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第十七話 「亀は万年を生きる」

 四面楚歌。それは垓下の戦いで追い詰められた項羽が故郷である楚の国を思いやっている中、周囲から故郷の唄が聞こえてきたことに絶望感を覚えたことに由来する。


 孤立無援でどうしようもない中でトウマは焦りに焦っていた。


 雨のように降り注ぐ魔力弾をモロに喰らえば何が起こるか知らないが自身の中で警報が響いている。加えて新しく投擲された炎と雷の爆薬。さらにはダイシバ自身も攻め上がってきている。


 「げほっ……酸素が……」

 

 密室において煙を伴う攻撃は死を意味する。換気をしようにも外に出る速度よりも新しい煙で満たされるほうが遥かに速い。火は酸素があるとより激しく酸化反応を起こすことは百も承知。だが、それを止めようにも容易くやらせてくれる相手ではない。

 トウマは戦いを止めて部屋の脱出に目的を変更した。


 無数の魔弾と大炎が彼の前を塞ぎ込む。こんな時に魔法が使えたらどんなに楽であっただろうか。自分もこの世界の人間として適応し、魔力という概念を持ち合わせていたら。

 火柱が立ち、黒煙が上がる。すぐさま進路変更を―――そう思ったが、背後からは鉛玉のように鋭い弾丸が複数、宙を走ってきている。


 「プロテゴ!」


 咄嗟の判断で防御陣を形成。身体に食らいつくはずだったそれらはパラパラと粉末になり消えていく。だが、それで終わりでは無い。まだ弾は放たれ続けている。

 そこでトウマは思った。この秘技であれば自身を呑み込まんとする炎に対抗出来るのでは、と。あわよくば炎を弾き返し、その先に走り抜けることが可能かもしれない。

 悩む時間などない、迷いは寿命を縮めていく。すぐに行動を、そう思った直後、


 「―――っ」


 淡い閃光が視界一杯に広がった。色の無い、真っ白な世界に誘われたかのように全てが消え失せた。生への執着なのか、何かを感じ取ったトウマは大きくサイドへと飛び込む。

 彼が動いた直後――地を割らんばかり、いや広間の地面全体に亀裂が行き渡るほどの衝撃と爆音が響いた。

 人は本能的に豪音に恐怖を覚える、加えて現在トウマは視覚を奪われている。ビクッと大きく体が震えたのは当然だ。


 光の如く速く、災害の如く無慈悲なそれは空より墜ちてくる。地をどよめかさんと、怪物が喉を鳴らしているかのようにゴロゴロと響く。


 このまま倒れていても仕方がない。トウマは平衡感覚がほとんどない中フラフラと立ち上がる。だが感覚を失って直立することは、這って歩く赤子が立つことに挑戦しているかのようであり、すぐにその場にヘタレてしまう。

 暴れているのは雷だけでない。黒炎も弾丸も荒れ狂う海の如く自由奔放に走っている。


 「くそ……ダサいけどやるしかねぇ!!」


 トウマは術式を自分の周りに展開する。夕焼けで空が満たすかのように彼の周りを防御陣が覆う。それによって甲羅に入った亀のように彼は無敵状態へと入る。

 面積を最小化するために小さくうずくまった彼にいくつもの死が襲いかかる。だが、どれもこれも彼の扱う術式を突破することは出来なかった。


 時間さえ稼げれば良い。視覚さえ戻れば一点突破をする、それがトウマの考えであった。つまり、現在は視界が戻り感覚を取り戻すための時間稼ぎである。


 それを見つめる黒衣の男ことダイシバはトウマの扱う防御陣が一体なんなのか分からなかった。彼の中でトウマに手こずることは考えられないのである。だが、現にトウマは自身の使う攻撃全てを防ぎ切っている。

 先程の雷を叩きつける、そう思ったが彼の中でストップがかかる。どうせなら、最大出力の雷電を叩き落とせば一撃で割れるだろう。その時に総攻撃を仕掛ければ――


 まずは小手調べだ。そう思い、腰から炸裂弾を手に取りギュッと握る。それをトウマの真後ろに音もなく投げ込む。爆弾は無音で彼の背後へと忍び寄った。そしてまだ、着弾してから一秒も経たない頃――


 再びの爆音が広間を覆った。メシメシと壁や柱から嫌な音が響き、天井からはパラパラと礫が落ちてくる。短期間でいくつもの大衝撃を加えれば簡単に壊れるだろう。この戦いの幕が先か、はたまた広間の寿命が先なのか。


 ダイシバが投げた炸裂弾には特殊加工が施されている。爆発の威力は他人が投げた場合と比較し倍になる。そして、炸裂と同時に細かな針が撒き散らされ、敵の肉を穿つ。一本でも刺されたならば終わりだ。ダイシバが針の形を変形させれば臓器を貫く。

 トウマは戦闘が出来るようになったとは言え、正直まだレベルが低い。経験が浅く、不馴れな技を多用している。


 だから隙ができるのは当然。一つ一つの連結に細かな穴が空いているだろう。ダイシバはそう考え、炸裂弾に先の尖った鋼を潜ませた。一本でも刺されば雌雄は決する。


 だが、その考えは淘汰された。


 「バカな……」


 濛濛(もうもう)と上がる煙が晴れ、後ろの状態が露になる。それを見たダイシバの第一声がそれだった。

 トウマの防御を破り、粉微塵にするだろうと考えていたがそれが叶うことはなかった。防御には少しのひび割れも無く、割れる雰囲気はゼロだった。むしろ、先程よりも力強く結束を強めているかのような。加えて爆発だけでは無い、内に潜めた刃全てが弾かれパラパラと雨のように落ちてきた。


 ダイシバは眉間を寄せ、思考を巡らせる。彼の中ではトウマは異世界人、こちらに来て日の浅い転移者。転生ならまだしも転移。この世界の人間として生を受けた訳ではない。そのため、魔法とは無縁な者であり戦闘経験も浅い、いやゼロだと思っていた。

 だがこれまでを振り返ればそれは矛盾する。彼は間違いなくやり手とまではいかないが多少の心得はある男。


 その心得がある人間へと変身させたのは誰かは知らないが、禁術として肉体を変化させる魔法があると耳にしたことがある。その魔法が、この国、シュラーゲル王国に眠っている。それを手に入れるためにダイシバは以前潜入をした。だが、それを阻んだ人間がいた。それがトウマである。

 あの時、最後までトドメを刺しておくべきだった。視界に入れるほど要注意人物ではない、だが今はどうだろうか。トウマは肉体を変え、自身を相手に善戦している。


 加えて、自分が使えぬ、知らない技をトウマは扱う。その技は良く練られたもので正面から打ち砕こうにも不可能である。なによりもダイシバが引っ掛かりを感じていること、それは――


 「あの技、魔力を感じない」


 魔法は基本的に使用すればエーテルという魔力を散らせる。攻撃をする際に視線や、肩、手首などが先に動くように魔法にも予備動作がある。しかし、「プロテゴ」にはそれが微塵も見えなかった。トウマが見えぬほどにエーテルの散布を防いでいる、ということは無いだろう。

 そうとなれば、残る結論はただ一つ。あれは魔法ではない「何か」である。それが「祝福」であれば良かったのだが、「祝福」にもエーテルが顕著に出る。つまり、あれは本当に理解できない技である。


 「この国はそのような発展を遂げているとしたら、エーテルの代理となる魔素がある?」


 否、シュラーゲル王国はそのように先進的な国ではない。どちらかと言えば普通の、凡庸な王国と言ったところだろう。他国と比較しても秀でた点がある訳でも劣っている訳でもない。

 だが、その国の住民には世の中がまだ知らぬ術を扱える人間がいる。


 「バルカでも知らないだろう」


 まぁ良い、任務を遂行する。そう言うと彼自身もまたトウマ目掛けて走り出した。

 本当であれば隙が出来るまで潜み、闇討ちをする手段を取ろうと思っていたが、件の術を破らないことには先が見えない。


 ダイシバは手に持っている一振の大刀を「祝福」で変形させる。それは大きなハンマーへと姿を変えずっしりとした重さがある。

 火力と質量はまた違う。火力とは本の一瞬、誤差に近い範囲の圧力。だが質量は一瞬ではなく物体に触れている限り永続的にかかる圧力。現在のトウマのようにずっしりと構えているのならばハンマーの餌食となろう。


 重さを感じさせないほどの鋭い踏み込み、空を裂き、炎を分け、魔力弾の隙間を潜りトウマの背後に再び死が迫る。

 だがトウマがそれに気がつくことは無い。彼は今、視力回復に勤しんでいる。背中に目がついている訳でも、背後にある殺気を読むことが出来る訳でもない。


 二人の距離がゼロになり、ダイシバは百キロはゆうに超えているだろうハンマーをよいっと振り上げる。そして、それを力のままに大振りで振り下ろす。ダイシバのパワーとハンマーの重量がかけ合わさったそれは万物を粉砕せんばかりに規格外。

 それが振り下ろされた直後――


 ガァァァァァン!!!


 先程の霹靂ほどでは無いが、確実に雷光よりダメージを与えた。

 ダイシバの口角が上がる、手応えはあった。だが、それでも――


 「な………っ」


 トウマの防御を破れなかった。その防御力は人知の及ぶ範囲では無い、そう言うかのようだった。ハンマーが命中した場所を注視して見ても小さな凹みや、かすり傷のようなものは無い。

 ダイシバは背中に冷たいものが這うのを感じた。これまで自分の攻撃を「完璧」に防いだ相手は存在しなかったからだ。それが格下の人間に完全に防がれてしまった。普通であればあんな奴なんかに、そう思い怒りと憎しみが湧いてくるだろう。だが、ダイシバはそれ以上に不気味さと得体の知れないものへの恐怖を感じていた。

 

 「っぶねぇ……気が付かなかった」


 そう言ってトウマは後ろを振り返る。その目は正確にダイシバの姿を捉えていた。つまり、視力が完全に戻ったのである。

 

 トウマがもしも、この術式を出力したままであったら……自分は傷一つ付けることは出来ないだろう。だが、現在トウマは武器を所持していない。打突がダイシバに怪我を負わせたとはいえ死に至るほどではない。トウマがもしも格闘技を習った超一流の人間であったのならばこの状況でも盤上をひっくり返すことは十分にできた。

 だが、残念なことに彼は凡人。それは不可能なのだ。


 「危険を犯してまで戦う意味は無い。これまでだ、私には私の任務がある」


 それを聞いたトウマは思わず立ち上がる。

 このままでは決着がつきそうに無い、それでは自分の役割を果たすことが出来ない。そう判断したダイシバは退却することを選んだ。後退するしようとした直後、


 「あんた、やりたくない事はやりたくないって伝えた方が良いぞ!」


 「………なに」


 「与えられた仕事を淡々とやることなんて楽しくねぇだろ! しかもそれが人殺しなんて、生きたい道を行けよ!」


 「そんな考えが通用すれば良かったのだがな、私はダイシバ。古来より続く暗殺一家の出、私情など無意味なのだ」


 だけど、そうトウマが続けようとしたがダイシバは何の予備動作も無く霞のように消え失せていた。そして、いつの間にか大炎は消え失せ、無数の弾丸も無くなり、雷は止んでいた。


 残されたのはトウマと、あちこちに穴が開きボロボロと成り果てた姿の大広間。上を見れば今にも崩れ落ちそうだ。


 「とりあえずは生き残った……のか、ゴフッ」


 胸にはやや深い刀傷、そして氷瀑によって削られた無数のかすり傷。着ている黒の燕尾服は変色していないものの、血でべっしょりである。


 「いってぇ! 何だこれ、戦国時代とか首を取るって言ってたけどこれの何倍だよ」


 皮膚を切られる苦しみはトウマがこれまで味わったことの無い痛みである。それでも耐えられないほどではない。むしろ腕を叩き落とされた時の方が何百倍も痛かったのだ。

 

 「次だ……俺はまだ、戦える。恩は返さないとな」


 おぼつかない足取りでトウマは大広間を後にした。これはまだ初戦、王国存亡の戦いは始まったばかりである。


 

 

 

 

 

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