く、『昇り龍』に追いついた。


 空を投影したかのように艷めく鱗。それを見ながらゼロは右の手を大きく振り上げる。空間が歪んだと思わせる程の打突が龍の背を穿った。


 『青天龍』の背中は大きく湾曲し、血が吹き出す。内臓は確実に致命傷を負った。だが、龍は平然と上昇を続ける。


 「沈んでくれ、君はボクにとって邪魔な存在だ」


 再び右の手を振り上げるゼロ。だが、そこに待ったをかけるように誰かの声が耳に入った。


 「おやおや、誰かと思えば古代の戦士に憧れた人間ですか。御神体に何をしようと?」


 顔を上げれば、重力を反するように直立する人物あり。神聖さを思わせる真っ白なローブを身にまとい、フードを深く被っている。


 間違いなく信徒だ。しかも、かなり腕が立つと。


 「悪いのですが、我々はこれより昇天の儀に入るのでお帰り願います」


 「それは承諾しかねるな。ボクにとってこの龍は厄災そのものだ」


 「お帰り頂けないのであれば、やむを得ないですね」


 サッと腕を薙いだ。空気が歪んだその直後、街の一部が抉られたように変形する。抉られた部分は空中へ移動していた。それを見届けたゼロは、


 「へぇ、で何をするのさ」


 全く意に返していないように問いを投げかける。呼応するように目の前にいる人物がギュッと手を握る。すると、同じように浮いていた土地が圧縮された。あそこには人もいたであろう。だが、血肉も、石の礫も、微塵も残さぬほどに、綺麗さっぱり消え失せた。


 「早くお帰り頂けねば、あなたもあのように――」


 ゼロは無視して、手を振り上げた。止まることなく拳を先程傷つけた箇所へ入れる。ブチブチと筋肉を切っている音が響く中、ゼロは奥へ奥へと手を入れる。


 「困りますな。この御方を誰だと――」


 「御方? これが御方だって? こんなイカれた生物を敬愛している君は知らないだろうけど、間違いなくこいつはあってはならない生き物だよ」


 「貴方ごときが、御神体について何を知っているのです?」


 「知っているとも。ボクは古い人間だからね。太古の時代、まだ人が戦士と呼ばれていた頃から生きているからね」


 「なるほど。では貴方もその戦士なのでしょう。ならば知っているでしょう。なぜ我々がこの御方を愛しているかを」


 「龍と戦士は一心同体。龍あるところに戦士ありとまで言われたからね。だけど、いつしか龍は戦士を裏切った。


 龍は神として天へと昇り、続こうとした戦士は没落し多くが死んだ。それを受け入れられなかった戦士たちは『竜』という新しい生き物を創造し、それに縋った。龍は神になれるが、竜は神になれない。


 お前たちのような人間もまたそれを否定し続け、今に生きる人間と龍を太古の時代の関係に戻そうとしている。だけどね、言っておくよ。覆水盆に返らず。そんなもの幻想でしかない。


 龍を堕とす。君こそ早く教団に戻って、解散を告げるといいさ」


 腰に帯びた剣に手を伸ばすゼロ。トウマの愛剣『草薙剣』を引き抜こうとした直後、ブツブツと目の前で何かを呟き始めた。


 だが、ゼロは鞘から剣を抜けなかった。ガチャガチャと音を立て力一杯に引っ張ったが、人が壁を押しているかのように全く動かない。


 天下伍剣の一本、『草薙』は所持者しか引き抜くことが出来ない。肉体が完全に同じであっても、剣は魂で所有者を認知する。


 しまったとゼロが思ったのもつかの間、気が付けば彼女は大気中に身を投げ出していた。


 「――っ! いつの間に!」


 「それではご機嫌よう。また会う時までー」


 悠然と手を揺らしながら上へと行くそれをゼロは眺めていた。

 

 「問答が長すぎた。だけどね、ボクを甘く見ないでよ。何のために背中を掘ったと思ってるんだい?」


 怪しく笑うゼロ。無抵抗のまま地面へと落下していく自分を心配することもなく、龍を見つめていた。その眼は酷く冷たく、恨みを持っているかのようだった。


 「■■■」


 何かを呟いた直後、爆音が耳の鼓膜を破った。豆粒サイズになっていた龍の姿がキノコ雲へと化ける。両耳から流れる鮮血を宙に撒き散らかしながら満足そうに頷く。


 ゼロは腕を龍の中に入れた時、自身の莫大な魔力を注ぎ込んでいた。自身の魔力が宿ったものは何でも操れる。彼女はこれを生前開発していた。


 「やっぱりダメだ。戦士の肉体と比べて人間は脆い」


 (おい、お前! 言いたいこと、ツッコミたいことが山ほどあるが……なに俺の鼓膜破ってんだ!)


 「あははごめんごめん悪かったって。ちゃんと治しておくから」


 (ったく、やっぱりお前に主導権渡すとこうなるんだ。次は絶対に貸さないからな)


 急降下する中、ゼロはトウマと言葉を交わしていた。だが、彼女の視線は依然と爆発を捉えていた。


 (――つか、戦士ってなんだよ。お前の正体ってそれなのか?)

 

 「夢が叶ったら教えてあげるよ。まぁ、君が死ななかったらだけど」


 少し語り過ぎたな、と反省しながらゼロはため息をつく。そして、彼女はゆっくりと、重い雰囲気を醸し出しながらトウマの名前を呼ぶ。


 (なんだよ、つか早く返せっつーの)


 「あの『青天龍』が巻き散らす不運は間違いなく世界に分散した。多分だけど、近いうち人が死ぬ。君の回りで」


 その言葉で二人の間に沈黙が流れた。

 しばらくした後、トウマは口を開いた。


 (俺も、見たんだよ。手帳が見せた、ていうか見せられた。誰かは知らない。けど、誰が殺ったのかは知っている)


 「――最悪の未来、回避出来るといいね。これまでのように。運命は意外と簡単に曲がる。ボクが言いたいことはそれだけだ。さて……次は君の番だ」


 下を見れば地表数十メートル。自由落下運動によって上昇した速度は簡単には止められない、とトウマは思っていたが不思議なことにゼロが脚を下に向けただけで減速した。


 人々の注目がトウマに集中する中で、彼は羽毛が飛んでいたかのように柔らかく着地した。


 「こんなこと出来るなら俺にも――って、戻ってる?!」


 数秒前までは肉体の自由が効かなかったにも関わらず、いつの間にか元に戻っていたことにトウマは驚愕した。


 ゼロを呼び出そうとしたが、彼女はそれに答えず沈黙があるだけだった。


 (次は俺……か。確か、今日中に街の外に行け、だったかな)


 「トーマ!」


 ミユが人を押しのけてトウマに駆け寄って来る。これはどうしたものかと、彼は言い訳を考えていた。


 「どうしたの、急に空を飛ぶなんて」


 「あぁ、いや、あれだよほら、これ」


 コンコンと手に持っている剣を見せた。ミユはこの剣の凄さを知っている。だが、これで誤魔化せるのかとトウマは悩んだが、思いついたのがこれしかなかった。


 「ほぇー、これ空飛べたの? 今度ミユも乗せて欲しいな!」


 「う、うん。いつか、ね?」


 ――にしても、と。トウマは周囲の視線が注がれていることに気がついた。居心地の悪さを感じたトウマはミユを連れて急いでその場を後にした。


 


 


 


 

 


 


 

 

次回 第二十話 「それでも、君だけは!!」


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