第二十七話 「王宮、沈む」
これはすごい。
俺は思わずそう呟いた。
「ぐぉあ!」
「がぁっ!」
「ぐっ!」
なんか、無敵になった気分だ。
剣を適当に振っているだけなのに、敵が激しく吹っ飛び、再起不能になる。
剣は鞘に入れたままなのに、当たればどんなに強固な鎧でも粉々になる。
「おぉぉっ!!」
無双ゲームでザコ敵を瞬殺していくような感覚と同じだ。
これで必殺技、とか、技の連携、波動を放つ、とか出来たら最高なんだけど……そうとは、いかないみたいだ。
「ぐぉあ!!」
「がっ!」
―トウマは剣を振り回しながら薄暗い廊下を走る―
俺は決して刀身で切りつけない。
そのため、血飛沫は飛ばないし、グロテスクさも皆無だ。
鞘に納めたままの理由は、人を殺したくないからだ。
今のままでは、金属バットでサンドバックをひたすらに殴り続けている感覚だが、それでも歯切れが悪い。
だが、人を殺すという未知の経験は絶対にしたくない。人殺しだけは避けたい。
「トウマ、先駆けは危険だ!」
おぉっと……やりすぎた。
俺は後ろを振り返る。ワンジュ、ミユ、ウリル、ジュラルの順番で、敵の残骸の間を通り後を追ってきていた。
「草薙剣が強すぎな件……」
『暗黒竜』の尻尾から取り出せたこの剣、ヤマタノオロチ伝説と同じかもしれないと既に思っていたが……
これほどの威力を出せるなら、その神話と全く同じでこの剣は神剣なのかもしれない。
そしたら、『草薙剣』は神社かどこかに預ける必要があるな。
いや、どこかの国の国宝として献上しないといけないのか?
そんなことを思っているうちに、皆が追いついた。
「一刻を争うのは分かっているけど、流石に先に行き過ぎだ。
皆で団結し、固まって動いた方が安全だ」
「そ、そうだね。ごめん」
一旦落ち着こう。
剣の威力に自惚れすぎた。無双ゲーの世界に乗り込んだ訳じゃないんだ。
そうだそうだ、人を殴ることに快感を覚えてどうする。
俺はそんなサイコパスじゃない。
「や、やれ! 敵は五人だけだ! 魔法で――」
廊下に軍団を作り、そのトップらしき髭を蓄えた兵士が言いかけた直後、倒れた。
よく見れば胸にぽっかりと穴が空いている。
「どかんどかーん!」
おやや、こういうのは最後まで聞くのが暗黙の了解と思っていたんだけど……。
振り返ればミユが業火の魔法でグラン兵をボコボコにしている。
ドンッと爆発音が響く度に、悲鳴が轟く。
もう既にボロボロの廊下がよりボロボロになる。
天井には無数の穴が開き、そこら中にヒビが入っている。
『暗黒竜』との激戦があった場所に関してはもう何も無い。
なぜなら、あの竜が死んで数分後に爆発したからだ。それは多分、体内のガスが膨張したからだろうが……あまりにも早かった。
「どーん! どーん!」
もうここも本当に時間の問題……おいおい、ちょっと待てよ。いつまで魔法を行使し続けるんだ?
しかも敵に当たらずに壁やら天井やらにぶつかってる時もあるし、弾かれて当たってない時もある。
「ちょっ、姉様! そろそろほんとに崩れ――」
ウリルが言いかけた直後、ゴゴゴと音を立てながら王宮全体が激しく揺れた。
「お、おい、なんだよ、これ」
「これが、地震ってやつなのか?」
「馬鹿言え、この国で地震なんて数えるほどしか」
先に取り乱したのは相対する敵どもだった。
俺たちは、というと、落ち着ている訳でもない。俺やウリルは冷や汗をかいているし、ワンジュやジュラルは眉間にシワを寄せている。
一方でミユはというと……
「走れ走れー!」
相変わらずご機嫌で、なんなら敵陣に突っ込んでいる。
遅れて俺を含め、みんなが追う。
どれだけ自由奔放でやりたい放題な娘なんだか……親の顔が……いや、見たか。
「相変わらず速い。大きくなったものだ。だが、心配だ。妹を守ってくれ」
ワンジュが魔法陣を展開する。
六大元素の粒子が彼の周囲を飛び回るが、その内の一粒がミユの方向へ向かった。
猫耳族は足が速い特徴があるのか、はたまた彼女が足が速いのか。
縦横に走っては敵をなぎ倒していくが、味方が倒れるのを黙って見ている訳ではない。
見かねた敵が剣を振り上げ、下ろす――
が、兵士の腕が凍った。
それと同時に、バリンっと音を立て粉微塵に化ける。
「ぐぉああああっ?!」
氷が割れるということは、腕が割れると同義。
未だに上下に揺れているが、それを諸共せずにミユはキャッキャッと走っていく。
その後ろ姿を俺たちは追う。
震度は大体、五弱? いや、六はあるか?
普通なら立っていることすら困難。ましてや、走ることはもってのほか。
だが、俺は走っている。チラッと横を見ればウリルがいる。
漆黒のローブから蜘蛛の糸のようなものが伸びている。その終着点は俺……
ピクっと小さな耳を反応させ、俺を見る。
「これは対軸を安定させてます。悪いものでは無いので安心してください」
対軸の安定、そんなものまで出来てしまうのか。
俺は、こんな小さな子どもに気を使わせてるのか。だとしたら、何か、恩を返さないと。
「失礼します」
「わわわ!」
俺はウリルを抱き上げた。
先程から疲労が顔に出つつあるのを俺は見逃さなかった。
俺たちは敵の間をくぐり抜けながら、角を曲がる。
もう、目的地はすぐそこ。
俺の中で、先程の記憶が蘇る。
「……苦いものだけどね」
ブラックコーヒー以上の苦さだけどな。
ダイシバとの戦いであそこもめちゃくちゃだ。この揺れに連なって崩壊するかもしれない。
ミユが先頭、ワンジュとジュラルがその左右に展開し敵を屠る。俺はその後ろで休憩、というわけではないがウリルを抱えている。その安全を考慮してくれているんだろう。
「トウマ、君にも私の力を貸す」
ワンジュが振り返って言った。
五つのうち、一つ、光の元素が俺の方にやって来る。
フワフワっとやって来てはボコボコに敵の命を狩っていく。
本当に恐ろしい魔法だ。オートマでの防御、攻撃ができる優れもの。到底常人には真似できない。
「あれだ! あの部屋に入れ!」
ワンジュがそう叫んだ。
視線を移せば、ボロボロの部屋と石畳に残っている血痕が見える。あの血痕は……俺だな。
部屋の前まで直前まで敵がギッシリ! というわけではない、もう突破できる。
「「フンっ!!」」
―ワンジュとジュラルが剣を振るう―
断末魔とともに鮮血が宙を舞う。最後の二枚の壁を通り抜けた。
こういう時に反射的に後ろを見たくなる。見なくていいのに……。
「うっ……!」
地べたに這いつくばり、泣き叫ぶ者もいれば、四肢がないダルマのような者もいる。なにより首が……いや、辞めよう。
俺たちは部屋へと飛び込んだ。
中に広がるのは、傷ついた柱や、刀傷や凹んだ壁。どこにあるかは知らないが、いよいよ、脱出口に……!!
「伏せろっ!!」
ワンジュ、いや違う。
もう一人、広間の中に先に入っていた仙服に身を包んだ碧色の髪をした青年がそう叫んだ。
全員がその指示通りに動いた。
刹那、空気が爆ぜた。
目にも止まらぬ、音速の斬撃が飛んできた。
「ほう……これもまた面白き因果なり」
砂埃が立ちのぼる中で、そう呟いた声が聞こえた。その場にいた全員が凍てつく雰囲気を感じとった。
その中でも歴戦の猛者であるワンジュとジュラルは顔が強ばっていた。
あれほど先陣を切り、楽しそうにしていたミユもプルプルと震え、ワンジュに抱きついている。
「私の魔法陣が反応しなかった……これは、大変な相手だ」
煙が立ちのぼる中で、金属音が鳴り響いた。
剣同士がぶつかる音だ。
何が起きているか分からないが、ヘルメスと誰かが激しく撃ち合っているのは分かる。
そこまでは分かるのだが……!!
─煙を割りながらガタイの良い黒髪の戦闘者が剣を振り上げる─
やばい、切られ…………!!
カァァン!
再びの轟音。
ヘルメスが俺たちの間に割って入り、鉄扇でそれを塞いだ。
鍔迫り合いになる。
「えっ……う、そ、だろ」
火花を散らしながらヘルメスが仰け反り始める。
あのヘルメスが押されている、だと?
―ワンジュが剣を薙ぎ払う―
形勢不利とみたワンジュが動いたが、やつは無表情で当然のように躱した。
噴煙が晴れた頃、ようやく姿全体を捉えた。
冷気のように淡く光る瞳には感情が見えず、墨のように黒い髪の毛先には蒼が散らばっている。
襟高の戦闘服に身を包み、手には薄手の戦闘グローブと脇差のように短い小太刀。
「後ろにいるのはワンジュか……これも次いでだ、ここで死んでもらう」
自らの正体も明かさずにそう言った。
ゆっくりと、閑に、澱みなく、小太刀を構えた。
「僕が相手をする、君たちは逃げてくれっ!」
ヘルメスがそう叫んだ。
瞬間、奴が走り出した。
その動き出しは、至高の域に近い。無駄は一切見えない。
魔法も小細工もなく距離を潰す。
瞬き一つの間に、もう眼前に迫る。
またしてもその間にヘルメスが入り迎え撃つ。
だが、ヘルメスから血飛沫が舞う。仙服が血にまみれ、ヘルメスの顔に焦りが浮かぶ。
速く行くんだ! と声を出す。
その言葉に従い、俺たちはその隣を行こうとした、 のだが――
ドンッ
その音がした直後、ヘルメスが壁にめり込んだ。
背後から足音が聞こえる。
振り返れば、静寂を体現する男あり。
「私がいる限り、この場にいる人間は誰も逃げられん」
終わらない、まだ終わらないのか?!
もう十分だろう!!
俺は何度死の淵に追い込まれれば良いんだ!
短期決戦だ、最短で終わらす!
その思いで今度は俺が地を蹴りぬいた。
それを見て、ワンジュやジュラルは止めたが、遅かった。
俺は未知の恐怖を思い知ることになる。




