終話 「今後のことについて」
常闇の中パチパチと火花を上げ、太陽のように明るい場所がひとつ、森の中にあった。
猫耳を携えた二人の男女は黒のローブを枕がわりにスヤスヤと眠り、燕尾服を纏った青年と着流しを着た初老の男性は焚き火を間に挟み向かい合っていた。
「……なんか、あっという間でしたね」
トウマが口を開いた。
彼の表情は安心してもいるし無念にも満ちているような複雑な表情をしていた。
「私自身、国の存亡を目の当たりにしたことは無いので如何なものか言えませんが、言われてみれば刹那といった感じでしたな」
「昨日までなんとも無かったあの王国が、今では亡きものだとは考えられませんね」
「それが当然なのがこの世界なのです。生きるも死ぬもその時次第。
生き延びた我らも明日生きているという保証はどこにもないですぞ。むしろ、本当に明日死ぬかもしれない状況ですからな」
「――?」
ジュラルの言葉にトウマは首を傾げた。
イマイチ、ピンッと来ていないトウマを見たジュラルは火が消えないよう木を焚き火に入れる。
「新しい王が誕生した以上、自分に背く人間は排除する事でしょう。
それが例え身内であっても。後の憂いを断つ必要があるので。無論、それに該当するのが我らなのです」
「――ッ、つまり追っ手が俺たちを追いかけ回して来ると?」
ゆっくりと重々しく首を縦に振るジュラル。
その事実は間違いないだろう。
なんなら今、この瞬間に追っ手が迫ってきているかもしれない。
だとしたら逃げるべきなんじゃ……そんな考えがトウマの頭を過ぎった。
「安心されよ。今夜は流石に無理でしょう。いかに屈強な兵士でも疲れはありますぞ。それに、あの内側は祝勝会で忙しいでしょう」
その言葉と共に、ジュラルは王国があった方向に視線をやる。
ここは薄暗い、木々が生い茂る暗い森。
どこを見ても木、木、木。おかしくなりそうだ。
右を見ても左を見ても変わらぬ光景に頭がおかしくなりそうだ。
「では、今後はどうするんですか?」
「行くあては正直どこにもないでしょう。
指名手配となるであろう我らを受け入れる場所などどこにもないことはトウマ殿も分かっているでしょう」
犯罪者を匿う家族がいないのと同じで、国家を相手に逃亡をするトウマらを受け入れるところはない。
じゃあ、大人しくお縄に……という訳にもいかないだろう。
しばらくの沈黙。
森の中にいることもあって無音の世界にやってきたのか、と思うほどに静寂だった。
それを破ったのはトウマだ。
ひとつの妙計を思いついたのだ。
「では、冒険者として生きるのはどうですか?」
「冒険者?」
「はい、それなら定住する場所を求めずとも生きていくことができます」
「……それは悪くない、ですが、顔や名前はすぐにバレるでしょう」
それでは意味がない。
彼らが冒険者になるのはソンヨの放つ刺客から逃れ、固定の住居を構えず、各地を転々とし生きて行くこと。
顔や名前がバレてしまうことはそれが無に帰すことということだ。
「いっその事、人の記憶を操作できるようになれば良いのになー」
「それが出来たら人生など容易いものですぞ」
「では、冒険者として食っていくのは一時的というのはどうですか?」
「――というと?」
「冒険者として仲間を集わせ、自分達の力も蓄える。時期が来たら王国再興を目指して、王都を奪還。どうですか」
「悪くはない、むしろそれが最適解かもしれないですな」
じゃあ早速とトウマが言いかけたところで、ジュラルが待ったをかけた。
「もしも、その仲間達が私どもの正体を知り裏切ったらどうするおつもりですかな」
彼の言葉にトウマは納得してしまった。
そのパターンも想定して策を練らなければいけない。
有事に備えておかねばいけない。やり直しの効かない一度きりなのだから。
「それに、仲間を騙すことに等しいのですがそれはよろしいのでしょうか」
「――」
冒険をすることに夢を見た人間を集わせ、最終的に冒険ではなく王国を助けるためにパーティーに組み込んだ、などと言えばどうなるか、それは言わずとも分かるだろう。
「王国再建というのが間違っているのかもしれませんな」
「いや、そんなことは――」
「それを抜きに考えれば全てが上手くいきことはご存知でしょう?」
「そう、ですが……諦めるなんて」
「諦めるとは一言もいっておりませぬ。機が熟すのを待たれた方が良いのではと思っているのです」
「機が熟す?」
「まず生きることを先決しなければ後のことを考えても仕方ないでしょう。
冒険者という道は間違っていないと私も思います。ですのでまずは食いつなぐ、死なないように生きる。そして、ワンジュ様が皇帝になる時が来た際にこちらも総力を上げて挑む」
「総力って……仲間はどうするんですか、先程――」
ジュラルは知らないとだけ答えた。
あまりにも無鉄砲な作戦ではないか、と今度はトウマが異議を唱えた。
しかし、それは違うとジュラルは否定する。
「先のことを考え過ぎても仕方ないのです。稀代の逸材が100年先のことを考えて生きていても必ず何かしらの異変により完璧に同じ未来にはたどり着くことは出来ないでしょう。
それと同じで我々も先のことを考えても結局はそうとはいかないことがほとんどなのですから、無駄に等しいのです」
確かに、とトウマは話を締めくくった。
結局いつもあれこれ考えて行動しようとして、いざ本番、となると半分も出来ないことが多い。
え? 俺の考えた時間なんだったん、となるほどに無意味な時間を過ごしたと毎回思ってしまうのだ。
「明日、いえ、今から冒険者の禄を食むことは変わりないですよね?」
「そうですな、ですが登録の際に身分を明かす必要があるので非登録でやるべきかと」
「非登録? 大丈夫なんですか、冒険者として致命的なんじゃ……」
「トウマ殿は何か勘違いされているようですな。我々は冒険者ではなく放浪者となるんですぞ?」
「それってどんな違いがあるんですか?」
そこから長い長い説明になった。
ジュラルはことさらに細かく、分かりやすいように説明しようとしていたのか同じことを何度も言っていた。
要約すると冒険者とは、ギルドで正式に登録され、恩恵を受けることができる一人以上の集団。
一方で放浪者とは、ギルド非公認の恩恵を受けることが出来ない集団。山賊やならず者というイメージを持つと分かりやすいだろうか。
ちなみに、恩恵とはギルドで受けることが出来る報酬のことを言い、主に報酬金や物品のことだ。
それだけでは終わらず、冒険者ということを証明だけでギルドでの宿泊は無料、最低限の食事も一日のみなら利用できるとのこと。
これらの恩恵を蹴って放浪者になるのは愚策中の愚策だが、仕方ないとジュラルは言った。
「まずはこの四人でなんとかしますかねー」
「それでは今から我々は放浪者、ですな」
「最低食って生きていければどうとでもなりそう」
「我々はそうですな」
そっと視線を横にズラすジュラル。視線の先にはスヤスヤと眠る二人の猫耳天使。
あっ、と何かを悟ったかのようにトウマはジュラルの方を向く。
二人は皇族、ひもじい生活に耐えられるのかどうか……もしかしたらそれが嫌になってどこかに行ってしまうかもしれない。そうなることが無いようにしていかねばならない。
「とりあえず、今日という日を深く恨むこととし、眠りにつきましょう」
トウマもそれを承諾に冷たい地面へと寝転がった。
目を開ければ、無数の星が輝いている。
シーンと静まり返った森、目に映る星々、肌で感じる冷たい地面、全てが昨日までとは違う。
王国が滅んだ後に彼が選んだ道、それはどんな長旅となるのか……それは誰も知らない。
次回 第三章 名無しの放浪者たち 第一話 「紺碧の空」に続く




