第一話 「紺碧の空」
前回までのあらすじ
シュラーゲル王国が一夜にして滅ぶことを知った冬馬は画策するが、結局良い手立てが見つからず当日を迎える。
刺客ダイシバとの戦い、『暗黒竜』を操る正理機関との戦い……数々の死闘を経てようやく脱出した冬馬ら。
しかし、その中でヘルメスやガンレルという犠牲があった。
行くあての無い中、トウマ、ジュラル、ミユ、ウリルの四人は放浪者となることを決める。
清らかな朝、自然のほのかな香りが鼻を抜け、生暖かい風がトウマの身体を鞭打った。
「……ん、朝か?」
意識が覚醒し、鉛のように重たい瞼を必死に持ち上げ、その場で伸びをする。
空はまだ薄暗い。日の出までにはもう少しだけ時間がある。
黄昏時ではなく、紺色の天井を眺めるトウマ。
「時間感覚はバグってないみたいなんだけど、何時か分からないのは少し嫌だな」
この世界にやって来てからというもの、トウマは時計を見たことがない。
みんな、自分の中の体内時計とおおよその時間感覚で生きているのだろうか、とトウマは思っている。
立ち上がろうとした時、手に冷たい何かが触れたのを感じたトウマはそっと視線を移す。
『草薙剣』
トウマ自らそう命名した宝剣。
全てを飲み込む渦のような鞘。刀身を抜いてみれば鋼の美しさを象徴する銀色。
柄を握って鞘へと収め、正眼に構えてみる。
重い、などという概念は一切感じない。不思議と手に馴染む感覚の方が強い。
雄々しい掛け声とともに手を振れば、剣は緩やかな弧を描いて空気を切った。
二度目、三度目と繰り返し振るってみる。
「――」
今度は突きを放ってみる。
シュッと腕を伸び縮みすれば、鞘の切っ先が風を突く。
伸ばしては引き、伸ばしては引きのループ。
時には素早く突き出し、時にはゆっくり突き出してみる。
これらの行程に意味があるのかと問われれば、ないと言うだろう。
人間は時に考えることを飛ばして、行動する時がある。
そこに意味が連なるのかと問われればやはり否を突きつけてしまう。
ストレス発散、という訳でもない。
剣で遊びたかった、という訳でもない。
頭の中で何かを切っている、という訳でもない。
あまりの早起きに脳もまだ睡眠しているのだろうか?
「またしても何かの舞、ですかな?」
森の間を抜けるそよ風に乗り、初老の男性の声が聞こえてきた。
左手に包帯をギュッと縛り、剣を携える燕尾服を着たジュラルが立っていた。
違いますよ、とトウマは言う。
では、なんの真似ですかな、と続けるジュラル。
「真似、ではないですよ。ただ剣を見て、やりたくなっただけです」
「トウマ殿。剣とは決してそのように軽い気持ちで扱うものでは無いですぞ」
途端、ジュラルの雰囲気が少しだけ重くなった。
それを察知したトウマも剣を下ろす。
「老いぼれの言葉をどう受け止めるかは任せますが、我らはこれより『放浪者』として渡世を生きていきます。
その中で無論、殺生はある事でしょう。
ただ、殺生を行うにしても一時的な感情に左右されては決していけないのです。
何より、トウマ殿の扱う剣は他の剣とは一線を画すほどの名剣。先程の袈裟の中を、刺突の先に、人がいれば命を簡単に断てることができたでしょう。
意図せずとも生き物を殺めることがある。それだけは避けなければならないのです。感情に振り回されるのだけは――」
まるで孫とおじのような会話だった。
いや、ジュラルはトウマを孫を見るような穏やかな瞳で捉えていた。
「あなたが言うからこそ、重みがある言葉ですね」
小さくジュラルは頷いた。
かつての苦い記憶。まだ未熟で感情の制御もままならなかった時のことを思い出しているのだろうか。
「ところでトウマ殿、行先は決まっているのでしょうな」
「うん? 行先?」
一転して、今後のことに関する重要な話を入れたジュラル。
行先、と言われてもトウマの頭に世界地図が入っている訳がない。
知っている地名は一つもない。故にどこに行くのかなどと言われても答えられない。
「――もし、決まっていないのであればこれより北西のザマスという都市に向かうのが吉かと」
「なるほど、それで、そのザマスっていう街はどんなところなんですか?」
「都市といってもザマスは小規模の街、これといって物珍しいものはございません」
「えぇ? ではどうしてそこに?」
「平地を延々と歩くのは苦しいのではないかと思ったからです」
あぁなるほど、とトウマは納得した。
それに、とジュラルは続ける。
「こちらがありますしな」
ジャラジャラと音を出しながらジュラルはポケットから小袋を取り出した。
工事つなぎの模様の小袋の中にはお金が入っていることだろう。
(日本独特の模様……やっぱり、この人も異世界人?それとも、生まれた故郷にそんな文化が?)
「にしても、良いんですか俺たち追われる身なんじゃ……」
トウマがそう言うとジュラルは軽く微笑んだ。
その言葉を待ってましたと言わんばかりの顔色。
「そのようなことを常に考えすぎて、冷静さを欠いた人間を見てきました。
こんな時にこそ、落ち着かなければならないのです」
またしても首を傾げ、何が言いたいのかと表情を曇らせるトウマに対してジュラルは、
「都市に入れば彼らは手出し出来ないでしょう」
「ん? ザマスという街はシュラーゲルの一部ではないんですか?」
「違いますな。ザマスはどこの庇護下にも置かれることが無い自由な都市なのです」
「――??」
ますます分からなくなってしまったトウマ。
自分たちを捕まえんとする集団から逃れるために、遠くへ行くのではなく途中の小都市に入る。そこに入れば追っ手の連中は手出し出来ない。何故ならザマスという街は独立国だから。
「細かいことは後々説明致します。先ずは小都市ザマスを目指して移動開始ですな」
「分かりました」
後から説明してくれるのなら良いか、と思いトウマは自身の隣で寝ていたミユとウリルを起こしに行く。
火が消え、炭が残る木の残骸の近場でスヤスヤと眠る二人。
起こすのが申し訳ないと思うほどの快眠ぶり。
これはトウマの体内時計の話だが、現在の時刻は五時くらいだろうか。
育ち盛りの二人をそんな時間に起こして即移動は少し酷なんじゃないか、とトウマは渋る。
「お嬢様、皇子様、朝ですぞ」
だがジュラルは当然のように声を掛ける。
もちろん、二人は無反応。
小さな寝息を立てながら、極楽の表情を浮かべ寝ている。
「お嬢様、皇子様、定刻となりましたぞ」
うっすらと瞼を上げ、重厚な、まさしく紺碧の空のような瞳が顔を覗かせた。
亀のようにゆっくりと上体を上げ、伸びをする。
「おはようございます…………」
ウリルが先に起きた。
すると、躊躇なく彼の姉であるミユの肩を大きく揺らす。
「んん……もうちょっと……」
だがそれでもミユは睡眠欲に勝てず寝ようとする。
今度は、指をプスッと彼女の頬に刺す。
「むー……」
ようやく目を開けたミユ。
片目を擦りながら、ウリルの頭をよしよしと撫でる。
ウリルも嬉しいのか小さな顔に大きな笑顔が伺えた。まるで、天使のやり取りのように和やかだった。
「おはようございます」
その場で頭を下げて朝の到来を伝えるジュラル。
少し遅れてトウマも挨拶をする。
これで全員が起きた。そこで、ジュラルが何をするのか伝える。
「ザマス……発展途上のところ、ですか?」
「その通りです。ザマスなら、追っ手であっても手出しは出来ないので」
「んんー、わかった……行こー」
まだ少しだけ眠気が伺えるミユとウリル。
いや、ウリルの方はもう起きたといっても過言ではない。
ミユの方はというと、コクッとたまに夢の世界へーということが起きそうだが、なんとか意識を保っている。
「では、行きましょう」
ジュラルを先頭に、四人はザマスを目指して歩き出した。
放浪の旅が幕を開ける――
次回 第二話 「ザマスという国」




