第二十八話 「終わらない夜、終わらない戦い」
俺はスタートを切った。
本気で、全力で、目の前の障害を叩き壊す。
それでも尚、奴さんはユラリと構えたまま動かない。相変わらずだが瞳には感情が見えない。まるで俺たちを嘲笑うかのような――――
「っらぁぁぁぁ!!」
『草薙剣』を高々と上げる。
それを力任せに振り下ろした。
だが、それは何故か虚空を切り裂いただけだった。奴が何かしたのだろう。それは、分かる。だが、なにを……。
「終わりか?」
静寂を保つ水面のような瞳で俺を見つめる様は、やはり俺を見下しているのだろう。
しかも、その声色にも感情が見えない。
終わりか? などと煽られてはこちらとて胸に込み上げるものがある。
―トウマが『草薙剣』を振り回す―
「――」
なんだ、なんなんだこいつは。
全て躱される。
ただ適当に薙ぎ払っているだけじゃない。俺は、的確に急所を狙っているはずだ。
それも避けにくい場所を。
『草薙剣』は鞘から抜かずとも化け物が暴れるみたいな威力を発揮する。
少しでもミスをすれば終わりだ。掠るだけでも重大な傷に繋がるかもしれない。
そのようなプレッシャーを与えることもできるのだ。
だが、こいつは……
「――」
全てを避ける。
紙が風にでも煽られているかのようにヒラヒラと華麗な足さばきで避ける。
「はぁ、はぁ」
持久戦となれば俺が不利になる。
鉄塊を振り回し続けることに慣れている訳ではない。
最近初めたばかりなんだ。
呼吸が乱れると同時に腕が重くなる。
そうすると剣を振りにくくなる。
「飽きた」。そう聞こえた直後、腹部に交通事故のような衝撃が走った。
みるみるうちに距離が出来ていき、小さくなって行く。
なるほど、俺は蹴られたのか。
そして、ヘルメスと同じように俺は壁に刺さった。ただの蹴りでさえ、車との衝突に等しい火力を出してしまうこいつは、なんなんだ……。
「ゲフッ……」
腹から込み上げるのは鉄錆のような味、ではなく胃酸だ。気持ち悪さが一気に極限に達し、俺は堪らず込み上げてくるものを吐き出した。
「生き残りがいるぞ! 殺せ!!」
突如、そんな声が聞こえてきた。
焦点がブレまくる中で見たのは突如として入ってきたグラン兵。
しかもその数は、一、二、三……数え切れないな。
「させん!」
ワンジュが叫ぶと、六大元素全てが敵兵に向かった。
目の前にいる超戦闘者には反応できないと思ったのか、雑魚処理に当てることにしたらしい。これで邪魔は入らないだろう。
「抗うことに意味は無い。抵抗を辞めれば安らかに死せることを約束しよう」
そう言って、ゆっくりと小太刀を構える。
言葉に嘘は無いな、間違いなくやつは狩人で、俺たちは獣だ。
狩る側だからこその台詞……。
「私が目的なら、私だけを狙えばを良いものを。なぜ無関係な者をいたぶる」
「それは間違いだ。私はただ迎え撃ったまで。先に襲いかかってきたのはあの男だ」
それを聞き終えるとワンジュは何も言わずに駆け出した。
俺の時と同じく、向こうの敵は眉ひとつ動かさず迎撃体制に入る。
「歴戦の強者は如何なるものか」
銀閃の嵐が舞う。
ワンジュの顔が硬直する。恐らくだが、彼は本気だ。いきなりフルロットルで戦い出した。
それでも尚、全てを躱す躱す躱す――――
「くそっ……」
俺はポケットの手帳を取り出す。
『暗黒竜』との戦いで解決策を出してくれたこいつが、今回も何か出してくれることを願うばかりだ。
色あせたページを捲り、最新の未来を読み取る。拙い字で書かれた内容は、、、、、、
「ヘルメス・アーサーを犠牲にその場を凌いだ。そうしなければ全滅していた。今でもこの事を悔やんでるが、それ以外の解決策が無かった」
う、、ぉぉ……なんてことを書いてやがる。誰かを犠牲に生きろだって?
ざけんな。そんなこと死んでも選ぶかってんだ!
「がぁぁぁあっ!!」
俺は金切り声を出しながら立ち上がる。
ジュラルと猫耳族の二人は戦いには参加出来ないだろう。
ヘルメスも壁に埋まって……あれ?
「皇子様! ここは僕が!!」
ヘルメスが鉄扇を構えて割って入る。
ヘルメスとワンジュの二人がかりでの追い込み。
シュラーゲル王国最高峰の戦闘者が協力する。
それでもなお、やつは余裕の表情を崩さない。
ヘルメスとワンジュが一歩踏み込む度に、襟高の衣を纏った男は半歩下がる。
俺が言うのもなんだが、やはりヘルメスの方が回転率が高く、最短距離で切っている。
そうなると、ヘルメスに目がいき、ワンジュには行き届かないことになる。
だが、血が舞うことは無かった。
やつはようやく小太刀を使い始めた。
足と胴体の動きのみで攻撃を避け続けたが、弾き返すようになった。
しかも、その弾き返しは強烈で二人の攻撃のリズムが崩されている。
間違いない。
あの二人でダメなら、もう…………。
―手帳が小刻みに震える―
両手に抱えていた手帳の突如の動きに俺は目をやる。
「……っ!」
黄ばんた紙の上に黒インクで綴られていく。
「ヘルメスを残して今すぐに撤退しろ。さもなくば全員が死ぬ。全員だ」
俺は恐怖を感じた。
これまで、この手帳は時間軸で言えば過去のことを記していた。
だが、今回は違う。
現在進行形で、この現場を見ているかのように書いてある。
「残り数分で決断しなければ全員が王宮の陥落とともに沈む。生きたければ、ヘルメスを残していけ」
いやいや、違う。
この手帳は、アティード手記と呼ばれる代物で、起きない世界線について書かれている場合も……。
「この未来は避けられない。早く、ヘルメスを置いて逃げろ」
どんどん更新されていく内容。
だが、どれもこれも同じことばかりを綴っている。
ヘルメスを見捨てて逃げろ。
共通するのはそれだ。
つまりは、ヘルメスでないとこの男は止められないということだろう。
戦いに目をやれば、立場はいつの間にか逆転している。
二人の顔が厳しさを物語っている。
単なる怒りではない。二人の顔は耐え忍ぶことしかできない自分たちへのものだ。
やつは魔法も卑怯な戦略も練っていない。
正面から二人と戦い、圧倒している。
やつが太刀を振る度に、二人から血が飛び散り一歩ずつ下がる。
どうすれば良い。
このままじゃ、手帳の言うように全滅は不可避だ。
たった一人なのに
ただの人間なのに
ただの剣士で魔法すらも使ってないのに
「ただの」という単語の連続がこんなにも恐ろしいと感じたのは初めてだ。
「そうだ……! ゼロだ、ゼロがいる!」
俺は咄嗟に奴の名前を呼んだ。
すると、心の奥底に眠っていた人間が目を覚ます。
《どうしたんだい?》
《助けて欲しい。あいつを、あの男を止めてほしい》
《良いよ。止めて見せよう》
なんとゼロはあっさりと承認した。
俺の中では渋られて、断られると思っていたが。
ならば早速、俺はそう言いかけたが、ゼロは続ける。
《対価を貰うよ。相応の、ね》
そうだった。
こいつに依頼するということは等価交換と同じ。
俺が望むことを叶えて貰う代わりに、俺も何か払う必要がある。
《何が欲しいんだ。言ってみろ、なんだって叶える》
《ボクがあれを止めるなら、大体二十パーセントの力が必要だから、ボクが君から貰うのは…………寿命、かな》
は? 寿命? 命を貰う?
こいつの二十パーセントは俺の寿命と等しいってことか?
バカを言え。こいつは本当に等価交換を理解してるのか?!
《寿命って……何年だよ》
《それは言えない。契約でそれは言ってはいけないから》
《そんなもん破り捨ててやらぁ!》
《好きにすると良いさ。ボクとしては頼ってもらった方が嬉しいけど。君が断るなら何も言わないよ。
だけど、先に忠告をしておく。君が早く決めないと、手帳の通りにみんな死ぬよ》
そういってゼロの気配が無くなった。
「……全ては、俺の選択」
誰を生かし、誰を殺すか。
ゼロを頼ってみんなを救うか。
ヘルメスを置いて、他の四人を助けるか。
それとも、心中か。
俺の選択で誰が生きるか、死ぬかが決まる。
戦いに目をやれば、先程以上に壁際に追い込まれる二人。もう二人とも限界は近い。
非戦闘参加者のジュラル、ミユ、ウリルは隅でそれを見届けることしか出来ない。
どうする、どうする俺。
残り時間はもう……目前だ。




